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第四部 聖王編
第百回 上
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一方。フワッセン城ではとある一団が、二の郭にて戦況を眺めていた。ゴブリンにドワーフ、それとエルフの戦士達だった。
その中でも特に強そうなのは、刃から悍まく思える光を放つ大斧を持ったオーガと、大柄でぽてっとした唇が印象的な、褐色エルフの女である。
そのどちらも1000の兵に匹敵する、と言われる豪の者だった。ドワーフのほうはトールキン。女エルフはカイロネイア最強と言われた、クリスタ=オブラーヤであった。
「おお。オーガらしいもんが動き出したのう?」
投石砲の砲台に立っていたトールキンが、肉眼であちらの方を見る。
「ほうずらな。でっかいちんちんぶらさげて、おらのまんこに挨拶しにきたずらよ?」
「そうなる前にあいつら、逃げて帰るはずだがのう! がははは!」
「何もいくさに出なくても、とあいつらに言いたいずらよ」
クリスタはハルバードを振り回した。おおよそ50キロもあるのを片手でだ。これで力任せに殴られると、流石のオーガでも無事じゃ済まされない代物だった。
「お二人さんは楽しそうでいいな。のんきなものだ」
狙撃銃を背負った男が2人の会話に入って来た。ナエバニアを守っていた、狙撃兵団のヴォルフ=ラングレンだ。彼はホーデンエーネンの軍属ながら、北方諸侯の側に加わっていた。
「だがすまん。俺がアンタらを巻き込んだようなものだ。クボーニコフのくそったれどもが、アヅチハーゲンで悪さをしていると聞いてなけりゃ、アンタらはサワータキャビクでのんびりとできただろうに……」
この2人を戦場に呼んだのがヴォルフだった。彼はアヅチハーゲンにいる親や親戚から、クボーニコフが何かたくらんでいると聞いて仲間に探らせた。反乱を起こした北方諸侯を討伐するそうだ。
しかし近隣住民への虐待と、それを見て見ぬふりのホーデンエーネン軍を敵視して、同じように憤る傭兵仲間と共に北方諸侯の軍に加わった。その中には亜人もたくさんいたのだ。
彼等はサワータキャビクにいたトールキンとクリスタも味方に加えてはどうだ、と提案した。
トールキンは愛妻のエッダを戦いで失って意気がくじけ、クリスタは診療所と子供の世話にかかりきりだったが、義勇兵となることを喜んで受け入れた。
「気にすることは無いぞ! 儂らは人助けなら武器を取る!」
「そういうもんずら。診療所のことが気になるけど、仕方がねえずら。おらは弱っている人の味方ずらよ」
ヴォルフは感極まり、涙しそうになったが目をつぶってこらえた。ともかくクボーニコフ軍の精鋭をどう追い返そうか。これには毒に詳しいゴブリン達が対抗策を練って出してくれた。
「あの土塁を越えたら仕掛ける、というわけだが、うまくいくかな?」
「どうにかなるじゃろう。そしてお前さんは得意の狙撃で御大将をズバン、とひと撃ちというわけじゃ!」
「そろそろみたいずら。その銃に遠矢の魔法を仕掛けるから貸せ」
ヴォルフは狙撃銃をクリスタに引き渡した。彼女が印を切ると銃身に、エルフの古代文字によるまじないの言葉が浮かび上がった。
「あとはゴブリンの衆とともに裏手から出て、姿隠しの魔法でまわりこむだけずら。それまでおらたちが存分にひきつける」
「わかっているよ。必ず射殺してやる。人様の土地に狼藉をしやがった海の向こうの大将首をあげてやるさ」
ヴォルフはゴブリンたち数名と共に出て行った。その頃戦場の遠方では、陣形を整え直すクボーニコフ軍の姿があった。
「いよいよかのう?」
「ほうずらな。では、たっぷりとお見舞いしてやるざあ」
