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第4章 冒険の準備は、計画的に(ただし計画通りには進みません)
第45話 黒のカードと、望まぬ名声
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ギルドのホールは、水を打ったように静まり返っていた。
全ての冒険者の視線が、カウンターの上に積まれた、依頼達成の証書の山、平然と立っている私に集中している。
その奇妙な静寂を破ったのは、ギルドマスターの腹の底から響くような豪快な笑い声だった。
「がっはっはっはっは! 見事! 見事という他に言葉もないわ!」
満足げに、その見事な髭を扱くとカウンターの向こう側から、ゆっくりと歩み出てきた。
「まさか、溜まりに溜まった、あの雑用の山を、半日で、全て片付けてしまうとはのう。わしの目に狂いはなかったわい」
「どうも」
私はぺこりと頭を下げた。
「約束通り、これをお前さんにやろう」
ギルドマスターは、懐から一枚の黒いカードを取り出した。
それは、まるで夜の闇そのものを切り取ったかのような、深い、深い、黒。表面にはプラチナで髑髏と剣の紋章が刻まれている。
彼が、そのカードを私の前に差し出すと、ギルド中の冒険者たちから、おお、と、どよめきが起こった。
「嬢ちゃん。今日からお前さんは、ただのリリではない。『黒の冒険者』リリじゃ」
私は禍々しくも美しいカードを受け取った。
ずしりと、重い。それは、ただの金属の重さではない。ギルドの、長い、長い、歴史の重み、なのかもしれない。
「ありがとうございます、マスターさん」
「うむ」
「それで一つ確認しても、よろしいでしょうか」
「なんじゃな」
「このカードがあれば、もう二度と依頼は、しなくても大丈夫なんですよね?」
私の夢のない実利的な質問。
それにギルドマスターは、一瞬、ぽかんとしたが、すぐにまた腹を抱えて笑い出した。
「がっはっは! そうじゃ、そうじゃ! お前さんは、もはやギルドに縛られる必要はない! このカードは、お前さんの自由の証じゃ! いわば『名誉引退者』の称号よ!」
「! よかった……!」
私は心の底から安堵の息を漏らした。
これで、私の穏やかなニート生活……いや、スローライフは守られたのだ。
念願だった最強の身分証を手に入れて、喜んでいると、周囲の冒険者たちが、ひそひそと囁き合っているのが聞こえてきた。
「……おい、まさか、あの嬢ちゃんが……」
「ああ、間違いない。東の森で魔物の軍勢を一人で消し飛ばしたっていう、『黄金の魔女』の正体だ……」
「……やべえ……。俺、昨日、あの人のこと化け物呼ばわりしちまった……」
酒場で私の噂をしていた、あの冒険者たちが顔を真っ青にして震えている。
どうやら私の正体は、私が思うよりも、ずっと、この街に知れ渡ってしまっていたらしい。
「さ、リリ! 用事は済んだだろ! 帰るぞ!」
フィオナさんが、この居心地の悪い空気を察して、私の腕をぐいっと引っ張る。
私たちがギルドを出ようとすると、冒険者たちが、さっと道を開けた。その誰もが私に対して畏怖と尊敬の眼差しを向けている。
ギルドの外に出ると、その雰囲気は、さらに顕著だった。
私たちが街を歩くと道行く人々が、皆、足を止め、こちらを見てひそひそと囁き合う。中には、そっと、お辞儀をしてくる人までいる。
「……フィオナさん」
「……なんだい」
「……なんだか、すごく歩きにくいです……」
「……当たり前だ。あんたは、この半日で、この街の生ける伝説になっちまったんだからな……」
フィオナさんは疲れ果てた顔で、そう言った。
望まぬ名声。
それは私が、一番苦手とするものだった。
私たちは、逃げるように街を後にした。
住み慣れた森の結界をくぐった瞬間、心の底からほっと息をついた。
やっぱり、我が家が一番だ。
その日の夜。
リビングのテーブルの上には、冒険の準備リストと、そして今日、手に入れたばかりの黒いギルドカードが並べて置かれていた。
私はリストの五番目の項目。
『5.就職する(冒険者ギルドに登録)』
その上に力強く二重線を引いた。
これで旅に出るための、大きな障害は全てなくなったも同然だ。
お金も、家も、身分証も、全て揃った。
もう言い訳は何もない。
私は顔を上げて向かいに座る、フィオナさんを見た。彼女も私を見てにやりと笑っている。
「……さて、と」
私は新しい綺麗な羊皮紙をテーブルの中央に広げた。
「いよいよ、ですね」
「ああ。いよいよだな」
私たちは顔を見合わせて頷き合う。
「じゃあ、決めようか。最初の目的地を」
私の本当の冒険が始まる。
