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四
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何よりいけ好かないのは、井上の妙にねちねちした女のような喋り方だ。「あれは、オカマだな」と、以前、木藤組長が嘲笑っていたことがあったが、多少、そういう癖もあるのだろう。だが、大事な金づるだ。満足させるようもてなすのも仕事だ。
(結局、やっていることは、そこいらの勤め人か小役人と同じだな)
ふと、瀬津は自分を嘲笑いたくなる。
極道だ、任侠道に生きる、と言っても、結局は上の顔色をうかがい、仕事上、おろそかにできない相手には腰を折り、目下の者を見ればいばり散らす。
若頭、と呼ばれながらも、こんな変態どものご機嫌取りに走り回っている自分は、傍目にはさぞ滑稽だろう。そんなことを思っていると、目が偶然、敬の目とかち合った。
出会ったころ、激しい気性を秘めた蒼黒の瞳は玻璃のようで、何も映してはいなかった。
怒りも憎しみも恨みもなく、ただ、これから起こることを甘受して、地獄の時間が一刻も早く過ぎ去ることだけを願っているかのようだ。
(腑抜けやがって)
内心、瀬津は舌打ちした。
だが、敬をそんなふうに追い詰めたのは瀬津自身だ。
安賀敬をとことん傷つけ、貶め、身も心も男娼に作り変える。
それが目的だった。そうなったとき、積年の恨みは癒され、復讐は終わり、自分のなかの行き場のない炎は静まると思っていたのだ。
だが、静まるどころか、いっそう燻り、燃え切ることも消えることもできず、身の内からじりじり瀬津を焼き焦がす。なんともいえない焦燥感。これをこの先またずっと抱くことになるのか……。
瀬津は、無性に腹が立ってきた。
「失礼します」
大林の声が聞こえて、花鳥が描かれた座敷が開き、姿を現したのは、呼ばれていた安賀勇だった。
「おお」
声をあげて目を輝かせたのは井上だ。
「んまぁ、これまたいい男!」
それまで無感情だった敬の顔が、一瞬、押し隠していた心を見せそうになったのを、目ざとい瀬津は見逃さなかった。
今日の勇は和装だった。
鉄紺色の羽織に、錆浅葱の着物。男らしい顔を伏せがちにしているところが、なんとも艶かしい。凛々しさに、ほのかな哀愁が匂いたち、それでいてそこはかとない色気。室に、季節を忘れた一輪の桔梗が咲いたかのようだ。
(そうだ。この男は、季節を、時代を間違って生まれてきてしまったのだ)
柄にもなく瀬津は、自分が買った男娼に、惻隠の情を持ちそうになった。
名高い侠客の家に生まれ、男としてこれほど完全な資質を備えながらも、今の勇は、肉体を売りものにすることしかできない。
(結局、やっていることは、そこいらの勤め人か小役人と同じだな)
ふと、瀬津は自分を嘲笑いたくなる。
極道だ、任侠道に生きる、と言っても、結局は上の顔色をうかがい、仕事上、おろそかにできない相手には腰を折り、目下の者を見ればいばり散らす。
若頭、と呼ばれながらも、こんな変態どものご機嫌取りに走り回っている自分は、傍目にはさぞ滑稽だろう。そんなことを思っていると、目が偶然、敬の目とかち合った。
出会ったころ、激しい気性を秘めた蒼黒の瞳は玻璃のようで、何も映してはいなかった。
怒りも憎しみも恨みもなく、ただ、これから起こることを甘受して、地獄の時間が一刻も早く過ぎ去ることだけを願っているかのようだ。
(腑抜けやがって)
内心、瀬津は舌打ちした。
だが、敬をそんなふうに追い詰めたのは瀬津自身だ。
安賀敬をとことん傷つけ、貶め、身も心も男娼に作り変える。
それが目的だった。そうなったとき、積年の恨みは癒され、復讐は終わり、自分のなかの行き場のない炎は静まると思っていたのだ。
だが、静まるどころか、いっそう燻り、燃え切ることも消えることもできず、身の内からじりじり瀬津を焼き焦がす。なんともいえない焦燥感。これをこの先またずっと抱くことになるのか……。
瀬津は、無性に腹が立ってきた。
「失礼します」
大林の声が聞こえて、花鳥が描かれた座敷が開き、姿を現したのは、呼ばれていた安賀勇だった。
「おお」
声をあげて目を輝かせたのは井上だ。
「んまぁ、これまたいい男!」
それまで無感情だった敬の顔が、一瞬、押し隠していた心を見せそうになったのを、目ざとい瀬津は見逃さなかった。
今日の勇は和装だった。
鉄紺色の羽織に、錆浅葱の着物。男らしい顔を伏せがちにしているところが、なんとも艶かしい。凛々しさに、ほのかな哀愁が匂いたち、それでいてそこはかとない色気。室に、季節を忘れた一輪の桔梗が咲いたかのようだ。
(そうだ。この男は、季節を、時代を間違って生まれてきてしまったのだ)
柄にもなく瀬津は、自分が買った男娼に、惻隠の情を持ちそうになった。
名高い侠客の家に生まれ、男としてこれほど完全な資質を備えながらも、今の勇は、肉体を売りものにすることしかできない。
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