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1現世
勇者来りて
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自分そっくりの容姿の魔王、ニセと同居を始めた。
ニセが異世界で行った悪行のために、ニセの分身体である俺の命を勇者達に狙われているらしいが、大学の講義もあるし、バイトもある。買い物だってしないといけない。だから、家に引きこもりっぱなしというわけにはいかない。
ニセを家に置いて、俺だけで外に出ようとすると、ニセが猛抗議した。一人でうろついていて俺が殺されれば、ニセも死ぬ。迷惑だというのだ。
「でも、その中二病姿の俺を連れて歩くわけにもいかないし、第一、大学の講義に行くのに一緒にというわけにはいかないだろう? お前、学生でないし。あ、何か、他のモノに変身したり、姿を消したりはできないのか? 例えば、鳥とか猫とか」
そうだよ。魔法が得意な魔王なんだ。チート能力があるなら、それを活かさない手はない。
俺が提案すれば、ニセが眉をひそめる。
「……一つだけ変身できる。だが、なりたくない」
なんだか渋っているが、どうやらなれるらしい。
なんだよ。出来るなら、さっさとやってほしい。
講義に遅れて単位を落としたらどうしてくれるんだ。
「早くなれ。置いて行くぞ」
さっさと自分の準備を終わらせて振り返れば、ニセの服が散らかったままで、ニセが見当たらない。
どうやら、服は脱ぎ捨てられることになるようだ。
……透明人間になったのだろうか? 服はちゃんとたたんで欲しい。
ニセの服をつかんでバサバサと乱暴にたたみ始めると、中からコロンと、小さな物体が転がり出てくる。
灰色のフワモコ。丸い身体に小さなシッポ。背中に一筋の黒い縞。ハムスターだ。しかも、ハムスターの中でも小さな部類に入る、お子様でも飼いやすいと人気のジャンガリアンハムスター。
うん、俺も小学生の時に、飼っていたことがあるから、間違いない。
「お前が変身しろと言っておいて、なんだその邪険な扱いは!」
ハムスターが、猛抗議している。どうやら、人間の言葉が話せるようだ。なるほど、これがニセの変身した姿か。……可愛いじゃないか。平凡でムサイ自分の姿でうろつかれるよりも何倍も良い。
「ずっと、その姿でいれば、手間がかからないな。人間辞めれば?キャベツとひまわりの種くらいなら買ってやるよ」
「はあ? 敵の多い俺が、こんな貧弱な姿でずっといられるか。この姿だと、魔法の効果も激減するんだぞ」
駄目らしい。残念。敵が多いのは、お前の普段の素行の悪さが原因だと思うのだが。そりゃ、一国を滅ぼしたならば、敵も多くなるだろう。
「剣を」
「は? 剣……」
あれか。こいつが昨日持って来た、くそ邪魔なデカい黒いヤツ。
ハムスターのニセを手に載せて、壁に立てかけてある黒い剣の前に連れて行く。ニセが触れれば、今のニセの大きさに合わせて、つまようじのように剣が小さくなって、ニセの手に収まる。
「この剣は、魔王の証。主に従順だ。俺の唯一の信頼できる仲間だ」
ニセが愛おしそうに剣を撫でてから、背中に背負う。剣が唯一の仲間。ボッチが過ぎないだろうか。こいつ、弁当は、便所で食べるタイプだな。
俺は、ニセを上着のポケットに入れて自転車に乗る。蒸し暑い夏、じっとりした空気だが、自転車で風を切れば心地よい。ニセもポケットで目を細めている。
大学に着くまでの間に、ニセに色々と質問した。今回のこと、分からないことだらけだ。少しでも状況を把握したい。
異世界の俺は、産まれた時から魔王だったのか?
答えは、否。下級神官として、神殿に勤務していた。ある時、倉庫で例の大剣を見つけた。そこから運命は変わり出したのだという。
異世界でニセが殺した人間の数は?
