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8.好きな人の好きなもの(4)
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「ちょっと急に残業になっちゃって。とこちゃん、ちゃんとごはん食べた?」
「食べたよ、カップ麺だけど。紗英は?」
「私もおにぎりデスクで食べたよ。とこちゃんは、まだおなか余裕ある?」
「ある、ある。なに? なんかつくるの?」
「ううん、これ。お土産。一緒に食べよ」
笑って、とこちゃんに袋を差し出す。かわいい目を大きくしたとこちゃんは、さっそくがさりと袋から箱を取り出した。そうして、素直に「うわぁ」と感嘆の声をもらしてくれる。
見返りを求めていたわけじゃないつもりだったけど、そういうところがすごく好きで、すごくうれしい。
「かわいい、カップケーキだ。あたし、こういうクリームがたっぷり乗ってるの好きなんだよね。なんかめっちゃ見た目かわいくない?」
「うん。見たときに、とこちゃんが前にそう言ってたなぁって思い出して」
「それで買って帰ってくれたの、紗英優しい。大好き」
にこ、ととこちゃんが笑う。化粧をしていないことも相まって、はじめて会った中学生のころと一緒みたいに見える無邪気な笑顔。ああ、かわいいなぁ。癒される。とこちゃんといると、無理しなくても私も笑うことができる。
とこちゃんを見つめたまま、うん、ともう一度私は頷いた。じわりと心が温くなる。
「ねぇ、紗英。早く着替えてきなよ。あたし紅茶入れるからさ」
「ありがと」
待ちきれないという表情がたまらなくかわいくて、私はほほえんだ。いそいそと電気ケトルに水を入れるとこちゃんの背中を眺め、二度目の「ありがとう」と告げる。その言葉に、とこちゃんは不思議そうに振り返った。
「紅茶? ぜんぜんいいよ。ティーパックだし。っていうか、買ってきてくれたの紗英じゃん」
「うん」
そうなんだけど。でも、それも、ぜんぶ、回り回って私のためなんだよ。詳しい理由は言わず頷いた私を「変なの」と笑って、とこちゃんはゆるゆるの――ちょっと袖のところがほつれているスウェットの袖をまくった。シンクに置きっぱなしにしていたマグカップを洗うつもりみたいだ。とこちゃんお気に入りの大きなマグカップ。
小さく鼻歌を歌うとこちゃんの横顔から名残惜しくも視線を外し、私は自分の部屋に入った。外でのすべての武装を脱ぎ捨てて、ふわふわの部屋着に袖を通す。随分前、とこちゃんが紗英に似合うと思ってとプレゼントしてくれたものだ。
「あと一分ー」
「うん、手、洗ってくるね」
部屋を出た途端にかかったとこちゃんの声に笑って、オープンキッチンを素通りして廊下に出る。
洗面所で手を洗い、私は鏡越しの私を正面から見つめた。映っているのは、職場のトイレで見たものとはまったく違うもので、私もまったく人のことを言えないなぁという気分になる。
外の私は、ぜんぶ建前で、偽物だ。
「食べたよ、カップ麺だけど。紗英は?」
「私もおにぎりデスクで食べたよ。とこちゃんは、まだおなか余裕ある?」
「ある、ある。なに? なんかつくるの?」
「ううん、これ。お土産。一緒に食べよ」
笑って、とこちゃんに袋を差し出す。かわいい目を大きくしたとこちゃんは、さっそくがさりと袋から箱を取り出した。そうして、素直に「うわぁ」と感嘆の声をもらしてくれる。
見返りを求めていたわけじゃないつもりだったけど、そういうところがすごく好きで、すごくうれしい。
「かわいい、カップケーキだ。あたし、こういうクリームがたっぷり乗ってるの好きなんだよね。なんかめっちゃ見た目かわいくない?」
「うん。見たときに、とこちゃんが前にそう言ってたなぁって思い出して」
「それで買って帰ってくれたの、紗英優しい。大好き」
にこ、ととこちゃんが笑う。化粧をしていないことも相まって、はじめて会った中学生のころと一緒みたいに見える無邪気な笑顔。ああ、かわいいなぁ。癒される。とこちゃんといると、無理しなくても私も笑うことができる。
とこちゃんを見つめたまま、うん、ともう一度私は頷いた。じわりと心が温くなる。
「ねぇ、紗英。早く着替えてきなよ。あたし紅茶入れるからさ」
「ありがと」
待ちきれないという表情がたまらなくかわいくて、私はほほえんだ。いそいそと電気ケトルに水を入れるとこちゃんの背中を眺め、二度目の「ありがとう」と告げる。その言葉に、とこちゃんは不思議そうに振り返った。
「紅茶? ぜんぜんいいよ。ティーパックだし。っていうか、買ってきてくれたの紗英じゃん」
「うん」
そうなんだけど。でも、それも、ぜんぶ、回り回って私のためなんだよ。詳しい理由は言わず頷いた私を「変なの」と笑って、とこちゃんはゆるゆるの――ちょっと袖のところがほつれているスウェットの袖をまくった。シンクに置きっぱなしにしていたマグカップを洗うつもりみたいだ。とこちゃんお気に入りの大きなマグカップ。
小さく鼻歌を歌うとこちゃんの横顔から名残惜しくも視線を外し、私は自分の部屋に入った。外でのすべての武装を脱ぎ捨てて、ふわふわの部屋着に袖を通す。随分前、とこちゃんが紗英に似合うと思ってとプレゼントしてくれたものだ。
「あと一分ー」
「うん、手、洗ってくるね」
部屋を出た途端にかかったとこちゃんの声に笑って、オープンキッチンを素通りして廊下に出る。
洗面所で手を洗い、私は鏡越しの私を正面から見つめた。映っているのは、職場のトイレで見たものとはまったく違うもので、私もまったく人のことを言えないなぁという気分になる。
外の私は、ぜんぶ建前で、偽物だ。
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