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第4部
[65] 4部2章/5 「たとえこの手が、檻であっても。」
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【4部2章】
/5
オフィスを満たす静寂は、蛍光灯の低い唸りと、志朗が紙を捲る乾いた音だけが揺らしていた。
窓の外は墨を流したような夜。遥か下方の街灯が、都市の底で瞬く星のように淡く灯る。
デスク上には、霞が整然と重ねた数枚の報告書。その白は、夜の闇を拒む最後の抵抗のように強く光っていた。
その中の一枚に、志朗の視線が吸い寄せられる。
――森田胡蝶。
その名が見出しに躍った瞬間、志朗の視線がそこに吸い寄せられた。
「……これが、俺の……本当の母親か」
その呟きは吐息のように落ち、オフィスの静寂に吸い込まれていく。
報告書に記された事実は、あまりにも淡白で、残酷だった。
――仏田光緑の不倫相手である森田という女は、かつて嵐山組に出入りしている人物だった。報告書の記述によれば、志朗が産まれて間もなく冬の山中で凍死していたという。
警察は事故死と判断したが、状況は不自然だった。
身元確認に時間を要したこと、所持品が焼かれていたこと、足取りの空白。
報告書の余白に添えられた霞の筆跡が、簡潔に「事件性は認められず」と記していた。
志朗の唇が、乾いた笑みに似た形に歪む。嘲りとも、諦念ともつかぬ、複雑な影を帯びて。
静寂を破ったのは、霞の低く抑えた声だった。
「志朗兄さん。さらなる調査を進めましょうか? 仏田家が関与していたかどうか突きとめますよ」
志朗は、首を振った。
背もたれへ深く身を預け、報告書を胸の上に伏せるように持ちながら、ゆっくりと天井を仰ぐ。
「いいよ、霞。もう、それ以上は必要無い」
「ですが、志朗兄さん」
「もし本当に知りたかったんなら……十年前からでも、いや、それよりずっと前からでも調べようと思えばできた筈だ」
目を閉じる。
吐く息がゆっくりと長く、過去の澱を押し出していく。
「でも、しなかった。……顔も、声も、何一つ覚えてないんだ。たぶん俺は、実の母親に対して執着なんかしてなかったんだよ」
志朗はやがて目を開き、黙って報告書を閉じた。
母の死と、自らの無関心。そのどちらがより重いのか、それを量る天秤はとうに壊れていた。
霞が一礼し、足音すら残さず退室する。扉が静かに閉じられると、再び無音の空間が戻ってきた。
閉じられた報告書の上に指先を置いたまま、志朗は身じろぎしない。蛍光灯の白が紙面の白を照らし、その隙間に沈む影を際立たせる。
過去は乾いた紙のように、指先にわずかな手応えだけを残しながら、彼の心を素通りしていく。
怒りも、悲しみも湧かない。ただひとつ、何かが深い水底へ落ちていくような、重く鈍い響きだけが胸に残っていた。
扉が再び開いたのは、それから数分後のことだった。
戻ってきた霞が、いつもの沈着な表情を崩さないまま、淡々と告げた。
「仏田本家から、Eメールが届きました」
「……なに?」
「燈雅様が、志朗兄さんと話す機会を設けられないかと打診されています」
一拍。志朗の眉が跳ね上がる。
「兄貴が?」
不意を突かれた驚愕。そして、その奥底にひっそり沈む長年の警戒心の影があった。
◆
仏田志朗は、つい先日、三十歳の節目を迎えた。
世間の表舞台では「若き実業家」「時代の寵児」と評される。そんな志朗の一日は、分刻みに刻まれていた。
会食、視察、各企業との交渉。水面下の調整、政治家との密談、そして嵐山組若き組長としての裏の取引まで。
いずれも彼の肩にのしかかる巨大な責務だったが、仏田本家の当主――兄・燈雅からの呼び出しとなれば、全てを脇へと押しやらねばならなかった。
翌夜。都市の片隅にひっそりと佇む高級レストランの前に、黒塗りの車が静かに滑りつく。
喧噪から切り離されたかのような静謐の中、店の灯が水面のように揺れた。
最初に現れたのは仏田家の頂点・仏田燈雅。
紫と黒の濃淡が織りなす雅やかな紋付に身を包み、背後に控える護衛たちは影のように無音で続く。
その姿は、優雅でありながら威圧を秘め、ただそこに立つだけで場の空気を塗り替えるほどだった。
続いて、志朗が席に着いた。
艶やかなダークスーツは完璧に仕立て上げられ、襟正しく結ばれたタイには一分の乱れもない。
仄かに漂う高級コロンの香りが、彼が背負う立場と覚悟を静かに語っていた。
卓上には季節を映すような料理が控えめに並べられ、皿の表面に灯りが揺れている。
しかしその美しさとは裏腹に、言葉は慎まれ、礼儀の域を一歩も出ないまま食事は進んでいった。
「相変わらず志朗は忙しそうだな。だが顔色も悪くない。安心した」
燈雅が、柔らかな笑みを貼り付けたまま口を開く。
声音は穏やかに聴こえるが、その裏に流れる本心は、誰であっても、弟である志朗でさえ読めない。
「兄上も山奥からわざわざご足労くださり、ありがとうございます」
志朗は、完璧に制御された笑みを返す。
二人は経済情勢、会社の業績、仏田家周辺の時事など、ごく当たり障りない話題だけを交わす。言葉は丁寧に磨かれ、決して感情の棘を露わにすることはない。
まるで、舞踏のような会話の応酬。兄弟というより、互いの仮面を知り尽くした交渉者同士の慎重な均衡だった。
燈雅はふと視線を上げ、志朗の目を深く覗き込む。
その瞳は静かでありながら、まるで心の隙を探し当てようとするように鋭く、冷たく、美しい。
志朗もまた、それに動じることなく応じ、表情を崩さぬまま適切な距離を保ち続けた。
兄弟としての温みはどこにもない。懐かしさも、笑い合う気配もない。ただ、互いに相手の心の奥を覗こうとしながら、絶対に覗かせはしないという、精密な均衡だけが卓の上に張り詰めていた。
杯が進み、料理が静かに片づけられ始めた頃、燈雅はグラスに添えた細い指先を止め、瞼を伏せた。
仕草は穏やかでありながら、空気の温度を一瞬で変える。
「さて、志朗。少し今後の話をしようか」
卓上の灯が揺らぎ、長い沈黙を切り裂くように、燈雅は指先でグラスを静かに置いた。
「最近、機関の動きに妙な風向きが出てきている。志朗も気づいているだろう?」
志朗はグラスをゆるやかに回し、琥珀色の酒を静かに揺らしながら、低く応じる。
「……R号、か」
その名を口にした途端、声に重みが落ちる。
レジスタンスを名乗る連中――理想を掲げ、破壊と混乱だけを残す、薄っぺらい義憤の玩具。
