推しヒロインの悪役継母に転生したけど娘が可愛すぎます

山梨ネコ

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1巻

1-3

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 誤魔化そうか悩んだが、ロゼッタは正直に言った。
 ステラをいじめようとしたのは本当だ。いたぶろうとした。
 自分が幼い頃にされたように、やり方は実体験でよく知っていた。
 前世の記憶を思い出さなければ自分が何をしでかしたかと思うと恐ろしい。
 だから、ヴェルナーに止められても仕方ないと思える。
 だが、ヴェルナーはロゼッタの震える拳にそっと触れて言った。

「ご案内いたしますとも、ロゼッタ様。あなた様はステラお嬢様の母君でございます」
「……母親というには私は若くてよ」
「ですがステラお嬢様を想うお気持ちは、ご立派な母君でございます」

 果たしてそうだろうか、とロゼッタは疑問に思う。
 ゲームの通りに進めば、ステラには輝く栄光の未来が約束されている。
 バッドエンドになる可能性はあるけれども、この国でもっとも敬愛される六人の男のうちの誰かと結ばれる確率は高い。それどころか、隣の大帝国の皇帝と結ばれることさえある。
 だがそれは、恐ろしい苦難を乗り越えた先にある未来。
 この世界はもうゲームではないのだ。セーブもリセットもできない。
 大好きな推しヒロインがたった一つの命をけて危険な道を進んでいくのが嫌だという、ロゼッタのままにすぎないのではないか。

「私めはロゼッタ様に協力させていただきます」
「ヴェルナー、助かるけれど……いいの?」
「ステラお嬢様の平凡なお幸せのために、旦那様が神からたまわった警告を頼りに、恐ろしい未来を回避いたしましょう」

 天啓を、神が指し示した指針と受け取るか、避けるべき警告と受け取るか、解釈は受け取り手にゆだねられる。
 天啓を受けたピーターを余所よそに警告だと受け取ってくれたヴェルナーに案内され、ロゼッタはステラの部屋に辿たどいた。
 暗いその部屋に、しょくだいを掲げて入っていく。
 最初、てんがい付きのベッドの上に姿のないステラにあせったが、すぐにベッドの側にうずくまっているのを見つけた。ベッドから落ちてしまったのか、それとも広いベッドに慣れていないのか。
 ロゼッタはしょくだいを机に置いて、ステラをそっと抱き上げる。
 決して力の強くないロゼッタでも抱き上げられるくらい、その体は軽い。骨と皮しかないのだ。
 ここに来る前は孤児院でぎゃくたいされていたと、ロゼッタは知っている。

「こんなに小さかったなんて……」

 前世の自分が頼り、すがり、助けを求めた明るく美しく優しい少女。
 この少女に助けてもらおうと、大の男であるはずの攻略対象者達が、王国中の大人達が、群がるのかと思うとゾッとする。

「もう誰のことも助けなくていいわ、ステラ」

 ロゼッタはステラをベッドに寝かせ、温かな毛布をそっとかけてやった。

「あなたはただ守られ、愛されて、幸せになるだけでいいのよ」

 もちろんステラが自ら救世主になりたいと望むのなら、断腸の思いで応援しよう。
 だが、そう望まないように育ててみせる。
 ロゼッタが部屋に戻ると、マヌエラが本当に起きて待っていた。
 ロゼッタのためにお湯を用意して、それでロゼッタの体を清めながら言う。

「窓際のコスモスはステラお嬢様がロゼッタ様のお見舞いにと持ってきた花なのですよ」
「まあ、そうなの?」
「はい。倒れられたロゼッタ様を心配して、昼間にいらしてくださいました」
「まあ……」

 ロゼッタは言葉を失い、星明かりに照らされるコスモスを見つめた。

「あのコスモスがしおれてきたら、枯れないうちに押し花にするわ。だから決して捨ててはだめよ。いいわね?」
「かしこまりました、ロゼッタ様」

 含み笑いするマヌエラを照れからめつけたのも束の間、ロゼッタは眠りにつくまでの間、目を細めてコスモスを見つめ続けた。


   ○ ● ○


「はじめまして! わたし、ステラです! 昨日はびっくりさせちゃってごめんなさい……」

 遅い朝食を取るために向かった食堂で顔を合わせたステラは、ロゼッタのもとまで駆け寄ってくると、元気に自己紹介したあとにしょんぼりとうなだれた。
 ロゼッタがステラに驚いて気絶したと思っているらしい。
 きっと、そうとしか見えなかったろうし、ヴェルナーも説明のしようがなかったのだろう。

