煉獄の歌 

文月 沙織

文字の大きさ
52 / 181

しおりを挟む
「まったく、とんでもないじゃじゃ馬だ。これは仕込むのに骨が折れそうだな」
「若頭……この坊主を、本当に〝鬼若おにわか〟にまかすつもりですか?」
 敬を引きはがすように掴みながら、主に訊く大林の声には奇妙に痛ましいものがある。
「ああ。しっかり仕込めば、この『龍風城』の目玉になるぞ」
「な、なに言ってるんだ!」
 わめきちらす敬が連れていかれたのは六畳ほどの和室だった。
 漆塗りの調度品が隅をかざる部屋は、まるで昔の姫君の居室のようだ。
 壁際に置かれた古風な鏡台の牡丹模様の浮き彫りが、なんともなまめかしい雰囲気を醸しだしている。ここで客が敵娼あいかたか、秘めた愛人と楽しむようになっているのだろう。
「いいか、よく聞け。おまえはこの俺に買われたんだ」
 瀬津は情け容赦なく告げる。
「冗談じゃねぇ! 俺は納得してないぞ」
 敬は怒りのあまり頬が熱くなるのを感じた。
「おまえが納得しようが、しまいが、俺とおまえの兄貴のあいだですでに話はすんでいる」
 いきりたつ敬に冷ややかな一瞥いちべつを投げつけてから、さらに瀬津はつづける。
「これから、おまえはこの屋敷『龍風城』で男娼となるべく訓練を受けてもらうぞ」
 男娼、という言葉に敬は絶句した。
「ふざけるな! 誰がそんな……! 嫌だ! 俺は絶対嫌だぞ!」
「だから、おまえの気持ちや事情なんてどうでもいいんだよ」
 ヤクザ者らしい残酷さと薄情さで瀬津は言い捨てる。
「安心しろ。おまえがちゃんと一流の男娼となるよう指導してくれる専門家を呼んである」
「な、なにを言って……! うわっ」
 どさり、と瀬津が敬を畳の上に落とす。
「若頭、ちょうど今、鬼若が来ました」
「先生とお呼びしろよ。おお、来たか、先生」
「先生はけっこうで」
 開け放しの襖から入って来たのは、和装の青年だった。
 敬は、そのはなだ色の着物姿の青年を見た瞬間、怒りも忘れて目を見張っていた。
「こちらが、今からお前の男娼教育をしてくれる調教師の先生だ。鬼若と呼ばれている。礼儀ただしくしろよ」
 鬼若と呼ばれた彼は、背は敬よりやや高いぐらいあるが、身体付きは男にしては華奢で、どことなくしんなりした青竹を思わせる。時代劇の若衆のように黒い長髪を後ろでまとめて、青色の組紐らしき紐でしばっており、紐先の房が肩になびいている様子は絵のようだ。
 だが、一目見て、普通ではない、まっとうな昼の世界の人間ではない、と思わせる雰囲気を全身から放っている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

男の娘と暮らす

守 秀斗
BL
ある日、会社から帰ると男の娘がアパートの前に寝てた。そして、そのまま、一緒に暮らすことになってしまう。でも、俺はその趣味はないし、あっても関係ないんだよなあ。

水泳部物語

佐城竜信
BL
タイトルに偽りありであまり水泳部要素の出てこないBLです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

発情薬

寺蔵
BL
【完結!漫画もUPしてます】攻めの匂いをかぐだけで発情して動けなくなってしまう受けの話です。  製薬会社で開発された、通称『発情薬』。  業務として治験に選ばれ、投薬を受けた新人社員が、先輩の匂いをかぐだけで発情して動けなくなったりします。  社会人。腹黒30歳×寂しがりわんこ系23歳。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

処理中です...