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遡ること一週間。
アルトは、体をレグラムにおいたまま、シヨラ中枢部を把握しつつあるヨナに跪かれていた。
「心からの忠誠をお誓いもうし上げます」
「別に大して手伝ってないよ」
ヨナは首を横に振る。
「どう扱われても不満はございません。お慕いも申し上げております」
「・・・ありがとう」
気の抜けるようなアルトの返事に、ヨナは寂しそうに笑った。
「私を女性としてはお気に召しませんでしたか」
「そんなことないよ。素直で、美人で、賢くて、シヨラの女王だ」
「ルウイ様は、アルト様が私と共にシヨラを併合して治められることを望んでおられる、とは思いませんか?」
「あー、そういうふうにもとれるねぇ」
ヨナは唇を噛み締めて言った。
「それは、ルウイ様がアルト様のお気持ちを裏切ったということではないのですか」
全くふざけたことをしてくれる。
毒ついたのは、目の前のヨナに対してではなくてルウイに対してだ。
「うん。でも、あいつがやる裏切りっていうのはさ、俺の気持ちより、俺の生存を優先するとか、戦の回避を優先するとかだから」
いつも、いつも。腹が立つほどに迷いなく。
たいがい限界だ。
そう毎度同じ手に引っかかると思うなよな。
「あの、さ。俺ちょっと、ルウイ追いかけて、ゴタゴタ片付けてくる。それまで、俺の代わりにジュラおいてくから、なんとか相談してしのいでくれる?上手く頑張ってくれたら、今回の貸しはチャラってことで、あの疫病バラマキ作戦の証拠類も、全部あんたにあげるよ」
☆
アルトとミセルの思念をごく近くで捉えたとき、ルウイは心臓が口から飛び出すかと思った。よりにもよって二人で追ってきたのか。
どうやって!
ダミーの情報をたくさんばらまいてきた。
洞窟に住みついているのは、長年子種がなく、身寄りのない子供の世話が趣味の夫婦もの、ということになっているはずだ。
ミセルの感応力をカウントしていなかったルウイにとって、二人の出現は衝撃だった。
落ち着け、落ち着け。
ルウイは必死に自分に言い聞かせる。
いずれ新たな格上のハンターが投入されるにせよ、現在のハンターは確保している。当面、アルトとミセルには危険は及ばないはずだ。
現在の貧乏ハンターしかいないあいだに、コレクターに対して、適合体であるアルトたちに興味を無くさせる方法は、三つある。
ひとつは受精卵を作る。そうすればもう男性サンプルは不要だ。
もう一つは、ルウイの卵なりDNAなりが激しく損傷をうけて、受精が不可能になる、または、ルウイ自身に受精できるサンプルとしての価値がなくなる。要は、燃たり、腐ったり、被爆したり。
これらの場合も、男性体のサンプルは無意味だ。
自分のかわりに受精卵をくれてやるというのは、物理的には簡単だが、腹立たしさはマックスだ。そのままほうっておいたらお子様になるわけで。うちの子予備軍に何してくれんじゃ、という気分になる。
だからといって、被爆はかなりの線でルウイの死に近い。燃えかすと腐敗物にいたっては完全に死んでいる。
最後は、純粋なTの男女をくれてやること。
凍結ポッドにいるのは妊婦のみで男性はいない。だが、彼女らは、純粋なTで、妊婦で、腹の中に胎児がいる。生殖細胞だけを考えるならば、うまく凍結保存された男女の胎児を採取すれば継体可能な状態に再生できる。
だが、凍結ポッドはカタコンベの中だ。山とセンサをむけられた自分が行けば、純粋なTの女性体が保存されていることがばれかねない。そして最悪、胎児が全員女児であった場合、ルウイのほうが必要なくなって、アルトたちだけが狙われ続ける可能性がある。こうなるともう、ルウイには防ぎようがない。
この事態だけは招くわけには行かない。
