ゲームの嫌われ貴族に転生した俺が、女騎士に「君たちは家畜じゃない」と言ったら革命が止まった件。

真黒三太

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 元々が朽ち果てた砦であり、そこまでの防御力を期待していたわけではない。
 だが、いざ攻め込まれてみれば、穴だらけの壁は侵入し放題であり、想定していた以上の脆さであったといえるだろう。

 いや……これは、敵軍があっぱれなのか。

 大雨が降った夜を選んで砦内部に侵入し、見事、奇襲を成功させてみせたのだから。
 これは、言葉にするほど簡単なことではない。

 まず――視界。
 雨が降りしきる夜であるからには、当然ながら明かりというものはなく、ほぼ手探りの状態で侵入を敢行することになる。
 しかも、いまだ肌寒い夜が続く中、冷たい雨に打たれ続けることになるのだから、筋肉という筋肉が収縮して強張り、常と同じ身体能力など望むべくもない状態へ追い込まれているはずなのだ。

 だが、結果として砦を守護する小隊は指揮官たる自分を除いて全滅しており、自分自身もまた、喉元へ白刃を突き付けられて絶体絶命の状態にあった。

「……士官候補生を招集した部隊だというから、貴族家のボンボンたちだと侮っていたわ。
 やるものね」

 奇襲により斬られ、突かれ、射られ、あるいは魔術により焼かれた死体が転がる広間の中……。
 膝を折ったミルフィーダは、壁にかけられたたいまつで照らされた若者たちの姿を見て、苦笑いを浮かべたのである。

 口惜しさよりも、呆れがあった。
 呆れの半分は、自分を見下ろすお貴族様たちの思ってもいない精強さ。
 冷たい雨が降りしきる夜に敵の砦へ侵入し、皆殺しにする荒々しさというのは、ミルフィーダが想定する貴族にはない性質である。

 もう半分の呆れは、自分たちに向けたもの。
 確かに、この少年たちは想像以上の強さだった。
 だが、それ以上に自分たち黒鳥旅団が弱くなったのだと、そう思えたのだ。

 三年前……東西戦争が終結するまで、自分たちは理想に燃える戦士たちだった。
 だが、十分な恩賞が与えられないまま解散を命じられ、現体制への報復を誓ってから今に至るまでは、どうだったか?
 薄々は思っていたが、その日食う物にも困り、略奪によって兵站を賄う様は、ただの盗賊団以外の何物でもなかったのではないか?

 ミルフィーダが身にまとった鎧は正式な騎士と同様のものであり、今は床に転がっている剣も、正規の騎士へ授けられる品……。
 戦時下、臨時の騎士叙勲を受けて賜った武具である。
 そう、かつての自分たちは騎士と同様だった。
 今は違う。
 ゆえに、こうして、退治された盗賊そのものの姿を晒している。

 だから、これから吐き出すのは、単なる負け惜しみの言葉……。
 自分たちは卑しい盗賊ではなく、革命のために立ち上がった義賊であると、己に言い聞かせて死ぬための言葉であった。

「満足でしょうね。
 悪者を倒して、親に褒めてもらえばいいわ。
 でも、あなたたちは想像したことがある?
 わたしも、そこに倒れている仲間たちも、かつては戦争で、国のために従軍した人間なのよ?
 なのに、あなたたち貴族は何をしてくれた?
 自分たちは負かした相手の領土を切り取って、十分に肥え太っておきながら、わたしたちにはろくな恩賞も渡さなかったのよ!」

 先頭に立つ少女のごとく整った顔立ちの剣士――おそらく相手方の中心人物だ――が、衝撃を受けたような顔になる。
 さぞかし、いいところのお坊ちゃんであるのだろう。
 自分たちの栄達が、力なき者を足蹴にしてのものであるとは、思いもよらなかったようだ。

 一方、戦闘中にこの坊っちゃんを庇うようにしていた黒髪の戦士は、険しい顔であった。
 こちらはもう少し、現実というものを理解していたということだろう。
 そして、間近から自分を見下ろす三人目……。
 ミルフィーダの喉元に剣を突き出している少年は、冷たい眼差しを向けてくるばかりである。

 雨にも負けぬ特製の油で固めている金髪は、貴族としての傲慢さを象徴しているようであり……。
 自分を見下ろす目は、粗悪なガラス玉のように濁っていて、かつ、冷酷。
 顔立ちこそ整っているが、いささかも惹かれる魅力がない。
 ミルフィーダの知る典型的な――貴族。
 自分たちが打倒すべき存在の概念を一身に背負っているかのような少年なのだ。

 おそらく、こいつの心には一切響くことがあるまい。
 そうと分かった上で、なおも口を開く。

「貴族がなんだっていうの!? わたしたちは家畜じゃない! あなたたちと同じ人間よ!
 同じ権利を求めて、何が悪いというの!?」

 もはや、慟哭といって過言ではない言葉……。

「……言いたいことは、それで終わりか?」

 ――カチャリ。

 ……と、自分に剣を突き付ける少年が問いかけてきた。

「ルガス!」

「待て!」

 少女のような少年と黒髪の戦士が、揃って制止の言葉を吐く。
 だが、傲慢なる貴族の瞳からは、冷酷な色が消えることはない。
 そして、彼は剣を――。

「――その通りだ。
 君たちは家畜なんかじゃない」

 ――突き立てず、そんなことを言い放ったのである。

「――ええっ!?」

「お前、急にどうした!?」

 かかる状況へうろたえたのは、ミルフィーダではなく相手側の少年たちだった。
 いや、ミルフィーダも十分に驚いてはいるが……。
 ほんの一瞬前まで、きらめきというものを感じられなかった貴族少年の瞳が、爛々としたそれで満たされ、ばかりか、深い知性すら感じさせているのである。