トールキンとクリスタが城壁から飛び降りる。他の亜人の戦士達もそれに続いた。
□ □ □ □ □
クボーニコフの海軍というものは大抵、城攻めの兵器というものを持っていなかった。何故ならオーガの戦士がいたからだ。
彼等は崖や城壁をよじ登る為に、引っかけ縄や鉄爪を常時携えている。それを用いるのは小舟から敵艦に乗り込む場合が多かったが、たまにある攻城戦でも用いられていた。
各隊より一通り城攻めの準備が整ったことを告げる赤い旗が振られると、ピョートル=ヒヤマスヴィキは旗持ちに、クボーニコフ海軍の軍旗を掲げさせた。
「全軍、進めっ!! 徹底的に蹂躙して目にもの見せてやるっぺや!!」
後方にいる楽隊の太鼓と鐘が調子よく鳴り、ホルンが景気よく大きな音を鳴らす。クボーニコフの中核部隊が歩き出した。ゆっくりとだ。
最下層の使い捨て兵ばかりの先方部隊とは違い、本隊は動き出しても横隊の列を崩さなかった。流石は正規兵。クボーニコフという列強国にふさわしい備えであった。
しかしそれを土塁の上で見て、ほくそ笑む者がいた。ドワーフのトールキンである。
城門が開き、抱え筒を持った兵士達とともに現れたフワッセン公の奥方が出て来ると、もうそろそろだ、とトールキンは言った。
「何度も繰り返すようじゃが、その抱え筒の射程距離は300メートルほどじゃ。ナエバニアの工房で特別に作ったものじゃから、あるのはそれきりじゃ。大事に扱うんじゃよ?」
奥方はうなずいた。兜を目深に被り直し、抱え筒を持つ兵士達に準備を命じた。彼等は紙を張ってつくった砲弾をいくつも携えていた。
「まずは儂とクリスタが先頭に立ってかき回す。それから頃合いを見計らって加勢せい。向こうさんがいきり立って来たら撤退じゃ」
「パオレッタさんが好きそうな戦法ずらな。この場にイズヴァルトさんがいたら、まず使いそうにねえけど」
「あやつを出すのは卑怯そのものじゃよ。おるとヴォルフの坊ちゃんの見せ場が無くなる。じゃが、あれだけのオーガの衆だと、正面突破で大将首は、ちと厳しいかの」
トールキンは斧を握りしめて飛び出した。クリスタもそれに続いた。トールキンは背は低いが全身が筋肉のかたまり。クリスタはふわっとしてぽちゃっとしているが、柔らかな脂肪の中に桁外れの力を出す筋肉が潜んでいる。
そして2人が全力で駆ける速度は、駿馬に伍するほど速かった。ゴブリンや細身のエルフの様な細かい動きこそ不得意だったが、肺も骨も筋肉も、並みの亜人の戦士のそれとはまるで違っていた。
トールキン達を見てクボーニコフ軍は行進を止めた。サイゴークのドワーフと褐色エルフ。亜人の中では手ごわいとされる種族だからだ。
このいくさに加わるクボーニコフの海軍オーガ達は知っていた。去年まで続いたパラッツォ教団との戦いで、大きな斧を持ったあるドワーフに、50人ほどの腕自慢を討ち取られたことをだ。
ところどころで声があがった、もしや、あれがあのドワーフだべか。頑丈そうな柄についたまがまがしい程鋭そうな斧。トールキンが持つ斧こそが、彼等の同胞の血を一番多く吸ったのだ。あの戦場で。
そしてもう1人、クリスタにはスケベな視線しか向けなかった。頬と身体の輪郭からでも体つきがよくわかる。
特に唇が彼等の情欲を誘った。あれでしゃぶられたらさぞかし心地が良いだろう。オーガの戦士らの多くは勃起してしまっていた。『ぐそく』の腰巻の下から、股間の立派なツノが出て押し上げてしまっていた。
オーガ族の各部隊の指揮官が、自分達を前にと呼びかけた。オーガによる隊はそれぞれ、5人から10人だ。
2メートル近くの野太刀や短槍、鉄槌を持った彼等が前に出る。駆けて来るトールキンとクリスタを見て、自分達も走り出した。トールキンが声をあげた。
「クリスタ、紫電砲を撃て!」
「ほいずら!」
