異世界から来た自分の分身が邪悪過ぎるのだけれどどうしたらいい?

ねこ沢ふたよ

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1現世

魔王降臨

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 コンビニでバイトして、アパートに帰って、朝になったら、大学に行って。
 時々、課題して、時々、友達と遊んで、ゲームして、カラオケして、彼女何かいる訳もなく。
 リア充の爆発を願って、友達とラインして。
 そんな、どこにでも転がっていそうな平凡を平凡で上塗りした俺の人生に、突然、まさに文字通り、降って湧いた災難に、どう対応したらいいのか……。


 バイトの帰り、深夜の道を、一人ダラダラと歩いていた。
 雨が降りそうで、ゴロゴロと遠くに雷鳴が小さく聞こえていた。雨が降り出す前の湿気で空気はじっとりと重く、9月の蒸し暑さを加速させていた。ここで、ふと、空を見上げてしまったのが良くなかったのか、見てしまった。空から夜の暗い空にさらに暗く覆う黒い雲の間からゆっくり降りてくる『俺』を……。

 いつも鏡で見る『俺』そっくりな物体が、ゆっくりと降りてくる。
 何だ、あれ?
 バイトのし過ぎで、ついに幻覚が見えるようになっていしまったのかと、固まる俺を『俺』は、三メートルほど上空から見下げる。

「なんと貧弱な。さすがは異世界。面白い」

『俺』は、俺をディスってケタケタと笑う。真っ黒なマントに背中に大剣。ゲームの世界でしかお目にかからないような、中二病姿の『俺』は、ずいぶん偉そうだ。

「だ、誰だ、お前!」

ようやく俺の口から出たのは、その言葉。そうだ、この偉そうな中二病が、俺のはずがない。何故なら、俺は、俺一人。

「察しも悪い。さすがに情けないぞ、野島英司のじまえいじ。俺は、お前に決まっているだろうが」

蔑んだ眼差し。こうも自分にディスられるとは、思ってもみなかった。

「まあ、いい。野島英司、お前を捕まえて、氷漬けにして持って帰る。お前みたいな貧相な奴がうろついていて、奴らに捕まっては、俺が困る」

 『俺』の手が、青く輝きだす。
 これ、ゲームでよく見るヤツ。
 魔法ってヤツじゃない? 氷漬けって、何? 俺、死ぬの?

「は? や、意味が分からない。せ、説明を……」

俺が言い終わる前に『俺』が放った青く輝く物体が、俺の体を包み込む。冷気を感じるが、そのまま消えてしまった。なんだ、こけおどしか。驚かしやがって。

「ふむ。自分には攻撃魔法は効かぬか。なるほど。これは、面倒だな」

『俺』は、何か思案している。俺に効かなかったのは、『俺』にとっても想定外だったのだろう。

「俺のくせにスカシやがって。説明しろよ。この馬鹿野郎」

よもや自分に怒鳴りつける日が来るとは、思わなかった。だが、頭に来た。いきなりバイト帰りの疲れた俺に説明もなしに、攻撃魔法。これは、怒ってもいいだろう。

「説明しても、その察しの悪い頭では、理解できんだろうが。どうせ、『うそだろ?』『信じられん』程度にしか、感想を持たんだろう。そんな無駄をどうして俺が、やらなければならない?そんなテンプレを聞く暇は、俺には無い。ほら、グダグダ無駄話をしているから、雑魚に囲まれた」

『俺』が、周囲を睨む。確かに、ぐちょぐちょと、嫌な音が、周囲に鳴り響いている。ドロドロの黒い塊が、無数に取り囲んでいる。ドロドロに溶けた腕の隙間から、白い骨が覗いている。これ、アンデットとかゾンビとかいうやつだろうか。人間だった者の体を、死んでから使役している的な。そいつらが、俺たちに向かって、ゆっくりと前進してくる。奴らの内の一人が、俺の右腕を掴む。掴まれた手首が、ジュウという音共に、やけどになる。痛い。

「ちっ」

上空の『俺』が、眉をひそめて、自分の右腕を庇っている。
なんで? 攻撃を受けたのは、俺なのに。俺は、必死に引きはがして後ずさりするが、囲まれて逃げ場がない。
囲まれて逃げ場も無く戸惑っていると、俺の横に『俺』が降りてくる。

「下がっていろ、クソ雑魚の英司。狙いはお前だ」

相変わらず偉そうな『俺』が、目を閉じて両手を合わせれば、俺たちの周囲に炎の輪が出来上がる。パンッ。『俺』が、大きな音を立てて両手を叩けば、炎は、火龍に変化して、俺たちを囲んでいたドロドロの敵を一気に食い散らかしていく。

 敵は、跡形もなく消え去ってしまった。
 半径500mほどの周辺すべてを焼き払って。

 どうするんだよ。これ。


 次の日の朝早く、テレビのニュースでは、ガス爆発だろうという専門家の見解と共に、昨日のことは、報道されていた。奇跡的に、被害者はいなかった。

「よかった~。誰も死んでいなかった」

畳の上で安堵して転がる俺を、『俺』が見下げている。

「阿呆か。見ず知らずの人間なぞ、死んでもどうでもいいだろうに」

 つまらなさそうに、『俺』がつぶやく。一つしかないベッドは、『俺』に占拠されてしまった。ベッドの上で、身を横たえて畳の上の俺を見下している。

 俺は、この『俺』を、放っておくことも出来ずに連れ帰った。

 こいつの話によれば、『俺』は異世界に住んでいる。この度、人間の王国一つ潰して、晴れて魔王に就任したのだそうだ。
 あまりに強い魔王。この魔王を討ち果たすために、滅んだ王国の生き残りは、魂のつながっている魔王の異世界の化身、つまり俺、この世界の野島英司を殺すために、異世界へ干渉する作戦に出た。昨日のゾンビたちも、異世界に送り込まれた王国の戦士のなれの果て。『俺』への恨みのために、死にきれなかった王国の英雄たちだという。なんとも憐れだ。