志朗の眼には、その程度にしか映らなかった。
「革命ごっこも結局は悪質な扇動屋の延長ですよ。こちらじゃR号と呼んでいる。報告にも記録にも、そう書いてある」
うっすらと浮かべた微笑は、温度を持たない。冷笑の影だけが唇の端に残る。
「もちろん対処はしています。警察筋には牽制を、マスコミには流れを。朱指も動いている。……今月だけで三件処理済みです」
「……ほう」
燈雅の眉が動いた。
酒器を静かに伏せ、志朗へ視線を据え直す。
「だが、明らかに件数が増えてきているみたいでね。同志が、連携して動き始めているようだ」
散発的だった動きが、今は明確な思想と数段上の計画性を帯びている。
その事実が、仏田家を統べる者としての警戒心を静かに掻き立てていた。
「志朗も分かっているだろう。資金、物資、情報……どれも組織的だ。素人の独立した反乱じゃない。背後に誰かがいる。……彼らを“軍”に仕立てている者が」
志朗の眉間にひとつ、深い皺が沈んだ。
兄がここまで率直に言葉を継ぐことは、稀だ。
つまりこの状況は、すでに無視できる域を大きく越えている。
「放っておける段階じゃなくなってきてる……そういうことか」
燈雅は、頷いた。紫と黒の紋付が淡い灯りに揺れ、闇の濃淡と交わりながらその身を引き絞るような影を作る。
兄弟の本当の会話が、いま幕を上げる。
「随分うちは嫌われたものだね。成功者は、いつだって羨望と嫉妬の的だ」
燈雅が冷ややかな支配者の微笑みを浮かべる。
「光が強ければ、影も深くなるもんだ。とはいえ……R号にはそろそろ報いを与えてやらないと。遅れれば遅れるほど、こっちが厄介になる」
志朗の一言に、燈雅は静かに頷き、唇に薄い笑みを浮かべた。
「そうだね。志朗にはまだ内緒だが……我々も、大きな仕掛けを用意しているところでね」
「……それは初耳だ」
志朗は姿勢こそ崩さず、しかし瞳には探りの色を宿す。
問い返す声は穏やかだが、内側に潜む警戒はひりつくように繊細だった。
「隠していたわけじゃないさ。まだ煮詰めの最中でね。整い次第、きちんと話すつもりだ」
燈雅はグラスを唇に運び、その縁に指を添えたまま、低く呟く。
「――千年後となる2005年のうちに、やりたいことがある。家として、な」
「やりたいこと……? 千年って、何が?」
「詳細は追って。……とにかく、うちの動きは確実に今より大きくなる。それまでは、足元を整えておいてほしい」
その声音は、命令の形を借りながら、どこかで弟にだけ見せる信頼の影を帯びていた。
志朗はふっと笑った。
丁寧に抑えたその笑みには、静かに熱が絡みついていた。
「兄貴のやりたいことがどんな怪物でも、支えてみせますよ。うちの全力で」
盃の触れ合う音が響いた。
夜は深まり、仄かな灯りが二人の影を長く伸ばしていく。
その向こう側――闇のさらに奥で、何か巨大なものが蠢き、目を覚まそうとしている気配があった。
金の箸置きが灯に照らされ、紫黒の漆器に冷たい光を返す。
微光は、今後旅路を照らすかのように脆く、鋭かった。
「R号に限らず、仏田家や機関の衰退を願う連中が最近とみに目立ってきている。志朗。お前も、少しは警戒しておけ」
「兄貴の口からその台詞が出るってことは……もう遊びの段階は過ぎたんだな」
小さく頷く当主の仕草は慎ましいが、重苦しさが滲んでいた。
「内部ではすでに慎重な調整が始まっている。火種を立てぬよう、しばらくは躍進よりも保守。……派手な動きは控えよ、との判断だ」
「随分お優しいお達しで。つまり、狩りも控えろってことか」
乾いた笑いを漏らしながらも、目は冷たく光っていた。
志朗の仕事は、ときに法律の網をすり抜け、ときに命を踏み躙る。だが、それこそが仏田という家を支える現実だ。
燈雅は微笑を崩さぬまま告げる。
「ゼロにしろとは言わない。ただ、細心を尽くせ。不要な一手が全てを崩す」
「……心得てる。足元を掬うのは、いつだって小さな油だからな」
グラスが持ち上がる。けれど今や、その盃を満たすのは酒ではなかった。
粘りつく沈黙。重く沈殿する覚悟。それらこそが仏田の血の重みであり、この兄弟が背負わされた、逃れ難い宿命だった。
「それと……これは、あくまで提案なんだが。志朗」
志朗は短く相槌を打ちながらも、兄の瞳に宿る色の変化を見逃さない。
小さな間を置た燈雅が、真正面から弟の瞳を見据える。
「お前、ペットを飼っていただろう?」
警戒が、瞬時に胸へ滲む。
「……それが、何か?」
返した声は低く静かだが、奥底では刃が抜かれている。
「志朗の命を守るための“保険”として置かれている存在だ。違うか? だったら、再調整してやるのも良いと思ってね。お前も今じゃ機関の顔だ。名が売れた分、狙われる確率は跳ね上がる。手遅れになる前に備えておくべきだ」
「……つまり、俺の盾にしろと?」
志朗の皮肉は鋼のように平滑で、容赦がなかった。
兄は微動だにせず、当然のように肯定する。
「そうだよ」
迷いもなく、慈愛のふりすらせず。
まるで他に選択肢がないと言わんばかりの口ぶりで。
「大事な志朗の身体を守るために、あの異能は極めて有用だ。一度機関に戻して最新設備で再調整すれば、もっと使い勝手が良くなる。反射神経の強化、視野の拡張……感情制御も改めて施しておくといい。お前に対する依存を上げておけば、暴走も減る」
“生きたもの”に向ける言葉ではなかった。
命を前にしているはずなのに、家電の新型モデルを語るような、血も体温も欠いた声音。
「オレの男衾は見てるだろう? あれも大山さんの自信作、最高傑作だよ。志朗のところの子も同じ技術で仕上がっている。拡張作業も問題ないはずだ。時間も掛からないよ」
志朗は、返事をしない。
喉に詰まるのは怒りではなく、もっと重いものだった。
シキの体温。沈黙。寄り添う夜。言葉を持たずとも“側にいる”という事実だけで満たされた時間。
それらが胸の奥で何か黒いものと結びつき、息を止める。
「……兄貴。それは、当主としての命令か?」
絞り出すような問いだった。
燈雅は穏やかに笑う。
「違うよ、意見だ。効率的に家族を守りたいという愛でもある。……嫌かい?」
その瞬間、志朗は悟った。
兄は血を分けた存在ではあるが、同じ生き物ではない。
仏田家の当主とは、もはや人であることを辞めた者のことなのだと。
「再調整の予約は既に取ってあるよ。この会食が終わり次第、使いを送る。調整が終われば、お前のオフィスに戻しておく」