クリスタが印を切る。即座に彼女の前面に魔道の紋様が現れて紫色に輝き、あたりが真っ白になる様な激しい電撃が放たれた。
無論、体内に強力な魔法抗体を持つオーガには、魔道による雷は通用し無かった。精霊魔法で作られた高圧電流は彼等に直撃しても、甲冑や服を焼くだけで彼等の身体を傷つける事は無かった。
オーガ達から哄笑が起こった。しかしその電撃は彼等の身体をこぼつ為に撃ったのでなかった。
轟音がかき消えた後に、背後で悲鳴があがった。『紫電砲』はオーガ達には通じなかったが、背後にいたニンゲンの兵士達を吹き飛ばしたのだ。一撃で20人や30人は身体が破裂した。人の脂が焼けるにおいが漂いだした。
「そういうことか! おらたちではなくニンゲンをかあ!」
「みんな、密集してかかれ! あのぽよぽよエルフに背後を撃たせるな!」
オーガ達が走り出した。この種族も脚は速い。トールキンとクリスタはたちまち囲まれた。オーガ達が四方八方から襲い掛かる。2人は散開して得物を振るった。
彼等の武器と打ちあい、オーガ達は驚いた。叩き合えば必ず腕が悲鳴をあげ、武器には亀裂がはしるからだ。彼等が持つ武器は、砕いた良質の玉鋼や砂鉄で作る、密度の高い鋼でできていたのだが。
トールキンとクリスタは、次々とオーガの屍をつくった。この戦場を我が物顔で暴れまわる彼等にオーガ達は恐怖を覚えたが、同時に怒りを覚えていた。
たった2人にかき回されるとは情けない。それでも北海で覇を唱えるクボーニコフの水軍衆か。あの偉大なる海賊王・チアン=カイシェックの末裔なのか。
そこにクリスタが言葉で仕掛けて来た。
「おらたちやられているようじゃ、クボーニコフの海賊オーガも大したことがねえずらな!」
怒りが恐怖に勝った。オーガたちは奮いだした。動きにきれが出るようになると、トールキンは印を切る。オーガ達の背後に地割れを起こり、そこかしこで爆発が起こった。
こけおどしではなく合図だった。潜んでいた亜人達が加勢すると声をあげ、乱戦の中に入って来た。しかしそこでトールキンが皆に呼び掛ける。
「思ったよりも勢いが強い! ここは城に逃げ込んだ方が得策じゃ!」
トールキン達は逃げ出した。それをオーガ達が追う。トールキンとクリスタはしんがりとなり、逃げながら相手と打ち合った。オーガ達は皆が血気に逸っていたから追うのを止めなかった。
そうして土塁から300メートル以内に入った。先頭を走っていた金色エルフの男が右手をあげた。土塁には抱え筒を持った兵士達がずらりと並び、フワッセン大公の奥方が望遠鏡を用いて遠くを眺めていた。
「右手一時の方向! 角度は45度にせよ!」
各々の抱え筒に、紙で作った砲丸が押し込まれた。撃て、と命じて引き金をひくと、中に入っていた砲丸が放たれた。
ドワーフが作ったそれは、岩石や鉄球の他に爆雷も射出できる代物だった。
放たれた弾は丁度良い塩梅で、密集して駆けるオーガ達の頭上で炸裂し、真っ黒な塵が降り注いだ。至る所で咳があがった。中にはもがき苦しみ泡を吹く者も出た。
砲丸に入っていたのは毒であった。普通のニンゲンであれば致死量の、オーガの戦士には激しい嘔吐と肺の痛みをもたらすものであった。
なれどクリスタ達は平気だ。魔法がオーガに効かないように、毒はまるで効いていなかった。手から武器を離し、地面に面を向けてもだえ苦しむオーガ達を見ると、トールキンは皆に呼びかけた。
「今じゃ! 容赦せず首を搔き斬れい!」
きびすを返した亜人達は、抵抗できなくなったオーガ達に襲い掛かった。戦いというよりかは虐殺となった。
丁度その時である。クボーニコフの本陣から撤退の合図を示す角笛が鳴った。総大将を遠くから撃たれたからだ。即死だった。
ピョートル=ヒヤマヴィスキはこの戦いで討ち死にし、オーガの戦士団は300名ほど討ち取られた。大敗だった。
