煉獄の歌 

文月 沙織

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十一

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 瀬津のものになるという言葉には、性的な意味あいが含まれていることは、その場にいた誰もが感じているだろう。廊下で聞き耳をたてている組の連中の存在を感じて、敬は頬を熱く焦がした。
「そ、そんな馬鹿な話があるかよ! 人権蹂躙じゅうりんだ!」
 面白い冗談を聞いた、というふうに瀬津が目を丸くし、笑う。
「ヤクザに人権もなにもあるか。ほら、来い」
 さも、当然というふうに腕をとられ、敬はますますいきりたっていた。
「はなせよ! はなせったら! うわっ!」
 抗ったはずが、腕をさらに強く引かれ、よろめいた敬は、瀬津の胸元に引きずりこまれる形になった。
 刹那、背広の布ごしに、瀬津の熱と逞しさと、ほのかにかおる男性用の香水に圧倒されてしまう。
「おおっと」
 余裕の笑みで敬の身体を受け止め、しっかりと肩を抱かれ、我にかえった敬はあわてふためいた。
「は、放せって!」
 咄嗟に逃げようとした瞬間、敬の足は宙に浮いていた。
「お、おい! よせって!」
 あろうことか、敬は兄や組の舎弟たちのまえで瀬津に横抱きにされてしまった。まるで映画に出てくるヒロインのようで、敬は恥辱と羞恥に我をうしないそうになった。
「い、いい加減にしろ!」
 と、訴えても、手足をむなしく揺らすだけで、瀬津はまるで駄々っ子をあやすように敬を軽々と抱き上げ、廊下をすすむ。
「に、兄さん!」
 救いを求めるように、身体をよじって兄を振り返る敬に、勇は目を合わせようとすらしない。
「……」
 事のなりゆきに戸惑っている安賀組の舎弟たちを尻目に瀬津は悠々と歩をすすめ、堂々と玄関を出る。その後を静かに陸奥が続く。
「邪魔したな」
「は、放せよ!」
 いよいよ安賀組の屋敷を出るところで、敬は我にかえったように手足をばたつかせた。ここを出れば、本当に自分は憎い男の手中に墜ちるのだという、恐ろしいような絶望感につきうごかされ、死に物狂いで暴れた。
「ぼ、坊」
 困惑する舎弟たちの群から、飛び出てきたのは、嶋だ。
「ま、待ってください!」
 嶋は今にも外に出ようとしている瀬津のまえに立ちはだかった。
「どけ。おまえのような三下の出る幕じゃない」
 声には面白がる響きがあるが、底知れぬ気迫を感じて、敬まで一瞬、怖くなった。
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