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流せ涙
しおりを挟む流せ涙
「これから子供達の事は僕を通して貰っていいですか?」
40を迎える手前にして、離婚した元嫁の再婚相手が俺に言い放った一言だ。
「これから子供達の事は……」
(って、は?コイツ何言ってんの?)
鼻息荒くして、わざわざ俺の家まで訪ねてきて何を言い出すかと思えば……
それでも、プリプリと怒っている再婚相手の気迫に押される形で「はぁ」「はぁ」と頷いて玄関の扉を閉めた。
一人取り残された我が家は冷たい。
ヒンヤリとした空気感の中で、徐々にだが沸々と怒りが込み上げて来た。
(なんで実の娘達に会うのに再婚相手の許可が必要なんだ?)
いったいどういう……理屈で……。
ただ、5年という月日は街の景色も、人の感情も、家族の形でさえも変えてしまう。
もしかしたら、幼い子供の記憶なら……と考えてから、いやいやと首を横に振った。
俺が離婚を経験したのは35歳の時。9歳年下の元嫁は26で娘達はまだ5歳と3歳だった。
あれから5年。俺は40を迎える歳になったし、娘達は10歳と8歳。
時が経つのは早いものだと思っていたそんな矢先の出来事だった。
赤や黄色のクレヨンで描かれた壁の落書きが懐かしくなり、目を細めてそれを眺めては氷を張ったグラスにウイスキーを注いだ。
『カラン』と音を立てて崩れる氷に、俺の職業を重ね合わせたのか、本来なら家族を持つべき人間ではなかったと改めて後悔した。
「エリス(元嫁の名前)から聞ききましたけど、お宅さん冒険者っていうじゃないですか?」
「はぁ……そうですが何か?」
「やはり、こんな男には……」
(こんな男?)引っかかりはしたが、流す。
「一応言っておきますが、僕の職業は国お抱えの役所勤めです。安定した給料は勿論の事、命が脅かされる心配も無い。朝8時に家を出て、夕方6時には家に帰る。理想的だとは思いませんか?」
「はぁ……」
「片やお宅さんは、冒険者などという完全歩合制で給料保障なんて何も無い。一部の上位ランカーだと言われている人達を抜きとすれば、低賃金の日雇い労働者と何ら変わらない。いや、命の危険性が無いだけ日雇いのがまだマシかもしれない。そんな男に僕ら家族の周りをウロウロされるのは迷惑なんですよ」
「迷惑って……」
「これから子供達の事は僕を通して貰っていいですか?」
「はぁ……」(僕ら家族か……)
ため息混じりに思い返してみても、再婚相手が言っていた事は正論で、今の俺の稼ぎなんて日雇い労働者に毛が生えたくらいのもんだ。
甲斐性がない。ロクでもない。
冒険者稼業なんてものは、一部の奴等を除けば社会的地位も、給料保険や給料保証も、ましてや自分の命を危険に晒す事が仕事なのだから、生命保険にさえ入る事が許されない下層階級。俗に言う下賤卑賤な者達の職業なのだから。
だから何だよ?何か悪いのかよ?って思ったよ。思ったけれど、それを口にする事は出来なかった。「はぁ」「はぁ」と頷いて玄関の扉を閉めた。情けない。
後になって怒りが込み上げてきたところで、景気付けにウイスキーを一気に飲み干し、八つ当たりのようにテーブルを殴り付けるだけだ。
物に当たるなんて、これまた情けない。情けないけども、沸々と湧き上がる怒りの矛先を誰に向ければ、何処に向ければ良いのだろうか?
一人暮らしの寂しいおっさんにはそんな相手いるわけないのだから。テーブルに当たる。
2度3度、木製のテーブルをぶち叩けば、ミシミシとものを言うようにテーブルは壊れた。
壊れたテーブルにも、赤のクレヨンで描かれた落書きがあって、楽しかったあの頃の思い出を自らの手で壊してしまった。
そう思うと俺の目からは、一筋の涙がこぼれていた。
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