 じゃあ、悪役は、俺だ……。
 全く身に覚えはないが、勇者を中心とする王国の残党に、この極悪な『俺』のために命を狙われることになったのだ。迷惑な話だ。

「本当は、氷結魔法で氷漬けにして、わが城の奥深くに永久に幽閉しておけばいいかと思ったのだが、残念ながら攻撃魔法が自分には効かない。困った。今、対策を考えている」

『俺』が、とんでもないことを言う。回復魔法は効くらしく、昨日の右手首のやけどは、『俺』の魔法で治してもらった。だが、攻撃魔法が効かなくて良かった。極悪な魔王の『俺』のために、俺が永遠に幽閉される。冗談じゃない。

「このろくでなし。全部お前が悪いんじゃないか。死んで詫びろ。極悪人」
俺が、悪態をつくと『俺』が、ニヤリと笑う。

「ほう、雑魚の分際で、魔王の俺にそんな口をきくか。口だけは一人前だな。雑魚。俺が死ねば、お前も死ぬ。そんなこともまだ理解できんのか。脳みそは入っているのか?」

「うるさいな。馬鹿魔王。分かっている。だから、困っているんだ。お前みたいなやつ、早く討伐された方が世のためなのに、それに協力するには、俺が死ななきゃならないなんて、最悪だ。何でお前みたいな悪人と魂がつながっていなくてはならないんだ」

自分同志の罵り合い。何とも不毛だ。鏡と喧嘩しているようだ。

「やはり、拘束して捕らえるのが一番手っ取り早そうだ」

「は? そんなことをしてみろ。餓死してやる。お前が一番苦しむように、嫌な死に方してやる」

「なんだと?」

「顔色が変わったな。昨日から変だと思っていたんだ。お前みたいな自己中がどうして俺の怪我を治したのか。お前、俺が怪我したら連動して痛くなるんだろう? 生死だけじゃない、痛みも連動しているんだろ」

予想は当たったようだ。魔王が憎々し気に俺を見ている。

「こいつ……雑魚のくせに」

「雑魚、雑魚言うな。極悪人。俺に逆らったら、お前は速攻苦しんで死ぬと思え」

高らかに笑う俺に、魔王『俺』は、悔しそうにギリギリと歯ぎしりをする。こいつの弱点は、つまり俺だ。だから、言葉であれやこれや文句を言っても攻撃は仕掛けて来ない。こいつの恐れているのは、俺の死や怪我。どこまで連動しているのだろう。試しに自分の腕を強くつねれば、魔王もピクリと腕を振るわせる。面白い。

「さては、強すぎて怪我や痛みに慣れていないな? ビクつきやがって」

ニタリと邪悪に笑う俺に、怯える魔王。形勢逆転だ。魔王の攻撃魔法とやらは、どんなに強力でも俺には効かない。しかも、俺に危害を加えれば、魔王自身が痛い目をみることになる。俺、無双状態だ。

「雑魚が……」

「雑魚じゃねえ。英司だ。偽英司。……そうだな。お前のことは、ニセと呼ぶ。魔王のままでは、外で呼べば、中二病も良い所だ。お前は、俺のことをちゃんと英司と呼べ」

「くそ。雑……英司め。調子に乗りやがって」

ニセは、悔しそうに顔をゆがめる。これは、気分がいい。偉そうにしていた奴が、俺に屈している。

「ニセ、約束しろ。もう金輪際、この世界の物を夕べのようにむやみに壊さず、この世界の人間を殺しはしないと。破れば、俺は、さっさと自殺してお前を殺す。いいな?」

俺だって死にたくはない。出来れば、元気に長生きしてある日ぽっくり老衰で死にたい。だが、こいつの横暴を許すわけにはいかない。

「……分かった」

ニセがシュンとしている。

「あと、お前の不始末で俺の命が狙われている現状は不便だ。何か、解決方法を考えろ」

「だから、それは、俺の世界に連れて行って、魔王の城で隔離して生活させようと」

「いやだ。ささやかでも、俺にだってこの世界での生活がある。誰が、お前の城で不自由な生活なぞ了承するか。魔王なんだろ? 何か、方法はあるだろ?」

チッとニセが舌打ちする。すかさず、ギュッと自分の腕をつねれば、ニセが痛そうに顔をゆがめる。可哀想だが、俺自身も痛いから、許してほしい。

「……分かった。考える」

「よし。じゃあ、考えつくまでは、ここで生活していい。……そうだな、お前は、俺の遠い親戚ってことで」

ニセが、しぶしぶ首を縦に振る。
痛みの連動している自分そっくりの魔王、ニセとの生活。嫌でしかないが、仕方ない。早くニセが解決方法を見つけてくれることを祈って、俺たちは、同居を始めた。
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