異世界から来た自分の分身が邪悪過ぎるのだけれどどうしたらいい?

ねこ沢ふたよ

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1現世

聖なる歌声

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 アイドルのコンサートまでは攻撃しないという姫の宣言により休戦状態に入った俺たちは、綾香先輩達に誘われて、カラオケに行くことになった。

 メンバーは、綾香先輩と姫、遠藤と俺とニセと夕月。かなりカオスなメンバーだ。
 どうやら、俺のバイト先を教える代わりに、遠藤とカラオケに行く約束をしたらしい。それならばと、綾香先輩は、俺を誘い、俺を誘ったことでニセもついてきて、男女の比率がおかしいからと、夕月も人間として参加することになった。

 ゾンビ君たちが襲ってくるのが嫌だから、昼間。講義やバイトの無い時間を調整した。

「綾香先輩も、姫ちゃんも可愛い」

遠藤が、鼻の下をのばしている。目の前では、今度コンサートに行くアイドルの曲を楽しく歌う綾香先輩と姫がいる。かなり聞き込んでいるのだろう、ダンスまで完璧だ。

「遠藤、てめえ、綾香先輩に俺のバイト先、勝手にばらしただろう」

 遠藤のせいで、コンビニの花壇はめちゃくちゃになった。
 人の好いオーナーは、震える声で、野島君に怪我がなくてよかった、十人も相手がいたんじゃ仕方ないよ。と言ってくれたが、オーナーは、小一時間ほど花壇の前で肩を落としてたたずんでいた。丹精込めて育てた可愛い花々が暴漢に襲われた。これは、相当辛いことだろう。

「いいじゃん。それがご縁で、こんな風に一緒にカラオケに行くような仲になれたんだし」

遠藤は、気楽だ。しかし、この双子のようにそっくりなニセと俺、綾香先輩と姫に囲まれて、何の疑問も持たずに受け入れてしまえる遠藤の鈍感力はすごい。

「しかし、野島の親戚のニセ君、夕月さんとラブラブだな。ずっと二人で隣同士に座って、他のメンバーと話そうともしない」

 遠藤が、ニセをチラリとみる。
 それは、そうだ。ニセは魔王だ。勇者である姫とも、他の者とも仲良く語り合う気なんてないのだろう。ニセが話さないなら、主に忠実な夕月も、ニセの隣でずっと控えているだろう。

「なんか、駆け落ちカップルみたいな雰囲気あるし」

 そう小声で遠藤が付け足す。
 当たらずとも遠からず。勇者である姫達から、引き離されそうになっているのだから。命を狙われる立場であるのだから、そう言えなくもない……かな?

「まあ、あそこは、放っておこう。話し掛けても不機嫌だし。聞いているだけで、歌う気もないだろうし」

俺は、そう言いながらも、以前に聞いた夕月の歌声を思い出していた。知らない曲、言語も分からなかったが、心に染みた。優しい綺麗な声だった。もう一度聞いてみたい気もする。

「ずいぶん魅入られているわね。魔……ニセは」

 姫が歌い終わって隣に座ってくる。
 今は、遠藤が、綾香先輩と一緒に歌っている。俺に合わせて、魔王と呼ばずにニセと呼んでくれるのは、遠藤がいるからだろう。異世界のことを説明するのは面倒だ。

「夕月の人間の姿って初めて見たわ。確かに英司の言っていた通り優しそうに見えるわ。でも、邪気も感じる」

勇者には、邪気が見えるのか。俺には、何も感じないが。只々、はかなげな人に見える。

「本来、ニセは、『聖なる子』と呼ばれて、高い魔力を持って、国の安寧のために聖なる魔法を詠唱する存在なの」

「あ~。夢で見た。占い師に選ばれるんだろ? 適当に決めすぎだろ。」

 夢を思い出す。
 ニセは、産まれた日で選ばれて、親の顔すら知らないで育った。あれほど性格が歪んでしまったのも、仕方ないような気もする。

「占い師は、正しいわ。だって、魔王になるほどの高い魔力の子どもを正しく見つけたのだから。でも、魔王になってしまった。悪いのは、上級神官達。この間の話では、ずいぶんニセは意地悪をされていたみたいだし。国の宝である『聖なる子』だから、傷つけられることは無かったけれども、嫉妬から姑息ないじめを受けた。そのことで、心が弱ったニセは、魔剣に魅入られてしまった」

「上級神官ってどうやって決めるの? なんで魔力の強いニセが下級で、そんな嫉妬するような奴が上級なの?」

この際だから、疑問は、姫に聞いておきたい。何か、打開策を見つけるヒントになるかもしれない。

「上級神官は、貴族だから。平民出身のニセは、上級にはならないの。面白くなかったんでしょうね。貴族の自分たちよりも力を持ったニセが。元々、国を興した初代勇者と供に旅をした賢者の末裔が、上級神官なの。でも、代を追うごとに貴族の魔力は弱くなり、『聖なる子』に頼らざるを得ないほど、上級神官の中に魔力の高い者は産まれなくなってしまった」

「じゃあ、ニセが居なくなった今、聖なる魔法を持たない国は、どうなっているの?」

「『聖なる子』の詠唱が無い上に、魔剣と魔王の邪気が国を覆う今、国境を魔物が襲い、人々は、自衛をすることに必死で普段の仕事なんて出来やしない状態。従者たちが国に戻って、兵士をまとめて警備してくれているけれども、中々苦戦しているようよ」

