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[75]キッド・エンデ
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婚約式に現れなかった私を、キッド様はどんな気持ちで待っていたのだろう。幸いにして、ええ、彼にとっては幸いにして、私が婚約式に現れなかったのは、アレクとジークに誘拐されたせい。私の意思で、行かなかったんじゃい。だけど、その後の私の行動ときたら、どうだろう。ヴィと逃げ出して、楽しく潜伏生活を送って、キッド様のことをちらりとも考えなかった。もちろん、謝罪や状況説明の手紙も出していない。彼を絶望させるには、十分なことをした。
ここはエンデ伯爵邸。キッド様の、お屋敷だ。
私達は応接間に通され、お兄様とキッド様、私とヴィが横に並び、向かい合わせにソファに着いた。
キッド様と目を合わせられない。後ろめたさに、押しつぶされそう。
婚約式から今に至るまでの顛末は、キッド様も承知しているらしかった。そして、ヴィの正体、その過去についても。
殿下、とキッド様はヴィを呼んだ。
「そんなふうに、呼ばないでくれ」
応じるヴィは、どこか遠慮した物言いになっていた。彼もまた、キッド様に対し何かしらの罪悪感を抱いているのだと思った。
「フィオリアさんの側に、彼女を支える誰かがいることは初めから知っていました。その誰かが、彼女の大切な人になりつつあることも」
キッド様はゆっくりと、語った。
「それでもぼくは、彼女を諦めたくなかった。婚約さえ、してしまえばと、フィオリアさんの気持ちを無視して、無理やり彼女との関係を進めてしまった……すまなかった、フィオリアさん」
「キッド様……」
彼が謝ることなんて、何もないのに。先に謝られてしまったら、どうしていいかわからなくなる。
「その"誰か"が、まさか幻の王子様とは思わなかったけれどね」
そこで、お兄様が口を挟んだ。
「………あの、お兄様も、私の側に誰かがいると知っていたの?」
「知っていたよ。キッドにそのことを教えたのも私だしね。フィオが婚約破棄されたあと、魔法使いが妙な格好をしてやってきた。どうやらそいつは、"死神"と名乗っているようだ。それから、何やらアドバイスをして、フィオを動かしている。ゲームにはこんな流れは無かったから、変だと思ってね。注意して見てたんだ。まさかそいつが噂の王子だとは、さすがに気づけなかったけど」
ヴィが魔法使いだったことも、最初から……
「お兄様、外国にいたのよね?」
「そうだよ」
異国の地にいて、これだけ正確な情報を手にできるなんて。お兄様の情報収集力には舌を巻く。
「この際だから、すべて話すけど」と、お兄様はどこか吹っ切れた様子で切り出した。
「私もね、フィオの運命を変えるために色々と動いてきたんだよ。君の運命を変えるには、とにかく、アレクセイから目を反らせる必要があった。それなら、国を出て彼から遠く離れるか、新しい恋をするかしかないと思った。そこで──」
私が立てた計画はそこの彼より現実的だと思うよ、と前置きして、お兄様は続ける。
「国を出ても生活できる拠点を作るために、私は隣国へと渡った。たとえ本国に帰らずとも、そこでフィオと共に何不自由なく過ごせるよう、準備を整えてきた。あちらでやってる治水事業がうまくいってね。国王から、爵位授与の約束も得ている。あとは君さえ、来てくれる決心をつけてくれたら、それでよかった」
───お兄様は、何年も前から私のために動いてくれていたのだわ。
胸がいっぱいで、苦しくなる。
私、何も知らなかった。………ルルにばかり優しい世界を、私はただ恨むことしかできなかったのに。
「でも、フィオは父上から離れたくないと言う可能性もある。なんだかんだと、君はお父様っ子だからね。それで、君を国から出さず幸せにする方向でも、計画を立てることにした。それが、キッドとの新しい恋を、というものだった。嘘つきな魔法使いが相手じゃなくてね」
ちらとヴィを見るお兄様の視線には、とげがある。
「キッドの相手としてフィオリアはどうかと、私がすすめたんだ」
庇うような響き。だから、急いで婚約を進めたキッドを恨まないでくれ、ということなのかもしれない。──そんなの、すべて私が悪いのだから当たり前よ。