これで三つだ。
どうすれば、センサの監視をはずして、凍結ポッドを確認できるか。
ハンターを殺せば、次の意識につなぐまでの短時間は監視が途切れるらしい。しかし、その間はせいぜい数時間だ。死なずに気絶している状態なら、自動で切り替わったりしないので、こちらの場合は、監視が途切れる時間は長く稼げる。
ただ、ハンターの意識が途絶えた場合のトラップがあるらしい。
ハンターの意識が途切れると、トラップが発動、ハンターのセンサを経由して、半径2キロで48時間以内に死んだ遺体が、操られて襲って来るし、ルウイが死んでしまったらルウイ自身が操られてコレクターのもとに向かってしまうらしい。
あたたた。なんで、内戦と疫病でぐちゃぐちゃなシヨラ方面に来てしまったかな、私は。
この国、死体が多すぎる気がする。
ハンターの監視から逃れて、胎児の性別を調べる方法が必要だった。だが、監視をはずそうとハンターの意識を奪えば、ゾンビ化したご遺体を片っ端から返り討ちにしながら凍結ポッドを探らなければならわけで。
そんなドンパチしながらカタコンベに突っ込んで、ミセルにばれないわけがない。
ミセルとアルトから遠ざかっていることが最優先。
そう、考えて。
唯一の希望ともいえる凍結ポッドの確認を後回しにするほどに、離れることを優先したのに。追ってくるなんて。
突破口さえあれば、彼らの能力でできないことはほぼない。ハンターを抱えて機動力が落ちているルウイなど、いずれ捕まる。
おちつけ。要は順番。どれが自分にとって一番堪えがたいか。
アルトには悪いが、受精卵なるものを作らせてもらおうか。
うまくセンサにこちらの受精卵を認識させて、ミセルとアルトへの興味をなくさせてから、ハンターの意識を狩り、ゾンビ化した追っ手を潰しながら凍結ポッドの確認に行く?
これなら、万一凍結ポッドの存在がばれてしまっても、私が捕まればアルトたちに興味はいかないはずだ。
胎児に男児が居れば、申し訳ないが放出させてもらう。
男児が居なくても、凍結ポッドの存在がばれなければ次の手を考える。
最悪中の最悪で、胎児に男児がいないのに凍結ポッドの存在がばれてしまったら、凍結ポッドは大破させればいい。その後で私が死んで、受精卵と死体の損壊を激しくすれば解決。心中してもらう受精卵には申し訳ないが、コレクターの元で、自分の子供のコピーが量産されて玩具になるなんて想像するだけで胃液が上がる。
いくか。
幻覚剤と強力な睡眠薬を袖口に仕込み、転送機をポケットにしまって、ルウイは小屋を出た。
ミセルは、自分に慣れすぎている。こういう時は裏の裏を読んでくる。アルトは、読みは直球だがいきなりぶっ飛んだ行動に出かねない。二人一緒は分が悪い。
幸いなことに、ミセルは外出しているようだった。このまま突っ込もう。
一人になったアルトのほうはまだベッドに横になったままだ。
夢だと思ってくれるのが一番楽だが、幻覚剤の匂いが残ればどうせミセルにバレるのだ。少しくらい話してもいい。少しくらい触れても。
気配は消さなかった。
ピリピリと緊張が伝わって来て、動かないだけでアルトは起きているのがわかる。
アルトに近づき髪の毛に触れる直前、息を飲み込むような音をさせて、後ろ向きのままルウイの手を掴んでくる。
手ではなく、心臓が掴まれたようにぎゅうと鳴る。
ルウイが振り払わずにいると、腕を引き寄せるようにしながらアルトは体を起こして向きを変えた。
「本物だよな。何をしている」
目が合うと、おもったよりもドキドキする。
もう会えないかもと思っていたから、素直に嬉しい。
「調子は、どうかな、とか」
「いいわけないだろう。お前が消えて。しかも、そんなひどい顔色で再会だ」
ルウイは、自分の顔色まで気にしていなかった。手を頬に持っていこうとするが止められて、代わりにアルトの手が伸びる。
