44 / 63
第4章 冒険の準備は、計画的に(ただし計画通りには進みません)
第43話 ギルドマスターの特例
しおりを挟む
「ギルドマスター! こ、これは、その……!」
フィオナさんが慌てて、私を庇うように前に出る。
しかし、ギルドマスターは、そんな彼女を片手で静かに制した。
「フィオナ。お前が、保証人か?」
「……まあ、そんなところだ」
「そうか。……嬢ちゃん」
ギルドマスターは、私に視線を戻す。
「お前さん、名は?」
「……リリ、と申します」
「リリ、か。……見たところ、ただの世間知らずの小娘にしか見えんがのう」
彼は、そう言うとカウンターの上に、一枚の黒いカードを置いた。
それは私が受け取った銅色のFランクのカードとは明らかに違う。漆黒のカードの表面には、プラチナで髑髏の紋章が描かれていた。
「……! そ、それは……!」
フィオナさんが息を呑む。
ギルド中の冒険者たちも、そのカードを見てざわめき始めた。
「嘘だろ……。あれって『黒のカード』じゃねえか……?」
「なんで、あんなもんが、こんな支部に……」
ギルドマスターは、そんな周囲のざわめきを意にも介さず言った。
「そのカードをくれてやる」
「……え?」
「ただし、条件が一つだけある」
彼はにやりと口の端を吊り上げた。
その笑みは、まるで面白いおもちゃを見つけた悪戯好きの子供のようだった。
「わしからの依頼を一つだけ受けてもらおうか」
「……依頼、ですか?」
「うむ。簡単な仕事じゃ。このギルドに山ほど溜まっておる雑魚依頼を片っ端から、片付けてもらう。それだけじゃ」
雑魚依頼を片付ける?
どういうことだろうか。
私の疑問を察したように、カウンターのエララさんが深いため息をつきながら説明してくれた。
「……あんたみたいな、規格外の新人が来ると、たまに、こうなるのさ」
彼女が指し示したのは、ギルドの壁にびっしりと貼られた大量の依頼書だった。
薬草採取、ゴブリン討伐、迷子の猫探し、畑仕事の手伝い……。
そのほとんどが低ランクの冒険者がやりたがらない地味で、報酬の安い雑用ばかり。
「ベテランは、こんな仕事を受けたがらない。新人は、もっと派手な仕事で一攫千金を夢見てる。結果、こういう誰でもできるはずの、でも、誰もやらない仕事がどんどん溜まっていくのさ。街の住民たちも困ってるんだよ」
「なるほど……」
「ギルドマスターは、言ってるのさ。あんたが、その誰もやりたがらない、つまらない仕事を全部片付けてくれるなら、特例として最高ランクのカードをくれてやるってね」
黒のカード。
それはギルドに多大な貢献をした者だけに与えられる名誉ランク。どんな依頼も自由に選ぶことができ、どんな国でも、貴族と同等の待遇が保証されるという伝説のカードだ。
「……どうじゃな、嬢ちゃん。悪い話では、ないじゃろう?」
ギルドマスターが試すような目で、私を見る。
私は少しだけ考え込んだ。
雑用をたくさん片付ける。それは、つまり『働かなくてはいけない』ということだ。
私のスローライフの信条に反する。
でも……。
「……その雑用を全部、片付ければ、もう二度とギルドに来なくても、いいですか?」
私の斜め上の質問に、ギルドマスターは一瞬、きょとんとした。しかし次の瞬間、腹を抱えて豪快に笑い出したのだ。
「がっはっはっはっは! 面白い! こいつは面白い! そうか、そうか、お前さんは、働きたくないのか!」
「はい。できれば、一生」
「気に入った! よかろう! その依頼を完璧にこなした暁には、お前さんの自由を保証してやろう! 永久、名誉冒険者としてな!」
ギルドマスターの、鶴の一声。
それに私は、にっこりと微笑んだ。
「……契約、成立ですね」
こうして初めての冒険者としての仕事は、ギルドに溜まった大量の雑用依頼の一掃に決定した。
私は壁に貼られた数十枚の依頼書を、一枚、一枚、丁寧に剥がしていく。
「……おい、リリ」
そんな私を見て、フィオナさんが呆れたように声をかけた。
「……あんた、まさか、それ全部、今日中に終わらせる気じゃないだろうな……?」
「え? もちろんです。面倒なことは、さっさと終わらせるに限りますから」
