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45、劣等感の塊
しおりを挟む仲直り後の行為が終わり、我に帰って見返した室内は、散々たる有様だった。
「俺がタオルを取って来るから!」
天馬が処置室から患者の体を拭く蒸しタオルだとか雑巾を大量に持って来て、2人で身体を拭き合い、デスクと床の掃除をした。
「なんだか馬鹿ップル丸出しの図だね」
「……だな」
床を拭きながら一緒に大笑いしていたら、本当に何でも話せるような気がして来た。
彼にはもう、汚い部分も恥ずかしい所も全部曝け出している。今更格好をつけたり見栄を張ったりして何になるんだろう。
天馬に本音を聞いてもらおう……そう楓花は決めた。
改めてローテーブルを挟んで向かい合うと、まずは天馬が話を切り出す。
「楓花……俺たち気持ちは伝えあったけどさ、これからどうしたいとか、これから先のこととかをちゃんと話し合った事がなかっただろ?」
「……うん」
「俺の気持ちは今朝伝えた通りだ。俺はこの先もずっと楓花といたいし、周りのみんなにも伝えて堂々と付き合いたいと思っている。楓花は? 楓花の気持ちを聞かせてくれないか?」
「……うん」
楓花は姿勢を正し、一つ深呼吸してから口を開いた。
「私は……天にいに劣等感を持ってます」
「劣等感?!そんなの、なんで……っ」
天馬は慌てたようにその先の言葉を呑み込んで、楓花に先を話すよう促した。
「私は、いつか誰かと結婚する天にいを見ていたくなくて、地元から逃げ出した。天にいから拒絶の言葉を聞きたくなくて、告白することから逃げた。東京では仕事が上手くいかなくて、園児やその保護者から、仕事から逃げた。最後は東京での生活から逃げて……ここに辿り着いた」
結局いつも逃げてばかりで自分で何一つ頑張っていなくて、流されて帰って来ただけなんだ。
『俺の気持ちとお前の気持ちはイコールじゃないような気がする』
天馬にあんな言葉を吐かせたのは他でもない楓花自身だ。
天馬は『心にも無いことを言った』と言っていたけれど、そうではなくて、あれは楓花の煮え切らない態度にイラついてつい 溢れた本音なのだろうと思う。
そんな風に思わせてしまった自分に落ち込んだし、確かに自分たちはイコールじゃない……と納得してしまっている自分もいて……。
「だって、天にいは私にいろんな物を与えてくれる。金銭的な面とかだけじゃなくて、忙しい合間の貴重な時間だったり、安心感だったり、将来の約束だったり……」
だけど自分には何もない。
半年間の引き篭もり生活で貯金は底を尽きかけていて、未来の展望も夢も無い。
ついでに言えば、天馬の隣に立っていいと思えるだけの美貌もステータスも自信も無い。
「私はいつも与えられるばかりで、これじゃあ確かにイコールじゃないって言われても仕方ないな……って。私は劣等感の塊なの。このまま天にいといても肩身が狭いだけで、劣等感が積み重なって、いつかまた逃げ出しちゃうんじゃないかな……って、そう思ったの」
そこまで一気に語ったところで、楓花は冷め切ったカフェオレをコクリと飲んでカップを置き、天馬を見つめた。
「これが今の私の気持ちです。全部聞いてくれてありがとう」
天馬はジッと楓花を見つめてから自分もカップのコーヒーを飲み干し、コトンとテーブルに置く。そして膝の上で指を組んで一呼吸置いてから、ゆっくりと言葉を吐き出した。
「はぁ~っ……ごめん、俺が馬鹿だった」
「えっ、天にい……」
「悪かったな、楓花。同棲の話は取り消させてくれ」
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