「ぜんぶを、フェルの言うなりに動いていたんじゃないよ」と、キッド様が言う。
「ぼくは、ずっと前からフィオリアさんが好きだったから。きっかけをもらって、背中を押されたかたちだ。君とのデートや手紙、贈り物、具体的な行動は、すべてぼくが決めてやってきた───結局、失敗してしまったけどね。もっと、フェルの助言を聞いていればよかったよ」
俯くキッド様に、ちくりと胸が傷んだ。彼が私を好いてくれていることは、最初からわかっていたのに、私はそれでも、はっきり彼を拒絶しなかった。それどころか、その想いを利用してきた。
「それから、父上のことだ」と、お兄様が話題を変える。
「父上は、王家に戦争を仕掛けよう、なんてつもりはなったようだよ。私も、それを心配していたんだけど」
「でも、武器を集めてるって聞いたわ」
「ガセネタだね。父上の裏切りを、誰かが捏造しようとしてるんだ。まぁ、誰かはある程度予想がついてる」
「じゃあ、お父様はいったい……」
「"幻の王子様"を探していたんだ。彼を、王太子へと推すために」
中央会議にて。誰が王太子にふさわしいかと聞かれ、お父様が答えたという、『皆が忘れ去った者だ』というあの言葉。
あれは、王家の血を引くお父様自身でも、フェルナンデスお兄様のことでもなかった。
ヴィのこと、だったんだわ。
じゃあ、すべて、私の勘違いだったのね。
何やら裏でこっそり動いていたお父様は、戦争の用意をしていたわけじゃなく、ヴィを探していただけ。
力が抜ける。
よかった、本当に。
「アレクセイも、ジークも、やつらはだめだ。馬鹿で我儘で傲慢。そのくせ無駄に力を持ってしまったからたちが悪い。ジークが平民を数名さらし首にした話は聞いたろう?」
「ええ……」
「情報規制が敷かれて、やっとその程度の噂に留まっているようだが……実際のところ、あれは数名どころの話じゃなかった」
はっと、息を呑む。たしかに、違和感があった。王家の力をもってしても、もみ消せない噂があるなんて、おかしいもの。あれでも、もみ消した結果なのね。
「父上は、やつらに見切りをつけていた。あれらに任せては、国が滅びるってね。私も同感だね」
「それで、ヴィを……」
「王子が生きていれば21歳になる。国を治めるための知識は、まだ詰め込んで間に合う歳だ」
「冗談じゃない」
それまで黙っていたヴィが、声を上げた。
「俺は王族になんぞ、なるつもりはない!」
「なるもならないも、君の血統は、元々王族のものなんだよ」
「っ………無理だ……」
呟き、ヴィはソファに深く沈んだ。
「でもね、王子であることを受け入れて、王太子になれば、フィオリアが手に入るよ」
ヴィがハッとする。
「えっ、なに……?」
なんの話──?
「平民の君じゃあ、フィオリアはあげられない。幸せにできっこないからね」
ちょっと、お兄様?
「お兄様!私は彼が何者であろうと、一緒にいられればそれでいいの!」
「だって、フィオ。今、この男の所へ嫁ぐとして、考えてみなよ」
想像する。ヴィと二人で過ごす新婚生活。やだ、すごく素敵。ぽっと頬が熱くなる。
お兄様がため息をつく。
「新居はどうする。金はあるのか? サーカスの仕事だって、毎日あるわけじゃないし、収入は不規則だろう。平民に嫁いで、平民になる君を、父上は援助しない。フィオ、生きていくためには君も働かなくちゃならなくなる。君に何ができる? 料理も、裁縫も、洗濯も、働く以前に、生活の雑用全てを人任せにしてきた、それが許される立場だった君に」
………痛いところを突いてくるわね。でも、それくらいなら、私にだって練習すればきっと……それに、
「お菓子くらい、作ったことがあるのよ。洗濯だって……」
「フィオリア、わかってるでしょ。君がこの男と一緒になっても、苦労するのは目に見えてる。お兄様は、そんなことは許せない」
「だけどお兄様───」
お兄様は手のひらを前に突き出し、私の反論を許さない。居住まいを正し、ヴィを真正面から見る。
「君がその気なら、私達は君を支援する用意がある。必ず、君を王太子にし、フィオリアを王太子妃にする。話というのは、このことだ。どうする?」
ヴィは───動揺していた。目を泳がせ、何度も口を開きかけては閉じる。それから、絞りだすようにして言った。
「───少し、考えさせてくれ」
