終わらない悪夢

ひでとし

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2 巨人

終わらない悪夢

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 2 巨人

 安らかな気持ちになれたそのとき、向こうから女が歩いてくるのが見えた。
やたらと背が高い、2mはあるだろう。
私のすぐ横を通ったが、女は真っ直ぐに前だけを見て私には一瞥も無かった。

「デカい女だなあ」

と女を見送って、その女がやって来た方を見ると、向こうからはもっと大きな女がやって来る。近くまで来ると身長3mはある。

これは姿こそ女性だがこんな大きな人間などいるわけがない。
人間以外の何かだ、気味が悪い。
その巨大女も私には目もくれず静かに歩き去った。私の背筋には冷たいものが走った。

ようやく自分の気持ちが落ち着いたばかりなのに、目に前に信じられないものが現れたのだ。

「この化け物は何なのだ?」

言いしれぬ不安が沸き起こる。
嫌な気持ちで巨大女の来た方を眺めていると、次には身長4mの男がやって来る、恐ろしい。

「これが現実のはずがない、こんなの奴らがいるわけがない。俺はおかしな世界に入ってしまったんだ。そうだ、これはきっと夢なんだ。悪夢を見ているんだ」

焦る私の横をその4mの男も静かに通り過ぎていった。

 次は6mの男、その次には10mの女と、どんどん大きなのがやって来る。
私の恐怖はさらに増した。
巨人たちは静かに通り過ぎるだけで、私に関心を示さず襲っても来ない。だがうっかり踏まれでもしたら大変だ。私は車に轢かれた蛙のようにペチャンコだろう。

「逃げなければ!」

屋内に退避しようとしたが、街のどの建物も入口がピッチリと閉まって入れない。なぜか建物と建物の間には隙間さえ無いのだ。
私が焦って逃げ場を探していると向こうからはますます大きなのがやって来る。

奴らは来るたびに大きくなる。さっき通った女など20mはあった。
建物よりデカい、まさにモンスターだ。
私は建物の壁にピッタリと身を寄せた。これしか巨人を避ける方法が思いつかない。

 またやって来た、今度は男だ、30mはあるだろう。奴が歩くだけで地響きがする。

「どうか俺に気付かずに行ってくれ」

そう願ったのだが、巨人は私の前まで来るとピタリと立ち止まって私を見下ろしている。恐ろしいことにしゃがみこんで私を見詰めた。

私は恐怖にかられて体が引きつった。

「もうだめだ、殺される!」

巨人の男は口を開いた。

「お前は先ほど何か言ってくれと叫んでいたな、愚かなことだ。
ほら、こうやって口をきいてやる、これでいいか」

「こいつは何を言っているんだ?」

そう思って巨人の顔を見上げた私はハッとした。
この顔には見覚えがある。そうだ、さっき雑踏の中で私を侮蔑した顔で見ていた若い男だ!私が殴りかかろうとしたあの男だ。

「こいつは一体なんなのだ?この顔はたしかにさっきの男だが、なんでこんなに巨大になんだ?」

恐怖よりも不思議に捉われて私は思わず巨人に話し掛けた。

「誰だってあの状況になれば怒って俺のように叫ぶはずだ。
それがなぜ愚かなんだ!俺は本当に怖かったんだ。
誰だってあの状況ならそう思うだろう。
それにお前は一体なんなのだ、なんでそんなにデカいんだ?」
「私はお前だ、お前は私だ、そしてそれぞれの別の存在だ」

と、静かに巨人は言った。

「何だと、お前が俺だと、そんなわけがない、からかうのはよせ」

「お前にはまだ分かるまいがな」

巨人はボソリとそう言うと目を閉じた。何か考えているようだ。

巨人は目を開けると、

「こうしてやろう」

と、言うが早いか私を指先でつまんで立ち上がった。

私はあっと言う間に巨人の顔の高さまで持ち上げられた。
ビルの10階以上の高さだ、地面が急に遠くなるのが見えた。
それと両脇腹が痛い、荒っぽく巨人の指に摘まれ肋骨が何本か折れたようだ。

「何をする!殺したいなら殺せ、だが殺すなら理由を教えろ。
お前にこんなことをされる覚えはない。
こんなのはあまりに理不尽だ、お前は一体何者なんだ?
化け物の巨人め!俺を食いたければ食いやがれ」

痛みと恐怖に焦った私はパニックになりまくし立てた。

「私はお前だ、お前は私だ。
そしてそれぞれの別の存在だ。
だから二人の形になっている。それを教えてやるのだ」

巨人はまたも静かに言った。

「だからなんだ、それは?一体何を言っているんだ。
言っていることの意味が分からないぞ。お前は頭がおかしいのか?」

「こうするのだ」

巨人は私をつまんだ指を離した。私は落下した。

「あ、死ぬ!」

ところが自分が落ちていくその速度が異常に遅い、急に時間の進み方が遅くなったかのようだ。

「こんな化け物に殺されたくない。こんな悪夢の中で俺は死にたくない」

私は目の前のビルのガラス窓に映る自分の姿を見ながら思った。

ところが光景が急に変わった、視点が変わったのだ。
私の視点は巨人のものになっている。
私は巨人の目から自分が落ちていく姿を見ているのだ。

私の体はゆっくり、ゆっくりと落ちていく。
あたかも動画の再生スピードを10倍にしたかのようだ。
それでよく見れば落ちていくのは私ではない、あの若い男だ。
さっきまで巨人だったあの男だ。
あの男が人間サイズになって、ゆっくり、ゆっくり落ちていく。