語り口は決定事項の報告であり、覆る余地のない命令のよう。
仏田家の未来のため。志朗という資源の保全のため。兄は、それを愛と信じているようだった。
「いらねえよ」
だから志朗の声で、あらためて断ち切った。静かだが、鋭く。
燈雅は目を細めたが、表情には一片の乱れもない。
むしろ、拒絶すら弟の成長の証として眺めるような柔らかな笑みで問い返す。
「どうして?」
好き嫌いはよくないと諭すような、優しさすら含んだ問い掛け。
志朗はグラスを卓に戻し、瞳を伏せることなく言った。
「俺の身の回りのことは、俺自身が決める。いつまでもお兄様に全部やってもらわなきゃいけない子供じゃない」
低く、明確な拒絶の声。反抗でも感情の爆発でもない。侵された領分に対する、はっきりとした線引きだ。
その裏には渦巻く怒り――それはシキという存在を、ただの部品のように扱う無神経さに対する激しい憤りがある。
どれほどの夜を、彼は黙って志朗の隣にいたか。どれだけ何も言わずに、志朗自身に向き合ってくれたか。
それを知らずに「再調整」の一言で無にしようとする兄に、志朗は吐き気すら覚えていた。
だが、敢えて口には出さない。この場には、いや、シキ以外の他人には必要無いからだ。
燈雅は、その内心を見透かすような目で微笑む。
志朗もまた、視線に屈せず、感情を仮面の奥へと押し隠した。支配に抗うための沈黙という名の刃だった。
「まさか、可愛すぎて手元に置いておきたい、なんて理由じゃないよね?」
燈雅が笑みを含んだ声で、言う。
「……違う」
即座に返す志朗の声は、乾いていた。
「そりゃそうか。志朗は、エルフ狩りの中心人物だった。金と契約のために、同胞を解体し、売った男だ。ペットに情なんてかける筈がない」
言葉には、無言の圧が潜んでいる。
――思い違いをするな。お前は仏田志朗だ。それ以上でも、それ以下でもない。
志朗の胸に、そのような意図が突き刺さる。
エルフに哀れみを抱いたことは一度も無い。少なくとも――最初は。
シキも例外ではなかった。ただの偶然、あるいは戯れだった。
けれど呼吸を聞き、肌を重ね、共に夜を越えるたびに、気づかぬうちにその存在が手放せなくなっていた。
それでも、決して肯定しない。狩りを否定すれば、出会いすらなかった。その事実を忘れるわけにはいかない。
「……分かってるさ。判別は、できてる」
燈雅は、満足げに目を細めた。弟が正しく仏田であることを、再確認したかのように。
盃の酒が揺れる。だが志朗の胸には、言葉にできぬ痛みが静かに沈んでいた。
「再調整の予約は、キャンセルか」
燈雅が呟き、志朗は短く「ああ」と答えた。
しかし、兄はそこで終わらせなかった。
「だが、健康診断の予約はしようか。そちらは受けさせろ」
「は? ……そんなもん、いらねえよ」
志朗の眉間に露骨な皺が寄る。
あの異形の身体の、どこに不調があるというのか。
「いや、必要だ。あの子を飼ってもう何年目になる? そもそも、いつ診せた? ……志朗、お前自身は人間ドックに行っているのか?」
その問いに、志朗は言葉を失う。
一度も見せてない。それが答えだった。
「志朗。お前、もう三十路だぞ。自覚を持て。少しは自分の身体も労れ」
「……あー……」
情けない声が漏れる。
多忙と睡眠不足、乱れた生活。志朗のそれらが、シキに負荷として蓄積しているとは、想像すらしていなかった。
「……それは、頼むかもしれない」
ぽつりとこぼすと、燈雅は素直に笑った。
「うん、それがいい。今はペットにも検査が義務付けられている時代だからな」
「……そういう軽口が、一番腹立つんだよ」
そう言って顔を背ける志朗の唇が、微かに緩んだ。
まったく、兄というのはどこまで先回りするのか。だがこんな小言なら、時に悪くない。
声の向こうに小さく穏やかな安心が灯るのを、志朗は否応なく感じていた。
「……おかえりなさいませ」
タワーマンションの静寂を破ったのは、漂うアロマの香と、柔らかな間接照明の淡い光だった。
外の喧騒も、酒席でまとった仮面も、この玄関をくぐった瞬間に遠ざかっていく。
光の帯の先に立っていたのは、変わらぬ所作を身に刻んだ男――シキ。
十数年を経ても変わらぬ容貌。時が触れぬよう磨かれた、美しい輪郭。抑揚を削ぎ落とした声音は、まるで永遠に澄み切った水面のよう。静謐な響きが、志朗の胸にわずかな温度と余白をもたらす。
志朗はネクタイを指でほどきながら、小さく息を漏らした。
笑いにも似て、疲労にも似て、どこにも落ち着かない揺らぎを孕んだ息。
「……ん。ただいま」
声はひどく掠れていた。酒が回ったせいか、あるいは兄との会食で削られた何かの名残か。
シキは何も問わない。ただ、滑らかな所作で近づき、志朗の上着にそっと手を伸ばす。
乱れを許さぬ動きで受け取り、ハンガーへ掛ける姿は、儀式のように静かで美しかった。
グラスの水、冷えたタオル。志朗が欲するであろうものは、声を発するより早く整えられている。まるで、彼の呼吸そのものを先読みするかのように。
その細やかさが、胸をじわりと満たす。
志朗は、ゆっくりと息を吐いた。吐息の奥から、長い一日の鎧が音もなく剥がれ落ちていく。
理性の整列がほどける。警戒も、苛立ちも、対外的な仮面も、すべて爪先から崩れていく。
そして――ふと、抗いようのない衝動が胸の奥から浮かび上がった。
志朗は、シキの肩に身を預けた。
その動きはあまりにゆるやかで、ひどく自然で、誰よりも志朗自身が驚いていた。
酒の熱、疲労、そしてもう一つ……名を持たぬ甘えにも似た衝動が、彼の頬をシキの胸元へと滑らせる。
シキは微動だにしない。拒まない。受け止め、支え、ただそこに在り続ける。
志朗の指先が、シキの衣を握った。
(……ああ。お前だけは、裏切らないでいてくれ)
心の奥底に沈んでいた叫びが、言葉にならぬまま滲み出すようだった。
長い一日も、兄の声も、家の影も、すべてが遠のいて、ただひとつの重心だけが残る。
――この男のもとに、帰ってきたのだ。
「……一緒に、風呂に入れ」
耳元で呟かれた声は低く、どこまでも切実だった。
命令の形を取りながらも、それは志朗という男の、唯一無二の弱さの告白だ。
シキは一瞬だけ動きを止めた。けれど何も問わず、何も拒まず、志朗の重みをしっかりと受けとめる。
「承知しました。湯加減を見てまいります」
二人はバスルームへと向かった。言葉にならない感情が幾重にも絡みつき、誰にも見せることのない絆の温度が確かに宿る。
