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毒園の花 五
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さらに、この、目のまえの若い女が、あのおぞましい拷問道具を提案したのかと思うと、背に虫唾が走った。相手はそんなアベルの想いを察したのか、白い顔に笑みを浮かべる。
「あら、どうなさったの、ますますお顔を赤らめて? あの木馬は気に入ってくださらなかったのかしら?」
アイーシャが小首をかしげた瞬間、耳飾りのエメラルドが窓から差しこむ光にきらめいて、アベルの頬を刺す。
「……なるほど、と思っていたのだ。これが、あの木馬や褥を贈りつけてきた恥知らずな淫婦かと」
アイーシャの細い顔が固まった。
「その恥知らずな淫婦から、あらたな贈り物ですわ。サライア」
名を呼ばれて侍女は、用意してきたらしい大振りの籠を差しだす。掛けられていた白い絹が、はらりと床に落ちた。
「白百合の花ですの。陛下は白百合の花がお好きで、わたくしの室にはいつも白百合を活けておりますのよ。そのせいか、人はわたくしを〝白百合のお方様〟と呼びますの」
アイーシャの説明にアーミナとエリスは目を見交わした。
すこし事実と違う。ディオ王が白百合を好きなのは事実だが、それは亡くなった彼の生母が好きな花だったからだ。そのため、亡き王太后は〝白百合の王妃〟や〝白百合のお方様〟と若いころ呼ばれていた。つまり、王太后への呼称だったのだ。宮廷人はそれにちなんでアイーシャのことを〝毒百合のお方様〟と呼び習わしている。勿論、当人の前では絶対に口に出しはしないが。
「さぁ、お受け取りください」
言うや、アイーシャは数輪の百合の茎をつかみ、その花束でアベルの顔面を打った。
「……!」
白い花弁が幾枚か床石のうえに落ち、百合の香がほのかにあたりに舞う。
「くっ……」
痛みは耐えきれないものではないが、女、それもこの世でもっとも憎い男の愛人の手による打擲というのは、誇りたかいアベルの精神をきしませるものだった。
打擲は一度ではすまなかった。
二度、三度、四度……。アイーシャは狂ったように花束でアベルの顔を打ちつづける。花びらはすべて散って、あとにのこった茎の束は無残だった。
かすかに、葉がこすれたせいで、赤い筋がひとつアベルの白い頬に浮かび、さすがにエリスが眉をしかめた。
「アイーシャ様、伯爵のお身体にはいっさい傷をつけてはいけないという王命でございますよ」
「ほほほほほほ。あらあら、それは失礼、虫でも入っていたのかしらね?」
傷をつけたのは自分ではない、と言いたいのだろう。
「贈り物はまだありますのよ」
アイーシャは黒真珠の目をかがやかせ侍女を見る。
目線で催促されたサライアは、底が見えるように籠をかたむけさせた。
籠の底には、いくつかの白い塊……卵があった。
「あら、どうなさったの、ますますお顔を赤らめて? あの木馬は気に入ってくださらなかったのかしら?」
アイーシャが小首をかしげた瞬間、耳飾りのエメラルドが窓から差しこむ光にきらめいて、アベルの頬を刺す。
「……なるほど、と思っていたのだ。これが、あの木馬や褥を贈りつけてきた恥知らずな淫婦かと」
アイーシャの細い顔が固まった。
「その恥知らずな淫婦から、あらたな贈り物ですわ。サライア」
名を呼ばれて侍女は、用意してきたらしい大振りの籠を差しだす。掛けられていた白い絹が、はらりと床に落ちた。
「白百合の花ですの。陛下は白百合の花がお好きで、わたくしの室にはいつも白百合を活けておりますのよ。そのせいか、人はわたくしを〝白百合のお方様〟と呼びますの」
アイーシャの説明にアーミナとエリスは目を見交わした。
すこし事実と違う。ディオ王が白百合を好きなのは事実だが、それは亡くなった彼の生母が好きな花だったからだ。そのため、亡き王太后は〝白百合の王妃〟や〝白百合のお方様〟と若いころ呼ばれていた。つまり、王太后への呼称だったのだ。宮廷人はそれにちなんでアイーシャのことを〝毒百合のお方様〟と呼び習わしている。勿論、当人の前では絶対に口に出しはしないが。
「さぁ、お受け取りください」
言うや、アイーシャは数輪の百合の茎をつかみ、その花束でアベルの顔面を打った。
「……!」
白い花弁が幾枚か床石のうえに落ち、百合の香がほのかにあたりに舞う。
「くっ……」
痛みは耐えきれないものではないが、女、それもこの世でもっとも憎い男の愛人の手による打擲というのは、誇りたかいアベルの精神をきしませるものだった。
打擲は一度ではすまなかった。
二度、三度、四度……。アイーシャは狂ったように花束でアベルの顔を打ちつづける。花びらはすべて散って、あとにのこった茎の束は無残だった。
かすかに、葉がこすれたせいで、赤い筋がひとつアベルの白い頬に浮かび、さすがにエリスが眉をしかめた。
「アイーシャ様、伯爵のお身体にはいっさい傷をつけてはいけないという王命でございますよ」
「ほほほほほほ。あらあら、それは失礼、虫でも入っていたのかしらね?」
傷をつけたのは自分ではない、と言いたいのだろう。
「贈り物はまだありますのよ」
アイーシャは黒真珠の目をかがやかせ侍女を見る。
目線で催促されたサライアは、底が見えるように籠をかたむけさせた。
籠の底には、いくつかの白い塊……卵があった。
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