「座れ」
「うん」
「何しにきた」
「ええと、夜じゃないけど夜這い?来たらいけなかったみたいな言い方しないでくれると嬉しいのだけれど」
アルトは取り合わない。
「・・・何のために?」
それどころか、ものすごく冷たい声で聞いてきた。
「触りたくなったらいけない訳?」
「そういう奴は勝手にいなくなったりしないからな。お前から寄ってくるときはろくなこと考えてない」
ろくなこと考えてない、か。
ルウイは、素直に認めた。
その通り。でも、本人からきっちり言葉に出されると、結構ダメージがある。
受精卵を取って、そのお子様候補を囮にしようというのだから、最悪中の極悪だ。アルトの気持ちなど考えはいない。
いつも自分の都合だけ。
「わかった。悪かった。帰る」
受精卵は、万一ルウイが生き延びて育てば、アルトの子供になるのだ。
アルトの意思は尊重に値する。撤退しよう。
アルトから目をそらしたとたん、ひどく強い力でルウイの手首が締め上げられる。
「ふざけるな!離すと思ったのかよ!最後みたいな顔しやがって!」
「最後とか思ってないよ。これでも頑張り中だから」
ルウイは笑って見せた。
「またね」
にっこり。
それから体をふっと沈めて、アルトが握っている手首をはずす。
だがアルトも負けてはいない。急所を狙って拳を繰り出してくる。相当本気だ。
ルウイは感応力の方ばかりに気を取られていて、体のほうは相当ガタガタだった。まずい、ここで倒されるとかありえない。そういえばこの人強かったんだった。
ルウイの神経がアルトに集中する。
その隙をついて、吹き矢がルウイの首に刺さった。ルウイが膝をつく。
アルトの顔色が真っ青になり、なにか喚いているがルウイには聞こえない。
ルウイはアルトに注力して、周囲から気を抜いた自分を罵倒した。まぬけ。
ハンターが逃げ出してきたのか?
ルウイは震える手で鉛の小瓶を取り出して、中身を飲み込もうと蓋に手をかける。
だが続いて襲いかかった吹き矢は、小瓶をもった腕に集中する。当たったところからしびれて動かなくなっていく。この薬は、知っている。
ミセル、だ。
ハンターじゃ、ない。まだ、おわりじゃ、ない。
ルウイは小瓶をはなし、意識を失った。
袖口から幻覚剤と排卵誘発剤、ポケットから金属もどきが出てきて、ミセルが激しく顔をしかめる。
「何だ?」
「飲もうとした小瓶は神の船の燃料廃棄物・・放射性物質で、まぁ、毒ですね。あと転がりでたのは幻覚剤と排卵誘発剤、それにコントローラ?・・こんなもの仕込んできたくせに、あなたに拒否されたらあっさりと帰ろうとする。どんだけ頑だ?死んでしまうだろうが!」
アルトはミセルが激するのをはじめてみた。
ミセルは苦しげに文句を言いながら、ルウイの腕にひどくゆっくりと薬液をうちこんだ。
自白作用の強い催眠剤と全身麻酔の合わせ技。
全身麻酔は、覚める直前に意識レベルが極端に低下した状態を作れ、自白作用のある薬と併用すると強引な誘導ができる。
ただ1歩間違えば心が壊れかねず、間違っても仲間内でつかうものではない。
ましてや愛娘に使うなど、狂っている。
それでも。ここまでかたくなになったルウイは、絶対に折れない。もう、狂った技術に頼る以外、ミセルにはどうしようもなかった。
時間を見計らいながら、ミセルが慎重に、術に誘導する。
初めてのアルトから見ると、ルウイは、ルウイではないようだった。
夢とごっちゃになっているような、酔っぱらいのような、幼い口調で話す。
