夜は異世界で舞う

穂祥 舞

文字の大きさ
204 / 229
16 熱誠

17

しおりを挟む
 日が落ちると、スパニッシュオムレツとベビーリーフのサラダを一緒に作って食べ、たまたまテレビで放送していたディズニーのアニメを割に集中して観た。少しだけビールを飲んで、明日は何処に行こうかなどと話していると、もう長いこと晶と一緒に暮らしているような気分になった。
 風呂に一緒に入ろうとしつこいので、晴也は仕方なく晶の希望に従った。ところが彼は意外にも、晴也の背中を丁寧に流してくれたあとは、セクシャルなニュアンスを醸し出さずにおとなしく浴槽に身体を沈めた。
 湯が少し熱かったのもあって、2人して早めに風呂から上がり、晴也はいつも通り肌と髪の手入れを丁寧にした。晶は先に寝室に向かう。
 今夜は何もしないつもりかな、と晴也は思ったが、予定では今夜が、晶の出発前に一緒に過ごす最後の夜になる。いやまあ別に、何もしなくてもいいぞ、ほんとに。晴也は胸の内で呟く。
 寝室を覗くと、晶はベッドにバスタオルを敷いていた。晴也はやっぱりするのかとどきっとして、彼に近づくのを躊躇ためらう。

「……ロンドンで暮らす場所は決まったの?」

 ベッドに座る晶に晴也は訊いた。うん、と彼は軽く答えて、隣に座るように晴也にうながす。

「日本で言うところのウィークリーマンションみたいなとこだって、ドイツと韓国とロシアから来る人と同じ建物に入るんだ」
「その人たちも2ヶ月で仕上げる組?」
「そうだよ、母国で他の舞台を抱えてる人もいるし、単身赴任の人もいる」

 晴也は晶の横にようやく腰を下ろした。

「サイラスさんもコーディネートが大変だな」

 晶は笑った。

「キャストにこだわるからだ、国内の俳優に皆任せたらいいのに」

 サイラスは、晶を含めた外国人の俳優たちに、どうしても演って欲しい役があると考えたのだろう。

「でも嬉しいことじゃないのか?」
「それはもちろんそうだ、ただもし興行的に失敗したら、俺たちの滞在費が会計を圧迫するから心苦しい」

 そうか。全くの新作だ、当たるかどうかは、幕が上がるまでわからない。脚本や演出が良くなくて受けなかったとしても、出演者は責任を感じるだろう。

「ショウさん」
「ん?」
「好きなことを仕事にするのは……楽しいだけじゃないんだな」

 晴也の言葉に、晶はふっと目を細める。

「そうだな、でも好きなことを仕事にしてる人間は世の中で多くないはずだから、有り難いと思ってる」
「今回の舞台、上手くいってエミリに届くといいな……ショウさんが元気だって」

 晶は想定外のことを言われたという顔をしたが、すぐに微笑して、うん、と小さく答えた。

「……少し眠いな、寝ようか」
「あ、うん……」

 晶はバスタオルを敷いたまま横になって、晴也が自分の傍らに来るのを待ってから、布団を肩まで引き上げた。晴れた昼間が暑くても、まだ夜は気温が下がる。明かりが落ちた。
 おやすみ、とあっさり言われて、肩透かしを食らった感じはあったが、晴也は晶の温もりにほっと息をつく。ボディソープやシャンプーの匂いの中に、彼の肌の匂いを嗅ぎ当てて、幸福感が増した。
 晴也は静かに眠りに落ちて、前に見た夢の続きのようなものを見た。見知らぬ湖畔で、一緒に踊るべく晶に手を取られたあの時は、どう振る舞えばいいのか全くわからず、戸惑うばかりで目が覚めた。しかし今度は、踊るまでは行かなくても、晶に合わせればいいということはわかった。
 晶に横抱きでリフトされた晴也は、麻のワンピースの裾を巻きこまないように、横に伸ばした脚を注意深く地面に下ろす。その間、晶の顔から視線は動かさなかった。彼の黒い瞳は、よくできたと晴也に言ってくれているようだった。晴也が彼の胸にそっと手を添えると、彼がその手を取る。そして2人でタイミングを合わせ、輝く湖畔のほうにゆっくり顔を向けた。視線を上げて、口許を少しずつほころばせる。
 よっしゃ、めっちゃ決まったじゃないか! 晴也は光の中で、感激してどきどきした。嬉しくて、晶にすり寄ってしまう。
 ああ楽しい……晴也は夢を見ている自覚があるのに、幸せな気分になっていた。すると何かがぶちゅっと唇にくっついてきた。温かくて柔らかいそれは、やけに現実味を帯びた湿り気を帯びていて、晴也の唇をむにむにとむさぼってくる。でもちょっと気持ちいい。

「……っ!」

 晴也はゆっくり瞼を上げた途端、驚愕して固まった。視界に入ったのは晶の閉じられた目と頬骨だった。全身に重みがかかっていて、熱い手が脇腹をさわさわと撫でている。
 晴也は思わず晶の肩を押した。晶はちょっと唇を離したが、晴也の上から退く気は全く無い様子で、もう片方の手で晴也の額を撫でた。

「抱きついていらっしゃるから我慢できなくなってしまいました、お嬢様」
「なっ……寝込みを襲うとか執事としてどうなんだよ」

 晶は答えずに唇を重ねてきて、舌を口の中に押し込んでくる。まだしっかり目覚めていない晴也は、掻き回されてつい応じてしまった。微かな音を聞きながら、一生懸命舌を絡めているうち、顔がほかほかしてきた。
 脇腹を撫でていた晶の手がずり上がってきて、腋の下や肩を撫でた。晴也は本能的な危機感からその手を掴んで押さえたが、少し遅かった。

「触って欲しくて縮こまってるよ」

 指の腹で乳首の先をくすぐられ、晴也はひゃっと言って肩をすくめた。

「気持ちいいのかな……」

 耳に唇を触れさせながら、晶は囁く。ぞくぞくして腕に鳥肌が立った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

隣のチャラ男くん

木原あざみ
BL
チャラ男おかん×無気力駄目人間。 お隣さん同士の大学生が、お世話されたり嫉妬したり、ごはん食べたりしながら、ゆっくりと進んでいく恋の話です。 第9回BL小説大賞 奨励賞ありがとうございました。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

男の娘と暮らす

守 秀斗
BL
ある日、会社から帰ると男の娘がアパートの前に寝てた。そして、そのまま、一緒に暮らすことになってしまう。でも、俺はその趣味はないし、あっても関係ないんだよなあ。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...