私は剥がした依頼書の束を大事そうに抱える。その数は、ざっと三十枚以上。
薬草採取から、ゴブリンの巣の討伐、果ては、街の子供の喧嘩の仲裁まで。
「フィオナさん」
「……なんだい」
「街の案内、お願いしてもいいですか? 私、まだ、この街の地理に詳しくないんです」
私の悪気のないお願い。
それにフィオナさんは、天を仰いで深いため息をついた。
「……分かったよ……。付き合ってやるよ、どこまでも……。私のルームメイトは、どうやら世界で一番面倒くさい新人様らしいからな……」
こうして私が初めて経験する『依頼』が始まった。
それは街中を一日中、駆けずり回る、とんでもなく忙しい一日の始まりでもあった。
フィオナさんが慌てて、私を庇うように前に出る。
しかし、ギルドマスターは、そんな彼女を片手で静かに制した。
「フィオナ。お前が、保証人か?」
「……まあ、そんなところだ」
「そうか。……嬢ちゃん」
ギルドマスターは、私に視線を戻す。
「お前さん、名は?」
「……リリ、と申します」
「リリ、か。……見たところ、ただの世間知らずの小娘にしか見えんがのう」
彼は、そう言うとカウンターの上に、一枚の黒いカードを置いた。
それは私が受け取った銅色のFランクのカードとは明らかに違う。漆黒のカードの表面には、プラチナで髑髏の紋章が描かれていた。
「……! そ、それは……!」
フィオナさんが息を呑む。
ギルド中の冒険者たちも、そのカードを見てざわめき始めた。
「嘘だろ……。あれって『黒のカード』じゃねえか……?」
「なんで、あんなもんが、こんな支部に……」
ギルドマスターは、そんな周囲のざわめきを意にも介さず言った。
「そのカードをくれてやる」
「……え?」
「ただし、条件が一つだけある」
彼はにやりと口の端を吊り上げた。
その笑みは、まるで面白いおもちゃを見つけた悪戯好きの子供のようだった。
「わしからの依頼を一つだけ受けてもらおうか」
「……依頼、ですか?」
「うむ。簡単な仕事じゃ。このギルドに山ほど溜まっておる雑魚依頼を片っ端から、片付けてもらう。それだけじゃ」
雑魚依頼を片付ける?
どういうことだろうか。
私の疑問を察したように、カウンターのエララさんが深いため息をつきながら説明してくれた。
「……あんたみたいな、規格外の新人が来ると、たまに、こうなるのさ」
彼女が指し示したのは、ギルドの壁にびっしりと貼られた大量の依頼書だった。
薬草採取、ゴブリン討伐、迷子の猫探し、畑仕事の手伝い……。
そのほとんどが低ランクの冒険者がやりたがらない地味で、報酬の安い雑用ばかり。
「ベテランは、こんな仕事を受けたがらない。新人は、もっと派手な仕事で一攫千金を夢見てる。結果、こういう誰でもできるはずの、でも、誰もやらない仕事がどんどん溜まっていくのさ。街の住民たちも困ってるんだよ」
「なるほど……」
「ギルドマスターは、言ってるのさ。あんたが、その誰もやりたがらない、つまらない仕事を全部片付けてくれるなら、特例として最高ランクのカードをくれてやるってね」
黒のカード。
それはギルドに多大な貢献をした者だけに与えられる名誉ランク。どんな依頼も自由に選ぶことができ、どんな国でも、貴族と同等の待遇が保証されるという伝説のカードだ。
「……どうじゃな、嬢ちゃん。悪い話では、ないじゃろう?」
ギルドマスターが試すような目で、私を見る。
私は少しだけ考え込んだ。
雑用をたくさん片付ける。それは、つまり『働かなくてはいけない』ということだ。
私のスローライフの信条に反する。
でも……。
「……その雑用を全部、片付ければ、もう二度とギルドに来なくても、いいですか?」
私の斜め上の質問に、ギルドマスターは一瞬、きょとんとした。しかし次の瞬間、腹を抱えて豪快に笑い出したのだ。
「がっはっはっはっは! 面白い! こいつは面白い! そうか、そうか、お前さんは、働きたくないのか!」
「はい。できれば、一生」
「気に入った! よかろう! その依頼を完璧にこなした暁には、お前さんの自由を保証してやろう! 永久、名誉冒険者としてな!」
ギルドマスターの、鶴の一声。
それに私は、にっこりと微笑んだ。