「はじめまして、ステラ。わたしはロゼッタよ。あなたが謝ることなんて何もないの。長旅でとっても疲れていて、倒れただけなのよ」
「でも、わたしの顔を見て、びっくりしてましたよね……?」
「こんなに可愛い子が私の娘になってくれるの!? って、びっくりしちゃったのは確かね」

 ロゼッタが大げさに身ぶり手ぶりを付けて言うと、ステラはきょとんとしたあと照れたようにはにかんだ。

「そんな、わたしなんて……わらいろの髪ですし」

 そう言われたことがすでにあるらしい。
 ロゼッタ自身も一瞬とはいえ思ったことではあるものの、ふんがいする。

「あなたの髪は月の色をしているのよ。失礼なことを言う人がいるものね」
「えーっ、そんなにきれいじゃないですよ!」
「今は雲がかかっていてよく見えないだけよ。これからうんとお手入れすれば輝く月色になるわ」
「ほんとに?」
「ええ、絶対に」
「うわぁ……」

 ゲームでそう表現されていたから、確信を持って請け合える。
 自分の髪の毛をでながらかんたんするステラに、ロゼッタは目を細めた。

「これ、もしよかったら受け取ってくれる?」
「えっ! これって……」
「コスモスのお礼よ。小さくて悪いけど」

 そう言ってロゼッタが渡したのは、昨晩聖園から摘んできたシロツメクサで作った小さな花冠だ。
 元々、花冠にしようとも思っていなかったし、量が少なすぎてステラの頭にも小さいだろう。
 それなのに、ステラは花冠に目を輝かせた。

「ほんとうに、わたしがもらってもいいんですか!?」
「あなたのために作ったのよ? ステラ」

 ぱっと笑みを浮かべ、さっそく頭に花冠を被る。ロゼッタは目を細めた。

「可愛いお姫様だわ」
「えへへ」

 ステラがはにかんで笑った時、食堂の入り口付近にいた使用人達がざわめいた。

「おはよう、ステラ……ロゼッタ」
「お父さんっ!?」

 ステラは途端に花冠そっちのけになり、跳ねるような足取りで父親に駆け寄り、飛びついた。
 九歳の子どもの遠慮のない飛びつきを、ピーターは難なく受け止める。
 ロゼッタは落ちた花冠を拾いあげた。

「もう病気は治ったの!?」
「あはは。どうだろうな。だが、今日は気分がいい」
「えーっ、絶対治ったんだよ。お父さん、元気な顔してるもん!」
「ははは、そうだといいんだがね」

 ステラを呼び寄せたのは最近のはずなのに、ずいぶんと懐かれている。
 血の繋がる父親だからなのか、それとも人徳か。
 うらやましさに花冠を握りつつロゼッタが唇をとがらせていると、ステラを椅子に座らせたピーターが近づいてくる。その足取りは確かで、昨晩まで寝たきりだった男のものとは思えない。

「エリクシルを飲んだようね?」
「ああ、君の考えに賛同するよ」

 近づいた彼にロゼッタがささやくと、そう返ってくる。
 実の父親がそばにいて愛情を注いでくれるなら、ロゼッタの役目などほとんど終わったようなものだ。
 寂しさを覚えつつもほっと息を吐くロゼッタに、ピーターは続けた。

「だが……すまない。私の寿命は変わらないようだ」
「なっ……!?」
「あとで話そう、ロゼッタ」

 ステラの前ではやめようと言外に言う彼に、ロゼッタは唇を引き結んでうなずいた。
 自分の寿命は残りわずかだと打ち明けたピーターのほうが申し訳なさそうな表情を浮かべている。

「さあ、みんなで昼食にしよう」
「やったー! 一人じゃないの、嬉しいな!」
「あらあら、旦那様はこれまでステラに寂しい思いをさせていたようね? 悪い人」
「まったくロゼッタの言う通りだ。すまないな、ステラ」
「これからは一緒に食べてくれればいいよっ」