答えは、数えきれない。まあ、王国を一つ滅ぼしているのだから、これは当然か。
異世界でニセが殺した人間は、こちらの世界でも分身体の人間は、死んでしまったのだろうか?
答えは、そうとは限らない。異世界は無数にあり、分身体は、どの世界にあるかは、分からない。まあ、死んでいたとしても、二、三人だろうというのが、ニセの見解。
ニセの向こうでの名前は、俺と一緒の野島英司。不思議だ。俺とそっくりの俺とは違う野島英司が、俺と魂をつなげて存在している。ニセは言う。因縁の強い相手ほど、分身体も近くに居る可能性が高い。ボッチのニセに、関係の深い者は少ないが、ひょっとしたら勇者もこの世界に存在しているかもしれないと。
「なあ、勇者は、何て名前なんだ?」
俺の問いに、ニセは答えなかった。ニセは、ポケットの中で眠っていた。ハムスターの特性で昼は眠いのかもしれない。まあ、後で聞けばいいかと、俺は軽く考えていた。
自転車を構内に止めて、教室に向かう。また、昨日のようなゾンビが襲ってくるのかと思ったが、穏やかに時間は過ぎる。
「おはよう。昨日の爆発事故、聞いた?」
友達の遠藤進が教室で話し掛けてくる。
知っている。その爆心地にいた。
「ああ。聞いた。被害者がいなかったとか。奇跡だよな。あの爆発で」
半径500mが灰と化している。住宅街でその範囲に人がいなかっただなんて、本当奇跡だ。
「だよな。それがさ、あの近くに、俺のサークルの先輩の家があってさ。あの時刻に、爆発の範囲内で寝ていたらしいんだけど、変なことに、起きたら爆発のギリギリの所に移動していたんだって。爆風で良い感じに飛ばされたんかな?」
遠藤が、奇妙なことを言う。
ニセが飛ばした?
まさか。魔王だぞ。異世界では人を無数に殺している。
今朝の発言を考えても、見ず知らずの人間をわざわざ助けるとは思い難い。
襲ってきたゾンビの皆様も、ニセへの恨みで頭がいっぱいで、その余裕はなさそうだった。
では、誰が人間を助けたのか?
謎だらけだが、その答えになりそうなことを知っているニセは、俺の上着のポケットで気持ちよさそうに丸くなって眠っている。
「なにそれ?」
遠藤が、俺のポケットを覗き込む。
「ハムスターじゃん。可愛いなあ。何? つまようじの刀背負って、忍者のコスプレ的な? インスタにでもあげるの?」
遠藤が指でニセの背中をつつく。ニセが遠藤の指にかじりつく。痛ててっ。遠藤が慌てて手を引っ込める。少し血がにじんでいる。チキチキ歯ぎしりして、ニセが威嚇する。
「ごめん。全然まだ人に慣れていなくてさ。狂暴なんだ」
俺が、ニセの額を軽くこづく。ニセの受けた衝撃分、俺の額もキッチリ痛い。ニセが、俺を一睨みして大人しく丸くなる。かなり不機嫌そうだ。
講義が始まって、遠藤もニセへの興味を失ったようだ。大学の教授の抑揚のないやる気の感じられない声が、教室に響く。命を狙われているだなんて、信じられないような穏やかな時間。だが、ポケットの中のニセの存在が、俺に、起こったことが夢ではなかったことを知らせる。本当、何とかしなければ、昨日のようなことがまた起きれば、面倒だ。