陶器のような白い背がスーツの布に寄り添う。やがて扉が閉まり、室内には微かな湯気と、寄せ合う鼓動だけが残された。
浴室の灯りは、琥珀色の柔らかな光を落としていた。
天井に沿って立ちのぼる湯気が、夜の輪郭をぼやかすように揺れている。
シキの指が湯面をなぞるようにして、そっと温度を確かめた。わずかに熱い。志朗が好む、少しだけ強めの温もり。彼は何も言わず、その加減に湯を止めた。
湿った静けさの中で快楽の色が響く。湯が小さく鳴り、二人の体温が浴槽の中に溶けていく。
先に湯に身を沈めた志朗は、息を抜くように長く吐き出した。
「……生き返る」
重力の檻を解かれた身体が、酒の残り火と湯の抱擁にほどけていく。
肩まで浸かりながら、彼はただ目を細める。無防備に、それでもどこか満ち足りた仕草で。
湯煙の向こうに、何も言わず同じ湯に浸かるシキの姿があった。
横顔は湯気に溶ける輪郭のまま、現実と夢の間にあるように美しかった。静かで、曖昧で――それでいて確かに、この場にいる。志朗の隣に、ただ、在る。
志朗は手を伸ばし、湯に濡れた肩をそっと引き寄せた。拒絶も、躊躇いもない。肌が触れ合い、熱を分け合う。
「なあ……お前、今夜は静かすぎるだろ」
志朗の声には、微かな笑みと、隠しきれない寂しさが滲んでいた。
「いつも通りです」
「嘘つけ。俺が酔ってるから、気ぃ遣ってんだろ」
問いかけに重ねるように、ぬるい湯音が揺れる。しばしの沈黙ののち、ぽつりと。
「……図星です」
珍しく、素直な答えが返ってきた。
志朗は、ふっと喉の奥で笑った。指先を湯の中で探り、シキの指に重ねる。細く、温かく、動かない。ただ黙ってそこにいて、志朗の呼吸の深さに寄り添っている。
そこには、命令も従属もない。所有を超えた何か、感情とも絆とも名づけ難いそれが、確かに芽吹いていた。
湯気が全てを曖昧に染める中、志朗は目を閉じた。
世界が今だけは、優しくできているような気がした。
湯気に濡れた静寂をそのまま纏いながら、志朗はシキの体を抱き上げた。
湯で火照った肌は白磁のように滑らかで、細くしなやかな四肢は志朗の腕の中で息を潜めるように呼吸していた。
寝室のシーツにそっと横たえると、シキは瞼を閉じたまま息をしている。胸の規則的な上下に呼吸を合わせるようにして、志朗もまた目を細めた。
「熱、こもりすぎたか」
指先で額をなぞり、頬の熱を確かめる。ぬるい呼気が肌にかかるたび、微かな安堵と、なぜだか不安が入り混じる。
唇が頬に触れても、シキは拒まなかった。
そのまま志朗の唇は、耳元へと滑っていく。
長く尖った耳――エルフであることを示す、もっとも象徴的な器官。柔らかな軟骨の縁にふれると、不意に、冷たい現実が思考の奥に割り込んできた。
この耳を、装飾品として剥ぎ取ろうとする者たちがいる。異種の肉体、美貌、異能――それらを素材として見做す側。それが機関。志朗はその中心にいる。
そんな機関を悪と断じて破壊を掲げる反抗勢力――R号。
シキは、その「救われるべき象徴」として、最も相応しい存在だ。虐げられ、矯正され、名前すら奪われた彼は、明らかに助け出されるべき者だ。
もしシキがR号の存在を知れば、どうするだろう。自由を約束され、正義の名を囁かれたなら、その手を取るだろうか。
(……あいつらの味方になるのか)
無意識に、志朗の指が耳をなぞっていた。
理屈としては、当然の帰結だ。誰だって「救う」と言ってくれる者に惹かれる。「自由になれる」と手を差し伸べられたなら、その光を信じたくなる。
けれど今、シキは志朗の腕の中にいる。
言葉を待ち、命令に従い、温もりを拒まずにいる。その事実が、志朗の心をじくじくと軋ませる。
仄暗い寝室の光の中、シキの瞼が小さく震えた。志朗は耳元から離れ、じっとその顔を見つめる。
裸の肩にかかる銀の髪。細い喉。火照りを帯びた頬。ここに至るまで、どれほどのものを奪われ、上書きされてきたのか。
(……シキは、奴隷だ。俺の……奴隷)
その言葉を、改めて心の底に沈める。
かつて見世物小屋で名も知らぬ男たちの欲望に晒され、顧客の好みに合わせて調教され、奉仕する機能を身体にも精神にも叩き込まれていた。
志朗の元に来てからも、その枷は解けていない。性処理、家事、応対、管理。命令なくして動かず、外に出る自由も与えられず、首には未だに、形ばかりの所有の象徴が残されている。
R号にとって、シキは「救うべき存在」に他ならない。その理屈は、志朗自身が一番よく分かっている。
だが、もし。もしも、シキが本当に自由を告げられたなら。志朗のもとを、黙って去っていくだろうか。
(……行くかもしれない)
その可能性が胸に刺さった瞬間、喉が灼けるように熱くなった。
拳がゆっくりと握られる。
シキには、自由になる権利がある。この檻の外で、光の中を歩く資格がある。志朗に、それを止める権利などない――本当は、無いのだ。それでも。
(シキを自由にするなら、俺がする。誰かに……されたくない)
志朗は低く、呻くように呟いた。
自分でもよく分かっている。これは醜いエゴだ。どうしようもない執着だ。
それでも、欲しいと思ってしまった。他の誰にも、触れさせたくないと思ってしまった。
(これは俺のものだ。でも、もう、奴隷じゃない……)
誰に赦しを請うわけでもない。ただ、自分に言い聞かせるように。
たとえこの手が、檻であっても。たとえ、いつか憎まれ、背を向けられるとしても。この存在を、手放したくなかった。
(どうして、こんなにもシキに執着してしまうのか)
その問いには、もう答えがあった。
志朗は飢えていた。愛情に、理解に、真っ直ぐな視線に。父は教育と立場だけを与えた。母は壁の向こうの存在だった。周囲は畏れ、褒めながらも距離を置いた。
だから、新座の無邪気さが温かかった。ただの余り物でも分け与えられる行為が、志朗には救いになった。
そんな中、シキに出会った。
(俺のために時間を使い、体を差し出し、何も言わず、傍にいてくれる存在)
それが命令だとしても、志朗には抗いがたいほど、甘い毒だった。
恋ではない。尊い愛でもない。錯覚でも構わなかった。十年以上、こんなにも長く近くに居続けてくれる存在が、愛おしくてたまらなかった。
指先でそっと額を撫でる。皮膚の温もりが、遠くて近い。
(本当は、自由にしてやるのが一番だって……分かっていても)
「愛してる。傍にいてくれ。……ずっと」
奪われるのが怖い。会えなくなるのが怖い。――代わりなど、どこにもいないのだ。