 元気に言うステラに、ピーターとロゼッタは顔を見合わせてうなずき合った。
 これからはステラと一緒に食事をとろう。
 終わりがあるというのなら、その日までだけでも、毎日。
 はしゃぐステラと昼食を食べ、庭で遊び、夜ご飯を食べ、寝る前に髪の毛をかしてやり、寝かしつけるまで二人はそばにいた。
 ステラが眠りについたあと、ロゼッタとピーターは夜の庭園を歩く。

「あれは確かにエリクシルなのだろう。まるで全盛期のような体力、気力が戻ってきている。……だが、寿命が近いのがわかるのだよ。いかな神の祝福でも、人の寿命はどうにもできないということだろう」
「あとどれぐらい生きられるのですか?」

 ロゼッタが単刀直入に聞くと、嫌な顔もせず、ピーターは星を見上げながら答えた。
 まるで、そこに答えが書いてあるかのように。

「およそ一ヶ月くらいだろうか」
「それまでの間に、ステラのしたいことを全部しますよ」
「ああ、そうしよう」
「あなたには悪いですけど、完全にステラが優先ですわ」
「私にとってもそのほうがありがたい」
「家族の肖像画を描いてもらいましょう」
「それはいい考えだね」
「……あなた、何も聞かないのね」

 きっとロゼッタに対して疑問に思うことは一つや二つではないだろう。
 それなのに、ピーターは何も聞いてこない。

「君が言いたいのなら話を聞こう。だが、そうではないのなら聞かないよ」
「こんなに怪しいのに? ステラのためにも警戒くらいはしておいてくださる?」
「あはは! 私は素晴らしい妻を選んだようだ!」

 笑いながら、ピーターはロゼッタの頭をでた。

「子ども扱いしないでいただけるかしら」
「君も私の子どものような年齢だ……すまない。余裕がなく、そのことをすっかり失念していた」

 神からもたらされた天啓だけを頼りに、ロゼッタを妻に求めたのだろう。
 成金男爵がなりふり構わず金に飽かせて手に入れたおさなづま
 ロゼッタの目に自分がどう見えているのかも考えなかったらしい。

「ステラの母親とは恋人でね……いずれ迎えに行くと約束していたのに、気づいた時には行方知れずになっていた。いつか再会できた時のためにと男爵位を手に入れ、屋敷を購入し、いい生活ができるように色々とそろえていたが……やまいに倒れて天啓を受けるまで、ステラの存在すら知らなかったんだ」

 天啓を受けて、自分には娘がいることを知ったらしい。
 そして、ロゼッタという未来のままははの存在を知った。

「私は悪い父親だ。だが、君ならきっといい母親になれるだろう」
「私がろくでもないままははになった未来をきっと見ているでしょうに」
「たとえ私がそんな未来を見ていたとしても、君なら運命を変えてくれるだろう?」
「もちろん」

 ロゼッタはきっぱりと断言する。

「たとえ世界を滅ぼす本物の悪となろうとも、ステラの幸せを優先しますわ」
「頼もしい限りだ」

 ピーターが快活に笑う。その笑顔がステラと似ている。
 この一ヶ月で、あと何個ステラと似ているところを見つけることになるだろう。
 それをほんの少し恐ろしく思いながら、ロゼッタは夜空に浮かぶ星を見上げた。



   きつねの恩返し


「お父さあん、おとうさあああああん! うわああああんっ」

 ピーターは天啓に教えてもらったという日に、眠るように亡くなった。
 前日まで死ぬだなんて思えないくらい元気だったのは、エリクシルの恩恵だろうか。
 葬儀を終え、ステラがひつぎに伏せて泣いている声が教会の聖堂に痛ましく響く。

「ほら……あそこにいるのが、例の」
「ピーターさんも、最後に若い女に引っかかっちゃってねえ」
「私はあのぎつねが金を持って逃げるに賭けるよ」
「ステラ嬢も、気の毒に」

 葬儀の参列者の言葉に、ロゼッタは黒いヴェールの下で唇を噛んだ。
 悪意のある陰口が耳に届くと、相変わらず胸に近い場所が痛む。ステラに関すること以外は全部無視すればいいだけだと頭では理解できているのに、どうしても体が思い通りに反応してくれない。