「英司、一つ思いついたぞ」
楽しそうにニセが小声で話し掛ける。
「ん? 名案でも浮かんだの?」
「まず、この国の人間を全員始末して見晴らしを良くしてだな……」
「却下だ。大前提が、大間違いだ。むやみに殺すなと言っているだろ」
とっとこ歩きそうなハムスターの姿で、ニセはとんでもないことを言う。頭ごなしに却下されて、ブツブツ文句を言っている。やはり、昨日の事件で、人間を助けたのは、ニセではなさそうだ。こいつは、魔王だ。
講義が終わって、ニセをポケットに入れたまま遠藤と話して歩けば、向こうから十人ほどの集団が歩いてくる。
ミスキャンパスの三村綾香先輩だ。
今日も取り巻き連中に囲まれている。綾香先輩は、俺の憧れ。話したことはない。ただ、こうやってキャンパス内で、すれ違うだけで、今日はラッキーだと思える。
しかし、今日は取り巻きが多いな。なんだか、中には学生とは思えないような年寄りやおっさんも混じっている。
綾香先輩が、こちらを見て立ち止まる。遠藤が、うろたえている。俺も、どうしていいか分からず、オロオロする。
「野島英司さんですね?」
憧れの綾香先輩が、俺の名前を呼んでいる。俺、何かしたっけ? よく分からないまま、首を縦に振る。緊張で、声はとても出せるような状況ではなかった。
綾香先輩が、ゆっくりと俺に近づいてくる。
バチンッ
突然、綾香先輩が見えない壁に阻まれる。取り巻き達がざわついている。
「勇者よ、考えが甘かったな!」
高らかに笑って人間に変化したニセが、例の大剣を構えて俺の横に立っている。
……
全裸だよ。
……
全裸の俺の姿で、デカい剣を振りかざして、ミスキャンパスの三村綾香先輩に凄んでいる。
本当、無理。俺の社会的抹殺は、完了してしまった。
いや、確かに、服、部屋にあったよな。その時点で気づくべきだった。ハムスターになった時点で、ニセは全裸だった。フワモコの毛皮で気にならなかっただけ。
あまりのことに、膝から崩れ落ちて、顔を覆って地面に転がる俺は、何とか気力を振り絞る。取り敢えず、何か着せないと。慌てて上着を脱いで、ニセの腰に巻き付ける。
「お前、ばか、隠せ。よりにもよって綾香先輩の前で全裸って。最悪だ」
「馬鹿はお前だ。雑魚英司。今、勇者と対峙している。恰好など、どうでも良いわ」
ニセが、俺を睨む。
綾香先輩が、勇者だって? 冗談にも程がある。
「魔王よ。やはり既に分身体の傍におったか」
綾香先輩が、微笑んでいる。今日も美しい。魔王を知っている。ということは、ニセの言う通り、綾香先輩が、勇者なのだろうか。
「お前の言う『綾香先輩』とやらは、勇者の分身体。勇者はあの猫だ」
よく見れば、綾香先輩の手には、可愛い三毛猫が抱っこされている。どうやら、先ほどの言葉は、綾香先輩ではなくて、三毛猫が発したのだろう。
……ということは、あの猫は人間に戻れば、綾香先輩そっくりの美女。
……全裸?