「猶予はそれほどないよ。馬鹿王子たちの暴走を、陛下と宰相が止められるとは思わないから、それまでに───」
「まだ何か仕掛けてくるっていうの!?」
アレクとジークの最新の暴走は、まだ記憶に新しい。ほかでもない、私が当事者なのだから。
「その可能性は高いと見てる。バックにいる貴族家が騒いでいるからね。いずれにしても、早いほうがいい。そうだな、決断は3日後までに。いいかい?」
「───わかった」
「ああ、そうだ。"ルル"についての話も聞きたい。ちょっと、二人で話せるかな?」
「ああ」
お兄様に従って、ヴィも立ち上がる。私は咄嗟に手を伸ばし、ヴィの腕を引いた。
「行ってくる」
大丈夫というように、腕を優しく叩かれる。ヴィは微笑んでみせたけど、私には無理をしているようにしか見えなかった。
「キッド、妹たちを部屋へ案内してやってくれ」
お兄様の掛け声で、下がっていた使用人たちが入ってくる。キッド様も大人しく従っているし。なんだか、お兄様のほうがこの家の主みたい。
ヴィの腕がするりと離れ、お兄様と二人、部屋を出ていってしまった。ラミとラニも、それぞれ客間へと案内されていく。ティナも必要な道具を借りに行くと、出ていった。そうして、私とキッド様だけが残された。
「行こうか」
キッド様の案内で、屋敷の廊下を歩く。彼の後ろを付いていく間、気まずい沈黙が流れた。
「あの、キッド様……」
「謝らないで。謝られると、惨めな気持ちになりそうだから」
ごめんなさい、喉まで出かけた言葉を、慌てて飲み込む。
その時、突然気付いた。私は、アレクが私にしたのと同じことを、キッド様にしているのだわ。あんなに、残酷なことはないと、わかっていたのに。───彼はきっと、私を許さない。
くるりと振り返られ、どきりとした。罵倒されるのを待って、じっと目を瞑り、耐える。温かい手が、私の手を包んだ。びっくりして、視線を上げる。思いがけず、そこにはキッド様の優しい眼差しがあった。ああ、この方はどこまで────
「フィオリアさん、ぼくは当て馬になるつもりはなかったんだよ。本気で、君を奪いに行くつもりで行動してきた。いまも、その気持ちは変わらない」
ゆっくり休んで、そう言い残し、キッド様は去って行った。
もし、ヴィが私の前に現れなかったら、私は………浮かんだ空想を、慌てて打ち消した。
ここはエンデ伯爵邸。キッド様の、お屋敷だ。
私達は応接間に通され、お兄様とキッド様、私とヴィが横に並び、向かい合わせにソファに着いた。
キッド様と目を合わせられない。後ろめたさに、押しつぶされそう。
婚約式から今に至るまでの顛末は、キッド様も承知しているらしかった。そして、ヴィの正体、その過去についても。
殿下、とキッド様はヴィを呼んだ。
「そんなふうに、呼ばないでくれ」
応じるヴィは、どこか遠慮した物言いになっていた。彼もまた、キッド様に対し何かしらの罪悪感を抱いているのだと思った。
「フィオリアさんの側に、彼女を支える誰かがいることは初めから知っていました。その誰かが、彼女の大切な人になりつつあることも」
キッド様はゆっくりと、語った。
「それでもぼくは、彼女を諦めたくなかった。婚約さえ、してしまえばと、フィオリアさんの気持ちを無視して、無理やり彼女との関係を進めてしまった……すまなかった、フィオリアさん」
「キッド様……」
彼が謝ることなんて、何もないのに。先に謝られてしまったら、どうしていいかわからなくなる。
「その"誰か"が、まさか幻の王子様とは思わなかったけれどね」
そこで、お兄様が口を挟んだ。
「………あの、お兄様も、私の側に誰かがいると知っていたの?」
「知っていたよ。キッドにそのことを教えたのも私だしね。フィオが婚約破棄されたあと、魔法使いが妙な格好をしてやってきた。どうやらそいつは、"死神"と名乗っているようだ。それから、何やらアドバイスをして、フィオを動かしている。ゲームにはこんな流れは無かったから、変だと思ってね。注意して見てたんだ。まさかそいつが噂の王子だとは、さすがに気づけなかったけど」
ヴィが魔法使いだったことも、最初から……
「お兄様、外国にいたのよね?」
「そうだよ」
異国の地にいて、これだけ正確な情報を手にできるなんて。お兄様の情報収集力には舌を巻く。