「……契約、成立ですね」
こうして初めての冒険者としての仕事は、ギルドに溜まった大量の雑用依頼の一掃に決定した。
私は壁に貼られた数十枚の依頼書を、一枚、一枚、丁寧に剥がしていく。
「……おい、リリ」
そんな私を見て、フィオナさんが呆れたように声をかけた。
「……あんた、まさか、それ全部、今日中に終わらせる気じゃないだろうな……?」
「え? もちろんです。面倒なことは、さっさと終わらせるに限りますから」
私は剥がした依頼書の束を大事そうに抱える。その数は、ざっと三十枚以上。
薬草採取から、ゴブリンの巣の討伐、果ては、街の子供の喧嘩の仲裁まで。
「フィオナさん」
「……なんだい」
「街の案内、お願いしてもいいですか? 私、まだ、この街の地理に詳しくないんです」
私の悪気のないお願い。
それにフィオナさんは、天を仰いで深いため息をついた。
「……分かったよ……。付き合ってやるよ、どこまでも……。私のルームメイトは、どうやら世界で一番面倒くさい新人様らしいからな……」
こうして私が初めて経験する『依頼』が始まった。
それは街中を一日中、駆けずり回る、とんでもなく忙しい一日の始まりでもあった。
239
あなたにおすすめの小説
最強チート承りました。では、我慢はいたしません!
しののめ あき
ファンタジー
神託が下りまして、今日から神の愛し子です!〜最強チート承りました!では、我慢はいたしません!〜
と、いうタイトルで12月8日にアルファポリス様より書籍発売されます!
3万字程の加筆と修正をさせて頂いております。
ぜひ、読んで頂ければ嬉しいです!
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
非常に申し訳ない…
と、言ったのは、立派な白髭の仙人みたいな人だろうか?
色々手違いがあって…
と、目を逸らしたのは、そちらのピンク色の髪の女の人だっけ?
代わりにといってはなんだけど…
と、眉を下げながら申し訳なさそうな顔をしたのは、手前の黒髪イケメン?
私の周りをぐるっと8人に囲まれて、謝罪を受けている事は分かった。
なんの謝罪だっけ?
そして、最後に言われた言葉
どうか、幸せになって(くれ)
んん?
弩級最強チート公爵令嬢が爆誕致します。
※同タイトルの掲載不可との事で、1.2.番外編をまとめる作業をします
完了後、更新開始致しますのでよろしくお願いします
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
1歳児天使の異世界生活!
春爛漫
ファンタジー
夫に先立たれ、女手一つで子供を育て上げた皇 幸子。病気にかかり死んでしまうが、天使が迎えに来てくれて天界へ行くも、最高神の創造神様が一方的にまくしたてて、サチ・スメラギとして異世界アラタカラに創造神の使徒(天使)として送られてしまう。1歳の子供の身体になり、それなりに人に溶け込もうと頑張るお話。
※心は大人のなんちゃって幼児なので、あたたかい目で見守っていてください。
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
転生したみたいなので異世界生活を楽しみます
さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。
誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。
感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~
にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。
「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。
主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。
公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる