異世界から来た自分の分身が邪悪過ぎるのだけれどどうしたらいい?

ねこ沢ふたよ

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1現世

従者

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 俺の機転とニセの魔法で、勇者を退けた。
 その場にいた遠藤には、人間になったニセを、予定通り遠い親戚だと適当に説明しておいた。あまり納得はしていなかったが、とりあえず、深くは追求しないでおいてくれた。遠藤はいい奴だ。まあ、そうだよな。突然、全裸で現れて、大剣を構える友人そっくりの変態。なんだあれは、となるのが普通だ。

 あれからの俺の生活は、昼は、綾香先輩とゆかいな勇者様一行に付きまとわれて、夜は、ゾンビ達に付きまとわれていた。

 昼は、ハムスターの姿のニセがいつもそばにいるから、綾香先輩達もどうすることも出来ず隙を伺って睨むだけ。夜は、人間の姿に戻ったニセが、ゾンビ君たちを退治してくれていた。俺が注意したから、初回のような辺り一面の焼け野原にならないように丁寧に一体ずつ始末してくれているのは、有難い。
 コンビニのバイトの時間。制服の胸ポケットでニセもそもそ動いている。ハムスターの姿。こうしていれば、割と可愛いのだが、こいつは魔王だ。油断すれば、すぐ人間を抹殺しようとする。

「どうして、勇者を始末してはいかんのだ。むこうは、遠慮なくこちらの命を狙っているのだぞ?」

ニセは、不満げにそう言った。

「勇者を殺すと、分身体の綾香先輩まで死ぬことになる。駄目だ。異世界のお前たちの世界のことは知らん。だが、この世界の人間を殺すな」

俺は、商品を棚に並べながら答える。深夜のコンビニ。客は少ない。夜になれば、活動を始めるゾンビ君は、強い光に弱いから、コンビニの内部には入って来ないらしい。助かる。

「面倒だ。勇者を殺せば、事態は解決だろ? 他の取り巻きは、どうせ姫のカリスマ性を目当てに集まった有象無象。さっさと逃げ出すだろ」

ニセは、引かない。ニセを討伐するために、分身体の俺を狙う勇者たち。この事態の解決のために考えた案をことごとく俺に却下されて不満なのだろう。

「駄目だ」

「お前を城に攫って監禁しても駄目、この国を破壊して綺麗にしてから考えるのも駄目、勇者を殺すのも駄目。駄目ばっかりではないか。他にどんな方法が考えられる?」

「まず、監禁、破壊、殺害。どうしてお前はそう、負の行動からしか発想できないんだ。何かを作るとか、何かを守るとか。そういう事で、事態の解決を考えてくれ」

 破壊が仕事の魔王に難しい注文を付けているとは、思う。だが、自分のために人が死ぬのは、嫌だ。この事態は、元々、魔王のニセが、勇者である姫の王国を破壊したことから始まっている。ニセが責任を取って、良い案を考えだす必要がある。

 考えがまとまらないのか、ニセがひとしきり毛づくろいをしてポケットの中でふて寝を始める。
 ハムスターの姿だと、ニセはよく眠る。ハムスターの姿の時は、ある程度、ハムスターの習性があるのかもしれない。
 入り口の自動ドアの音楽が鳴る。

「いらっしゃいませ」

顔も見ずに声を掛ける。

「ねえ、早く死んでくれない? 本当、困っているんだけれども」

目の前には、綾香先輩がいた。憧れの先輩に、開口一番死ねと言われる。これもニセのせいだ。先輩の隣には、先輩そっくりの美人が仁王立ちしている。これこそ、異世界の綾香姫。ニセが滅ぼした王国の姫君で、かたき討ちのために魔王討伐に乗り出した勇者の人間の姿なのだろう。

 バイト先の情報を綾香先輩の教えたのは、遠藤だそうだ。綾香先輩が聞けば、すんなり教えてくれたそうだ。まあ、遠藤も綾香先輩に憧れている。秒で教えるだろう。後で覚えていろよ、遠藤。文句の一つも言ってやる。

 勇者の出現に、ニセが俺の服を着て人間の姿に戻る。同じ顔をした人間が二組。双子の合コンみたいだ。事態はそんな能天気な話ではないが。ニセと勇者が、睨み合っている。互いに攻撃はしないことを約束させてはいるが、不安だ。今夜の業務がワンオペで良かった。ガラスの向こうには、田舎の不良のように駐車場にたむろする十人の臣下の姿が見える。これでは、他の客も入って来ないだろう。営業妨害だが、どうせバイト代は変わらない。

 綾香先輩の話では、姫の話を聞いて同情して協力をしているのだが、それが本当に大変らしい。姫だけならともかく、愉快な従者が十人いて、警備の名目でストーカーのように付きまとわれているのだそうだ。
 窓からのぞく、付近の公園に勝手に寝泊りをする。公園の鳩を襲って、丸焼きにして食べる。やりたい放題で、どこに行くにもついて来る。うんざりしているのだそうだ。

 公園でキャンプファイヤーを始めて、酒盛りを開始したのを見て、我慢の限界が来た綾香先輩は、とにかくサークルの伝手を使って、何とか遠藤の連絡先をゲット。
 遠藤からこのバイト先を聞きだしたのだそうだ。
 俺と直談判をして、さっさと死んでもらうために。
 ひどい。

「なら、異世界に帰ってもらったらどうだ。どうせ、何の役にも立たないゴミカスだ」

ニセが不機嫌そうに、綾香先輩の話に答える。

「お前が襲撃してくるのを警戒して警護してくれている従者たちだ」

姫が、ムッとする。配下をゴミカス呼ばわりされて、ムカつくのだろう。

「なら、なおのこといらん。俺は、お前を襲撃はしない。お前が襲ってくるから防御しているだけだ。それに、もし本気で俺が襲撃したら、魔力の高い勇者以外は、何の役にも立たないだろうが」

「なんだ。そうなの? なら、帰ってもらってよ。姫。もう本当に邪魔で限界なんだけれど」
綾香先輩が、姫に詰め寄る。

「魔王の言う事なんか、信じられないわよ」

「あ、本当です。俺が、ニセに、魔王に、勇者を殺さないように言いました」

姫の眉間に皺が寄る。魔王の分身体の言葉も同じく信用できないのだろう。

「もし、帰ってくれないならこれ以上協力は出来ないわよ。私にだって生活はあるの。姫が、お父さんとお兄さんを殺されて、その復讐と国の再興のために魔王討伐に出たのは立派よ。私も、それならば協力しようと思ったけれども。あの従者たちは、本当いらない」

よほど大変な思いをしているのだろう。綾香先輩は、必死で姫を説得する。

「今すぐ、大人しく討伐されなさい。魔王。そうすれば、全ては上手くいくのよ」

「俺の分身体を狙うなんて、姑息な方法をとるからこんな事態になる。お前らがさっさと諦めればよいのだ。何だったら、今すぐ実力の差を見せつけてやろうか?」

水掛け論だ。話し合いは、平行線だ。にらみ合いで、重たい空気が辺りを支配している。頼むから、バイト先のコンビニの破壊はやめてほしい。

「じゃあさ、いっそ姫とニセ君で結婚すれば? そうすれば、新しい王国を二人で力を合わせて作るってことで、丸く収まるでしょ?」

 綾香先輩がとんでもないことを言い出す。

 いや駄目だろう。
 俺でも分かる。魔王と勇者が結婚? 破天荒過ぎる意見だ。いま、ここで死ねだのなんだの言いあっているところだ。

「無茶いうな。俺にも選ぶ権利がある。俺には『想い人』がいる」

ニセが、眉間に皺を寄せながら言い返す。ニセに想い人……。
なんだ、こいつボッチなはずなのに。そんな相手はいたのか。リア充め。爆発しろ。いや、爆発したら、俺も死ぬのだが。

「なんだ。残念。相手がいるのか」

「え、ちょっと待って。私がフラれたみたいになっているんだけれど。私だって、魔王と結婚だなんて無理だから。父上と兄上は、こいつに殺されているのよ。忘れないで」

姫も綾香先輩に反論する。肉親の仇との結婚。無理だろう。

「とにかく、今すぐ解決しないのであれば、あの従者たちには、帰ってもらってね。姫」

綾香先輩の言葉に、姫はシュンとする。どうやら、迷惑をかけているという自覚があるらしい。

「分かったわよ。綾香の言う通りにする」

 姫が駐車場の従者たちに声を掛けに出ていく。声はここまで聞こえてこないが、姫の一言で従者たちが泣き崩れているのが見える。一人一人進み出て姫に何か挨拶をしている。

 夜中のコンビニ。国道沿いで、民家とは少し距離があるし、隣の店舗は既に閉店している。近所迷惑にはならないだろう。が、長い。どこの卒業式の来賓かと思うくらいに、それぞれの話が長い。話が長い上に、姫の成功を祈ってだろうか、万歳三唱まで始める。待て、その花束は、どうやって作った?見れば、駐車場脇にコンビニのオーナーが趣味で植えている花壇が、伐採されている。どうやって報告しよう。無茶苦茶だ。

「ちょっと感動的よね」

 綾香先輩から、信じられない言葉が発される。綾香先輩の瞳に少し涙が浮かんでいる。マジか。信じられん。この光景のどこに感動ポイントがあるのだろう。
 卒業式っぽい雰囲気が良いのだろうか? 少しも共感できずに、じっと押し黙る。

 従者たちは異世界に帰り、姫と綾香先輩も帰宅した。
帰り際に、姫にニセが来た日に起こったことを聞いてみたが、ゾンビ君たちは姫とは全くの別行動で、姫は知らないと言っていた。では、誰が人間を助けてくれたのだろう。謎は解決しないまま残ってしまった。

 今日のバイトは疲れた。ニセは、ハムスターに戻りポケットで眠っている。朝日が目に痛いくらいに刺さる。交代で出勤してきたオーナーには、花壇を十人の暴漢から守り切れなかったことを詫び、自転車を押して、帰宅した。

 帰宅して、俺は、泥のように眠った。
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