「あ、転送機は預かりものだから壊さないであげて。コントローラみたいな金属もどきのやつ。高いんだって。ええと、神の国のTが滅んだ話ね。Tが絶滅したから、TのDNAとか卵とか取って標本にすると売れるんだって。特に受精卵が高額で。私は標本候補ね。しかも最悪なことに、Tじゃなくても、適合率400分の1とかいうレアな適合者の男性3人も商品価値があるって。アルトとミセルは適合者確定で、もう一人は多分ケセル。でも近くにいなければばれないハズだったのよ。ダメでしょ、来たら。まあ今のハンターは貧乏だから、逆に捕獲できちゃうぐらい弱くて助かるのだけど、いずれ次が来るから。だから、受精卵先に作って、アルトとミセルの商品価値なくそうと思ったのだけど、アルトに断られた。するどいよなぁ。でもほかの手考えるから、安心して。私が負けても、私の死体の損壊がはげしければだいじょうぶ。きっとまだがんばれるからだいじょうぶ」
つらつらつらつら。
ミセルの声音に誘導されて、ルウイは驚異的な内容をふにゃふにゃとしゃべり続ける。
内容は、十分に荒唐無稽で、驚いて余りあるものだったが、ふたりが呆れているのは、むしろルウイのとった戦略についてだった。
無謀、優先順がおかしい。
「ルウイ。標本にするなら、傷んでなければ死体でも良いのでしょう?王廟の凍結ポッドをあけましょう」
ルウイの母親は、一人で割れた太陽に乗り込んだわけではなかった。ただ一人生き残っただけだ。凍結ポッドに詰められた女性は三体存在した。ミセルは実際にそれを見た。
「だーめ」
つーん、とルウイが横を向く。
「なぜです?」
「みぃーんな、女のひとだから」
ルウイは、自明のことの様にそう言った。
ミセルがため息をつく。
なるほど、男性サンプルの価値が消えないからか。
下手に楽に手に入る女性体の数があるのがばれたら、ルウイからターゲットが切り替わる。
胎児の生殖質を再生しても男性不在だったら、アルトやミセルだけが狙われかねない。そして別文明からの介入など、生身の人間には防ぎようがない。自分たちなどひとたまりもないだろう。
「だいたい、私が近づかなきゃ、誰が適合者かわからないんだから、はなれててよね~」
「分かりました。でも、適合者なら必ず受精卵ができるのですか?アルトとはレグラムでは婚約者として過ごしたのでしょう?誘発剤を使ったとしても、今回すぐにできるとは限らないでしょう?」
「きゃー、父親となんて会話?もー。変なことしてないからね~。あの頃はハンターがどこにいるかわからなくて、でも交尾中を捕獲しろとか聞こえたの。アルトは優しいからさ、私が怪我とかしてれば、そうならないでしょ。だから足おって~」
「!」
そういう裏かよ!
アルトが息を呑むのがわかる。
ミセルは振り向かずに手でアルトを制した。
「で、その時結構強引して怒らせちゃったのに~、今度は受精卵があれば男性サンプルいらないってわかったからって、いきなり手のひら返すんじゃねー。その気になれないだろぉなぁとか、さ」
それで、幻覚剤?!おかしいだろう、順番が!
聴いているアルトは頭を抱えて転がりまわる風情だった。
ミゼルは絶対声を出すなとばかりにアルトを一瞬睨んでから聞く。
「じゃぁ、なんであっさり諦めたのです?」
「ん?バレたから?嫌がられちゃってさあ。万一私が無事に生き延びたら受精卵って子供になっちゃうのよ。望まれない子にしちゃダメでしょう?」
嫌だなんて言ってねーだろ!
口をパクパクさせるアルトを目の端に捉えながら、ミセルはゆっくりと言った。
「アルトはあなたへの手助けを拒みませんよ」
「そしたらよけい私が勝手しちゃダメね。アルトはねぇ、幸せになるの。かわいいお妃さんもらって、いい国つくろう運動して」
「・・・あなたの幸せは、どこに置いてきました?」
「置いてきてないよぉ。幸せだもん。好きな人も大切な人もいて、できることがあって。ただ、ね。ただ、ちょっと、今回、負けるかもしれなくて、ダメなのだけど、勝てないかもしれなくて」
だんだんしゃべりが遅くなり、ルウイがうつむく。
ぐー。すー。
ぐー。すー。
寝た?
