煉獄の歌 

文月 沙織

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「でも、ここでは、桔梗ききょうさんでしょう?」
「なんだよ、それ?」
 妙なことを言われて、敬は眉をひそめる。
 千手、と名乗った相手は、きょとんとした顔になった。
「あの……、若頭が言ってました。桔梗のところへ食事を持っていけって。だから、てっきり、桔梗という名で売り出すのかと思って」
 桔梗というのが敬に与えられた源氏名ということか。勝手に名前を変えられてしまうと、いよいよもって自分が自分でなくなるようで、敬はまた悔しくなる。
「……なんで、おまえはここにいるんだ?」
 話を変えたくて、訊いてみると、千手は肩をすぼめた。
「お父さ、いえ、父の会社が倒産してしまって……。借金があって……。それで、わたしと妹がここで働くことになったんです」
「ふうん……」
 さすがにヤクザの家で育っただけあって、そういった話は腐るほど聞いてきた敬は、むやみに同情することはないが、伏せられた千手の一重の目がひどく寂しげに見えて、よくある話だ、と切り捨てることもできなかった。
「つまり、親父に売られたって、こと」
 いきなり、甲高い声が割って入ってきて、敬だけではなく、千手まで驚いた。
 いつの間にか、引き戸が開かれ、そこに若い娘が立っていた。千手とおなじく襦袢姿だ。
「そ、そんなこと言っちゃ駄目よ」
 千手が恨むように相手を見上げる。
「だって、本当のことじゃない。あの糞親父、あたしらを女郎屋に売って、自分一人とんずらこいたんだよ!」
 女郎屋、という古い言葉を投げつけ、彼女はずかずかと入ってくるや、どすん、と乱暴な仕草で床上に座る。
 おや、と敬は眉を寄せていた。
 豆電球のにぶい明かりのもとで目をらすと、彼女の顔が千手とよく似ていることに気付く。一重瞼だが、ビー玉を嵌めたように、ぱっちりした目。髪は千手とおなじぐらいだろうが、後ろで結いあげている。
「もしかして、双子なのか?」
 敬の問いに答えたのは千手だった。
「はい、双子の妹です。やす……、いえ、ここでの名は照葉てりはです」
「へぇ……」
 双子というのが珍しくて、つい敬は二人をじっくりと見比べていた。二人とも店のお仕着せとなる同じ緋襦袢をまとっているので、照葉が髪をおろせば、どっちがどっちなのか見分けがつかないだろう。
 ふん、というふうに照葉は鼻をそらした。
「あんたはなんていうの?」
 ぞんざいに訊く照葉に、答えたのは千手だ。
「敬さんておっしゃるのよ」
「齢はいくつなの?」
 憮然とさらに訊く照葉に、敬もまたぶっきらぼうに答えた。
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