公爵令嬢やめて15年、噂の森でスローライフしてたら最強になりました!〜レベルカンストなので冒険に出る準備、なんて思ったけどハプニングだらけ〜

咲月ねむと

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第4章 冒険の準備は、計画的に(ただし計画通りには進みません)

第45話 黒のカードと、望まぬ名声

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 ギルドのホールは、水を打ったように静まり返っていた。
 全ての冒険者の視線が、カウンターの上に積まれた、依頼達成の証書の山、平然と立っている私に集中している。

 ​その奇妙な静寂を破ったのは、ギルドマスターの腹の底から響くような豪快な笑い声だった。

​「がっはっはっはっは! 見事! 見事という他に言葉もないわ!」

 ​満足げに、その見事な髭を扱くとカウンターの向こう側から、ゆっくりと歩み出てきた。

​「まさか、溜まりに溜まった、あの雑用の山を、半日で、全て片付けてしまうとはのう。わしの目に狂いはなかったわい」

「どうも」

 ​私はぺこりと頭を下げた。

​「約束通り、これをお前さんにやろう」

 ​ギルドマスターは、懐から一枚の黒いカードを取り出した。
 それは、まるで夜の闇そのものを切り取ったかのような、深い、深い、黒。表面にはプラチナで髑髏シャリコウベと剣の紋章が刻まれている。

 彼が、そのカードを私の前に差し出すと、ギルド中の冒険者たちから、おお、と、どよめきが起こった。 

​「嬢ちゃん。今日からお前さんは、ただのリリではない。『黒の冒険者』リリじゃ」

 ​私は禍々しくも美しいカードを受け取った。
 ずしりと、重い。それは、ただの金属の重さではない。ギルドの、長い、長い、歴史の重み、なのかもしれない。

​「ありがとうございます、マスターさん」

「うむ」

「それで一つ確認しても、よろしいでしょうか」

「なんじゃな」

「このカードがあれば、もう二度と依頼おしごとは、しなくても大丈夫なんですよね?」

​ 私の夢のない実利的な質問。
 それにギルドマスターは、一瞬、ぽかんとしたが、すぐにまた腹を抱えて笑い出した。

​「がっはっは! そうじゃ、そうじゃ! お前さんは、もはやギルドに縛られる必要はない! このカードは、お前さんの自由の証じゃ! いわば『名誉引退者』の称号よ!」

「! よかった……!」

 ​私は心の底から安堵の息を漏らした。
 これで、私の穏やかなニート生活……いや、スローライフは守られたのだ。
 念願だった最強の身分証を手に入れて、喜んでいると、周囲の冒険者たちが、ひそひそと囁き合っているのが聞こえてきた。

​「……おい、まさか、あの嬢ちゃんが……」

「ああ、間違いない。東の森で魔物の軍勢を一人で消し飛ばしたっていう、『黄金の魔女』の正体だ……」

「……やべえ……。俺、昨日、あの人のこと化け物呼ばわりしちまった……」

 ​酒場で私の噂をしていた、あの冒険者たちが顔を真っ青にして震えている。
 どうやら私の正体は、私が思うよりも、ずっと、この街に知れ渡ってしまっていたらしい。

​「さ、リリ! 用事は済んだだろ! 帰るぞ!」

 ​フィオナさんが、この居心地の悪い空気を察して、私の腕をぐいっと引っ張る。

 私たちがギルドを出ようとすると、冒険者たちが、さっと道を開けた。その誰もが私に対して畏怖と尊敬の眼差しを向けている。

​ ギルドの外に出ると、その雰囲気は、さらに顕著だった。
 私たちが街を歩くと道行く人々が、皆、足を止め、こちらを見てひそひそと囁き合う。中には、そっと、お辞儀をしてくる人までいる。

​「……フィオナさん」

「……なんだい」

「……なんだか、すごく歩きにくいです……」

「……当たり前だ。あんたは、この半日で、この街の生ける伝説になっちまったんだからな……」

 ​フィオナさんは疲れ果てた顔で、そう言った。

 望まぬ名声。
 それは私が、一番苦手とするものだった。

 ​私たちは、逃げるように街を後にした。
 住み慣れた森の結界をくぐった瞬間、心の底からほっと息をついた。

 やっぱり、我が家が一番だ。


 ​その日の夜。
 リビングのテーブルの上には、冒険の準備リストと、そして今日、手に入れたばかりの黒いギルドカードが並べて置かれていた。

​私はリストの五番目の項目。

『5.就職する(冒険者ギルドに登録)』

 その上に力強く二重線を引いた。

 ​これで旅に出るための、大きな障害は全てなくなったも同然だ。
 お金も、家も、身分証も、全て揃った。
 もう言い訳は何もない。

 ​私は顔を上げて向かいに座る、フィオナさんを見た。彼女も私を見てにやりと笑っている。

​「……さて、と」

 ​私は新しい綺麗な羊皮紙をテーブルの中央に広げた。

​「いよいよ、ですね」

「ああ。いよいよだな」

 ​私たちは顔を見合わせて頷き合う。

​「じゃあ、決めようか。最初の目的地を」

 ​私の本当の冒険が始まる。
 その確かな予感が胸を高鳴らせていた。
 長かった、本当に長かった準備期間は、今、ようやく終わりを告げようとしていたのだ。
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