ミセルとアルトは顔を見合わせる。ルウイに布団をかけて、隣の部屋にうつった。
アルトが今にも爆発しそうだったから。
だが、次に様子を見に覗いた時には、ルウイの姿は消えていた。
アルトは、体をレグラムにおいたまま、シヨラ中枢部を把握しつつあるヨナに跪かれていた。
「心からの忠誠をお誓いもうし上げます」
「別に大して手伝ってないよ」
ヨナは首を横に振る。
「どう扱われても不満はございません。お慕いも申し上げております」
「・・・ありがとう」
気の抜けるようなアルトの返事に、ヨナは寂しそうに笑った。
「私を女性としてはお気に召しませんでしたか」
「そんなことないよ。素直で、美人で、賢くて、シヨラの女王だ」
「ルウイ様は、アルト様が私と共にシヨラを併合して治められることを望んでおられる、とは思いませんか?」
「あー、そういうふうにもとれるねぇ」
ヨナは唇を噛み締めて言った。
「それは、ルウイ様がアルト様のお気持ちを裏切ったということではないのですか」
全くふざけたことをしてくれる。
毒ついたのは、目の前のヨナに対してではなくてルウイに対してだ。
「うん。でも、あいつがやる裏切りっていうのはさ、俺の気持ちより、俺の生存を優先するとか、戦の回避を優先するとかだから」
いつも、いつも。腹が立つほどに迷いなく。
たいがい限界だ。
そう毎度同じ手に引っかかると思うなよな。
「あの、さ。俺ちょっと、ルウイ追いかけて、ゴタゴタ片付けてくる。それまで、俺の代わりにジュラおいてくから、なんとか相談してしのいでくれる?上手く頑張ってくれたら、今回の貸しはチャラってことで、あの疫病バラマキ作戦の証拠類も、全部あんたにあげるよ」
☆
アルトとミセルの思念をごく近くで捉えたとき、ルウイは心臓が口から飛び出すかと思った。よりにもよって二人で追ってきたのか。
どうやって!
ダミーの情報をたくさんばらまいてきた。
洞窟に住みついているのは、長年子種がなく、身寄りのない子供の世話が趣味の夫婦もの、ということになっているはずだ。
ミセルの感応力をカウントしていなかったルウイにとって、二人の出現は衝撃だった。
落ち着け、落ち着け。
ルウイは必死に自分に言い聞かせる。
いずれ新たな格上のハンターが投入されるにせよ、現在のハンターは確保している。当面、アルトとミセルには危険は及ばないはずだ。
現在の貧乏ハンターしかいないあいだに、コレクターに対して、適合体であるアルトたちに興味を無くさせる方法は、三つある。
ひとつは受精卵を作る。そうすればもう男性サンプルは不要だ。
もう一つは、ルウイの卵なりDNAなりが激しく損傷をうけて、受精が不可能になる、または、ルウイ自身に受精できるサンプルとしての価値がなくなる。要は、燃たり、腐ったり、被爆したり。
これらの場合も、男性体のサンプルは無意味だ。
自分のかわりに受精卵をくれてやるというのは、物理的には簡単だが、腹立たしさはマックスだ。そのままほうっておいたらお子様になるわけで。うちの子予備軍に何してくれんじゃ、という気分になる。
だからといって、被爆はかなりの線でルウイの死に近い。燃えかすと腐敗物にいたっては完全に死んでいる。
最後は、純粋なTの男女をくれてやること。
凍結ポッドにいるのは妊婦のみで男性はいない。だが、彼女らは、純粋なTで、妊婦で、腹の中に胎児がいる。生殖細胞だけを考えるならば、うまく凍結保存された男女の胎児を採取すれば継体可能な状態に再生できる。
だが、凍結ポッドはカタコンベの中だ。山とセンサをむけられた自分が行けば、純粋なTの女性体が保存されていることがばれかねない。そして最悪、胎児が全員女児であった場合、ルウイのほうが必要なくなって、アルトたちだけが狙われ続ける可能性がある。こうなるともう、ルウイには防ぎようがない。
この事態だけは招くわけには行かない。
これで三つだ。