ふうん。なんだか大変そうだ。あの迷惑の塊でしかなかった従者たちも、国では役に立つのかと少し感心する。

「まあ、馬番と料理人と、修道院長と……。職業として兵士の人間はいないから、ものすごく大変みたいなんだけれども」

 大丈夫なのか? ずいぶんへっぽこ従者達だ。
 そんな状況を放置して、カラオケなんて行っていていいのだろうか、勇者よ。

「じゃあさ、ニセを生かしておいた方が、聖なる魔法を詠唱してもらえていいのでは?」

どう考えても、ニセを説得して味方につける方が、役に立つだろう。やはり、駄目なのだろうか。

「駄目ね。魔王になってしまったもの。邪気が邪魔して、聖なる魔法は、詠唱できないわ。私が、詠唱してもいいけれど、とても『聖なる子』には敵わない。それほど、ニセの魔力は高いの。魔王を倒して夕月を封印すれば、魔物を引き寄せている邪気は収まるから、私や残りの神官だけの詠唱でもなんとかなるかもしれないけれど」

どうしても、話はそこに戻ってしまう。やはり、打開策は見つけられないのだろうか。俺としては、長生きしたい。そのためには、ニセが討伐されるのも、魔王討伐の犠牲となって俺が命を狙われるのも勘弁してほしいのだが。

「私だって、自分の意に染まぬうちに勇者になったから、ニセの気持ちは分かるわよ。国に対する不満も。でも、駄目なの。魔王を倒して邪気を払わないと、国は守れないの」

夕月が、自分を折ることで邪気を止めれば、まだニセが生き残る道があると言っていたことを思い出す。罪に問われても、邪気を止めるという一つの目的は達成されるからだろう。そんな事をすれば、ニセは生きてはいないだろうが。たぶん、夕月を折った俺を殺して自殺する。

「そう言えば、勇者って、どうやって決めるの?」

「勇者の証っていう宝石があってね。王の子どもが五歳になった時に、その宝石に触るの。それで光を放てば、その子は勇者として選ばれるの。兄上の時は光らず、私の時で光ってしまったから、大変。既に兄が太子と決まっているし、もし私が変な男と結婚して国王になるって言い出したら、内乱が起きちゃうって考えた父上に、修道院に入れられちゃったのよ。それからは、ひたすら修道院で聖なる魔法の勉強ばかり」

 なるほど、姫に変な男が寄り付かないように、修道院に入れてしまったのか。恋も許されない状況。権力者の子どもというのも、大変なんだ。

 色々話を聞いたけれど、打開策を見つけることは出来なかった。八方ふさがりだ。まあ、状況の整理は出来たけれど。


「ねえ、夕月さんも歌ってよ」

遠藤が、夕月にマイクを渡す。夕月は、マイクを持ったまま、キョトンとしている。

「私は、一つしか歌は知りませんよ?」

「いいよ。それで。声可愛いから、歌っているのも聞きたい」

 遠藤が、デレデレしている。
 これだけベッタリ二人の世界を作っているニセと夕月に話し掛ける遠藤の鈍感力こそ最強ではないだろうか。
 戸惑う夕月に、ニセが、こくりと首を縦に振る。歌っていいという事なのだろうか。
 夕月が、アカペラで歌い出す。優しく心打つ綺麗な声。だが、あいかわらず、歌詞は訳が分からない。『いに~』『の~』『りて~』だの。意味のない言葉の羅列。

「なんで、魔剣がその歌を知っているのよ」

姫が青ざめる。姫には、この歌詞の意味が分かるのだろうか。

「夕月、もう一度最初から歌って」

 姫の言葉に、夕月が最初から歌い始める。
 『いに~』『の~』『りて~』その歌に合わせて、姫が歌い出す。『しえ~』『聖者来た~』
 『いにしえの聖者来たりて~』夕月と姫の声が合わさって、歌詞に意味がもたらされる。
 歌詞の内容は、古の聖者たちが、自身の剣を持って魔物を振り払い、平和をもたらす物語。

「勇者にもちゃんと伝わっていましたか。魔剣とされる身の私が、よもや勇者と声を合わせて歌う日が来るとは、思いもよりませんでした」

歌い終わった夕月が、楽しそうに笑う。夕月は、知っていたのだろう。この歌が、歌詞が分かれた半分の歌だということを。ニセが、目を丸くしている。古の聖者たち、異世界では、そんな有名人なのだろうか。

「その歌の続きを知っている」

ニセが、歌い出す。平和をもたらした聖者たちは、二手に分かれ、争い、片方が魔に染まってしまう。魔に染まった片方を何世代もかけて滅ぼし、ついに王国が成り立つという建国の話。

「まだ俺が魔王になる前に、神殿で覚えさせられた歌だ」

「魔剣と勇者と聖なる子、決して一緒に歌う事のない立場の三人が歌うことでのみ、完成する歌……。待って、修道院に、この歌について書かれた本があったはず。帰国した従者の一人に持って来てもらいましょうか。何か分かるかもしれない」

 姫が、オロオロしている。
 何かとんでもない歌なのだろうか?
 俺には、ただの昔話を歌っただけのように聞こえたのだが。

 再びこの世界に従者が来る可能性に、姫の隣で綾香先輩が露骨に嫌そうな顔をしている。よほど、従者には困っていたのだろう。

「本を届けさせるだけにしてね……」

うんざりした綾香先輩の心からの願いだった。
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