聖騎士イズヴァルトの伝説 〜無双の武と凶悪無比なデカチンを持つ英雄の一大叙事詩〜

CHACOとJAGURA

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第四部 聖王編

幕間⑮・副司祭騎士団長の策謀

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 ホーデンエーネン王国暦で言えば、359年の6月になった。
 
 エチウのカナザワース島にいる副司祭騎士団長もとい、イーガのエレクトラは今日も仕事に励んでいる。
 
 彼女はきたるべきエチウの『俗世の王』の為の、組織づくりや法整備の会議に出席し、教団の枢機卿らと議論を重ねていた。
 
「……ここで問題となるのは、『教帝』の私有財産はどこまで認めるかだ」

 枢機卿のうち1人、クロサワ=アキラが皆に呼び掛ける。オーガにしてはオハラ=タカシの次ぐらいに背が高い、身長180センチもある彼の声は大きかった。
 
 人によっては耳障りと思えるだみ声で、サワータキャビク島に滞在中のオルフレッドにどこまでの『富』を赦すのか、と皆に問いかけた。
 
「ある程度までなら私は賛成だ。エチウ諸島の港のうちどれか1つの権益、ノトゼタシアに眠る鉱物資源の一部であればの話だが! そもそも『教帝』は俗世の王と担がれるが、所詮は神輿である! サクラウチやツシマが言う様な、エチゴニアやアサークラント全島の収入を教帝家に、というのは認めがたい!」

 クロサワ=アキラは『パラッツォ教国』の建国を支持しているが、教帝の権限は著しく制限するべきだという考え方だ。対してオルフレッドを強く推す、サクラウチ=シロウとツシマ=シュウジは、大きな島の1つ2つを『教帝』の直轄領とするべきだ、と提案していた。
 
「……教主殿の富が奪われるという意味であれば……あまり……心配し過ぎだと思われるが……」

 ツシマが訥々とした口調で返した。手鏡をもって前髪を整えていたサクラウチも、あれこれと心配し過ぎている、とクロサワを諭した。
 
「私は『教帝機関説』を唱えたいのだ! 教帝に大きな富と権限を持たせてはならない! 大臣や教団の要職らが決めたことを追認し、自分の政として内外に公表する、象徴としての帝で良いと言っているのだ!」

 政治と軍事に参画させるが、あくまでお飾りである。財産についても永続的に保持できる財宝や土地ではなく、年に決まった額を与えればよいだけだ、とクロサワは言った。サクラウチは睨んだ。
 
「アキラ、どうして謀反を恐れる? オルランドゥは教主を害するような、野心ある男だと思うか?」
「オルフレッドの息子や孫が野心家だったどうする? 教主家をないがしろにする事態は後の世に起こりうる。俺達の前世だって、『スートク』や『ゴトバ』、『ゴダイゴ』といった帝が、家臣によって叛逆され、都から流れていったではないか!」
 
(なるほど。教主様をニッポンの『おてんとさま』と見立てて論じているわけですねぇ?)
 
 エレクトラが立ち上がり、議論の輪に入った。
 
「あー、ちょいとちょいと。いいですかねぇ?」
「なんだね、副司祭騎士団長?」
 
 怪訝そうに見つめるクロサワと、この議論にまるで興味を持たぬ他の枢機卿や司祭騎士らを見回した後、エレクトラは口を開いた。
 
「むしろ、オルランドゥさんが就く教帝は、『しっけん』をイメージしていただけると有難いんですがねぇ?」
「執権……サクラウチとツシマの肩を持つのか!」
「ふふ。そうかもしれませんねえ。ただ……」
 
 島1つまるごと与える程でもない、とエレクトラは言った。
 
「私有財産はある程度は必要でしょうに。なんたってみかどでございますから」
「エチウに本当に君臨するのは、パラッツォ教なのだぞ?」
「その現実の政治を担う家を保つには、暖かいお布団があるお屋敷と、子供達を立派にさせる教育の資金が必要ですぜ。そこはお忘れなきよう。ただ、執権家を永続させるにゃ、300万以上の人口を誇り、国際貿易港を持っている、アサークラントの都からのあがりだけでいいんじゃないんでしょうかねぇ?」
 
