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1 私は見えていないのか?
終わらない悪夢
しおりを挟む終わらない悪夢
1 私は見えていないのか?
厚い雲が垂れこめる空の下、陰鬱な雑踏だった。
人々が行きかう中に自分がいる。向こうから来た若い男と肩がぶつかった。
「ああ、すいません」
と私。
しかしその男は何も言わずに行ってしまった。
「失礼な奴だな!」
私は小さくつぶやいた。
次は初老の男がぶつかってきた。
「あ、すいません」
私が謝ったのにこの男も何も言わずに行ってしまった。
さらに40歳くらいの女性がぶつかってくる、やはり今度も反応がない。
さらにもう一人、今度は私に直進して来る老人を慌ててかわした。
「なんだ、これは!どういうことだ?彼らには俺が見えていないのか?」
不審に思い立ち止まって周囲の人々を見た。
しかし、べつにおかしな様子はない。
通りすがりの人に、
「あのう、すいません」
と声を掛けたが反応がない。
さらに一人に
「あのう、すいません」
これも反応なし、私は存在しないかのようだ。
「俺が見えていないのか?」
なんだか不安になって来た。
行き過ぎる人たちに次々に声を掛けてみたが誰も答えない。
いくら声を掛けても誰からも反応が無い。
「俺の声は聞こえていないのか?俺の姿は誰にも見えていないのか?
ひょっとして俺は幽霊なのか?存在していないのか?」
奇妙な疑いが湧き、ジワリと焦りが高ぶる。
「すいません!すいません!すいません!」
私は大きな声で周りの人々に叫んだ。
すると雑踏の中で私の方に視線を向ける若い女性がいるので駆け寄って、
「聞こえますか?私の声が聞こえますか?」
とすがったが、その女性は変なタイミングで顔をそむけると足早に行ってしまった。
たまたまこちらに彼女の視線が向いただけだったのだろう。私の勘違いだ。
「なんなんだ、一体なんだこれは!俺はどうしてこんなに無視されるんだ?俺は見えていないのか?それとも俺は幽霊なのか?生きていないのか?」
言いしれぬ不安と共になぜか腹が立ってきた。
思い切って、
「俺の言うことは誰も聞かない、誰も相手にしない、声も言葉も通じない。
あんたたちにとって俺は存在しないかもしれない。でも俺はちゃんとここにいるんだ!」
と大きな声で叫んでみたが人々からの反応は得られない。
さらなる不安と焦り、そして怒りに駆られて私は続けた。
「あんたたちにとって俺は存在しないのか?でも俺はここにちゃんといるんだ。誰か、何か言ってくれ!俺は幽霊じゃないだろ?」
大きな声で叫び続けた。
だが、通りを行く人々からの反応はない。彼らを睨みつけてみたが何も変わらない。
なんとか注意を惹こうと大きな手振りで私は叫び続けた。
「頼む。こっちを見てくれ、俺はここにいる。俺の声を聞いてくれ!」
しばらくすると人々の中にこちらを見て笑みを浮かべる若い男がいる。
それを見て私はほっとした。私に気付く人がいたのだ。
だがよく見ると、その男の笑みには明らかな侮蔑の色が浮かんでいる。
それを見て私の心には無性に激しい怒りが湧きあがった。
いたたまれない衝動と憎しみで、男を殴ろうと思った。
しかし雑踏の中の男に近寄ろうにも間には多くの通行者がいる。
思わず、
「ええい、邪魔だ、どけ、お前らは消えろ!」
と叫んだ瞬間、なぜか私は失神してしまった。
ふと気付くと私は同じ場所に立っていた。
しかし前とは街の様子が違う。
曇っていた空は青く晴れ渡り太陽は気持ちよく輝いている。何もかもが穏やかに落ち着いて感じられた。
街には人影が少ない。たまに一人、二人と行き過ぎるだけだ。
「あれは夢だったのか?」
なんとも解せない。
私は通りを行く女性に声を掛けてみようと思った。今度はまともに返事をしてくれそうだ。
「あのう、すいません」
しかしやはり反応がない。
何人も声を掛けてみたが返事は無い。前と同じだ。
しかしそれでも前とは違うことがある、私の気持ちだ。
人々からの反応が無くてもなぜかまるで腹が立たないのだ。
「相手にされなくてもいいではないか。俺はここに存在している。これは間違いない事実だ。俺はこの刹那に、この瞬間に自分の存在を感じている。そのことに充足すればいいじゃないか。自分以外にそれを認めさせるなんて意味も必要も無いではないか!」
私はそう気付いてほっとした。
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