「ロゼッタ様、少々よろしいでしょうか?」

 ヴェルナーが困り果てた顔でやってきたので、ロゼッタは立ち上がった。
 ついていくと、参列者の男数人のもとへ連れていかれる。
 身なりからして平民の富裕層だろう。高価な生地と仕立てのいい服に、微妙にマナーを外れた宝飾品――控えめな微笑ほほえみを浮かべて値踏みしながらロゼッタは彼らに近づいていく。
 三人の男達はロゼッタを笑顔で迎えて言った。

「この度は御愁傷様です、ロゼッタ様」
「ピーターはいい奴でした。おやみ申し上げますよ」
「……ピーター様のお仕事仲間の方々でございます、ロゼッタ様」
「夫が生前お世話になったのね」

 ヴェルナーの耳打ちにロゼッタがあいづちを打つと、彼らは口々に自己紹介した。
 ピーターの口からも話を聞いたことのある名前だった。
 気のいい仲間達、という文脈で話を聞いたはずだったが、どうも違和感のある雰囲気だ。

「先程ヴェルナーとも話していたのですが、ピーターの仕事は膨大かつ広範で、王都から嫁いで一ヶ月のロゼッタ様には複雑怪奇極まりないでしょう?」
「特に帝国は税制がややこしいですからねえ」
「そこで、我々がピーターの仕事の整理を手伝って差し上げることにしたのですよ。元々、共に事業も立ち上げた仲間ですからね。それで、さっそくピーターの執務室に案内してもらおうとしていたところだったんです」
「ヴェルナー、わざわざロゼッタ様をお呼びしてわずらわせることなどないだろうに」

 ヴェルナーが困った顔でロゼッタを呼ぶわけである。
 この男達、現在シャイン男爵家の女当主となったロゼッタの了解も得ずに、男爵家の事業に手を付けようとしていたのだ。財産を盗もうとしていたようにしか見えない。
 だが、ピーターは『困ったことがあれば彼らに頼るように』と言っていた。
 類は友を呼ぶという。ピーター似の本物のお人好しの可能性もある。
 ロゼッタは愛想よく言った。

「お気づかいいただき感謝しますわ。ですが――」
「遠慮される必要はないですよ、ロゼッタ様」

 やんわりと断ろうとしたロゼッタの肩を乱暴に抱いて、男は無理やり彼女の言葉を中断させた。

「さあ、執務室に向かいましょう」
「重要な書類をしまってある棚には鍵が掛かっているだろう? 鍵を用意しておいてくれたまえ、ヴェルナー」
「離してくださる? ちょっと!」

 強くもがいているのに、男達はビクともせずにロゼッタを連れていこうとする。たとえ親切心であろうとも、このような扱いには我慢ならない。
 ロゼッタはせんを逆手に持ち替えて男の顔に振りかざした。男は慌てて避けて、彼女の腕を掴む。

「うわっ! 何をなさる!」
「何をするのかと聞きたいのは私のほうよ! 夫を亡くしたばかりのの体に許可なく触れるなど常識がないの!? 離しなさい!!」
「声を荒らげるなんてみっともないですよ、ロゼッタ様」
「そうですよ、みんな見てます」

 そう言われてぎくりと体がこわばり、ロゼッタは奥歯を噛みしめた。
 貴族の女が悪目立ちを嫌うことを、このニヤニヤと笑う男達はよくわかっているのだ。
 何が気のいい人よ、とロゼッタは亡きピーターに内心毒づいた。

「しかし、あの人のいいピーターが妻にした女性がこれほど簡単に暴力をふるおうとするとは思いませんでしたよ!」
「この調子じゃあ、いつステラ嬢にせんを振りかざすかわかったものではないな!」

 男達はわざと声を張りあげて、周りの人々にも聞かせている。
 周囲の人々が、『ああ、やっぱり』と言いたげな眼差まなざしを向けてくる。
 ゲームの中のままははもこうやって追い詰められていったのだろうか。
 黒いレースの手袋の中の指先が冷たくて、油断するとせんを落としてしまいそうだ。
 ゲームの自分もこういう連中に追いこまれて、そのストレスをステラにぶつけたのだとしたら――同情しかけた自分に、ロゼッタは吐き気がした。
 その時だった。