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オフィスを満たす静寂は、蛍光灯の低い唸りと、志朗が紙を捲る乾いた音だけが揺らしていた。
窓の外は墨を流したような夜。遥か下方の街灯が、都市の底で瞬く星のように淡く灯る。
デスク上には、霞が整然と重ねた数枚の報告書。その白は、夜の闇を拒む最後の抵抗のように強く光っていた。
その中の一枚に、志朗の視線が吸い寄せられる。
――森田胡蝶。
その名が見出しに躍った瞬間、志朗の視線がそこに吸い寄せられた。
「……これが、俺の……本当の母親か」
その呟きは吐息のように落ち、オフィスの静寂に吸い込まれていく。
報告書に記された事実は、あまりにも淡白で、残酷だった。
――仏田光緑の不倫相手である森田という女は、かつて嵐山組に出入りしている人物だった。報告書の記述によれば、志朗が産まれて間もなく冬の山中で凍死していたという。
警察は事故死と判断したが、状況は不自然だった。
身元確認に時間を要したこと、所持品が焼かれていたこと、足取りの空白。
報告書の余白に添えられた霞の筆跡が、簡潔に「事件性は認められず」と記していた。
志朗の唇が、乾いた笑みに似た形に歪む。嘲りとも、諦念ともつかぬ、複雑な影を帯びて。
静寂を破ったのは、霞の低く抑えた声だった。
「志朗兄さん。さらなる調査を進めましょうか? 仏田家が関与していたかどうか突きとめますよ」
志朗は、首を振った。
背もたれへ深く身を預け、報告書を胸の上に伏せるように持ちながら、ゆっくりと天井を仰ぐ。
「いいよ、霞。もう、それ以上は必要無い」
「ですが、志朗兄さん」
「もし本当に知りたかったんなら……十年前からでも、いや、それよりずっと前からでも調べようと思えばできた筈だ」
目を閉じる。
吐く息がゆっくりと長く、過去の澱を押し出していく。
「でも、しなかった。……顔も、声も、何一つ覚えてないんだ。たぶん俺は、実の母親に対して執着なんかしてなかったんだよ」
志朗はやがて目を開き、黙って報告書を閉じた。
母の死と、自らの無関心。そのどちらがより重いのか、それを量る天秤はとうに壊れていた。
霞が一礼し、足音すら残さず退室する。扉が静かに閉じられると、再び無音の空間が戻ってきた。
閉じられた報告書の上に指先を置いたまま、志朗は身じろぎしない。蛍光灯の白が紙面の白を照らし、その隙間に沈む影を際立たせる。
過去は乾いた紙のように、指先にわずかな手応えだけを残しながら、彼の心を素通りしていく。
怒りも、悲しみも湧かない。ただひとつ、何かが深い水底へ落ちていくような、重く鈍い響きだけが胸に残っていた。
扉が再び開いたのは、それから数分後のことだった。
戻ってきた霞が、いつもの沈着な表情を崩さないまま、淡々と告げた。
「仏田本家から、Eメールが届きました」
「……なに?」
「燈雅様が、志朗兄さんと話す機会を設けられないかと打診されています」
一拍。志朗の眉が跳ね上がる。
「兄貴が?」
不意を突かれた驚愕。そして、その奥底にひっそり沈む長年の警戒心の影があった。
◆
仏田志朗は、つい先日、三十歳の節目を迎えた。
世間の表舞台では「若き実業家」「時代の寵児」と評される。そんな志朗の一日は、分刻みに刻まれていた。
会食、視察、各企業との交渉。水面下の調整、政治家との密談、そして嵐山組若き組長としての裏の取引まで。
いずれも彼の肩にのしかかる巨大な責務だったが、仏田本家の当主――兄・燈雅からの呼び出しとなれば、全てを脇へと押しやらねばならなかった。
翌夜。都市の片隅にひっそりと佇む高級レストランの前に、黒塗りの車が静かに滑りつく。
喧噪から切り離されたかのような静謐の中、店の灯が水面のように揺れた。
最初に現れたのは仏田家の頂点・仏田燈雅。
紫と黒の濃淡が織りなす雅やかな紋付に身を包み、背後に控える護衛たちは影のように無音で続く。
その姿は、優雅でありながら威圧を秘め、ただそこに立つだけで場の空気を塗り替えるほどだった。
続いて、志朗が席に着いた。
艶やかなダークスーツは完璧に仕立て上げられ、襟正しく結ばれたタイには一分の乱れもない。
仄かに漂う高級コロンの香りが、彼が背負う立場と覚悟を静かに語っていた。
卓上には季節を映すような料理が控えめに並べられ、皿の表面に灯りが揺れている。
しかしその美しさとは裏腹に、言葉は慎まれ、礼儀の域を一歩も出ないまま食事は進んでいった。
「相変わらず志朗は忙しそうだな。だが顔色も悪くない。安心した」
燈雅が、柔らかな笑みを貼り付けたまま口を開く。
声音は穏やかに聴こえるが、その裏に流れる本心は、誰であっても、弟である志朗でさえ読めない。
「兄上も山奥からわざわざご足労くださり、ありがとうございます」
志朗は、完璧に制御された笑みを返す。
二人は経済情勢、会社の業績、仏田家周辺の時事など、ごく当たり障りない話題だけを交わす。言葉は丁寧に磨かれ、決して感情の棘を露わにすることはない。
まるで、舞踏のような会話の応酬。兄弟というより、互いの仮面を知り尽くした交渉者同士の慎重な均衡だった。
燈雅はふと視線を上げ、志朗の目を深く覗き込む。
その瞳は静かでありながら、まるで心の隙を探し当てようとするように鋭く、冷たく、美しい。
志朗もまた、それに動じることなく応じ、表情を崩さぬまま適切な距離を保ち続けた。
兄弟としての温みはどこにもない。懐かしさも、笑い合う気配もない。ただ、互いに相手の心の奥を覗こうとしながら、絶対に覗かせはしないという、精密な均衡だけが卓の上に張り詰めていた。
杯が進み、料理が静かに片づけられ始めた頃、燈雅はグラスに添えた細い指先を止め、瞼を伏せた。
仕草は穏やかでありながら、空気の温度を一瞬で変える。
「さて、志朗。少し今後の話をしようか」
卓上の灯が揺らぎ、長い沈黙を切り裂くように、燈雅は指先でグラスを静かに置いた。
「最近、機関の動きに妙な風向きが出てきている。志朗も気づいているだろう?」
志朗はグラスをゆるやかに回し、琥珀色の酒を静かに揺らしながら、低く応じる。
「……R号、か」
その名を口にした途端、声に重みが落ちる。
レジスタンスを名乗る連中――理想を掲げ、破壊と混乱だけを残す、薄っぺらい義憤の玩具。
志朗の眼には、その程度にしか映らなかった。
「革命ごっこも結局は悪質な扇動屋の延長ですよ。こちらじゃR号と呼んでいる。報告にも記録にも、そう書いてある」
うっすらと浮かべた微笑は、温度を持たない。冷笑の影だけが唇の端に残る。
