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花、開くまで 五
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その言葉はアベルにとって逆効果だった。
「こ、断る! 何故、私があの女にいたぶられなければならないのだ!」
「そんなことを言って、昨日はアイーシャ様に苛められて悦んでいたじゃないか」
アーミナが、首をアベルの腕に抑えこまれたままの苦しい体勢で、せせら笑った。
「貴様! 殺してやる」
アベルが本気で腕でアーミナの首を挟み、そのまま息の根を止めようとしているのを見て、エリスは溜息をついた。
「もう、本当にしょうがないな」
言うや、彼は寝台の天蓋から伸びている緑色の房紐に手を伸ばす。鈴の音が響き、両開きの扉が大きく開いた。
アベルは息を飲んだ。
そこには、なめし革の防具で身を飾っている巨体の宦官兵士たちが五人、並んでいたのだ。
「……!」
アベルが叫ぶ間もなく、兵士たちは室に踊り込み、アベルの手足を抑え込んだ。本当にあっという間のことで、アベルはなす術もなく、大理石の床に押し付けられてしまった。
「馬鹿だなぁ。鎖を外したからには、兵士を備えておくのは当たり前だろう」
愚かな子どもを嘲るようなアーミナの高飛車な態度にアベルは悔しさのあまり歯軋りした。
「放せ!」
たやすく両腕を宦官兵二人に取られ、いつものように両手首を鎖に繋げられてしまう。
「もう鎖は必要無いと思っていたけれど……。どうしたもんだろうね。やっぱり鞭打ちの許可を陛下に願いでようか?」
エリスは至極真面目に言い、顔を曇らせる。彼としてはアベルを傷つけたくはないのだろうが、彼からの憐憫などアベルには鬱陶しいかぎりだ。
「それしかないだろう? 馬鹿な奴隷を躾けるには叩くのが一番さ」
「でも、こんな綺麗な肌に傷をつけるなんて……」
アベルを前に二人の少年宦官がそんな会話をしていると、
「奴隷がまた手こずらせているんですって?」
真紅の裳裾をひるがえし、女王然として扉を割って入ってきたのはアイーシャだった。寝起きだったのか、長い黒髪は結うことなくそのままで、背に垂らしている。こういう姿で平然と出歩くこと自体、型破りな側室だが、周囲は慣れているようで誰一人おどろいていない。
宦官兵たちが一斉にアイーシャに向かって頭を垂れる。彼女の背後には今日も例のジャムズが控えている。
エリスとアーミナは軽く寵姫に向かって礼をしたが、それに応える間もなく、居丈高にアイーシャは声を放った。
「本当に聞き分けのない奴隷ね」
「どうしたものでしょう? 今、鞭打ちを考えておりました」
「こ、断る! 何故、私があの女にいたぶられなければならないのだ!」
「そんなことを言って、昨日はアイーシャ様に苛められて悦んでいたじゃないか」
アーミナが、首をアベルの腕に抑えこまれたままの苦しい体勢で、せせら笑った。
「貴様! 殺してやる」
アベルが本気で腕でアーミナの首を挟み、そのまま息の根を止めようとしているのを見て、エリスは溜息をついた。
「もう、本当にしょうがないな」
言うや、彼は寝台の天蓋から伸びている緑色の房紐に手を伸ばす。鈴の音が響き、両開きの扉が大きく開いた。
アベルは息を飲んだ。
そこには、なめし革の防具で身を飾っている巨体の宦官兵士たちが五人、並んでいたのだ。
「……!」
アベルが叫ぶ間もなく、兵士たちは室に踊り込み、アベルの手足を抑え込んだ。本当にあっという間のことで、アベルはなす術もなく、大理石の床に押し付けられてしまった。
「馬鹿だなぁ。鎖を外したからには、兵士を備えておくのは当たり前だろう」
愚かな子どもを嘲るようなアーミナの高飛車な態度にアベルは悔しさのあまり歯軋りした。
「放せ!」
たやすく両腕を宦官兵二人に取られ、いつものように両手首を鎖に繋げられてしまう。
「もう鎖は必要無いと思っていたけれど……。どうしたもんだろうね。やっぱり鞭打ちの許可を陛下に願いでようか?」
エリスは至極真面目に言い、顔を曇らせる。彼としてはアベルを傷つけたくはないのだろうが、彼からの憐憫などアベルには鬱陶しいかぎりだ。
「それしかないだろう? 馬鹿な奴隷を躾けるには叩くのが一番さ」
「でも、こんな綺麗な肌に傷をつけるなんて……」
アベルを前に二人の少年宦官がそんな会話をしていると、
「奴隷がまた手こずらせているんですって?」
真紅の裳裾をひるがえし、女王然として扉を割って入ってきたのはアイーシャだった。寝起きだったのか、長い黒髪は結うことなくそのままで、背に垂らしている。こういう姿で平然と出歩くこと自体、型破りな側室だが、周囲は慣れているようで誰一人おどろいていない。
宦官兵たちが一斉にアイーシャに向かって頭を垂れる。彼女の背後には今日も例のジャムズが控えている。
エリスとアーミナは軽く寵姫に向かって礼をしたが、それに応える間もなく、居丈高にアイーシャは声を放った。
「本当に聞き分けのない奴隷ね」
「どうしたものでしょう? 今、鞭打ちを考えておりました」
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