その中でも特に強そうなのは、刃から悍まく思える光を放つ大斧を持ったオーガと、大柄でぽてっとした唇が印象的な、褐色エルフの女である。
そのどちらも1000の兵に匹敵する、と言われる豪の者だった。ドワーフのほうはトールキン。女エルフはカイロネイア最強と言われた、クリスタ=オブラーヤであった。
「おお。オーガらしいもんが動き出したのう?」
投石砲の砲台に立っていたトールキンが、肉眼であちらの方を見る。
「ほうずらな。でっかいちんちんぶらさげて、おらのまんこに挨拶しにきたずらよ?」
「そうなる前にあいつら、逃げて帰るはずだがのう! がははは!」
「何もいくさに出なくても、とあいつらに言いたいずらよ」
クリスタはハルバードを振り回した。おおよそ50キロもあるのを片手でだ。これで力任せに殴られると、流石のオーガでも無事じゃ済まされない代物だった。
「お二人さんは楽しそうでいいな。のんきなものだ」
狙撃銃を背負った男が2人の会話に入って来た。ナエバニアを守っていた、狙撃兵団のヴォルフ=ラングレンだ。彼はホーデンエーネンの軍属ながら、北方諸侯の側に加わっていた。
「だがすまん。俺がアンタらを巻き込んだようなものだ。クボーニコフのくそったれどもが、アヅチハーゲンで悪さをしていると聞いてなけりゃ、アンタらはサワータキャビクでのんびりとできただろうに……」
この2人を戦場に呼んだのがヴォルフだった。彼はアヅチハーゲンにいる親や親戚から、クボーニコフが何かたくらんでいると聞いて仲間に探らせた。反乱を起こした北方諸侯を討伐するそうだ。
しかし近隣住民への虐待と、それを見て見ぬふりのホーデンエーネン軍を敵視して、同じように憤る傭兵仲間と共に北方諸侯の軍に加わった。その中には亜人もたくさんいたのだ。
彼等はサワータキャビクにいたトールキンとクリスタも味方に加えてはどうだ、と提案した。
トールキンは愛妻のエッダを戦いで失って意気がくじけ、クリスタは診療所と子供の世話にかかりきりだったが、義勇兵となることを喜んで受け入れた。
「気にすることは無いぞ! 儂らは人助けなら武器を取る!」
「そういうもんずら。診療所のことが気になるけど、仕方がねえずら。おらは弱っている人の味方ずらよ」
ヴォルフは感極まり、涙しそうになったが目をつぶってこらえた。ともかくクボーニコフ軍の精鋭をどう追い返そうか。これには毒に詳しいゴブリン達が対抗策を練って出してくれた。
「あの土塁を越えたら仕掛ける、というわけだが、うまくいくかな?」
「どうにかなるじゃろう。そしてお前さんは得意の狙撃で御大将をズバン、とひと撃ちというわけじゃ!」
「そろそろみたいずら。その銃に遠矢の魔法を仕掛けるから貸せ」
ヴォルフは狙撃銃をクリスタに引き渡した。彼女が印を切ると銃身に、エルフの古代文字によるまじないの言葉が浮かび上がった。
「あとはゴブリンの衆とともに裏手から出て、姿隠しの魔法でまわりこむだけずら。それまでおらたちが存分にひきつける」
「わかっているよ。必ず射殺してやる。人様の土地に狼藉をしやがった海の向こうの大将首をあげてやるさ」
ヴォルフはゴブリンたち数名と共に出て行った。その頃戦場の遠方では、陣形を整え直すクボーニコフ軍の姿があった。
「いよいよかのう?」
「ほうずらな。では、たっぷりとお見舞いしてやるざあ」
トールキンとクリスタが城壁から飛び降りる。他の亜人の戦士達もそれに続いた。
□ □ □ □ □
クボーニコフの海軍というものは大抵、城攻めの兵器というものを持っていなかった。何故ならオーガの戦士がいたからだ。
彼等は崖や城壁をよじ登る為に、引っかけ縄や鉄爪を常時携えている。それを用いるのは小舟から敵艦に乗り込む場合が多かったが、たまにある攻城戦でも用いられていた。