「もちろん対処はしています。警察筋には牽制を、マスコミには流れを。朱指も動いている。……今月だけで三件処理済みです」
「……ほう」
燈雅の眉が動いた。
酒器を静かに伏せ、志朗へ視線を据え直す。
「だが、明らかに件数が増えてきているみたいでね。同志が、連携して動き始めているようだ」
散発的だった動きが、今は明確な思想と数段上の計画性を帯びている。
その事実が、仏田家を統べる者としての警戒心を静かに掻き立てていた。
「志朗も分かっているだろう。資金、物資、情報……どれも組織的だ。素人の独立した反乱じゃない。背後に誰かがいる。……彼らを“軍”に仕立てている者が」
志朗の眉間にひとつ、深い皺が沈んだ。
兄がここまで率直に言葉を継ぐことは、稀だ。
つまりこの状況は、すでに無視できる域を大きく越えている。
「放っておける段階じゃなくなってきてる……そういうことか」
燈雅は、頷いた。紫と黒の紋付が淡い灯りに揺れ、闇の濃淡と交わりながらその身を引き絞るような影を作る。
兄弟の本当の会話が、いま幕を上げる。
「随分うちは嫌われたものだね。成功者は、いつだって羨望と嫉妬の的だ」
燈雅が冷ややかな支配者の微笑みを浮かべる。
「光が強ければ、影も深くなるもんだ。とはいえ……R号にはそろそろ報いを与えてやらないと。遅れれば遅れるほど、こっちが厄介になる」
志朗の一言に、燈雅は静かに頷き、唇に薄い笑みを浮かべた。
「そうだね。志朗にはまだ内緒だが……我々も、大きな仕掛けを用意しているところでね」
「……それは初耳だ」
志朗は姿勢こそ崩さず、しかし瞳には探りの色を宿す。
問い返す声は穏やかだが、内側に潜む警戒はひりつくように繊細だった。
「隠していたわけじゃないさ。まだ煮詰めの最中でね。整い次第、きちんと話すつもりだ」
燈雅はグラスを唇に運び、その縁に指を添えたまま、低く呟く。
「――千年後となる2005年のうちに、やりたいことがある。家として、な」
「やりたいこと……? 千年って、何が?」
「詳細は追って。……とにかく、うちの動きは確実に今より大きくなる。それまでは、足元を整えておいてほしい」
その声音は、命令の形を借りながら、どこかで弟にだけ見せる信頼の影を帯びていた。
志朗はふっと笑った。
丁寧に抑えたその笑みには、静かに熱が絡みついていた。
「兄貴のやりたいことがどんな怪物でも、支えてみせますよ。うちの全力で」
盃の触れ合う音が響いた。
夜は深まり、仄かな灯りが二人の影を長く伸ばしていく。
その向こう側――闇のさらに奥で、何か巨大なものが蠢き、目を覚まそうとしている気配があった。
金の箸置きが灯に照らされ、紫黒の漆器に冷たい光を返す。
微光は、今後旅路を照らすかのように脆く、鋭かった。
「R号に限らず、仏田家や機関の衰退を願う連中が最近とみに目立ってきている。志朗。お前も、少しは警戒しておけ」
「兄貴の口からその台詞が出るってことは……もう遊びの段階は過ぎたんだな」
小さく頷く当主の仕草は慎ましいが、重苦しさが滲んでいた。
「内部ではすでに慎重な調整が始まっている。火種を立てぬよう、しばらくは躍進よりも保守。……派手な動きは控えよ、との判断だ」
「随分お優しいお達しで。つまり、狩りも控えろってことか」
乾いた笑いを漏らしながらも、目は冷たく光っていた。
志朗の仕事は、ときに法律の網をすり抜け、ときに命を踏み躙る。だが、それこそが仏田という家を支える現実だ。
燈雅は微笑を崩さぬまま告げる。
「ゼロにしろとは言わない。ただ、細心を尽くせ。不要な一手が全てを崩す」
「……心得てる。足元を掬うのは、いつだって小さな油だからな」
グラスが持ち上がる。けれど今や、その盃を満たすのは酒ではなかった。
粘りつく沈黙。重く沈殿する覚悟。それらこそが仏田の血の重みであり、この兄弟が背負わされた、逃れ難い宿命だった。
「それと……これは、あくまで提案なんだが。志朗」
志朗は短く相槌を打ちながらも、兄の瞳に宿る色の変化を見逃さない。
小さな間を置た燈雅が、真正面から弟の瞳を見据える。
「お前、ペットを飼っていただろう?」
警戒が、瞬時に胸へ滲む。
「……それが、何か?」
返した声は低く静かだが、奥底では刃が抜かれている。
「志朗の命を守るための“保険”として置かれている存在だ。違うか? だったら、再調整してやるのも良いと思ってね。お前も今じゃ機関の顔だ。名が売れた分、狙われる確率は跳ね上がる。手遅れになる前に備えておくべきだ」
「……つまり、俺の盾にしろと?」
志朗の皮肉は鋼のように平滑で、容赦がなかった。
兄は微動だにせず、当然のように肯定する。
「そうだよ」
迷いもなく、慈愛のふりすらせず。
まるで他に選択肢がないと言わんばかりの口ぶりで。
「大事な志朗の身体を守るために、あの異能は極めて有用だ。一度機関に戻して最新設備で再調整すれば、もっと使い勝手が良くなる。反射神経の強化、視野の拡張……感情制御も改めて施しておくといい。お前に対する依存を上げておけば、暴走も減る」
“生きたもの”に向ける言葉ではなかった。
命を前にしているはずなのに、家電の新型モデルを語るような、血も体温も欠いた声音。
「オレの男衾は見てるだろう? あれも大山さんの自信作、最高傑作だよ。志朗のところの子も同じ技術で仕上がっている。拡張作業も問題ないはずだ。時間も掛からないよ」
志朗は、返事をしない。
喉に詰まるのは怒りではなく、もっと重いものだった。
シキの体温。沈黙。寄り添う夜。言葉を持たずとも“側にいる”という事実だけで満たされた時間。
それらが胸の奥で何か黒いものと結びつき、息を止める。
「……兄貴。それは、当主としての命令か?」
絞り出すような問いだった。
燈雅は穏やかに笑う。
「違うよ、意見だ。効率的に家族を守りたいという愛でもある。……嫌かい?」
その瞬間、志朗は悟った。
兄は血を分けた存在ではあるが、同じ生き物ではない。
仏田家の当主とは、もはや人であることを辞めた者のことなのだと。
「再調整の予約は既に取ってあるよ。この会食が終わり次第、使いを送る。調整が終われば、お前のオフィスに戻しておく」
語り口は決定事項の報告であり、覆る余地のない命令のよう。
仏田家の未来のため。志朗という資源の保全のため。兄は、それを愛と信じているようだった。
「いらねえよ」
だから志朗の声で、あらためて断ち切った。静かだが、鋭く。
燈雅は目を細めたが、表情には一片の乱れもない。