その確かな予感が胸を高鳴らせていた。
長かった、本当に長かった準備期間は、今、ようやく終わりを告げようとしていたのだ。
全ての冒険者の視線が、カウンターの上に積まれた、依頼達成の証書の山、平然と立っている私に集中している。
その奇妙な静寂を破ったのは、ギルドマスターの腹の底から響くような豪快な笑い声だった。
「がっはっはっはっは! 見事! 見事という他に言葉もないわ!」
満足げに、その見事な髭を扱くとカウンターの向こう側から、ゆっくりと歩み出てきた。
「まさか、溜まりに溜まった、あの雑用の山を、半日で、全て片付けてしまうとはのう。わしの目に狂いはなかったわい」
「どうも」
私はぺこりと頭を下げた。
「約束通り、これをお前さんにやろう」
ギルドマスターは、懐から一枚の黒いカードを取り出した。
それは、まるで夜の闇そのものを切り取ったかのような、深い、深い、黒。表面にはプラチナで髑髏と剣の紋章が刻まれている。
彼が、そのカードを私の前に差し出すと、ギルド中の冒険者たちから、おお、と、どよめきが起こった。
「嬢ちゃん。今日からお前さんは、ただのリリではない。『黒の冒険者』リリじゃ」
私は禍々しくも美しいカードを受け取った。
ずしりと、重い。それは、ただの金属の重さではない。ギルドの、長い、長い、歴史の重み、なのかもしれない。
「ありがとうございます、マスターさん」
「うむ」
「それで一つ確認しても、よろしいでしょうか」
「なんじゃな」
「このカードがあれば、もう二度と依頼は、しなくても大丈夫なんですよね?」
私の夢のない実利的な質問。
それにギルドマスターは、一瞬、ぽかんとしたが、すぐにまた腹を抱えて笑い出した。
「がっはっは! そうじゃ、そうじゃ! お前さんは、もはやギルドに縛られる必要はない! このカードは、お前さんの自由の証じゃ! いわば『名誉引退者』の称号よ!」
「! よかった……!」
私は心の底から安堵の息を漏らした。
これで、私の穏やかなニート生活……いや、スローライフは守られたのだ。
念願だった最強の身分証を手に入れて、喜んでいると、周囲の冒険者たちが、ひそひそと囁き合っているのが聞こえてきた。
「……おい、まさか、あの嬢ちゃんが……」
「ああ、間違いない。東の森で魔物の軍勢を一人で消し飛ばしたっていう、『黄金の魔女』の正体だ……」
「……やべえ……。俺、昨日、あの人のこと化け物呼ばわりしちまった……」
酒場で私の噂をしていた、あの冒険者たちが顔を真っ青にして震えている。
どうやら私の正体は、私が思うよりも、ずっと、この街に知れ渡ってしまっていたらしい。
「さ、リリ! 用事は済んだだろ! 帰るぞ!」
フィオナさんが、この居心地の悪い空気を察して、私の腕をぐいっと引っ張る。
私たちがギルドを出ようとすると、冒険者たちが、さっと道を開けた。その誰もが私に対して畏怖と尊敬の眼差しを向けている。
ギルドの外に出ると、その雰囲気は、さらに顕著だった。
私たちが街を歩くと道行く人々が、皆、足を止め、こちらを見てひそひそと囁き合う。中には、そっと、お辞儀をしてくる人までいる。
「……フィオナさん」
「……なんだい」
「……なんだか、すごく歩きにくいです……」
「……当たり前だ。あんたは、この半日で、この街の生ける伝説になっちまったんだからな……」
フィオナさんは疲れ果てた顔で、そう言った。
望まぬ名声。
それは私が、一番苦手とするものだった。
私たちは、逃げるように街を後にした。
住み慣れた森の結界をくぐった瞬間、心の底からほっと息をついた。
やっぱり、我が家が一番だ。
その日の夜。
リビングのテーブルの上には、冒険の準備リストと、そして今日、手に入れたばかりの黒いギルドカードが並べて置かれていた。
私はリストの五番目の項目。
『5.就職する(冒険者ギルドに登録)』
その上に力強く二重線を引いた。
これで旅に出るための、大きな障害は全てなくなったも同然だ。
お金も、家も、身分証も、全て揃った。
もう言い訳は何もない。
私は顔を上げて向かいに座る、フィオナさんを見た。彼女も私を見てにやりと笑っている。
「……さて、と」
私は新しい綺麗な羊皮紙をテーブルの中央に広げた。
「いよいよ、ですね」
「ああ。いよいよだな」
私たちは顔を見合わせて頷き合う。
「じゃあ、決めようか。最初の目的地を」
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その確かな予感が胸を高鳴らせていた。
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