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extra track 陰気な蛹
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女装バー「めぎつね」の英子ママこと英一朗は、新人の面接のために、開店1時間前に店舗に赴いていた。学生アルバイトは……就職活動が始まれば退職してしまうし、若気の至りで客とおかしなことになったり、厳しい親にバレたと言って急に来なくなったりするため、何かとリスクが大きいので、できれば兼業の社会人を使いたいと考えていた。
時間5分前にめぎつねの重い扉をゆっくりと開けたのは、やや痩せ気味の、これと言って特徴の無い若い男だった。紺の地味なスーツに黒縁の野暮ったい眼鏡は陰気で、どう見ても水商売、しかも女の姿をして接客をするタイプには見えない。英一朗は逆に、面接対象者に興味を覚えた。
英一朗は女装趣味のあるゲイで、世間から見ればよくわからない人種だが、こう見えて人事畑で鳴らした者である。しかし情熱を捧げ勤務した人材コンサル会社で起きた、とある上級管理職による陰湿な連続セクハラを内部告発して、干された。しかも同性愛者であることをアウティングされた。このようなケースでは、今でこそ会社を訴えるのが当たり前なのだろうが、当時は英一朗が泣き寝入りするしかなかった。
強制的に自主退職させられ腐っていた英一朗に声をかけたのは、新宿や池袋でスナックやバーを経営する友人だった。親の仕事を継いだ彼は、水商売に真面目に従事してくれるスタッフを、年齢性別問わず常に探しており、採用人事と一部の店の運営を英一朗に任せたいと言ってくれた。
英一朗は、友人の会社が反社会的勢力と一切関わりがないことを確認した上で、その頼みを引き受けた。友人が望むスタッフの基準は割に厳しく、人材コンサルで扱っていた案件のようにはいかなかった。
学歴は全く役に立たない。また、容姿も意外と二の次かもしれない。ただ、まともな躾を受けて育っていて、最低限の常識人であることは重視する。この仕事は採用して実務につくと、良くも悪くも「化ける」者が多いので、15分程度の面接では見極めが難しい。
黒縁眼鏡の男性は、こんなところの面接に、きちんと写真を貼った履歴書を持って来た。千葉の県立高校を出て、神田にあるマンモス有名私大を卒業、中堅商社に勤務中、転職歴無し。大学生の頃に普免と、TOEICでそこそこの点数を取り、サークル活動を4年間続けた。優良物件だが、何故女装バーで副業なのか?
「特にお金に困っているわけではありません、ですから週2、3日使っていただければ十分です」
彼‥‥‥福原晴也は、ややおどおどと答えた。これで酒席の接客が務まるだろうか。
「たぶんコミュ障の気があると思います、友達も多くはありません」
「出来そう? 今あなたが話してる分にはコミュ障とは思えないけれど」
「あ、頑張りたいと思います」
英一朗はこの仕事を始めてから、前の会社で絶対訊かなかったことを面接対象者に訊くようになった。特殊な店の採用の場合は、必須案件だからだ。
「セクシャリティはどう?」
「こういう言葉を使うべきではないと思いますが、ノーマルです、言葉を知らなくてすみません」
英一朗はちょっと感心する。福原の世代の子たちは、セクシャル・マイノリティに関する教育を中途半端にしか受けておらず、親世代は無理解な人が多いので、当事者が使って欲しくない言葉を割に平気で使うことが多いのだ。しかし福原は、きちんと気を遣って話せるのに、どうして自分をコミュ障だと言うのだろうか。
時間5分前にめぎつねの重い扉をゆっくりと開けたのは、やや痩せ気味の、これと言って特徴の無い若い男だった。紺の地味なスーツに黒縁の野暮ったい眼鏡は陰気で、どう見ても水商売、しかも女の姿をして接客をするタイプには見えない。英一朗は逆に、面接対象者に興味を覚えた。
英一朗は女装趣味のあるゲイで、世間から見ればよくわからない人種だが、こう見えて人事畑で鳴らした者である。しかし情熱を捧げ勤務した人材コンサル会社で起きた、とある上級管理職による陰湿な連続セクハラを内部告発して、干された。しかも同性愛者であることをアウティングされた。このようなケースでは、今でこそ会社を訴えるのが当たり前なのだろうが、当時は英一朗が泣き寝入りするしかなかった。
強制的に自主退職させられ腐っていた英一朗に声をかけたのは、新宿や池袋でスナックやバーを経営する友人だった。親の仕事を継いだ彼は、水商売に真面目に従事してくれるスタッフを、年齢性別問わず常に探しており、採用人事と一部の店の運営を英一朗に任せたいと言ってくれた。
英一朗は、友人の会社が反社会的勢力と一切関わりがないことを確認した上で、その頼みを引き受けた。友人が望むスタッフの基準は割に厳しく、人材コンサルで扱っていた案件のようにはいかなかった。
学歴は全く役に立たない。また、容姿も意外と二の次かもしれない。ただ、まともな躾を受けて育っていて、最低限の常識人であることは重視する。この仕事は採用して実務につくと、良くも悪くも「化ける」者が多いので、15分程度の面接では見極めが難しい。
黒縁眼鏡の男性は、こんなところの面接に、きちんと写真を貼った履歴書を持って来た。千葉の県立高校を出て、神田にあるマンモス有名私大を卒業、中堅商社に勤務中、転職歴無し。大学生の頃に普免と、TOEICでそこそこの点数を取り、サークル活動を4年間続けた。優良物件だが、何故女装バーで副業なのか?
「特にお金に困っているわけではありません、ですから週2、3日使っていただければ十分です」
彼‥‥‥福原晴也は、ややおどおどと答えた。これで酒席の接客が務まるだろうか。
「たぶんコミュ障の気があると思います、友達も多くはありません」
「出来そう? 今あなたが話してる分にはコミュ障とは思えないけれど」
「あ、頑張りたいと思います」
英一朗はこの仕事を始めてから、前の会社で絶対訊かなかったことを面接対象者に訊くようになった。特殊な店の採用の場合は、必須案件だからだ。
「セクシャリティはどう?」
「こういう言葉を使うべきではないと思いますが、ノーマルです、言葉を知らなくてすみません」
英一朗はちょっと感心する。福原の世代の子たちは、セクシャル・マイノリティに関する教育を中途半端にしか受けておらず、親世代は無理解な人が多いので、当事者が使って欲しくない言葉を割に平気で使うことが多いのだ。しかし福原は、きちんと気を遣って話せるのに、どうして自分をコミュ障だと言うのだろうか。
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