どうすれば、センサの監視をはずして、凍結ポッドを確認できるか。
ハンターを殺せば、次の意識につなぐまでの短時間は監視が途切れるらしい。しかし、その間はせいぜい数時間だ。死なずに気絶している状態なら、自動で切り替わったりしないので、こちらの場合は、監視が途切れる時間は長く稼げる。
ただ、ハンターの意識が途絶えた場合のトラップがあるらしい。
ハンターの意識が途切れると、トラップが発動、ハンターのセンサを経由して、半径2キロで48時間以内に死んだ遺体が、操られて襲って来るし、ルウイが死んでしまったらルウイ自身が操られてコレクターのもとに向かってしまうらしい。
あたたた。なんで、内戦と疫病でぐちゃぐちゃなシヨラ方面に来てしまったかな、私は。
この国、死体が多すぎる気がする。
ハンターの監視から逃れて、胎児の性別を調べる方法が必要だった。だが、監視をはずそうとハンターの意識を奪えば、ゾンビ化したご遺体を片っ端から返り討ちにしながら凍結ポッドを探らなければならわけで。
そんなドンパチしながらカタコンベに突っ込んで、ミセルにばれないわけがない。
ミセルとアルトから遠ざかっていることが最優先。
そう、考えて。
唯一の希望ともいえる凍結ポッドの確認を後回しにするほどに、離れることを優先したのに。追ってくるなんて。
突破口さえあれば、彼らの能力でできないことはほぼない。ハンターを抱えて機動力が落ちているルウイなど、いずれ捕まる。
おちつけ。要は順番。どれが自分にとって一番堪えがたいか。
アルトには悪いが、受精卵なるものを作らせてもらおうか。
うまくセンサにこちらの受精卵を認識させて、ミセルとアルトへの興味をなくさせてから、ハンターの意識を狩り、ゾンビ化した追っ手を潰しながら凍結ポッドの確認に行く?
これなら、万一凍結ポッドの存在がばれてしまっても、私が捕まればアルトたちに興味はいかないはずだ。
胎児に男児が居れば、申し訳ないが放出させてもらう。
男児が居なくても、凍結ポッドの存在がばれなければ次の手を考える。
最悪中の最悪で、胎児に男児がいないのに凍結ポッドの存在がばれてしまったら、凍結ポッドは大破させればいい。その後で私が死んで、受精卵と死体の損壊を激しくすれば解決。心中してもらう受精卵には申し訳ないが、コレクターの元で、自分の子供のコピーが量産されて玩具になるなんて想像するだけで胃液が上がる。
いくか。
幻覚剤と強力な睡眠薬を袖口に仕込み、転送機をポケットにしまって、ルウイは小屋を出た。
ミセルは、自分に慣れすぎている。こういう時は裏の裏を読んでくる。アルトは、読みは直球だがいきなりぶっ飛んだ行動に出かねない。二人一緒は分が悪い。
幸いなことに、ミセルは外出しているようだった。このまま突っ込もう。
一人になったアルトのほうはまだベッドに横になったままだ。
夢だと思ってくれるのが一番楽だが、幻覚剤の匂いが残ればどうせミセルにバレるのだ。少しくらい話してもいい。少しくらい触れても。
気配は消さなかった。
ピリピリと緊張が伝わって来て、動かないだけでアルトは起きているのがわかる。
アルトに近づき髪の毛に触れる直前、息を飲み込むような音をさせて、後ろ向きのままルウイの手を掴んでくる。
手ではなく、心臓が掴まれたようにぎゅうと鳴る。
ルウイが振り払わずにいると、腕を引き寄せるようにしながらアルトは体を起こして向きを変えた。
「本物だよな。何をしている」
目が合うと、おもったよりもドキドキする。
もう会えないかもと思っていたから、素直に嬉しい。
「調子は、どうかな、とか」
「いいわけないだろう。お前が消えて。しかも、そんなひどい顔色で再会だ」
ルウイは、自分の顔色まで気にしていなかった。手を頬に持っていこうとするが止められて、代わりにアルトの手が伸びる。
「座れ」
「うん」
「何しにきた」
「ええと、夜じゃないけど夜這い?来たらいけなかったみたいな言い方しないでくれると嬉しいのだけれど」