 それだけでも相当な額の収入だ。1人あたりの税金は他国と比べれば少ないが、それでも人口40万人以上の大都市の領主のそれに匹敵する。それほどの税収がある都市は世界中数えたって数えるほどしか無い。
 
「教主一族を放逐する恐れもありませんよう。何せ各島の『名誉司祭騎士』さんがたが忠節を誓っているのは、パラッツォ教の教えですからねぇ? 信心に勝る統治は無い、ってことでさぁ」
「そ、そういう考え方もあるのだな……」
 
 クロサワがうなずく。それからは別の話となった。オルランドゥが言う交通ルートの整備についてだ。そのあたりには詳しくないし、いい案が思いつかない、と行って、エレクトラは会議場を出て行った。
 
 会議場を出ると1人の経典の巫女が彼女の名を呼び、近づいて来た。持っていた手紙を渡した。エレクトラは何も言わずに封を開けた。
 
 3枚ある手紙の文を目で読む。経典の巫女も書れてあることを目でなぞった。ふっくらとした頬が、少しだけ上に動いた。
 
「いよいよ作戦に取り掛かれる、というわけですね?」
「ええ。北部諸侯は相当、ナントブルグに辟易しているみたいですからねぇ。マイヤさんが生存している噂を流してやっただけで、この文に書かれているとおりですよ?」

 手紙はキンキ大陸北部にいる、密使からのものだった。要約は、こうである。
 
「先月の終わり、北部諸侯は独立の為の密約を結んだ。イズヴァルトを迎え入れた後は、ナーガハーマ一帯を授けて新たな王として立てる。もし、『おしゃぶり姫様』がご存命で同行されているのであれば、カツランダルク=ホーデンエーネン家の後見を得ることになるから国際的にも認められるだろう」

 そしてこの手紙の結びには、こう書かれてあった。

「パラッツォ教国とイズヴァルト王国に、末永き盟約を、と領主殿らは願っておいでだった」
 
 エレクトラは手紙を畳むと、懐に仕舞った。
 
「教主様にご報告ですか?」
「もちろんですとも。また戦争をふっかけようとするクボーニコフを、どう懲らしめるかの相談もかねてですがね?」
 
 エレクトラは経典の巫女を伴い、教主の部屋へと向かった。扉に近づくと、『法悦』に狂う女信徒の喘ぎ声が聞こえて来た。
 
 お取込み中だったか、と思いエレクトラが去ろうとすると頭の中に教主の声が響いて来た。隣にいる教典の巫女もだ。
 
「念話でご報告で、よろしいんでしょうかねぇ?」
「それには及びません。エレクトラさんと隣のノンさんの頭の中をのぞきましたので、手紙の内容は大体わかりました」

(もう識ったか。)

 怖いお人だ。嘘はつけない。そう思いながらエレクトラは尋ねる。
 
「調略が終わって、いよいよ火をつける段階に入りましたが、今はまだ早いでしょうねぇ?」
「カントニアをうろうろしている、と聞き及びましたが?」
「『ゆうしゃ』とやらになるのには時間がかかるみたいですねぇ。家出娘のヘラさんが持っている、『獄炎の凱歌』があればすぐにでも名乗れるみたいですが」
 
 どうも人をやって伝説の武器を探させているらしい、という話を聞いていた。カイロネイアのエルフからの情報だ。素晴らしい情報源がニラッサの郷にいた。DSダーク=ソーサラーである。
 
 元魔道騎士団のハーフエルフに彼の知り合いがいる。DSの実の姉、ミレイユの娘、つまりは姪だ。彼女は王国の『げーむうぉっち評論家』としての顔があり、母の故郷でその様に知られていた。エルフの郷の新作ゲームを買い求めに来たという名目を持たせて派遣した。
 
 DSはイズヴァルトのことを、余計なことまで色々と語ったという。いつも『軍師殿』の垂れ流てばかりの尻の世話をしていたよ。あと、所かまわずちんぽをしゃぶらせていた。ちょっとした時間でもさかりあっていたな。2人ともご先祖はエルフかね?
 