各隊より一通り城攻めの準備が整ったことを告げる赤い旗が振られると、ピョートル=ヒヤマスヴィキは旗持ちに、クボーニコフ海軍の軍旗を掲げさせた。
「全軍、進めっ!! 徹底的に蹂躙して目にもの見せてやるっぺや!!」
後方にいる楽隊の太鼓と鐘が調子よく鳴り、ホルンが景気よく大きな音を鳴らす。クボーニコフの中核部隊が歩き出した。ゆっくりとだ。
最下層の使い捨て兵ばかりの先方部隊とは違い、本隊は動き出しても横隊の列を崩さなかった。流石は正規兵。クボーニコフという列強国にふさわしい備えであった。
しかしそれを土塁の上で見て、ほくそ笑む者がいた。ドワーフのトールキンである。
城門が開き、抱え筒を持った兵士達とともに現れたフワッセン公の奥方が出て来ると、もうそろそろだ、とトールキンは言った。
「何度も繰り返すようじゃが、その抱え筒の射程距離は300メートルほどじゃ。ナエバニアの工房で特別に作ったものじゃから、あるのはそれきりじゃ。大事に扱うんじゃよ?」
奥方はうなずいた。兜を目深に被り直し、抱え筒を持つ兵士達に準備を命じた。彼等は紙を張ってつくった砲弾をいくつも携えていた。
「まずは儂とクリスタが先頭に立ってかき回す。それから頃合いを見計らって加勢せい。向こうさんがいきり立って来たら撤退じゃ」
「パオレッタさんが好きそうな戦法ずらな。この場にイズヴァルトさんがいたら、まず使いそうにねえけど」
「あやつを出すのは卑怯そのものじゃよ。おるとヴォルフの坊ちゃんの見せ場が無くなる。じゃが、あれだけのオーガの衆だと、正面突破で大将首は、ちと厳しいかの」
トールキンは斧を握りしめて飛び出した。クリスタもそれに続いた。トールキンは背は低いが全身が筋肉のかたまり。クリスタはふわっとしてぽちゃっとしているが、柔らかな脂肪の中に桁外れの力を出す筋肉が潜んでいる。
そして2人が全力で駆ける速度は、駿馬に伍するほど速かった。ゴブリンや細身のエルフの様な細かい動きこそ不得意だったが、肺も骨も筋肉も、並みの亜人の戦士のそれとはまるで違っていた。
トールキン達を見てクボーニコフ軍は行進を止めた。サイゴークのドワーフと褐色エルフ。亜人の中では手ごわいとされる種族だからだ。
このいくさに加わるクボーニコフの海軍オーガ達は知っていた。去年まで続いたパラッツォ教団との戦いで、大きな斧を持ったあるドワーフに、50人ほどの腕自慢を討ち取られたことをだ。
ところどころで声があがった、もしや、あれがあのドワーフだべか。頑丈そうな柄についたまがまがしい程鋭そうな斧。トールキンが持つ斧こそが、彼等の同胞の血を一番多く吸ったのだ。あの戦場で。
そしてもう1人、クリスタにはスケベな視線しか向けなかった。頬と身体の輪郭からでも体つきがよくわかる。
特に唇が彼等の情欲を誘った。あれでしゃぶられたらさぞかし心地が良いだろう。オーガの戦士らの多くは勃起してしまっていた。『ぐそく』の腰巻の下から、股間の立派なツノが出て押し上げてしまっていた。
オーガ族の各部隊の指揮官が、自分達を前にと呼びかけた。オーガによる隊はそれぞれ、5人から10人だ。
2メートル近くの野太刀や短槍、鉄槌を持った彼等が前に出る。駆けて来るトールキンとクリスタを見て、自分達も走り出した。トールキンが声をあげた。
「クリスタ、紫電砲を撃て!」
「ほいずら!」
クリスタが印を切る。即座に彼女の前面に魔道の紋様が現れて紫色に輝き、あたりが真っ白になる様な激しい電撃が放たれた。
無論、体内に強力な魔法抗体を持つオーガには、魔道による雷は通用し無かった。精霊魔法で作られた高圧電流は彼等に直撃しても、甲冑や服を焼くだけで彼等の身体を傷つける事は無かった。
オーガ達から哄笑が起こった。しかしその電撃は彼等の身体をこぼつ為に撃ったのでなかった。
