星屑ども

木原あざみ

文字の大きさ
8 / 34

8.好きな人の好きなもの(4)

しおりを挟む
「ちょっと急に残業になっちゃって。とこちゃん、ちゃんとごはん食べた?」
「食べたよ、カップ麺だけど。紗英は?」
「私もおにぎりデスクで食べたよ。とこちゃんは、まだおなか余裕ある?」
「ある、ある。なに? なんかつくるの?」
「ううん、これ。お土産。一緒に食べよ」

 笑って、とこちゃんに袋を差し出す。かわいい目を大きくしたとこちゃんは、さっそくがさりと袋から箱を取り出した。そうして、素直に「うわぁ」と感嘆の声をもらしてくれる。
 見返りを求めていたわけじゃないつもりだったけど、そういうところがすごく好きで、すごくうれしい。

「かわいい、カップケーキだ。あたし、こういうクリームがたっぷり乗ってるの好きなんだよね。なんかめっちゃ見た目かわいくない?」
「うん。見たときに、とこちゃんが前にそう言ってたなぁって思い出して」
「それで買って帰ってくれたの、紗英優しい。大好き」

 にこ、ととこちゃんが笑う。化粧をしていないことも相まって、はじめて会った中学生のころと一緒みたいに見える無邪気な笑顔。ああ、かわいいなぁ。癒される。とこちゃんといると、無理しなくても私も笑うことができる。
 とこちゃんを見つめたまま、うん、ともう一度私は頷いた。じわりと心が温くなる。

「ねぇ、紗英。早く着替えてきなよ。あたし紅茶入れるからさ」
「ありがと」

 待ちきれないという表情がたまらなくかわいくて、私はほほえんだ。いそいそと電気ケトルに水を入れるとこちゃんの背中を眺め、二度目の「ありがとう」と告げる。その言葉に、とこちゃんは不思議そうに振り返った。

「紅茶? ぜんぜんいいよ。ティーパックだし。っていうか、買ってきてくれたの紗英じゃん」
「うん」

 そうなんだけど。でも、それも、ぜんぶ、回り回って私のためなんだよ。詳しい理由は言わず頷いた私を「変なの」と笑って、とこちゃんはゆるゆるの――ちょっと袖のところがほつれているスウェットの袖をまくった。シンクに置きっぱなしにしていたマグカップを洗うつもりみたいだ。とこちゃんお気に入りの大きなマグカップ。
 小さく鼻歌を歌うとこちゃんの横顔から名残惜しくも視線を外し、私は自分の部屋に入った。外でのすべての武装を脱ぎ捨てて、ふわふわの部屋着に袖を通す。随分前、とこちゃんが紗英に似合うと思ってとプレゼントしてくれたものだ。

「あと一分ー」
「うん、手、洗ってくるね」

 部屋を出た途端にかかったとこちゃんの声に笑って、オープンキッチンを素通りして廊下に出る。
 洗面所で手を洗い、私は鏡越しの私を正面から見つめた。映っているのは、職場のトイレで見たものとはまったく違うもので、私もまったく人のことを言えないなぁという気分になる。
 外の私は、ぜんぶ建前で、偽物だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

マグカップ

高本 顕杜
大衆娯楽
マグカップが割れた――それは、亡くなった妻からのプレゼントだった 。 龍造は、マグカップを床に落として割ってしまった。そのマグカップは、病気で亡くなった妻の倫子が、いつかのプレゼントでくれた物だった。しかし、伸ばされた手は破片に触れることなく止まった。  ――いや、もういいか……捨てよう。

秘密のキス

廣瀬純七
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...