「この際だから、すべて話すけど」と、お兄様はどこか吹っ切れた様子で切り出した。
「私もね、フィオの運命を変えるために色々と動いてきたんだよ。君の運命を変えるには、とにかく、アレクセイから目を反らせる必要があった。それなら、国を出て彼から遠く離れるか、新しい恋をするかしかないと思った。そこで──」
私が立てた計画はそこの彼より現実的だと思うよ、と前置きして、お兄様は続ける。
「国を出ても生活できる拠点を作るために、私は隣国へと渡った。たとえ本国に帰らずとも、そこでフィオと共に何不自由なく過ごせるよう、準備を整えてきた。あちらでやってる治水事業がうまくいってね。国王から、爵位授与の約束も得ている。あとは君さえ、来てくれる決心をつけてくれたら、それでよかった」
───お兄様は、何年も前から私のために動いてくれていたのだわ。
胸がいっぱいで、苦しくなる。
私、何も知らなかった。………ルルにばかり優しい世界を、私はただ恨むことしかできなかったのに。
「でも、フィオは父上から離れたくないと言う可能性もある。なんだかんだと、君はお父様っ子だからね。それで、君を国から出さず幸せにする方向でも、計画を立てることにした。それが、キッドとの新しい恋を、というものだった。嘘つきな魔法使いが相手じゃなくてね」
ちらとヴィを見るお兄様の視線には、とげがある。
「キッドの相手としてフィオリアはどうかと、私がすすめたんだ」
庇うような響き。だから、急いで婚約を進めたキッドを恨まないでくれ、ということなのかもしれない。──そんなの、すべて私が悪いのだから当たり前よ。
「ぜんぶを、フェルの言うなりに動いていたんじゃないよ」と、キッド様が言う。
「ぼくは、ずっと前からフィオリアさんが好きだったから。きっかけをもらって、背中を押されたかたちだ。君とのデートや手紙、贈り物、具体的な行動は、すべてぼくが決めてやってきた───結局、失敗してしまったけどね。もっと、フェルの助言を聞いていればよかったよ」
俯くキッド様に、ちくりと胸が傷んだ。彼が私を好いてくれていることは、最初からわかっていたのに、私はそれでも、はっきり彼を拒絶しなかった。それどころか、その想いを利用してきた。
「それから、父上のことだ」と、お兄様が話題を変える。
「父上は、王家に戦争を仕掛けよう、なんてつもりはなったようだよ。私も、それを心配していたんだけど」
「でも、武器を集めてるって聞いたわ」
「ガセネタだね。父上の裏切りを、誰かが捏造しようとしてるんだ。まぁ、誰かはある程度予想がついてる」
「じゃあ、お父様はいったい……」
「"幻の王子様"を探していたんだ。彼を、王太子へと推すために」
中央会議にて。誰が王太子にふさわしいかと聞かれ、お父様が答えたという、『皆が忘れ去った者だ』というあの言葉。
あれは、王家の血を引くお父様自身でも、フェルナンデスお兄様のことでもなかった。
ヴィのこと、だったんだわ。
じゃあ、すべて、私の勘違いだったのね。
何やら裏でこっそり動いていたお父様は、戦争の用意をしていたわけじゃなく、ヴィを探していただけ。
力が抜ける。
よかった、本当に。
「アレクセイも、ジークも、やつらはだめだ。馬鹿で我儘で傲慢。そのくせ無駄に力を持ってしまったからたちが悪い。ジークが平民を数名さらし首にした話は聞いたろう?」
「ええ……」
「情報規制が敷かれて、やっとその程度の噂に留まっているようだが……実際のところ、あれは数名どころの話じゃなかった」
はっと、息を呑む。たしかに、違和感があった。王家の力をもってしても、もみ消せない噂があるなんて、おかしいもの。あれでも、もみ消した結果なのね。
「父上は、やつらに見切りをつけていた。あれらに任せては、国が滅びるってね。私も同感だね」
「それで、ヴィを……」
「王子が生きていれば21歳になる。国を治めるための知識は、まだ詰め込んで間に合う歳だ」
「冗談じゃない」
それまで黙っていたヴィが、声を上げた。
「俺は王族になんぞ、なるつもりはない!」
「なるもならないも、君の血統は、元々王族のものなんだよ」
「っ………無理だ……」
呟き、ヴィはソファに深く沈んだ。
「でもね、王子であることを受け入れて、王太子になれば、フィオリアが手に入るよ」
ヴィがハッとする。
「えっ、なに……?」
なんの話──?