轟音がかき消えた後に、背後で悲鳴があがった。『紫電砲』はオーガ達には通じなかったが、背後にいたニンゲンの兵士達を吹き飛ばしたのだ。一撃で20人や30人は身体が破裂した。人の脂が焼けるにおいが漂いだした。
「そういうことか! おらたちではなくニンゲンをかあ!」
「みんな、密集してかかれ! あのぽよぽよエルフに背後を撃たせるな!」
オーガ達が走り出した。この種族も脚は速い。トールキンとクリスタはたちまち囲まれた。オーガ達が四方八方から襲い掛かる。2人は散開して得物を振るった。
彼等の武器と打ちあい、オーガ達は驚いた。叩き合えば必ず腕が悲鳴をあげ、武器には亀裂がはしるからだ。彼等が持つ武器は、砕いた良質の玉鋼や砂鉄で作る、密度の高い鋼でできていたのだが。
トールキンとクリスタは、次々とオーガの屍をつくった。この戦場を我が物顔で暴れまわる彼等にオーガ達は恐怖を覚えたが、同時に怒りを覚えていた。
たった2人にかき回されるとは情けない。それでも北海で覇を唱えるクボーニコフの水軍衆か。あの偉大なる海賊王・チアン=カイシェックの末裔なのか。
そこにクリスタが言葉で仕掛けて来た。
「おらたちやられているようじゃ、クボーニコフの海賊オーガも大したことがねえずらな!」
怒りが恐怖に勝った。オーガたちは奮いだした。動きにきれが出るようになると、トールキンは印を切る。オーガ達の背後に地割れを起こり、そこかしこで爆発が起こった。
こけおどしではなく合図だった。潜んでいた亜人達が加勢すると声をあげ、乱戦の中に入って来た。しかしそこでトールキンが皆に呼び掛ける。
「思ったよりも勢いが強い! ここは城に逃げ込んだ方が得策じゃ!」
トールキン達は逃げ出した。それをオーガ達が追う。トールキンとクリスタはしんがりとなり、逃げながら相手と打ち合った。オーガ達は皆が血気に逸っていたから追うのを止めなかった。
そうして土塁から300メートル以内に入った。先頭を走っていた金色エルフの男が右手をあげた。土塁には抱え筒を持った兵士達がずらりと並び、フワッセン大公の奥方が望遠鏡を用いて遠くを眺めていた。
「右手一時の方向! 角度は45度にせよ!」
各々の抱え筒に、紙で作った砲丸が押し込まれた。撃て、と命じて引き金をひくと、中に入っていた砲丸が放たれた。
ドワーフが作ったそれは、岩石や鉄球の他に爆雷も射出できる代物だった。
放たれた弾は丁度良い塩梅で、密集して駆けるオーガ達の頭上で炸裂し、真っ黒な塵が降り注いだ。至る所で咳があがった。中にはもがき苦しみ泡を吹く者も出た。
砲丸に入っていたのは毒であった。普通のニンゲンであれば致死量の、オーガの戦士には激しい嘔吐と肺の痛みをもたらすものであった。
なれどクリスタ達は平気だ。魔法がオーガに効かないように、毒はまるで効いていなかった。手から武器を離し、地面に面を向けてもだえ苦しむオーガ達を見ると、トールキンは皆に呼びかけた。
「今じゃ! 容赦せず首を搔き斬れい!」
きびすを返した亜人達は、抵抗できなくなったオーガ達に襲い掛かった。戦いというよりかは虐殺となった。
丁度その時である。クボーニコフの本陣から撤退の合図を示す角笛が鳴った。総大将を遠くから撃たれたからだ。即死だった。
ピョートル=ヒヤマヴィスキはこの戦いで討ち死にし、オーガの戦士団は300名ほど討ち取られた。大敗だった。
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不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
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