煉獄の歌 

文月 沙織

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「そうだ、おまえの知り合いだ」
 瀬津は悪魔めいた微笑を浮かべた。薄暗い店内に、なぜかその残忍な笑みが奇妙なほど美しく浮かびあがる。
「照葉……」
 敬は呟いていた。
 間違いない。今、目の前で打擲されているのは照葉だった。
 悲鳴をあげ、涙でマスクを濡らし、それでも逃げることはできず、サディストの女王に鞭打たれる哀れな奴隷娘。どうやら女王役の女は職業的な演技ではなく、本当に真性のサディストらしく、啜り泣く照葉を見下ろし、満足そうに紅い唇に笑みを浮かべている。
 やがて、苦痛に耐えきれず、四つん這いの照葉はくずれるようにして倒れた。
 女王の黒いブーツが、情け容赦なく照葉を蹴る。照葉の身体は、転がるようにして床に落ちた。
「照葉」
 敬は見ていられない。思わず席を立ち、照葉にかけよった。
「照葉、おい、照葉、しっかりしろ」
 あられもない、ほぼ裸体となった身体のあちこちに赤い傷があり、痛々しげに腫れ、場所によっては血を噴いている箇所もある。
「医者、医者を」
「うう……ん」
 意識を取り戻しかけた照葉の腕をつかんで、敬はぎょっとした。そこに、いくつかの注射針の跡を見たからだ。
(まさか……覚醒剤?)
 覚醒剤などの麻薬のたぐいは、女を飼い殺しにするために暴力団がよくつかう手口である。
「あ……」
 敬の腕のなかで、目を覚ました照葉は、ぼんやりとした目を向けて来る。そこに、かつてはあった、火を吹くような自我の輝きはかけらもない。
「あ、あたし、うまくやれた?」
「ああ、良かったぞ」
 いつの間にか、近づいてきたサングラスを着けた黒服が、うまく芸をした犬を誉めるような口調で笑いながら言う。
「ほら、水だ」
 コップに入った水を飲ませてやる。
「さ、奥で少し休もうか?」
「あ、あれくれる?」
「ああ、やるぞ」
 〝あれ〟というのが何なのか、敬にはすぐ理解できた。
「駄目だ、照葉、薬はもう使うな!」
「うるさい坊やだね。店のことには口出ししないで欲しいね」
 男がムッとしたような顔になって敬を睨みつける。
「ほら、あっちで君の御主人様が呼んでいらっしゃるよ。行った、行った」
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