アルトは取り合わない。
「・・・何のために?」
それどころか、ものすごく冷たい声で聞いてきた。
「触りたくなったらいけない訳?」
「そういう奴は勝手にいなくなったりしないからな。お前から寄ってくるときはろくなこと考えてない」
ろくなこと考えてない、か。
ルウイは、素直に認めた。
その通り。でも、本人からきっちり言葉に出されると、結構ダメージがある。
受精卵を取って、そのお子様候補を囮にしようというのだから、最悪中の極悪だ。アルトの気持ちなど考えはいない。
いつも自分の都合だけ。
「わかった。悪かった。帰る」
受精卵は、万一ルウイが生き延びて育てば、アルトの子供になるのだ。
アルトの意思は尊重に値する。撤退しよう。
アルトから目をそらしたとたん、ひどく強い力でルウイの手首が締め上げられる。
「ふざけるな!離すと思ったのかよ!最後みたいな顔しやがって!」
「最後とか思ってないよ。これでも頑張り中だから」
ルウイは笑って見せた。
「またね」
にっこり。
それから体をふっと沈めて、アルトが握っている手首をはずす。
だがアルトも負けてはいない。急所を狙って拳を繰り出してくる。相当本気だ。
ルウイは感応力の方ばかりに気を取られていて、体のほうは相当ガタガタだった。まずい、ここで倒されるとかありえない。そういえばこの人強かったんだった。
ルウイの神経がアルトに集中する。
その隙をついて、吹き矢がルウイの首に刺さった。ルウイが膝をつく。
アルトの顔色が真っ青になり、なにか喚いているがルウイには聞こえない。
ルウイはアルトに注力して、周囲から気を抜いた自分を罵倒した。まぬけ。
ハンターが逃げ出してきたのか?
ルウイは震える手で鉛の小瓶を取り出して、中身を飲み込もうと蓋に手をかける。
だが続いて襲いかかった吹き矢は、小瓶をもった腕に集中する。当たったところからしびれて動かなくなっていく。この薬は、知っている。
ミセル、だ。
ハンターじゃ、ない。まだ、おわりじゃ、ない。
ルウイは小瓶をはなし、意識を失った。
袖口から幻覚剤と排卵誘発剤、ポケットから金属もどきが出てきて、ミセルが激しく顔をしかめる。
「何だ?」
「飲もうとした小瓶は神の船の燃料廃棄物・・放射性物質で、まぁ、毒ですね。あと転がりでたのは幻覚剤と排卵誘発剤、それにコントローラ?・・こんなもの仕込んできたくせに、あなたに拒否されたらあっさりと帰ろうとする。どんだけ頑だ?死んでしまうだろうが!」
アルトはミセルが激するのをはじめてみた。
ミセルは苦しげに文句を言いながら、ルウイの腕にひどくゆっくりと薬液をうちこんだ。
自白作用の強い催眠剤と全身麻酔の合わせ技。
全身麻酔は、覚める直前に意識レベルが極端に低下した状態を作れ、自白作用のある薬と併用すると強引な誘導ができる。
ただ1歩間違えば心が壊れかねず、間違っても仲間内でつかうものではない。
ましてや愛娘に使うなど、狂っている。
それでも。ここまでかたくなになったルウイは、絶対に折れない。もう、狂った技術に頼る以外、ミセルにはどうしようもなかった。
時間を見計らいながら、ミセルが慎重に、術に誘導する。
初めてのアルトから見ると、ルウイは、ルウイではないようだった。
夢とごっちゃになっているような、酔っぱらいのような、幼い口調で話す。
「あ、転送機は預かりものだから壊さないであげて。コントローラみたいな金属もどきのやつ。高いんだって。ええと、神の国のTが滅んだ話ね。Tが絶滅したから、TのDNAとか卵とか取って標本にすると売れるんだって。特に受精卵が高額で。私は標本候補ね。しかも最悪なことに、Tじゃなくても、適合率400分の1とかいうレアな適合者の男性3人も商品価値があるって。アルトとミセルは適合者確定で、もう一人は多分ケセル。でも近くにいなければばれないハズだったのよ。ダメでしょ、来たら。まあ今のハンターは貧乏だから、逆に捕獲できちゃうぐらい弱くて助かるのだけど、いずれ次が来るから。だから、受精卵先に作って、アルトとミセルの商品価値なくそうと思ったのだけど、アルトに断られた。するどいよなぁ。でもほかの手考えるから、安心して。私が負けても、私の死体の損壊がはげしければだいじょうぶ。きっとまだがんばれるからだいじょうぶ」