むしろ、拒絶すら弟の成長の証として眺めるような柔らかな笑みで問い返す。
「どうして?」
好き嫌いはよくないと諭すような、優しさすら含んだ問い掛け。
志朗はグラスを卓に戻し、瞳を伏せることなく言った。
「俺の身の回りのことは、俺自身が決める。いつまでもお兄様に全部やってもらわなきゃいけない子供じゃない」
低く、明確な拒絶の声。反抗でも感情の爆発でもない。侵された領分に対する、はっきりとした線引きだ。
その裏には渦巻く怒り――それはシキという存在を、ただの部品のように扱う無神経さに対する激しい憤りがある。
どれほどの夜を、彼は黙って志朗の隣にいたか。どれだけ何も言わずに、志朗自身に向き合ってくれたか。
それを知らずに「再調整」の一言で無にしようとする兄に、志朗は吐き気すら覚えていた。
だが、敢えて口には出さない。この場には、いや、シキ以外の他人には必要無いからだ。
燈雅は、その内心を見透かすような目で微笑む。
志朗もまた、視線に屈せず、感情を仮面の奥へと押し隠した。支配に抗うための沈黙という名の刃だった。
「まさか、可愛すぎて手元に置いておきたい、なんて理由じゃないよね?」
燈雅が笑みを含んだ声で、言う。
「……違う」
即座に返す志朗の声は、乾いていた。
「そりゃそうか。志朗は、エルフ狩りの中心人物だった。金と契約のために、同胞を解体し、売った男だ。ペットに情なんてかける筈がない」
言葉には、無言の圧が潜んでいる。
――思い違いをするな。お前は仏田志朗だ。それ以上でも、それ以下でもない。
志朗の胸に、そのような意図が突き刺さる。
エルフに哀れみを抱いたことは一度も無い。少なくとも――最初は。
シキも例外ではなかった。ただの偶然、あるいは戯れだった。
けれど呼吸を聞き、肌を重ね、共に夜を越えるたびに、気づかぬうちにその存在が手放せなくなっていた。
それでも、決して肯定しない。狩りを否定すれば、出会いすらなかった。その事実を忘れるわけにはいかない。
「……分かってるさ。判別は、できてる」
燈雅は、満足げに目を細めた。弟が正しく仏田であることを、再確認したかのように。
盃の酒が揺れる。だが志朗の胸には、言葉にできぬ痛みが静かに沈んでいた。
「再調整の予約は、キャンセルか」
燈雅が呟き、志朗は短く「ああ」と答えた。
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「だが、健康診断の予約はしようか。そちらは受けさせろ」
「は? ……そんなもん、いらねえよ」
志朗の眉間に露骨な皺が寄る。
あの異形の身体の、どこに不調があるというのか。
「いや、必要だ。あの子を飼ってもう何年目になる? そもそも、いつ診せた? ……志朗、お前自身は人間ドックに行っているのか?」
その問いに、志朗は言葉を失う。
一度も見せてない。それが答えだった。
「志朗。お前、もう三十路だぞ。自覚を持て。少しは自分の身体も労れ」
「……あー……」
情けない声が漏れる。
多忙と睡眠不足、乱れた生活。志朗のそれらが、シキに負荷として蓄積しているとは、想像すらしていなかった。
「……それは、頼むかもしれない」
ぽつりとこぼすと、燈雅は素直に笑った。
「うん、それがいい。今はペットにも検査が義務付けられている時代だからな」
「……そういう軽口が、一番腹立つんだよ」
そう言って顔を背ける志朗の唇が、微かに緩んだ。
まったく、兄というのはどこまで先回りするのか。だがこんな小言なら、時に悪くない。
声の向こうに小さく穏やかな安心が灯るのを、志朗は否応なく感じていた。
「……おかえりなさいませ」
タワーマンションの静寂を破ったのは、漂うアロマの香と、柔らかな間接照明の淡い光だった。
外の喧騒も、酒席でまとった仮面も、この玄関をくぐった瞬間に遠ざかっていく。
光の帯の先に立っていたのは、変わらぬ所作を身に刻んだ男――シキ。
十数年を経ても変わらぬ容貌。時が触れぬよう磨かれた、美しい輪郭。抑揚を削ぎ落とした声音は、まるで永遠に澄み切った水面のよう。静謐な響きが、志朗の胸にわずかな温度と余白をもたらす。
志朗はネクタイを指でほどきながら、小さく息を漏らした。
笑いにも似て、疲労にも似て、どこにも落ち着かない揺らぎを孕んだ息。
「……ん。ただいま」
声はひどく掠れていた。酒が回ったせいか、あるいは兄との会食で削られた何かの名残か。
シキは何も問わない。ただ、滑らかな所作で近づき、志朗の上着にそっと手を伸ばす。
乱れを許さぬ動きで受け取り、ハンガーへ掛ける姿は、儀式のように静かで美しかった。
グラスの水、冷えたタオル。志朗が欲するであろうものは、声を発するより早く整えられている。まるで、彼の呼吸そのものを先読みするかのように。
その細やかさが、胸をじわりと満たす。
志朗は、ゆっくりと息を吐いた。吐息の奥から、長い一日の鎧が音もなく剥がれ落ちていく。
理性の整列がほどける。警戒も、苛立ちも、対外的な仮面も、すべて爪先から崩れていく。
そして――ふと、抗いようのない衝動が胸の奥から浮かび上がった。
志朗は、シキの肩に身を預けた。
その動きはあまりにゆるやかで、ひどく自然で、誰よりも志朗自身が驚いていた。
酒の熱、疲労、そしてもう一つ……名を持たぬ甘えにも似た衝動が、彼の頬をシキの胸元へと滑らせる。
シキは微動だにしない。拒まない。受け止め、支え、ただそこに在り続ける。
志朗の指先が、シキの衣を握った。
(……ああ。お前だけは、裏切らないでいてくれ)
心の奥底に沈んでいた叫びが、言葉にならぬまま滲み出すようだった。
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――この男のもとに、帰ってきたのだ。
「……一緒に、風呂に入れ」
耳元で呟かれた声は低く、どこまでも切実だった。
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二人はバスルームへと向かった。言葉にならない感情が幾重にも絡みつき、誰にも見せることのない絆の温度が確かに宿る。
陶器のような白い背がスーツの布に寄り添う。やがて扉が閉まり、室内には微かな湯気と、寄せ合う鼓動だけが残された。
浴室の灯りは、琥珀色の柔らかな光を落としていた。
天井に沿って立ちのぼる湯気が、夜の輪郭をぼやかすように揺れている。
シキの指が湯面をなぞるようにして、そっと温度を確かめた。わずかに熱い。志朗が好む、少しだけ強めの温もり。彼は何も言わず、その加減に湯を止めた。