「平民の君じゃあ、フィオリアはあげられない。幸せにできっこないからね」
ちょっと、お兄様?
「お兄様!私は彼が何者であろうと、一緒にいられればそれでいいの!」
「だって、フィオ。今、この男の所へ嫁ぐとして、考えてみなよ」
想像する。ヴィと二人で過ごす新婚生活。やだ、すごく素敵。ぽっと頬が熱くなる。
お兄様がため息をつく。
「新居はどうする。金はあるのか? サーカスの仕事だって、毎日あるわけじゃないし、収入は不規則だろう。平民に嫁いで、平民になる君を、父上は援助しない。フィオ、生きていくためには君も働かなくちゃならなくなる。君に何ができる? 料理も、裁縫も、洗濯も、働く以前に、生活の雑用全てを人任せにしてきた、それが許される立場だった君に」
………痛いところを突いてくるわね。でも、それくらいなら、私にだって練習すればきっと……それに、
「お菓子くらい、作ったことがあるのよ。洗濯だって……」
「フィオリア、わかってるでしょ。君がこの男と一緒になっても、苦労するのは目に見えてる。お兄様は、そんなことは許せない」
「だけどお兄様───」
お兄様は手のひらを前に突き出し、私の反論を許さない。居住まいを正し、ヴィを真正面から見る。
「君がその気なら、私達は君を支援する用意がある。必ず、君を王太子にし、フィオリアを王太子妃にする。話というのは、このことだ。どうする?」
ヴィは───動揺していた。目を泳がせ、何度も口を開きかけては閉じる。それから、絞りだすようにして言った。
「───少し、考えさせてくれ」
「猶予はそれほどないよ。馬鹿王子たちの暴走を、陛下と宰相が止められるとは思わないから、それまでに───」
「まだ何か仕掛けてくるっていうの!?」
アレクとジークの最新の暴走は、まだ記憶に新しい。ほかでもない、私が当事者なのだから。
「その可能性は高いと見てる。バックにいる貴族家が騒いでいるからね。いずれにしても、早いほうがいい。そうだな、決断は3日後までに。いいかい?」
「───わかった」
「ああ、そうだ。"ルル"についての話も聞きたい。ちょっと、二人で話せるかな?」
「ああ」
お兄様に従って、ヴィも立ち上がる。私は咄嗟に手を伸ばし、ヴィの腕を引いた。
「行ってくる」
大丈夫というように、腕を優しく叩かれる。ヴィは微笑んでみせたけど、私には無理をしているようにしか見えなかった。
「キッド、妹たちを部屋へ案内してやってくれ」
お兄様の掛け声で、下がっていた使用人たちが入ってくる。キッド様も大人しく従っているし。なんだか、お兄様のほうがこの家の主みたい。
ヴィの腕がするりと離れ、お兄様と二人、部屋を出ていってしまった。ラミとラニも、それぞれ客間へと案内されていく。ティナも必要な道具を借りに行くと、出ていった。そうして、私とキッド様だけが残された。
「行こうか」
キッド様の案内で、屋敷の廊下を歩く。彼の後ろを付いていく間、気まずい沈黙が流れた。
「あの、キッド様……」
「謝らないで。謝られると、惨めな気持ちになりそうだから」
ごめんなさい、喉まで出かけた言葉を、慌てて飲み込む。
その時、突然気付いた。私は、アレクが私にしたのと同じことを、キッド様にしているのだわ。あんなに、残酷なことはないと、わかっていたのに。───彼はきっと、私を許さない。
くるりと振り返られ、どきりとした。罵倒されるのを待って、じっと目を瞑り、耐える。温かい手が、私の手を包んだ。びっくりして、視線を上げる。思いがけず、そこにはキッド様の優しい眼差しがあった。ああ、この方はどこまで────
「フィオリアさん、ぼくは当て馬になるつもりはなかったんだよ。本気で、君を奪いに行くつもりで行動してきた。いまも、その気持ちは変わらない」
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