三毛猫が、取り巻きたちが用意した服らしき白い布を受け取ろうとしている。
「ニセ。あの布だけを燃やせ!」
俺の指示で、ニセが布を一瞬で灰にしてしまう。
「卑怯者! 人間に戻れないじゃない」
猫が慌てている。公衆の面前で全裸は、女性には辛いだろう。動物の姿では、大した魔法は使えないはず。これで勇者の攻撃力は抑えられたはずだ。万一、人間に戻ったとしても、俺にはメリットしか感じられない。
「姫! ご決断を!」
「チャンスです! 今こそ勇気をお示しください」
取り巻きが、勇者に人間に戻ることを勧めている。だが、ニセが俺の傍に人間の姿で立っていて、あいつらに攻撃のチャンスはないだろう。それを、分かっていて言っているな。エロ家臣団め。
「駄目に決まっているでしょ? やめて!」
綾香先輩が、焦っている。そりゃそうだろう。自分そっくりの人間が、この公衆の面前に全裸で現れる。今しがた俺が受けた公開処刑だ。あの姿を目の当たりにして、綾香先輩が許可を出すとは思えない。残念だが。
「き、今日の所は、ここまでよ。覚悟しておきなさい!」
勇者達は、テンプレ通りのセリフを吐いて去っていった。
ニセが異世界で行った悪行のために、ニセの分身体である俺の命を勇者達に狙われているらしいが、大学の講義もあるし、バイトもある。買い物だってしないといけない。だから、家に引きこもりっぱなしというわけにはいかない。
ニセを家に置いて、俺だけで外に出ようとすると、ニセが猛抗議した。一人でうろついていて俺が殺されれば、ニセも死ぬ。迷惑だというのだ。
「でも、その中二病姿の俺を連れて歩くわけにもいかないし、第一、大学の講義に行くのに一緒にというわけにはいかないだろう? お前、学生でないし。あ、何か、他のモノに変身したり、姿を消したりはできないのか? 例えば、鳥とか猫とか」
そうだよ。魔法が得意な魔王なんだ。チート能力があるなら、それを活かさない手はない。
俺が提案すれば、ニセが眉をひそめる。
「……一つだけ変身できる。だが、なりたくない」
なんだか渋っているが、どうやらなれるらしい。
なんだよ。出来るなら、さっさとやってほしい。
講義に遅れて単位を落としたらどうしてくれるんだ。
「早くなれ。置いて行くぞ」
さっさと自分の準備を終わらせて振り返れば、ニセの服が散らかったままで、ニセが見当たらない。
どうやら、服は脱ぎ捨てられることになるようだ。
……透明人間になったのだろうか? 服はちゃんとたたんで欲しい。
ニセの服をつかんでバサバサと乱暴にたたみ始めると、中からコロンと、小さな物体が転がり出てくる。
灰色のフワモコ。丸い身体に小さなシッポ。背中に一筋の黒い縞。ハムスターだ。しかも、ハムスターの中でも小さな部類に入る、お子様でも飼いやすいと人気のジャンガリアンハムスター。
うん、俺も小学生の時に、飼っていたことがあるから、間違いない。
「お前が変身しろと言っておいて、なんだその邪険な扱いは!」
ハムスターが、猛抗議している。どうやら、人間の言葉が話せるようだ。なるほど、これがニセの変身した姿か。……可愛いじゃないか。平凡でムサイ自分の姿でうろつかれるよりも何倍も良い。
「ずっと、その姿でいれば、手間がかからないな。人間辞めれば?キャベツとひまわりの種くらいなら買ってやるよ」
「はあ? 敵の多い俺が、こんな貧弱な姿でずっといられるか。この姿だと、魔法の効果も激減するんだぞ」
駄目らしい。残念。敵が多いのは、お前の普段の素行の悪さが原因だと思うのだが。そりゃ、一国を滅ぼしたならば、敵も多くなるだろう。
「剣を」
「は? 剣……」
あれか。こいつが昨日持って来た、くそ邪魔なデカい黒いヤツ。
ハムスターのニセを手に載せて、壁に立てかけてある黒い剣の前に連れて行く。ニセが触れれば、今のニセの大きさに合わせて、つまようじのように剣が小さくなって、ニセの手に収まる。
「この剣は、魔王の証。主に従順だ。俺の唯一の信頼できる仲間だ」
ニセが愛おしそうに剣を撫でてから、背中に背負う。剣が唯一の仲間。ボッチが過ぎないだろうか。こいつ、弁当は、便所で食べるタイプだな。
俺は、ニセを上着のポケットに入れて自転車に乗る。蒸し暑い夏、じっとりした空気だが、自転車で風を切れば心地よい。ニセもポケットで目を細めている。
大学に着くまでの間に、ニセに色々と質問した。今回のこと、分からないことだらけだ。少しでも状況を把握したい。
異世界の俺は、産まれた時から魔王だったのか?
答えは、否。下級神官として、神殿に勤務していた。ある時、倉庫で例の大剣を見つけた。そこから運命は変わり出したのだという。
異世界でニセが殺した人間の数は?
答えは、数えきれない。まあ、王国を一つ滅ぼしているのだから、これは当然か。
異世界でニセが殺した人間は、こちらの世界でも分身体の人間は、死んでしまったのだろうか?
答えは、そうとは限らない。異世界は無数にあり、分身体は、どの世界にあるかは、分からない。まあ、死んでいたとしても、二、三人だろうというのが、ニセの見解。
ニセの向こうでの名前は、俺と一緒の野島英司。不思議だ。俺とそっくりの俺とは違う野島英司が、俺と魂をつなげて存在している。ニセは言う。因縁の強い相手ほど、分身体も近くに居る可能性が高い。ボッチのニセに、関係の深い者は少ないが、ひょっとしたら勇者もこの世界に存在しているかもしれないと。
「なあ、勇者は、何て名前なんだ?」
俺の問いに、ニセは答えなかった。ニセは、ポケットの中で眠っていた。ハムスターの特性で昼は眠いのかもしれない。まあ、後で聞けばいいかと、俺は軽く考えていた。
自転車を構内に止めて、教室に向かう。また、昨日のようなゾンビが襲ってくるのかと思ったが、穏やかに時間は過ぎる。
「おはよう。昨日の爆発事故、聞いた?」
友達の遠藤進が教室で話し掛けてくる。
知っている。その爆心地にいた。
「ああ。聞いた。被害者がいなかったとか。奇跡だよな。あの爆発で」
半径500mが灰と化している。住宅街でその範囲に人がいなかっただなんて、本当奇跡だ。
「だよな。それがさ、あの近くに、俺のサークルの先輩の家があってさ。あの時刻に、爆発の範囲内で寝ていたらしいんだけど、変なことに、起きたら爆発のギリギリの所に移動していたんだって。爆風で良い感じに飛ばされたんかな?」
遠藤が、奇妙なことを言う。
ニセが飛ばした?
まさか。魔王だぞ。異世界では人を無数に殺している。
今朝の発言を考えても、見ず知らずの人間をわざわざ助けるとは思い難い。
襲ってきたゾンビの皆様も、ニセへの恨みで頭がいっぱいで、その余裕はなさそうだった。
では、誰が人間を助けたのか?
謎だらけだが、その答えになりそうなことを知っているニセは、俺の上着のポケットで気持ちよさそうに丸くなって眠っている。
「なにそれ?」
遠藤が、俺のポケットを覗き込む。
「ハムスターじゃん。可愛いなあ。何? つまようじの刀背負って、忍者のコスプレ的な? インスタにでもあげるの?」
遠藤が指でニセの背中をつつく。ニセが遠藤の指にかじりつく。痛ててっ。遠藤が慌てて手を引っ込める。少し血がにじんでいる。チキチキ歯ぎしりして、ニセが威嚇する。
「ごめん。全然まだ人に慣れていなくてさ。狂暴なんだ」
俺が、ニセの額を軽くこづく。ニセの受けた衝撃分、俺の額もキッチリ痛い。ニセが、俺を一睨みして大人しく丸くなる。かなり不機嫌そうだ。
講義が始まって、遠藤もニセへの興味を失ったようだ。大学の教授の抑揚のないやる気の感じられない声が、教室に響く。命を狙われているだなんて、信じられないような穏やかな時間。だが、ポケットの中のニセの存在が、俺に、起こったことが夢ではなかったことを知らせる。本当、何とかしなければ、昨日のようなことがまた起きれば、面倒だ。
「英司、一つ思いついたぞ」
楽しそうにニセが小声で話し掛ける。
「ん? 名案でも浮かんだの?」
「まず、この国の人間を全員始末して見晴らしを良くしてだな……」
「却下だ。大前提が、大間違いだ。むやみに殺すなと言っているだろ」
とっとこ歩きそうなハムスターの姿で、ニセはとんでもないことを言う。頭ごなしに却下されて、ブツブツ文句を言っている。やはり、昨日の事件で、人間を助けたのは、ニセではなさそうだ。こいつは、魔王だ。