つらつらつらつら。
ミセルの声音に誘導されて、ルウイは驚異的な内容をふにゃふにゃとしゃべり続ける。
内容は、十分に荒唐無稽で、驚いて余りあるものだったが、ふたりが呆れているのは、むしろルウイのとった戦略についてだった。
無謀、優先順がおかしい。
「ルウイ。標本にするなら、傷んでなければ死体でも良いのでしょう?王廟の凍結ポッドをあけましょう」
ルウイの母親は、一人で割れた太陽に乗り込んだわけではなかった。ただ一人生き残っただけだ。凍結ポッドに詰められた女性は三体存在した。ミセルは実際にそれを見た。
「だーめ」
つーん、とルウイが横を向く。
「なぜです?」
「みぃーんな、女のひとだから」
ルウイは、自明のことの様にそう言った。
ミセルがため息をつく。
なるほど、男性サンプルの価値が消えないからか。
下手に楽に手に入る女性体の数があるのがばれたら、ルウイからターゲットが切り替わる。
胎児の生殖質を再生しても男性不在だったら、アルトやミセルだけが狙われかねない。そして別文明からの介入など、生身の人間には防ぎようがない。自分たちなどひとたまりもないだろう。
「だいたい、私が近づかなきゃ、誰が適合者かわからないんだから、はなれててよね~」
「分かりました。でも、適合者なら必ず受精卵ができるのですか?アルトとはレグラムでは婚約者として過ごしたのでしょう?誘発剤を使ったとしても、今回すぐにできるとは限らないでしょう?」
「きゃー、父親となんて会話?もー。変なことしてないからね~。あの頃はハンターがどこにいるかわからなくて、でも交尾中を捕獲しろとか聞こえたの。アルトは優しいからさ、私が怪我とかしてれば、そうならないでしょ。だから足おって~」
「!」
そういう裏かよ!
アルトが息を呑むのがわかる。
ミセルは振り向かずに手でアルトを制した。
「で、その時結構強引して怒らせちゃったのに~、今度は受精卵があれば男性サンプルいらないってわかったからって、いきなり手のひら返すんじゃねー。その気になれないだろぉなぁとか、さ」
それで、幻覚剤?!おかしいだろう、順番が!
聴いているアルトは頭を抱えて転がりまわる風情だった。
ミゼルは絶対声を出すなとばかりにアルトを一瞬睨んでから聞く。
「じゃぁ、なんであっさり諦めたのです?」
「ん?バレたから?嫌がられちゃってさあ。万一私が無事に生き延びたら受精卵って子供になっちゃうのよ。望まれない子にしちゃダメでしょう?」
嫌だなんて言ってねーだろ!
口をパクパクさせるアルトを目の端に捉えながら、ミセルはゆっくりと言った。
「アルトはあなたへの手助けを拒みませんよ」
「そしたらよけい私が勝手しちゃダメね。アルトはねぇ、幸せになるの。かわいいお妃さんもらって、いい国つくろう運動して」
「・・・あなたの幸せは、どこに置いてきました?」
「置いてきてないよぉ。幸せだもん。好きな人も大切な人もいて、できることがあって。ただ、ね。ただ、ちょっと、今回、負けるかもしれなくて、ダメなのだけど、勝てないかもしれなくて」
だんだんしゃべりが遅くなり、ルウイがうつむく。
ぐー。すー。
ぐー。すー。
寝た?
ミセルとアルトは顔を見合わせる。ルウイに布団をかけて、隣の部屋にうつった。
アルトが今にも爆発しそうだったから。
だが、次に様子を見に覗いた時には、ルウイの姿は消えていた。
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