湿った静けさの中で快楽の色が響く。湯が小さく鳴り、二人の体温が浴槽の中に溶けていく。
先に湯に身を沈めた志朗は、息を抜くように長く吐き出した。
「……生き返る」
重力の檻を解かれた身体が、酒の残り火と湯の抱擁にほどけていく。
肩まで浸かりながら、彼はただ目を細める。無防備に、それでもどこか満ち足りた仕草で。
湯煙の向こうに、何も言わず同じ湯に浸かるシキの姿があった。
横顔は湯気に溶ける輪郭のまま、現実と夢の間にあるように美しかった。静かで、曖昧で――それでいて確かに、この場にいる。志朗の隣に、ただ、在る。
志朗は手を伸ばし、湯に濡れた肩をそっと引き寄せた。拒絶も、躊躇いもない。肌が触れ合い、熱を分け合う。
「なあ……お前、今夜は静かすぎるだろ」
志朗の声には、微かな笑みと、隠しきれない寂しさが滲んでいた。
「いつも通りです」
「嘘つけ。俺が酔ってるから、気ぃ遣ってんだろ」
問いかけに重ねるように、ぬるい湯音が揺れる。しばしの沈黙ののち、ぽつりと。
「……図星です」
珍しく、素直な答えが返ってきた。
志朗は、ふっと喉の奥で笑った。指先を湯の中で探り、シキの指に重ねる。細く、温かく、動かない。ただ黙ってそこにいて、志朗の呼吸の深さに寄り添っている。
そこには、命令も従属もない。所有を超えた何か、感情とも絆とも名づけ難いそれが、確かに芽吹いていた。
湯気が全てを曖昧に染める中、志朗は目を閉じた。
世界が今だけは、優しくできているような気がした。
湯気に濡れた静寂をそのまま纏いながら、志朗はシキの体を抱き上げた。
湯で火照った肌は白磁のように滑らかで、細くしなやかな四肢は志朗の腕の中で息を潜めるように呼吸していた。
寝室のシーツにそっと横たえると、シキは瞼を閉じたまま息をしている。胸の規則的な上下に呼吸を合わせるようにして、志朗もまた目を細めた。
「熱、こもりすぎたか」
指先で額をなぞり、頬の熱を確かめる。ぬるい呼気が肌にかかるたび、微かな安堵と、なぜだか不安が入り混じる。
唇が頬に触れても、シキは拒まなかった。
そのまま志朗の唇は、耳元へと滑っていく。
長く尖った耳――エルフであることを示す、もっとも象徴的な器官。柔らかな軟骨の縁にふれると、不意に、冷たい現実が思考の奥に割り込んできた。
この耳を、装飾品として剥ぎ取ろうとする者たちがいる。異種の肉体、美貌、異能――それらを素材として見做す側。それが機関。志朗はその中心にいる。
そんな機関を悪と断じて破壊を掲げる反抗勢力――R号。
シキは、その「救われるべき象徴」として、最も相応しい存在だ。虐げられ、矯正され、名前すら奪われた彼は、明らかに助け出されるべき者だ。
もしシキがR号の存在を知れば、どうするだろう。自由を約束され、正義の名を囁かれたなら、その手を取るだろうか。
(……あいつらの味方になるのか)
無意識に、志朗の指が耳をなぞっていた。
理屈としては、当然の帰結だ。誰だって「救う」と言ってくれる者に惹かれる。「自由になれる」と手を差し伸べられたなら、その光を信じたくなる。
けれど今、シキは志朗の腕の中にいる。
言葉を待ち、命令に従い、温もりを拒まずにいる。その事実が、志朗の心をじくじくと軋ませる。
仄暗い寝室の光の中、シキの瞼が小さく震えた。志朗は耳元から離れ、じっとその顔を見つめる。
裸の肩にかかる銀の髪。細い喉。火照りを帯びた頬。ここに至るまで、どれほどのものを奪われ、上書きされてきたのか。
(……シキは、奴隷だ。俺の……奴隷)
その言葉を、改めて心の底に沈める。
かつて見世物小屋で名も知らぬ男たちの欲望に晒され、顧客の好みに合わせて調教され、奉仕する機能を身体にも精神にも叩き込まれていた。
志朗の元に来てからも、その枷は解けていない。性処理、家事、応対、管理。命令なくして動かず、外に出る自由も与えられず、首には未だに、形ばかりの所有の象徴が残されている。
R号にとって、シキは「救うべき存在」に他ならない。その理屈は、志朗自身が一番よく分かっている。
だが、もし。もしも、シキが本当に自由を告げられたなら。志朗のもとを、黙って去っていくだろうか。
(……行くかもしれない)
その可能性が胸に刺さった瞬間、喉が灼けるように熱くなった。
拳がゆっくりと握られる。
シキには、自由になる権利がある。この檻の外で、光の中を歩く資格がある。志朗に、それを止める権利などない――本当は、無いのだ。それでも。
(シキを自由にするなら、俺がする。誰かに……されたくない)
志朗は低く、呻くように呟いた。
自分でもよく分かっている。これは醜いエゴだ。どうしようもない執着だ。
それでも、欲しいと思ってしまった。他の誰にも、触れさせたくないと思ってしまった。
(これは俺のものだ。でも、もう、奴隷じゃない……)
誰に赦しを請うわけでもない。ただ、自分に言い聞かせるように。
たとえこの手が、檻であっても。たとえ、いつか憎まれ、背を向けられるとしても。この存在を、手放したくなかった。
(どうして、こんなにもシキに執着してしまうのか)
その問いには、もう答えがあった。
志朗は飢えていた。愛情に、理解に、真っ直ぐな視線に。父は教育と立場だけを与えた。母は壁の向こうの存在だった。周囲は畏れ、褒めながらも距離を置いた。
だから、新座の無邪気さが温かかった。ただの余り物でも分け与えられる行為が、志朗には救いになった。
そんな中、シキに出会った。
(俺のために時間を使い、体を差し出し、何も言わず、傍にいてくれる存在)
それが命令だとしても、志朗には抗いがたいほど、甘い毒だった。
恋ではない。尊い愛でもない。錯覚でも構わなかった。十年以上、こんなにも長く近くに居続けてくれる存在が、愛おしくてたまらなかった。
指先でそっと額を撫でる。皮膚の温もりが、遠くて近い。
(本当は、自由にしてやるのが一番だって……分かっていても)
「愛してる。傍にいてくれ。……ずっと」
奪われるのが怖い。会えなくなるのが怖い。――代わりなど、どこにもいないのだ。
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鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
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