「ロゼッタ様をいじめないでください!」

 聖堂に響いたかんだかい声に、はっと顔を上げる。

「ステラちゃん、我々はむしろステラちゃんを助けようとしているところなんだよ」
「そんなふうには見えませんでした」

 ステラは目を真っ赤にらしながら、男達に食ってかかった。
 ロゼッタが男達に絡まれていることに気づき、涙をぬぐって駆けつけてくれたのだ。
 相手は大の男三人。小さなステラからすれば、恐ろしいだろうに。

「本当はステラちゃんが受け取るはずのピーターの財産を、彼女が独り占めしようとしているのを、我々は止めようとしているんだよ」
「ロゼッタ様は、そんなことするような人じゃないです!」
「ロゼッタ様、ねえ。母と呼ぶなと言われているんだろう? 彼女が君を娘として認めておらず、大事にしていない証拠だよ」
「そ、それは……」

 ステラがひるんだ。
 ロゼッタは何度か母と呼ぶように言ってみたが、ステラはかたくなにロゼッタ様と呼び続けている。
 ステラに『母』と呼ばれればロゼッタは嬉しい。
 だが、年齢が近すぎて言いづらいのだろうかと思い、ロゼッタは無理いしなかった。

「ステラちゃんの財産は、お兄さん達が守るから安心しなさい」
「これは大人同士の話し合いだから、ステラちゃんはあっちに行っていようね」
「ロ、ロゼッタ様……!」

 ステラに危害を加える気はないようで、男達が丁重にステラを追いやる。慌てた様子でロゼッタを振り返るステラに、ロゼッタは笑みで応えた。
 ステラが目を丸くする。心配させるわけにはいかないと、ますますロゼッタは笑みを深めた。
 泣かないようにする努力も必要だ。
 ステラは小さな体でロゼッタを守ろうとしてくれた。その事実に涙腺が緩んで仕方ないけれど、今泣いたらステラを心配させてしまう。
 そんな必要はもうないのに。今、ロゼッタはステラに勇気をもらったのだから。
 ロゼッタは目をうるませながらも決して涙を流さずに笑った。

「助けにきてくれてありがとう、ステラ」

 前世、ゲームのヒロインならこういう時にきっと助けてくれる、と何度も想像した。
 そんな想像だけでつらい出来事を乗りこえられたのに、本当にステラは助けに来てくれた。
 ピーターを亡くしたばかりで、自分のことしか考えられなくても不思議ではないのに、ロゼッタを想ってくれたのだ。
 それだけで、ロゼッタにはもう十分だった。震える指先に熱が戻り、体に力が湧いてくる。
 背筋を伸ばし、ロゼッタは男達をまっすぐに見すえた。

「あなた達の助けなどいらなくてよ。とっととお帰りくださるかしら?」

 堂々と言うと、中心にいた青髪の男が前に進み出る。
 ブルーノと名乗った男だった。三人の中のリーダー的な存在だ。

「我々が助けようとしているのはピーターとステラ嬢、シャイン男爵家であって、厳密にはあなたではありません」
「私こそがシャイン男爵家の現当主代理よ。私の許可も得ずに当家の財産をどうこうしようだなんて、寝言はどうぞ寝ておっしゃって? ヴェルナー、お客様がお帰りよ。お見送りして」
「ヴェルナー! ピーターの友人である我々の厚意が君にならわかるはずだろう!」
「私はシャイン男爵家に仕える執事でございます。男爵夫人であらせられるロゼッタ様のご命令ですので、どうか皆様、お引き取りくださいませ」

 ヴェルナーを懐柔できないと悟ると、再びブルーノはロゼッタを見やった。

「帝国は実力主義で、帝国の法に詳しくない異国の者に対して情け容赦いたしません。財産の相続にあたって帝国の法に詳しい者の助けがなければ、あなた方はピーターがきずげた財産を失いかねないというのは厳然とした事実ですよ」

