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[44]ミッション⑧遂行中?(2)
しおりを挟むアシュリーは確かに自宅の屋敷まで送ってくれた。ただし、
「どうして玄関じゃないの!」
降ろされたのは私の部屋へと続く3階のテラス。
「ネックレス、肌身はなさず持っていてくださいね!それじゃ!」
私の文句には答えず、彼はあっという間に夜の闇の中へと消えていった。
出かけていたはずの私が自室から現れたら、家の者たちはさぞ驚くだろう。言い訳を考えなきゃ。まったく、ただでさえ疲れてるっていうのに、余計なことまで考えさせないでほしい。
部屋へと続く窓は開け放たれていた。白いカーテンがはためいている。
ビクターは帰っているかしら。それともまだ、私を探してる?
キスの勢いで告白して、拒絶された挙げ句、『俺を好きになるな』なんて命令されて。………とどめはアシュリーから聞かされたあの話。
正直、今はビクターに会いたくない。
躊躇しながらもカーテンをはらい、部屋の中へ一歩踏み込む。と─────、
今は会いたくない、そんな願いも虚しく、私はビクターに抱きしめられていた。骨がきしみそうなほど、強く。そのことを認識した途端、心臓が早鐘を打ちだす。嬉しくて、でも悔しくて、涙が滲む。
ビクターなんて私欲にまみれたただの嘘つきだ。それなのに、その温もりに、香りに、私は簡単に心を乱される。彼のことが好きで好きで仕方がない。
「どこ行ってた!心配しただろうが……ッ」
余裕のない声が降ってくる。
なによ。私の魂がどうなろうと、美味しい魂を刈り取ることしか頭にないくせに。私個人の事なんて、どうでもいいくせに。
「よかった……本当によかった……」
よくもそんな切なげな声が出せるわね。
ふつふつと怒りが込み上げてくる。私は全部知っているのよ。その意味も込めて、言った。
「貴方の同僚に会ったわ」
「………同僚だと?」
アシュリーにもらったカードを、ビクターに渡す。
ビクターはしばらく無言でカードを見ていた。そして、
「……………どんなやつだった? 顔は? 髪の色は?」
静かにそう問うてくる。
カードにはアシュリーの名前も書かれていた。なのにこの反応。彼を知らないの? てっきり、知り合いかと思っていた。アシュリーの、ビクターを語る口調が遠慮のないものだったせいだ。
「……髪の色は灰色で、目の色は貴方にもらった月光石に似てる。私と同じくらいの年頃に見えたわ」
「そいつが、お前を送り届けたんだな? だから3階のテラスに現れた」
「ええ、そうよ」
3階のテラスまで私を抱えて飛べる。それだけで、アシュリーが人間じゃないことを物語っていた。
「何を話した?」
急に声が鋭くなる。まるで責めるみたいに。おかしいわね。責められるべきは貴方でしょ?
「知ってるわ、なにもかも」
言えば、ビクターの肩が跳ねた。
「なにを、言ってる」
あからさまな動揺。
それで隠しているつもり?
"ビクターは私を不幸のどん底から引き上げ、幸せにする。私が幸せになれば、死んだとき、その魂は美味しくなる。そうして彼は、美味しく魂を刈り取る。私もビクターも満足な結末を迎える"
私達が結んだのは、そういう契約だった。
だけど、この契約には"ただし書き"が抜けていた。
"ただし、死神を貴女の人生に介入させた場合、魂が変質し、次の人生に転生できなくなります"
たしかに私は今世で幸せな最後を迎えられるかもしれない。でも、それでおわり。私の魂は転生できずに消滅。永遠に救われない。にもかかわらず、ビクターはその事実を私に黙っていた。本当のことを言えば私が計画に乗らないと思ったからだ。
「いいのよ、大丈夫。私は怒ってないわ」
知るのが遅すぎた。私は既にビクターを好きになってしまった。事実を知ったところで、今更彼を嫌いになるなんて、できない。
「本当に……怒ってないのか? 俺は、お前を騙してたんだぞ」
私は聖女のように微笑みかける。
隠していた事実がバレたことでビクターは計画を中止して私のもとを去ってしまう可能性がある。なんとしても、それだけは阻止したい。そのために、私は全然怒っていないのだと示す必要がある。たとえ魂が変質しようと、ビクターの計画に乗り続ける。これからも変わらず、今世で幸せになることを目指すわ。だから、
「貴方を許します。そのかわり、わたしが死ぬまでずっと側にいると誓って」
ビクターからはためらいが伝わってきた。やがて、
「俺なんかが、お前の側にいてもいいのか?」
細い声で、とても不安げに、そう問うてくる。歓喜に胸が高鳴った。大丈夫、ビクターは去らない。
「たとえ貴方のせいで魂が変質して、次の人生に転生できなくなったとしても、最後の瞬間、貴方が側にいていれるのならそれでいい」
「フィオリア………」
貴方は変わらず目的を果たせるのよ。さぁ、計画は続行、でしょ?
「───待て、魂が変質って、なんのことだ?」
二人の間の雰囲気はすごく良いものだった。だというのに、ビクターはぷつんと会話を切ってしまった。
今更とぼけるつもり?
「アシュリーから聞いたわ。貴女が私の人生に介入して運命を色々とイジっているせいで、私の魂の質が変わってるって。魂の質が変われば、次の人生に転生できなくなる。そうでしょう?」
「じゃあ、全部知ってるってのは………」
「だから、私を幸せにする、万事任せておけば悪いようにはしない、なんて甘い事だけ言って私を騙してたことよ。そこに潜む危険は一切伝えずにね!説明する義務があったでしょう!」
怒ってない、そのはずだったのにキレてしまった。浅い呼吸を繰り返す。
と、ビクターが笑い出した。
「あはは。あー、おかしい。そうだよな」
「ちょっと、こんなときにふざけてるの? いくらなんでも笑うなんて、ひどいわ!」
お腹を抱えて笑うビクターに、いい加減怒り心頭だった。
「お前、そいつの言うことを信じるのか? アシュリー、だっけ?」
いきなり声のトーンが真面目なものに変わった。そのせいで、いくらか勢いが削がれた。
「なぜ簡単に信じられる?」
はたと思う。───そういえば、そうだわ。アシュリーに対しては不思議と、警戒心や懐疑心のようなものを抱くことは最後までなかった。でもそれは………
「アシュリーは、貴方と同じ死神だったから……」
「死神は嘘をつかないとでも? だいたい、そいつが本当に死神かどうかも怪しいぜ」
「彼、貴方と似ていたわ!」
「ふむ。百歩譲って、アシュリーとやらが死神だったとして、どうしてそいつの言うことを信じるんだ? 長い付き合いの俺でなく、初対面のそいつを」
「えっと……」
「例えばだ、獲物を横取りしようと、俺をお前から引き離そうとしてるのかもしれない」
「───!」
たしかに、そういう可能性も──ある?
「お前の魂は最近、めっきり美味そうになってきたからなぁ。幸せな終わりを迎えそうな魂を嗅ぎつけて、ハイエナがやって来たとは考えられないか?」
「じゃあ、アシュリーは」
「そのハイエナだ。まったく、もう少し用心してくれませんかねぇ、俺の獲物さんは」
「……じゃあ、魂が変質とか、そういう話は全部嘘?」
「少なくとも、俺は初耳だ」
「────」
…………なんてこと。
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