公爵令嬢やめて15年、噂の森でスローライフしてたら最強になりました!〜レベルカンストなので冒険に出る準備、なんて思ったけどハプニングだらけ〜

咲月ねむと

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​第2章 たかがお使い、されどお使い。街の噂の中心にいるらしい

第27話 ドッペちゃんの就職活動

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​ ドッペルゲンガーの『ドッペちゃん』が我が家の新しい住人となって、初めての朝が来た。

 食卓には、いつも通り、私とフィオナさん、アーマーさんが給仕のため席についている。
 ​そこに、おどおどとした様子でドッペちゃんがやってきた。

 昨夜のうちに、アーマーさんが物置部屋を完璧な寝室に改造してくれたおかげか、よく眠れたらしい。

​「あ、あの……おはよう、ございます……」

 ​ドッペちゃんは、まだ自分の姿がおぼつかないのか、のっぺらぼうのような、つるりとした灰色の姿でもじもじしている。

​「おはよう、ドッペちゃん。パン、食べる?」

「は、はい! いただきます!」

 ​私がパンを差し出すと、ドッペちゃんは体の表面に器用に口だけを形成して、パンをぱくりと食べた。……少し、食欲が減退する光景だ。
 ​食事を終えると、ドッペちゃんは、そわそわと落ち着かない様子で、私たちの周りをうろつき始めた。

​「あの……何か、私にできることは……ありませんか……? ただ、居候しているだけでは申し訳なくて……」

 ​その健気な申し出にフィオナさんは、うーんと腕を組んだ。

​「そうだなあ……。あんた変身が得意なんだろ? 何か、こう、便利なものに化けたりとかは、できないのかい?」

「べ、便利なもの……ですか?」

「ああ。例えば、そうだな……私の剣みたいに強くて硬いものとかに!」

 ​フィオナさんのリクエストにドッペちゃんは、「はい! やってみます!」と元気よく返事をした。
 彼女の体が、ぐにゃり、と形を変え始める。

 そして数秒後。
 そこにはフィオナさんの愛剣と、そっくりな形の灰色の剣ができていた。

​「おお! すごいじゃないか!」

「え、えへへ……」

 ​フィオナさんが感心してその剣を手に取る。
 しかし、持ち上げた瞬間、その剣は、ふにゃり、と力なく折れ曲がってしまった。
 まるで濡れた粘土細工のように。

​「…………」

 ​フィオナさんは無言で、その灰色のうどんのような物体を床に落とした。

​「……す、すみません……。姿を真似ることはできても、硬さとか、性質までは、真似できなくて……」

「……そうかい。まあ、気にすんな」

 ​フィオナさんは苦笑いしながらドッペちゃんの頭らしき部分を撫でた。
 どうやら戦闘力や道具としての利便性は、皆無らしい。

​「うーん、困ったわね。何かドッペちゃんにもできる役割があればいいんだけど……」

 ​私がそう呟いた、その時だった。
 ふと、自分のクロークの袖が少しほつれていることに気がついた。
 街で冒険者にぶつかられた時にでも、引っ掛けてしまったのかもしれない。 

​「あら、直さないと。……そうだわ」

 ​私は、ポン、と手を打った。
 名案を思いついたのだ。

​「ドッペちゃん!」

「は、はい!」

「あなた、じっとしているのは、得意?」

「え? あ、はい! 多分、得意だと思います!」

「よし、決まりね。あなたの、今日からのお仕事はこれです!」

 ​私はドッペちゃんに、あるポーズをお願いした。両腕を真横にぴんと伸ばす。そして、そのまま動かない。
 ドッペちゃんは言われた通り、きっちりとそのポーズを維持した。

​「素晴らしいわ、ドッペちゃん! あなたは天才よ!」

 ​私は裁縫箱から木で自作した定規を取り出すと、ドッペちゃんの体の寸法を測り始めた。

 そう。ドッペちゃんの新しい仕事。
 それは私の服を作る時の『生きた裁縫用マネキン』だ。
 これなら硬さも、性質も、関係ない。ただ、そこに立っていてくれればいいのだから。

​「え、ええと……? こうですか……?」

「そうそう! そのまま、動かないでね!」

 ​こうしてドッペちゃんは、我が家でかけがえのない役割(マネキン役)を得て、すっかり自信を取り戻したようだった。


 ​その日の午後。
 家のリビングには、いつもの日常に少しだけ新しい風景が加わっていた。

 ​ソファでは、フィオナさんが街で買ってきた冒険小説を読みふけっている。

 床では、モフがお腹を出して幸せそうに寝ている。
 
 庭では、お兄ちゃんがトマトに優しく水をやっている。

 キッチンでは、アーマーさんが夕食のシチューをコトコト煮込んでいる。

 ​そして、部屋の真ん中では。
 私が新しい冒険用の服のデザインに夢中になっていた。その隣には、マネキン役として、ぴしっと完璧なポーズを維持するドッペちゃんの姿。

​「……ふぅ」

 ​フィオナさんが本から顔を上げて、その光景を眺め、ふっと、笑みを漏らした。

​「なあ、リリ」

 ​彼女が、ふと、私に声をかけた。

​「あんた、そういえば、冒険に出る準備、どうなったんだい? 私が来てから、全然進んでないじゃないか」

 ​フィオナさんの言葉に、私はペンを止めた。

 そういえば、そうだった。
 私の当初の目的。冒険の旅に出ること。

 ​私はテーブルの隅に追いやられていた、『冒険の準備リスト』を手に取った。
 一行目の『街で買うものリストを作る』は、買い出しに行ったことで、ある意味、達成されたと言えるだろう。

 私は、その項目に満足げに横線を引いた。
 ​そして、二行目にペンを走らせる。

​『2.旅のルートを決める』

​「……ルート、ねえ」

 ​私は窓の外に広がる、どこまでも続く森の景色を眺めた。その先には、私のまだ知らない広い、広い世界が広がっている。

​「どこの海が、一番、綺麗なのかしら」

 ​ぽつりと、そんな言葉がこぼれた。
 それは、いつか本当に、この目で確かめに行きたい、ささやかでも大切な夢。

 ​私の冒険はまだ始まってもいない。
 でも、その準備をする、この時間さえもがなんだか、悪くないなと思い始めていた。
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