公爵令嬢やめて15年、噂の森でスローライフしてたら最強になりました!〜レベルカンストなので冒険に出る準備、なんて思ったけどハプニングだらけ〜

咲月ねむと

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第4章 冒険の準備は、計画的に(ただし計画通りには進みません)

第43話 ギルドマスターの特例

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「ギルドマスター! こ、これは、その……!」

 ​フィオナさんが慌てて、私を庇うように前に出る。
 しかし、ギルドマスターは、そんな彼女を片手で静かに制した。

​「フィオナ。お前が、保証人か?」

「……まあ、そんなところだ」

「そうか。……嬢ちゃん」

 ​ギルドマスターは、私に視線を戻す。

​「お前さん、名は?」

「……リリ、と申します」

「リリ、か。……見たところ、ただの世間知らずの小娘にしか見えんがのう」

 ​彼は、そう言うとカウンターの上に、一枚の黒いカードを置いた。
 それは私が受け取った銅色のFランクのカードとは明らかに違う。漆黒のカードの表面には、プラチナで髑髏シャリコウベの紋章が描かれていた。

​「……! そ、それは……!」

 ​フィオナさんが息を呑む。
 ギルド中の冒険者たちも、そのカードを見てざわめき始めた。

​「嘘だろ……。あれって『黒のカード』じゃねえか……?」

「なんで、あんなもんが、こんな支部に……」

 ​ギルドマスターは、そんな周囲のざわめきを意にも介さず言った。

​「そのカードをくれてやる」

「……え?」

「ただし、条件が一つだけある」

 ​彼はにやりと口の端を吊り上げた。
 その笑みは、まるで面白いおもちゃを見つけた悪戯好きの子供のようだった。

​「わしからの依頼を一つだけ受けてもらおうか」

「……依頼、ですか?」

「うむ。簡単な仕事じゃ。このギルドに山ほど溜まっておる雑魚依頼を片っ端から、片付けてもらう。それだけじゃ」

 ​雑魚依頼を片付ける?
 どういうことだろうか。

 ​私の疑問を察したように、カウンターのエララさんが深いため息をつきながら説明してくれた。

​「……あんたみたいな、規格外の新人が来ると、たまに、こうなるのさ」

​ 彼女が指し示したのは、ギルドの壁にびっしりと貼られた大量の依頼書だった。

 薬草採取、ゴブリン討伐、迷子の猫探し、畑仕事の手伝い……。

 そのほとんどが低ランクの冒険者がやりたがらない地味で、報酬の安い雑用ばかり。

​「ベテランは、こんな仕事を受けたがらない。新人は、もっと派手な仕事で一攫千金を夢見てる。結果、こういう誰でもできるはずの、でも、誰もやらない仕事がどんどん溜まっていくのさ。街の住民たちも困ってるんだよ」

「なるほど……」

「ギルドマスターは、言ってるのさ。あんたが、その誰もやりたがらない、つまらない仕事を全部片付けてくれるなら、特例として最高ランクのカードをくれてやるってね」

 ​黒のカード。
 それはギルドに多大な貢献をした者だけに与えられる名誉ランク。どんな依頼も自由に選ぶことができ、どんな国でも、貴族と同等の待遇が保証されるという伝説のカードだ。

​「……どうじゃな、嬢ちゃん。悪い話では、ないじゃろう?」

 ギルドマスターが試すような目で、私を見る。

 ​私は少しだけ考え込んだ。
 雑用をたくさん片付ける。それは、つまり『働かなくてはいけない』ということだ。

 私のスローライフの信条に反する。

 ​でも……。

​「……その雑用を全部、片付ければ、もう二度とギルドに来なくても、いいですか?」

 ​私の斜め上の質問に、ギルドマスターは一瞬、きょとんとした。しかし次の瞬間、腹を抱えて豪快に笑い出したのだ。

​「がっはっはっはっは! 面白い! こいつは面白い! そうか、そうか、お前さんは、働きたくないのか!」

「はい。できれば、一生」 

「気に入った! よかろう! その依頼を完璧にこなした暁には、お前さんの自由を保証してやろう! 永久、名誉冒険者としてな!」
 
​ ギルドマスターの、鶴の一声。
 それに私は、にっこりと微笑んだ。

​「……契約、成立ですね」

 ​こうして初めての冒険者としての仕事は、ギルドに溜まった大量の雑用依頼の一掃に決定した。

 私は壁に貼られた数十枚の依頼書を、一枚、一枚、丁寧に剥がしていく。

​「……おい、リリ」

 ​そんな私を見て、フィオナさんが呆れたように声をかけた。

​「……あんた、まさか、それ全部、今日中に終わらせる気じゃないだろうな……?」

「え? もちろんです。面倒なことは、さっさと終わらせるに限りますから」

 ​私は剥がした依頼書の束を大事そうに抱える。その数は、ざっと三十枚以上。
 薬草採取から、ゴブリンの巣の討伐、果ては、街の子供の喧嘩の仲裁まで。

​「フィオナさん」

「……なんだい」

「街の案内、お願いしてもいいですか? 私、まだ、この街の地理に詳しくないんです」

 ​私の悪気のないお願い。
 それにフィオナさんは、天を仰いで深いため息をついた。

​「……分かったよ……。付き合ってやるよ、どこまでも……。私のルームメイトは、どうやら世界で一番面倒くさい新人様らしいからな……」


 ​こうして私が初めて経験する『依頼クエスト』が始まった。
 それは街中を一日中、駆けずり回る、とんでもなく忙しい一日の始まりでもあった。
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