 ロゼッタは眉をひそめた。これはおそらく事実だ。ピーターも生前はずいぶん心配していた。
 一ヶ月で十分な引き継ぎができるわけもなく、ロゼッタもヴェルナーもそんなことのためにさいの時間を使うなと、仕事をしようとするピーターをたしなめたので、恐れてはいた。

「だから我々が助けようと名乗りを上げただけだというのにこの仕打ち、本来なら見捨ててやりたいところですが、恩あるピーターの娘であるステラ嬢のためを想って言っているのです」

 他の二人の男よりも誠実に見える出で立ちで、ブルーノは真剣な顔つきで言う。

「我々ほどピーターの事業に詳しい者も、帝国の事業に詳しい者もおりません。謝罪をして、助けをうなら今のうちですよ、ロゼッタ様?」

 これもまた、事実なのだろう。ピーターも何かあればこの男達に助けを求めるように、ロゼッタとヴェルナーに言っていたのだから。
 だが、その手を取ることを、湧き出る嫌悪感が邪魔をした。
 ロゼッタがいいと言っていないのに体に触れ、許可を出していないのに財産の整理に関与しようとした。
 それはロゼッタをないがしろにしただけで、ステラのことなら大事にしてくれるのかもしれない。
 ステラのためなら我慢して、彼らの提案を受け入れるべきなのだろうか。
 自分をないがしろにされることくらい、目をつむるべきなのか――
 かっとうするロゼッタに、急に影が差す。

「帝国の商売についてでしたら、私がお力になれますよぉ!」

 ロゼッタが驚いて振り返ると、そこにはヒューが立っていた。

「ロゼッタ様にお会いしたいと訪ねていらしたので、私の判断でご案内いたしました」
「マヌエラ……そう、ありがとう」

 先日の聖園で、ロゼッタがこんがんするヒューを聖園に入れてあげた時、マヌエラもその場にいた。
 葬式に現れたヒューを、ロゼッタの知人だと判断したのだろう。

「シャイン男爵夫人、この度はおやみ申し上げます」

 ヒューが礼儀正しくお辞儀するのを見て、ロゼッタはピーターの友人だという平民の商売人達が、自分を『ロゼッタ様』と馴れ馴れしく呼んでいたことに気がついた。使用人やステラ、俗世のしがらみを捨てた聖職者ならともかく、許可を与えていないのに、男爵夫人ではなく名を呼ぶのは礼儀に反する。
 肩を抱くなど、論外だ。
 軽んじられたロゼッタの側が謝ることなど、やはり何一つない。
 ロゼッタはヒューに微笑ほほえみかけた。

「来てくれてありがとう。葬儀は終わってしまったけれど、気にかけてくれたことが嬉しいわ」

 そう前置きして、ロゼッタは本題に入った。

「ところで、力になれるとはどういう意味かしら?」
「私は帝国出身の商人ですから、帝国での商売に詳しいです。帝国にある遺産の整理ならお任せを! 恩返しする機会をいただければ働きますともっ」
「まあ、心強い」

 ここぞとばかりに聖園での恩ともつかない恩を返そうとしているらしい。
 こんなところでせっかく皇帝に取りつけた恩を返されるのはもったいない気もしたが、ステラの財産が目減りするよりはいいとロゼッタはあきらめた。

「私ならば彼らのようにシャイン商会を乗っ取ろうともしておりません」
「乗っ取るですって?」

 ヒューの唐突だが聞き捨てならない台詞せりふに、ロゼッタは眉をひそめた。

「な、何をいきなり!?」
「無礼だぞ! 横からしゃしゃり出てきておいて、おまえは一体何者だ!?」

 ロゼッタを余所よそに、男達が慌てて言いつのる。
 ヒューはことさらうやうやしくお辞儀した。王国貴族のお辞儀として完璧な所作であるにもかかわらず、見る者をあおる不思議な力を宿していて、男達が顔を真っ赤にした。

「私はヒュー。帝国の行商人あがりの商人でございます。分野は手広くやっておりまして、この度王都にも販路を広げようと思って参りました次第です」
「ロゼッタ様! ピーターと旧知の我々を差し置いて、どこの馬の骨ともわからぬ男の言葉を聞くのですか!」

 ブルーノがわめいたが、ロゼッタはそちらにしらっとした視線を向けた。


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