講義が終わって、ニセをポケットに入れたまま遠藤と話して歩けば、向こうから十人ほどの集団が歩いてくる。
ミスキャンパスの三村綾香先輩だ。
今日も取り巻き連中に囲まれている。綾香先輩は、俺の憧れ。話したことはない。ただ、こうやってキャンパス内で、すれ違うだけで、今日はラッキーだと思える。
しかし、今日は取り巻きが多いな。なんだか、中には学生とは思えないような年寄りやおっさんも混じっている。
綾香先輩が、こちらを見て立ち止まる。遠藤が、うろたえている。俺も、どうしていいか分からず、オロオロする。
「野島英司さんですね?」
憧れの綾香先輩が、俺の名前を呼んでいる。俺、何かしたっけ? よく分からないまま、首を縦に振る。緊張で、声はとても出せるような状況ではなかった。
綾香先輩が、ゆっくりと俺に近づいてくる。
バチンッ
突然、綾香先輩が見えない壁に阻まれる。取り巻き達がざわついている。
「勇者よ、考えが甘かったな!」
高らかに笑って人間に変化したニセが、例の大剣を構えて俺の横に立っている。
……
全裸だよ。
……
全裸の俺の姿で、デカい剣を振りかざして、ミスキャンパスの三村綾香先輩に凄んでいる。
本当、無理。俺の社会的抹殺は、完了してしまった。
いや、確かに、服、部屋にあったよな。その時点で気づくべきだった。ハムスターになった時点で、ニセは全裸だった。フワモコの毛皮で気にならなかっただけ。
あまりのことに、膝から崩れ落ちて、顔を覆って地面に転がる俺は、何とか気力を振り絞る。取り敢えず、何か着せないと。慌てて上着を脱いで、ニセの腰に巻き付ける。
「お前、ばか、隠せ。よりにもよって綾香先輩の前で全裸って。最悪だ」
「馬鹿はお前だ。雑魚英司。今、勇者と対峙している。恰好など、どうでも良いわ」
ニセが、俺を睨む。
綾香先輩が、勇者だって? 冗談にも程がある。
「魔王よ。やはり既に分身体の傍におったか」
綾香先輩が、微笑んでいる。今日も美しい。魔王を知っている。ということは、ニセの言う通り、綾香先輩が、勇者なのだろうか。
「お前の言う『綾香先輩』とやらは、勇者の分身体。勇者はあの猫だ」
よく見れば、綾香先輩の手には、可愛い三毛猫が抱っこされている。どうやら、先ほどの言葉は、綾香先輩ではなくて、三毛猫が発したのだろう。
……ということは、あの猫は人間に戻れば、綾香先輩そっくりの美女。
……全裸?
三毛猫が、取り巻きたちが用意した服らしき白い布を受け取ろうとしている。
「ニセ。あの布だけを燃やせ!」
俺の指示で、ニセが布を一瞬で灰にしてしまう。
「卑怯者! 人間に戻れないじゃない」
猫が慌てている。公衆の面前で全裸は、女性には辛いだろう。動物の姿では、大した魔法は使えないはず。これで勇者の攻撃力は抑えられたはずだ。万一、人間に戻ったとしても、俺にはメリットしか感じられない。
「姫! ご決断を!」
「チャンスです! 今こそ勇気をお示しください」
取り巻きが、勇者に人間に戻ることを勧めている。だが、ニセが俺の傍に人間の姿で立っていて、あいつらに攻撃のチャンスはないだろう。それを、分かっていて言っているな。エロ家臣団め。
「駄目に決まっているでしょ? やめて!」
綾香先輩が、焦っている。そりゃそうだろう。自分そっくりの人間が、この公衆の面前に全裸で現れる。今しがた俺が受けた公開処刑だ。あの姿を目の当たりにして、綾香先輩が許可を出すとは思えない。残念だが。
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