「先月ごろ、エドニアを攻めて来たマリーヤを打ち破り、捕虜をと届けにエドニア海を渡ったそうですよ。これはマレーネさんからの情報ですがね?」
「イーガのお姫様で、イズヴァルトさんのお妾さん、でしたね?」
「いや、マイヤさんの頼みで傍について、子供をつくっているそうですよ。代理母、みたいなもんですかねぇ?」
 
 エレクトラはマレーネからも情報をもらっていた。その介添えは、世界各地にいたイーガのスパイたちだ。今は亡きアドルフが整備した諜報網でもある。それを使用させてもらっていた。
 
 彼女は夫から、各国のスパイを私用に使っていいと言われていた。つまりは夫からのプレゼントというわけである。義父に許しをもらわなくても、今だに自由に使えていた。
 
「エレクトラさんの『お友達』は、オーミゲニアにもいらっしゃるのですね?」
「教主様、欲しがっているのがわかる声を出してますねぇ? でも、貸してあげませんぜ? 経典の巫女さんたちでも十分でしょうに?」
「私の情報網だと、チンゼーとシマナミスタンがいささか、手が足りておりません。それと、サイゴークの奥地にですが……」

 彼は思い浮かべていたものをエレクトラの脳に送った。半透明で水色の身体の小さな女の子だ。教主が熱烈に恋をしている、水魔のブランカの映像であった。

「アドルフさんの情報網は、世界全てに広がっている、と聞き及びました。是非ともお借りしたいのですが、いかがでしょう?」
「どうせあたしの頭の中をのぞいて言っているんでしょ? 何から何まですけべえなお人ですね。本性は聖人君子とは随分縁遠いもんですねえ?」
 
 扉の向こう、信徒の女を抱え、『聖根』で悦の極みを授けていた教主の顔がほころんだ。さて、火をつけるのはいつになさいます?
 
「ダテーゾフっていう国が、イズヴァルトさんにいてこまされてからに致しましょうかねぇ?」
 
 エレクトラの諜報は、クボーニコフとダテーゾフの密約もつかんでいた。
 
「そのあたりでクボーニコフは窮するはずです。その情報を流した後、北部諸侯に独立の旗をあげさせる。そうなると……」
 
 ホーデンエーネンが動くだろう。セイン王の実弟、ジューンショーンが代理の王として就いているが、彼は武を重く見るタイプの領主達から支持されていなかった。そういう領主は大陸南部に多かった。
 
 そして今、あの国の南部の大領主達は動揺しきっていた。口うるさくもあったが信頼していた、英邁なるセイン王が海戦で行方知れずとなったからだ。
 
 その南部領主達だが、彼等はパラッツォ教徒の人身売買で散々、甘い汁を吸っていた連中でもあった。パラッツォ教徒を仕入れて高く売れるシマナミスタンやチンゼーに流す。その貿易で私腹を肥やしていた。
 
 だが、北部の独立となったらエチウ人を仕入れられなくなる。パラッツォ教徒も領民の中に多くいる北部諸侯らは、大陸南部の領主達の行いを嫌がっていた。
 
 エレクトラはあごを手でさする。
 
(南の連中は、独立阻止の為の軍を起こすはずよ。ジューンショーンを追い詰めて勅命を出させる。王の軍旗を掲げ、北へと攻める。)

 そうすれば、クボーニコフが近寄って来るだろう。不当占拠しているアヅチハーゲン近隣か、アヅチハーゲンそのものの割譲を条件に手を貸そうとホーデンエーネンに言ってくる。
 
(そこを、イズヴァルトさんが北部諸侯に味方して、完膚なきまで叩けば、彼の王国が……。)
 
 思考している脳に、教主の声が割り込んできた。
 
「大きな善を果たす為に、あえて悪を生じさせるのも、致し方の無いことですからね……」
 
 但し、他言はできないことだと一言を添えて。それを教主からの『承認』と受取って、エレクトラはその場を去って行った。
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