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15.私の綺羅星(1)
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神様は私を助けてくれなかった。でも、その代わり、私ととこちゃんを出会わせてくれた。
私より大変な境遇に置かれている子が、何人もいることは知っている。私には私立の学校に通わせてくれる財力のある親がいて、まぁ、ちょっと、過干渉だなぁと辟易することはあるけれど、恵まれた生活を送っている。知っている。
でも、だからと言って、私の息苦しさがゼロになるわけではない。私には私だけの息苦しさがあった。
「あたし、透子。ねぇ、羽田さんじゃなくて紗英って呼んでいい?」
「え……」
「駄目だった?」
いきなり声をかけてきたとこちゃん――当時は「芦田さん」と呼んでいたわけだけれど――に驚いて、私は自分の席で読んでいた小説から顔を上げた。
お母さんは私が漫画を読むことにあまり良い顔をしなくて、だから、私は小さいころから小説ばかりだった。一番好きなのは、少女小説。
中高一貫の私立女子校に入学して、一週間。クラスの子たちと交流を図らず、昼休みに読書を決め込んでいた私は、たぶん、少し浮いていたと思う。その私に、とこちゃんは人懐こく話しかけてきた。猫みたいな瞳の、かわいい女の子。
「その小説、あたしも好きなんだ」
そう言って、とこちゃんがあたしの前の席に座る。私の返事なんていっさい待たないマイペースな態度。でも、それが不思議と少しも嫌じゃなくて。それで、私の好きなものに興味を持って話しかけてくれたことがうれしくて、私は二拍ほど遅れてそっと声を出した。
「いいよ、紗英で。わたしも透子ちゃんって呼んでいい?」
おずおずとした問いかけに、とこちゃんは太陽みたいに「もちろん」と笑った。
小学校に通っていたときも友達はいたけれど、みんな真面目でおとなしいタイプの女の子。そんな私にとって自由気ままで元気いっぱいのとこちゃんは、びっくり箱みたいな存在だった。
私と違って、とこちゃんにはいくらでも友達はいたはずなのに、とこちゃんはなぜか私と一緒に時間を過ごしてくれて、中学二年生になるころには「とこちゃん」が世界で一番大切になった。
初恋だったのだと思う。誰にも言えなかったけれど。
小さなころから、なんでみんな私が好きになる人は「男の子」だという前提で話すのだろうと疑問だった。「アイドルの〇〇くんがかっこいい」という同級生の話にも心の底から共感することはできなくて、「紗英はどんな男の子と結婚するのかしら」というお母さんの話にも曖昧に頷くことしかできなかった。
私は普通じゃないのかもしれない。そう気がついたときはすごく怖かったし、あんなに純粋に私に笑いかけてくれるとこちゃんのことを、私はよこしまな目で見ているのかもしれないと思うと死にそうなほど苦しかった。
でも、とこちゃんと距離を置くことを想像すると、それ以上に苦しくて死にそうだったから、私はとこちゃんの隣で「親友」になることを選んだ。
私より大変な境遇に置かれている子が、何人もいることは知っている。私には私立の学校に通わせてくれる財力のある親がいて、まぁ、ちょっと、過干渉だなぁと辟易することはあるけれど、恵まれた生活を送っている。知っている。
でも、だからと言って、私の息苦しさがゼロになるわけではない。私には私だけの息苦しさがあった。
「あたし、透子。ねぇ、羽田さんじゃなくて紗英って呼んでいい?」
「え……」
「駄目だった?」
いきなり声をかけてきたとこちゃん――当時は「芦田さん」と呼んでいたわけだけれど――に驚いて、私は自分の席で読んでいた小説から顔を上げた。
お母さんは私が漫画を読むことにあまり良い顔をしなくて、だから、私は小さいころから小説ばかりだった。一番好きなのは、少女小説。
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「その小説、あたしも好きなんだ」
そう言って、とこちゃんがあたしの前の席に座る。私の返事なんていっさい待たないマイペースな態度。でも、それが不思議と少しも嫌じゃなくて。それで、私の好きなものに興味を持って話しかけてくれたことがうれしくて、私は二拍ほど遅れてそっと声を出した。
「いいよ、紗英で。わたしも透子ちゃんって呼んでいい?」
おずおずとした問いかけに、とこちゃんは太陽みたいに「もちろん」と笑った。
小学校に通っていたときも友達はいたけれど、みんな真面目でおとなしいタイプの女の子。そんな私にとって自由気ままで元気いっぱいのとこちゃんは、びっくり箱みたいな存在だった。
私と違って、とこちゃんにはいくらでも友達はいたはずなのに、とこちゃんはなぜか私と一緒に時間を過ごしてくれて、中学二年生になるころには「とこちゃん」が世界で一番大切になった。
初恋だったのだと思う。誰にも言えなかったけれど。
小さなころから、なんでみんな私が好きになる人は「男の子」だという前提で話すのだろうと疑問だった。「アイドルの〇〇くんがかっこいい」という同級生の話にも心の底から共感することはできなくて、「紗英はどんな男の子と結婚するのかしら」というお母さんの話にも曖昧に頷くことしかできなかった。
私は普通じゃないのかもしれない。そう気がついたときはすごく怖かったし、あんなに純粋に私に笑いかけてくれるとこちゃんのことを、私はよこしまな目で見ているのかもしれないと思うと死にそうなほど苦しかった。
でも、とこちゃんと距離を置くことを想像すると、それ以上に苦しくて死にそうだったから、私はとこちゃんの隣で「親友」になることを選んだ。
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