「だが、君と黒鳥旅団団長はやり方がよろしくない。
 いかにも、暇を持て余した頭でっかちのやりそうなことだ」

「暇……?」

 目を見開く。
 そんなことを言われたのは、終戦以来始めてのことであった。
 ただ、それに一片の怒りすら感じなかったのは、ミルフィーダ自身がうっすらと感じていたことを、言葉という形に具現化されたと感じたから……。

「だって、そうだろう?
 君らの団長は、十年先まで見据えた世直しを唱えて黒鳥旅団率いてるけどさ。
 近くの農村で暮らしてる人たちに聞けば、こう答えるだろうさ。
 十年先なんかより、今日の食い扶持を考えるので手一杯だって。
 そんなんで、市民革……平民みんなの力が必要なことやろうったってさ、上手くいくはずがないんだよ。
 考え方は間違ってないけど、状況に合ってないんだ」

 なんだろう?
 あれだけ傲慢だった眼差しが、すごく同情的なものに変わっている。
 しかも、語られた言葉は、いちいちもっともものであるとうなずけてしまうのだ。

「ルガス……?」

「あの……?」

 そういえば、完全に蚊帳の外状態。
 少女のような剣士と、黒髪の戦士が困惑しながら話しかけた。
 そんな彼らに……。
 いや、この広間へ突入した仲間全員へ聞こえるように、貴族少年はこう宣言したのだ。

「この女騎士……身柄をオレが預かるが、構わないな!?」

「ええっ!?」

「ルガス、お前本当にどうした!?」

 困惑する仲間たちには構わず、ルガスなる少年が剣を収める。

「黒鳥旅団団長――ウィーグリフを止める上で、必要なことと判断した。
 あの語り口から考えて、他の野盗に身を落とした連中と違い、ウィーグリフにかなり近い立場の人間だろう。
 そう考えていいかな?」

「……ウィーグリフは、わたしの兄よ」

 問われるままに、答えてしまう。
 人質……あるいは盾にされる危険があると考えれば、決してしてはならないことだ。

 だが、このルガスという少年には打ち明けても構わないと……。
 そう、直感で判断できたのであった。

「やはりそうだったか!
 なら、説得に協力してくれよ。
 君とお兄さんは死んだことにして、身を隠してもらう。
 それで旅団は解散。
 事態は一件落着さ」

「けど、兄は理想を……」

「時世を読めば、きな臭さしか感じられない。
 今は身を潜めるが吉だと、なんとか説き伏せるさ。
 君だって、このまま続けても仕方がないって、分かってるんだろ?」

「それは……」

 この場合、沈黙こそが何より雄弁な答えになるということだろう。
 ルガスが、満足そうにうなずいてみせた。

「ようし、決まりだ!
 事件解決に向けて、動き出すぞ!」

「あ、ああ……」

「ま、まあ……そうだな」

 彼の仲間たちは、困惑しながらも、それにうなずいたのである。



--





 さらりとした茶髪は、額を晒す形で腰の辺りまで長く伸ばされ……。
 同じ色をした瞳は、困惑に揺れながらも、はっきりと強い意思でオレを見上げている……。
 身にまとった騎士鎧は確かな防御力を感じさせるものの、守備力もへったくれもないミニのプリーツスカートを合わせていることが、ここはどうしようもないくらいゲームの中であるのだとオレに実感させた。

 そうなのである。
 ここは、二十年以上前に発売し、当時大ヒットを記録したシミュレーションRPG……『最終幻想戦記』の世界だ。
 目の前のいる彼女は、ミルフィーダ。
 ゲームのストーリーに沿うなら、ここでオレ――ルガスに切り殺される運命だったネームドキャラだ。

 というか、ほんの一瞬前までそうする気満々だった。
 いざ、というところで、前世日本の記憶を思い出し、ここがゲームの世界であることを自覚したのである。
 この先に待つ、自分の運命も……!

 オレことルガスは、平民を家畜呼ばわりするどうしようもないクズ貴族代表と呼ぶべきキャラ。
 ゲームの通りに進むと、チャプター1……間もなく訪れる序盤のクライマックスで主人公――今一緒に行動してる仲間たちだ――と敵対し、倒される運命だった。
 いや、倒されるっていうのは、ふんわりした言い方だったな。
 言い換えよう。
 オレは殺される。死ぬ。

 どうして、オレに前世の記憶が蘇ったか……。
 あるいは、日本で暮らしていたオレの意識が憑依したのかは分からない。
 ただ、やや混濁した意識で判断できるのは、このままじゃまずいこと。
 今この瞬間こそが、運命のターニングポイントであるということだった。

「さあ、立ち上がって」

 運命を変える第一歩として、ミルフィーダに手を伸ばす。
 いや、運命を変えた最初の一歩か……。

「……ありがとう」

 本来、ここで死ぬはずだった彼女は、ここで彼女を殺すはずだったオレの手を、不審がりながらも取ったのだから。
 ここからだ。
 ここから、運命を塗り替えていく。
 これは、“ゲームの悪役貴族”に転生したオレが、生き残るため革命を導く物語だ。



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