あをによし ~年下宰相様は日本画家の地味系女子にご執心です~

柚木音哉

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20.こちらとあちら

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 この世界に『客人まれびと』としてやって来る人は、偶然やって来るのだと言う。

 それならば、こちらの世界に来てからあちらの世界に帰ってしまった人は、二度とこの世界にはやって来れないのか?
 再び全く同じ条件で召喚すれば、その人はこの世界に戻って来るのか?


 ――こちらの世界の人間にとって、美月の居たあちらの世界は未知の世界だ。

 その未知の世界から、突然、何人かの『客人』が続けて現れたなら?
 その『客人』が、この世界とは違う文化や知らない知識を持っていたなら?

 その存在は特殊さ故に良い意味でも、悪い意味でも興味を持つ者もやがて出てくる。

 オカルトに興味は無いけど、例えて言うなら、この世界の人達にとっての客人まれびとは、人間だけど存在自体が特別で、宇宙人や未来人みたいなものなのだろう。そして、私達の世界でも居るように、中にはその未知の人間に興味を持つ人間もまたいると言うことだ。
 敵か味方か見極める為に近づこうとする者や、その存在を研究しようと怪しげな意図で近づく者もいたのだとか。
 ――そうして、何人かの客人まれびとがやって来た後、利用しようとする者や、奪い合いをするようなことも起きてきた。
 その結果、人種や世界は違うけれど、同じ人間であるにも拘らず、彼ら『客人』の持つ知識や文化を個別に悪用されることを恐れ、いつしかこの世界には彼らを保護するプログラムが出来た。
 敢えて、そのプログラムを日本語で表現するなら、それは「条約」に該当するかもしれない。
 この世界に存在する全ての国で結ばれている不可侵の約束事だ。

 その条約が結ばれた時に交わされた特殊で力のある言葉のことを、この世界では「誓約うけい」と呼んでいる。
 日本の古事記などにも同じ言葉が出て来るが、それは予めいくつかの選択肢があり、こうすれば、こうなる。ああなれば、そうなる……と、まず先に誓いをたててから占うことを言うのだが、この世界でのその言葉は少し持つ意味が違う。
 あちらの世界では、「誓約うけい」は神に誓いをたてて善し悪しをうかがうことだったが、この世界では、「誓約うけい」とは、発した自体に力がある。

 その為、それを破ると何かしらの強いペナルティーが発生する。
 それは、日本で言う「言霊ことだま」に近いのかもしれない。

 ――言葉には力がある。

 誰かが誰かに罰を与えるのでは無く、その時結ばれた約束事の定義が破られた時に、そのペナルティーとなる事象はに必ず起こるのだそうだ。
 それがこの世界の神の力なのか、ただの偶然なのか、自然現象なのか何なのかはまだ解明されていない。しかし、国を捲きこむ大禍がふりかかると信じられている。実際、過去にその「誓約うけい」の扱い方を誤った為に滅んだとされる国が、この世界にはあると言うから驚きだ。
 それは即ち、この世界に於いての「誓約」によって結ばれた約束事は、絶対だと言うことだ。

 そして、その「誓約うけい」は古代から伝わる特殊な力のある言葉で構成されると言うが、ローウェル達召喚師はこれと同じ言語を使って客人まれびとを召喚する。これを誓約うけいの儀式と言う。
 ――その職業は、まさしく『客人まれびと』を召喚する為にあるからだ。

「……なんか、ややこしいんだね」
 全てを聞いた後、美月は今聞いた内容を反芻しながら、ぽつりとそう感想を漏らした。

「そうでもないよー。簡単に言うと、この世界では信仰する神だの、何だの関係なく、「客人まれびと」に使う言葉自体が強い力を持っているってこと」

 ローウェルは何でもないことのようにそう答えて、メイドが淹れなおしてくれたお茶を飲んだ。

誓約うけい使われる言語がいつ出来たのかまでは知らないけど、召喚師は客人まれびとの研究から端を発している職業だから、きっとレオンのように、その昔、あちらに帰ってしまったその人に、再び会いたいと思った人間がこの世界に居たんだろうね……」
 ローウェルがティースタンドのクッキーを一つ摘み、もぐもぐと口を動かしながら言った言葉に、美月が顔を上げる。
「ん?」

「レオンの、ように?」
「あ」
 ローウェルがまずい! と、言うような顔をした。
「い、いや、何でもない。兎に角、召喚師は普段客人まれびとの研究が主な仕事なんだ」
 美月が訝しげな顔をすると、ローウェルははぐらかすように少し笑った。
「あの……客人まれびとは皆帰って行くものなんですか?」
「さぁ、帰ったとされる話もあれば、この世界に骨を埋めたって人もいるようだけどね」
(それって……もし、帰りたいって、客人まれびとが願ったなら、帰れる方法もあるってこと?)
 ローウェルさんが召喚師だと聞いたのは、彼自身がこの邸で開いたお茶会の席でのことだ。
 美月の召喚は単なる偶然だったが、美月自身はこの世界に「召喚師」が存在することに、まず驚いた。こちらの世界にやって来るのは、皆偶然と偶然が重なった者だけだと思っていたが、どうやら特殊な事情と誰かの意志で呼ぶ場合もあるようだ。
(うーん、ファンタジーな世界だなぁ……元居た世界とは随分違う)

「ん? えーと、誤解が無いように言っておくけど、誓約うけいの儀式が行えるって言っても召喚師は万能じゃ無いからね。簡単に召喚は出来ないんだよ? 時間や手間に加えて準備にお金がめちゃくちゃ掛かるから、国のバックアップが無けりゃ、個人で召喚師を探すのはまず無理」
(そ、そんなに大変なんだ? そして、これはやんわり言ってるけど、個人で召喚師に何か頼むのは無理ってこと?)
「さて、と。俺の話は面白くないからここまで。それよりもー、ミヅキ殿は、召喚師の言葉無しで、この世界に戻って来たんでしょう?」

「え? ええ、まぁ……」
「ミヅキ殿の国のこととか、生活とか、そう言うの、俺に教えてくれない?」

 ローウェルに元居た世界のことを話しながら、美月は考えた。

 ――レオンみたいに。と、ローウェルは言った。
 私に会いたいと、彼にも相談をしていたってことだろうか?

 召喚師はある特殊な事情でしか、客人を召喚しない。美月は迷い込むようにこちらにやって来たが、この世界に来ると言うことは、あちらの世界の何かを置いて来ると言うことだから。
 無理矢理こちらの世界に連れて来ると言うのは、考えてみれば、かなり恐い。
 自分の意思とは別の、しかも、全く縁も所縁も無い知らない場所に理不尽に連れて来られて、その上、そんな理不尽な真似をした相手の要望を叶えてと言われたとして……
 納得出来るだろうか?

 一度目の来訪は、自分の意思とは関係なく訪れた。
 二度目にこちらの世界にやって来たのは、間違いなく美月の意志があった。

(でも、今、「帰る」と言う可能性を感じた時、私はどう思った?)
 僅かながらでも、動揺したりはしなかったか?
 
 冷めてしまったお茶をひと口口に含み、美月は胸のうちにある迷いを感じていた。
 レオンハルトがその扉を勢いよく開けて入って来たのは、そのカップを置いた直後のことだった。
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