4 / 150
策略 四
しおりを挟む
「代理結婚というのは、どういうことをするのですか?」
そう訊くドミンゴの黒い目は好奇に光っている。彼はもうすぐ三十だが、まだ独身である。給金の低い召使には珍しくないが、なんとかそのうちどうにかしてやらねば、と主であるアベルは思うのだが、忙しくてついつい忘れがちになっていた。
「手を握るか、足を重ねるか。そんなものだろう」
実を言うと、アベルもよくは知らないのだ。聞いた話ではそういうことをするのだそうだ。
「へー。ということは、あの王様とアベル様が脚を重ねられるので?」
アベルは苦笑する。実際、代理結婚では、十六歳の花嫁の代わりに六十歳の聖職者が出席し、花婿である相手と脚を重ねることもあったという。想像すると滑稽だが、それも重要な国際儀式だ。おろそかには出来ない。
「いずれにしろ、これが終われば、グラリオン王と我が国の王女は結婚したも同然だ」
しかし、現実には代理結婚を済ませておきながらも、諸般の事情で婚約や結婚が破棄されることもある。国際外交というのは、明日どうなるかは誰にも見えない。
「アベル様、陛下がお呼びでございます」
アベルはやや緊張して室の鏡を見ていた。この土地の気候ではマントは必要ない。純白のチュニックに黒絹のズボン、腰にはサファイアの飾り止め。儀式にいどむ外交官として不足はないだろう。
「今回は、従者の方はご遠慮くだされ」
そう言われては仕方なく、アベルはドミンゴを室にのこし、一人でハルムに先導されて宮殿の廊下をすすんだ。
通されたのは、昼間に案内された広間とは別だが、おなじぐらい広々としていた。
大理石の床に、天井には見事な薔薇と蔓草の浮き彫り模様が見える。円を描くように輪になって臣下たちが座っており、その背後には後宮の女たちや侍童たちが控えている。
「よく来た。皆の者、彼が今宵、余の花嫁となるアベル=アルベニス伯爵だ」
三十人ほどの臣下たちは拍手喝采を送った。
臣下たちの中央に立つ王は、こうして見るとますます大きく見える。一概にグラリオン人は大陸の人間にくらべると小柄だが、彼ディオ王に関しては当てはまらない。アベルと向きあっても、背も高く肩幅も大きい。かなりの美丈夫だ。
「花嫁よ、皆の祝福を受けるが良い」
「は、はぁ……」
アベルはきょとん、として突っ立ったままだ。何をどうしていいのかわからないが、無知をさらけだして祖国の恥となっては困る。
「諸卿からの贈り物でございます」
ハルムが羊皮紙を広げて読みあげた。
「アブト伯爵からは宝石三箱を、ブーディカ公爵からは名馬十数匹、エルビア太守からは薔薇の香油」
次々と読みあげられていく目録に目を丸めつづけていたアベルだが、今ひとつ自分の置かれた状況が理解できないでいた。
「花嫁よ、余の隣に座るがよい」
すかさず侍女らしき女がクッションをすすめる。
そう訊くドミンゴの黒い目は好奇に光っている。彼はもうすぐ三十だが、まだ独身である。給金の低い召使には珍しくないが、なんとかそのうちどうにかしてやらねば、と主であるアベルは思うのだが、忙しくてついつい忘れがちになっていた。
「手を握るか、足を重ねるか。そんなものだろう」
実を言うと、アベルもよくは知らないのだ。聞いた話ではそういうことをするのだそうだ。
「へー。ということは、あの王様とアベル様が脚を重ねられるので?」
アベルは苦笑する。実際、代理結婚では、十六歳の花嫁の代わりに六十歳の聖職者が出席し、花婿である相手と脚を重ねることもあったという。想像すると滑稽だが、それも重要な国際儀式だ。おろそかには出来ない。
「いずれにしろ、これが終われば、グラリオン王と我が国の王女は結婚したも同然だ」
しかし、現実には代理結婚を済ませておきながらも、諸般の事情で婚約や結婚が破棄されることもある。国際外交というのは、明日どうなるかは誰にも見えない。
「アベル様、陛下がお呼びでございます」
アベルはやや緊張して室の鏡を見ていた。この土地の気候ではマントは必要ない。純白のチュニックに黒絹のズボン、腰にはサファイアの飾り止め。儀式にいどむ外交官として不足はないだろう。
「今回は、従者の方はご遠慮くだされ」
そう言われては仕方なく、アベルはドミンゴを室にのこし、一人でハルムに先導されて宮殿の廊下をすすんだ。
通されたのは、昼間に案内された広間とは別だが、おなじぐらい広々としていた。
大理石の床に、天井には見事な薔薇と蔓草の浮き彫り模様が見える。円を描くように輪になって臣下たちが座っており、その背後には後宮の女たちや侍童たちが控えている。
「よく来た。皆の者、彼が今宵、余の花嫁となるアベル=アルベニス伯爵だ」
三十人ほどの臣下たちは拍手喝采を送った。
臣下たちの中央に立つ王は、こうして見るとますます大きく見える。一概にグラリオン人は大陸の人間にくらべると小柄だが、彼ディオ王に関しては当てはまらない。アベルと向きあっても、背も高く肩幅も大きい。かなりの美丈夫だ。
「花嫁よ、皆の祝福を受けるが良い」
「は、はぁ……」
アベルはきょとん、として突っ立ったままだ。何をどうしていいのかわからないが、無知をさらけだして祖国の恥となっては困る。
「諸卿からの贈り物でございます」
ハルムが羊皮紙を広げて読みあげた。
「アブト伯爵からは宝石三箱を、ブーディカ公爵からは名馬十数匹、エルビア太守からは薔薇の香油」
次々と読みあげられていく目録に目を丸めつづけていたアベルだが、今ひとつ自分の置かれた状況が理解できないでいた。
「花嫁よ、余の隣に座るがよい」
すかさず侍女らしき女がクッションをすすめる。
10
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる