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[34]ミッション⑦遂行中(2)
しおりを挟む買った食材で重くなったバスケットを、死神が運んでくれる。何でも一人で、と言いながらなんだかんだで私を甘やかす死神である。
「せっかくだから町娘らしいこと、したくないか?」
「したいわ!……でも、何を?」
平民のお友達も知り合いもいないし、町娘たちが普段どんなことをして楽しんでいるのかまったく想像がつかない。
「うーん、そうだなぁ。まずは食べ歩きからだな」
「たべあるき……?」
「すみませーん、鳥串二本。あ、タレの方で」
近くの露店から、死神が何かを購入して戻ってくる。
「こっち」
壁際に寄って、串に刺さったお肉?を差し出してくる。
夕食にはまだずいぶん早い時間だけれど、美味しそうな匂いにお腹が鳴りそうになる。
受け取るのをためらう私の前で、死神はお肉にかぶりつく。
「ほれ、美味いぞ」
「立ったまま食べるなんてはしたないわ」
「お前はいま誰だ?」
「───お使いに来た、町娘……」
「なら何も問題ないな」
再度促され、恐る恐る一口かぶりつく。
「!!!」
「どうだ?」
ずらしたお面の下で、死神がにやりと笑う。
なにこれ、すごく美味しい!
口の中が味の快楽に圧倒されて、言葉が出ない。とにかく美味しさを伝えたくて、死神の腕を掴む。と、死神が笑いだした。不思議に思って首を傾げると、ますます笑われる。
「あー、だめだ、おっかしい。……じっとしてろよ?」
死神の手が口元に伸びてきて、反射的に目を瞑る。唇の横を指で擦られ、汚れを拭われているのだとわかった。恥ずかしい。一気に顔が熱くなる。
「あ、ありがとう」
スカートのポケットから急いでハンカチを取り出して手渡す。
「どうも」
受け取ったハンカチをすぐには使わず、死神は汚れた指先を自身の口で舐めとった。嘘でしょ……!
硬直した私の反応を見て、死神は笑みを深める。信じられない。わかっててやってるのね……!
「次は甘味処へ行ってみよう」
死神が歩き出す。とても自然に私の手を取って。少し引っ張られるようにして、彼の後ろを歩く。
「はぐれないように」
死神が振り向き、繋いだ手を掲げる。
はぐれてしまえばもう二度と会えないんじゃないかと思うほど、行く道は多くの人々でひしめき合っていた。そんな人々の熱気も、繋いだ手の熱さには敵わないと思った。
………
…………
「私に買いに行かせて」
「───そういえば、今日はそういうハナシだったな」
「ええ、そうよ。お使いは私の役目」
「すっかりハマっちまって」
「だって楽しいもの」
氷菓子の露店の手前で死神を待たせ、一人で店に向かう。妙齢の女性が一人で店番をしていた。ふたつ注文する。もう慣れたものだ。ちょっと誇らしい。
「よかったわ。お客さん来ないから、今日はもう閉めようと思ってたとこなんだ」
「そうなの?」
「氷菓子にはちっとばかし時期が早かったみたいでね。全然売れないったら」
「あら、じゃあ私がいっぱい買ってあげるわ」
「嬉しいけど、あんたの連れは一人だけだろ? 氷菓子はすぐ溶けちまうし、お腹を壊すから多くは食べるもんじゃない」
「そうなの……ごめんなさい」
調子に乗っていた自分を恥じた。慣れてきたとはいっても、知らないことはまだまだある。
「いいから、お連れさんに早く持ってってやりな」
氷菓子をふたつ受け取った、まさにその時だった。突然近くで悲鳴が上がった。
兵士ふうの二人の男と、果物屋の店主が争っていた。店主が文句を言い、一人の兵士が彼を羽交い締めにする。悲鳴は側にいた女性客のものだった。
「まただよ」
私の対応をしていた女性店主が、その様子を見て言った。
「あれは、何なの……?」
「ありゃ第ニ王子の兵だね」
第二王子……アレクのことだわ。
「税を払わないってんで、怒ってんだろ」
「税を納めるのは露店を出すものの義務でしょ。早く払えばいいじゃない」
女性店主は、一瞬きのどくそうな顔で私を見た。
「もう払ってんだよ。先週、第一王子の兵にね」
アレクのお兄様……? でも、どうして。
「税集めは王太子の仕事だろ? ところが第一王子も第二王子も、自分が正当な王太子だと言って譲らない。ちょっと学のあるもんは第二王子が立太子してることを知ってる。が、皆がそうじゃない。払えと言われれば、何も考えずに払っちまう。あの店主もそのくちさ。あいつにはもう、余分に払う金がない。だから揉めてんのさ」
「そんな……」
後継者争いが、いよいよ激化しているんだわ。平民の生活にまで影響が出るほどに。でも、なぜ? アレクには、サウザンド公爵家が後ろ盾としてついているはず。第一王子の暴挙を見逃すほど、第二王子派の勢力が弱まるとは思えない。
『サウザンド家は信用できない』
クラリス王妃の言葉を思い出す。アレクにとって、事態は思っていた以上に悪い方向に向かっているようだ。アレクももちろん気づいているはず。だったらどうして、私への手紙で、お父様への助力を乞わなかったの……?
「あんたもここにいちゃ危ない。巻き込まれる前に逃げな」
女性店主は言い置くと、ジャラジャラと音の鳴る箱だけ持って去って行った。
兵士が棍棒で店主の男を殴る鈍い音が響く。一回、二回、三回、頭から血を流し、倒れる男。
「やめなさい!」
気づけば兵士たちに向かって叫んでいた。
「下がりなさい。この男は罪人です。罪人を庇えば、貴女も同じ目に合いますよ」
兵士の一人が言った。
「いいえ、下がらないわ!その男性は既に税を払ったはず。それなのに、なにをもって罪と断じるのです!」
「我々には払っていない」
「税は国に対して払うものでしょう!王がおわす限り、国とはすなわち国王!第一王子も第二王子もないわ!この男性は義務を果たしてる」
「黙れ、女」ともう一人の兵士が詰め寄る。
「第二王子の兵に金を流すなど、国の意思に背く行為に同じ。脱税ではなく、反逆罪として罪にとらわれてもおかしくないのだぞ」
「馬鹿馬鹿しい」
そう吐き捨てると、反逆罪だと騒いだ兵士が剣の柄に手をかけ緊張を顕にした。
と────、
「銀の髪に紫の目、貴女はもしや、ディンバード公爵家のご令嬢では?」
物腰が柔らかな方の兵士が言った。
町娘の恰好をしてふらふら出歩いているのがバレてしまうけれど、仕方がない。今は正直に名乗る方が、この場を穏便に収められる気がした。
「申し遅れましたわ。私はフィオリア・ディンバード。皆様、ごきけんよう」
こんな恰好だ。ちゃんと貴族令嬢だと信じてもらえるよう、優雅にスカートの端をつまんで挨拶した。
「……! し、失礼しました」
兵士二人が弾かれたように敬礼する。よかった。騒いでいた兵士にも、信じてもらえたみたい。
「ここは私の顔を立てて、下がってくださらない?」
「しかし──」
「いえ、かしこまりました。では、失礼致します」
不満げな兵士を連れ、もう一方の兵士も立ち去っていく。見届ける前に、血まみれの店主に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
どうしよう、ハンカチがない。さっき死神に渡したんだったわ。
「触るな」
「え? なに?」
うめき声のようで、うまく聞き取れなかった。男はペッと血を吐き出し、私を睨んだ。
「俺は知ってる。お前のせいだ。ディンバードが第二王子を見捨てたから、だからこんなことになったんだ。いつだって迷惑を被るのは俺たちなんだぞ……!」
見捨てた……? どういうこと?
「フィオリア」
頭からローブがかけられ、死神に肩を抱き上げられた。
そうよ、死神。今までどこに行ってたの。大変なことに……
「行くぞ」
「でも……!」
「ここは人目が多い」
周囲を見渡す。同情の視線の中に僅かだが確かに交じる、敵意、敵意、敵意…………
ぞくりと背筋が震えた。
死神に肩を抱かれ、退路を急ぐ。
せっかく買った氷菓子は、石畳の上で無残に溶け残っていた。
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