そして私は巨人になっている。

「なんなのだこれは?」

巨人の私は落ちていく男を右の手の平で受けた。
そして目の前まで持ち上げて問いかけた。

「これはどういうことだ、なんで俺が巨人になった?
どうしてお前が私とすり替わった、答えろ」

男は言った。

「だから、私はお前だ、お前は私だ。そしてそれぞれ別の存在だ、と教えてやっただろう、分からないのか?」

「なんだと、俺は俺だ。お前ではない。勝手にすり替えるな!
なんで俺をこんな化け物にした?
俺をこんな姿にしやがってどうしてくれるんだ!
俺を元に戻さなければお前をひねりつぶしてやるぞ」

奇妙なことばかり言うこの男には無性に腹が立った。
さっきから理不尽で理解不能なことばかり言われて気が狂いそうだ。

男は私の手の平にすっくと立つと巨人の私を見上げて言った。

「よく考えろ。冷静になれ。正しく理解しないと元には戻れないぞ」

「なにを偉そうに!今の俺は巨人だぞ!お前の体などすぐに潰せる。
ちゃんと答えないと殺すぞ」

「いくら言ってもお前には分からないようだな。
そんなことをしても痛い目に遭うのはお前だぞ。冷静になれ!」

「知るか!俺はこの異常な世界から今すぐ出たいんだ。
悪夢から目覚めたいんだ!
お前と話していると頭がおかしくなる。
おかしななことばかりゴチャゴチャ言いやがって、ええい、お前なんぞこうしてやる」

私は男を乗せた手のひらを裏返した。
男は真っ逆さまに落ちていく。今度は普通の速さだ。

「後悔するぞー」

男は落ちながら叫んだ。

 その声を聞いた瞬間、私の目の前は真っ暗になった。

全身を激痛が貫いた。痛くて体が動かせない。
なぜか私は地面に横たわっている。
落ちたのだ。私は落ちる男と再び入れ替わってしまったのだ。
私は自分で自分を落としてしまったことになる。

私の顔先にあの男の黒い革靴が見える。
男が言った。

「死んだのか?」

私は男の方を向きたいが首が動かない。
体中が骨折している、頸も折れたのだろう、あまりの激痛にただ小さくに呻いた。

「まだ命はあるようだな、こうなるから冷静になれと言ったんだ」

私は声が出せず、

「なんで俺をこんな目に合わせる、俺がなにをしたんだ!」

と心の中で叫んだ。

男は、

「だから後悔すると言ったではないか。私はお前だ、お前は私だ。
と教えてやったではないか」

と言った。男には私の心が読めるようだ。

「お前が俺ならばなんでこんな目に遭わせる?
おかしいじゃないか!」

私はまた心の中で言った。

「まだ分からないのか!お前は第一段階を超えることが出来た。
だから第二段階に上がったのだ。だがこうして失敗した。
第二段階を超えればもっと成長できたはずなのに、お前は冷静さを保てなかった。お前には無理だったのだ」


「なんだ、その第一段階、第二段階というのは?」

「人間の愚かしさを克服する試練だ。その試練は無数にある。
試練は超えるほど精神が成長する。
成長を続ければやがて人間はただの生命体なのを超越できる。
だがお前には第一段階しか無理だったようだな」

「なんで俺にそんなことをさせる?それになぜこの俺が対象なのだ?」

「たまたまお前が選ばれただけだ。
人間という存在を成長させるためにな。
人間にはその試練の時が来たのだ、だがまだ早かったらしい。
いや、人間自体の存在こそ失敗なのかもしれないが」

「失敗した俺は死ぬのか?」

「それは大きな問題ではない」

男は静かに言った。

「大きな問題ではないだと!ふざけるな!なんで俺は殺されなきゃならない!
エラそうなお前は一体誰なんだ?宇宙人なのか?それとも神だとでも言うのか?」

「私はお前だ、お前は私だ。
どちらも一つの意識の別の表れに過ぎない。
存在としての形は別だが一つのものなのだ。そこに区別は無い。
宇宙の意思は一つなのだ、個は全体の仮の形に過ぎない。
個を超えて成長し、宇宙の真の姿を知るのが宇宙に存在する者の使命だ。
それを達成することこそ生命の目的であり、達成すれば生命を超えた優れたものとなれるのだ」

「いい加減にしてくれ、訳が分からない。そんなこと俺が知るか!
俺をなんでこんなに痛めつける。酷すぎる、理不尽すぎるじゃないか!」

私は悲しくなった。
奇妙なこの世界で、この得体の知れないものにオモチャにされて自分は死ぬのだ。

死ぬ寸前なのに自分が殺される理由すら分からず、こいつの理解不能な言葉で弄ばれている。こんな死に方をするなんて俺はなんと惨めなのだ。
だが、激烈な苦痛が私を苦しめ続ける。もう回復など不可能だ。痛みから逃れるにはもう死ぬしかない。

「もういい、終わりにしろ!」

私は思った。

「終わりにしたいか」

男が言った。
意識が遠のいていく、どうやら私は死ぬらしい・・・。
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