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4 落下
終わらない悪夢
しおりを挟む4 落下
「さあ、これからどうなるんだ、あいつはなにを企んでいる?」
私が独り言を言うと駅が落下し始めた、いよいよこの駅も崩壊が始まったのだ。
私は建物に押しつぶされて死ぬのだろう。
しかし駅の建物は崩れずにそのままの形を保って落ちて行く。
少し経つと自由落下の法則で駅の中は無重力状態になった。
私の体はフワフワ浮かんでしまい自由が利かない。
立っていることが出来ず、体を安定させようと石の柱にしがみついた。
落下する私はもうじき叩きつけられ駅の建物と共にペチャンコになるだろう。いよいよ死ぬのだ、怖くてならない。
ところがいつまで経ってもその瞬間はやって来ない。
駅は落ち続け、私は無重力で空中に浮かんだままだ。
「この駅が地表面に叩きつけられないのは無限の何もない空間の中にあるからなのか?もしそれならこのまま永久に落ち続けていくことになる。
だが地表面があるなら俺は叩きつけられて死ぬだろう」
私は無重力の不安の中でいつ死の瞬間が訪れるかもしれない恐怖にさらされて続けている。恐怖に発狂しそうだ。
こんな目に遭わせるなんてあまりに酷い、あいつはあまりに卑劣だ。
私は叫んだ。
「おい、殺すなら早くしろ!こんなに苦しめてなにが楽しい!
俺に何かさせたいならこんな方法はやめろ。
俺は殺されても絶対にお前の言う通りにはならないぞ!」
だが、相変わらず返事は無い。
無重力状態の中で私はフワフワ浮かび続けた。
私はつかまっていた柱から手を離し宇宙遊泳のように空中をゆっくり移動してベンチに辿り着いた。ベンチは床にしっかりと固定してあるので動かない。
無重力の中では内臓が今まで経験したことのない感じだった。
各臓器がそれぞれ勝手に動くように感じてムカムカと吐き気がする、なんとも不快だ。
この状況ではあまり体を動かさない方がよいだろう、吐き気が酷くなる。
ベンチにしがみ付いて窓の外を見たが、そこにはただ青い空が広がるだけだ。他には何も見えない。
私は思った。
「落ちるのは巨人に摘ままれて放り出されたときと同じだ。
あいつはまたも俺を落としやがったな。あいつは俺を落とすのが好きなのか?
だが今度は落ちている実感が無い。
建物ごと落ちているらしいが、俺には無重力の中で浮いている感覚しかない。
こんな状態で碌に動くことも出来ずに、ひたすら死の瞬間を待つだけなのか?
この体はいずれ叩きつけられて木端微塵に飛び散るのか!ああ、なんて惨めなんだ。
いや、あいつはそれだけでは終わりにはしないだろう。
俺を殺して、またもや目覚めさせるかもしれない。
いや、それよりこの状態の中に何かが仕掛けてあって、あいつはそれを俺に気付かせたいのかもしれない。無重力で体は自由にならないが頭の働きだけはまだ大丈夫だ。
だから考えろ、考えろ、俺は考えるしかないんだ!」
ベンチでしばらくじっとしていると吐き気が治まり気分もマシになった。
「この駅は落ち続けている。窓の外には青い空が広がるだけで他には何も見えない。普通なら外の景色が動く様子でこちらの落下速度が分かるが、青空しか見えないから落ちる速さも測りようがない。
だがそれよりもこの駅は本当に落ちているのか?
前に巨人に落されたときは時間の流れが急に遅くなった。
自分が落ちていく姿がゆっくりゆっくりと見えてそれが分かった。
だが、もしこの駅に同じことが起きていてもそれを確認する術はない。
外は青い空だけで景色が見えないから駅が落ちる速度を測ることができない。
もしも巨人に落とされたように、時間が極端に遅くなっているのならこの駅がいつまで経っても地面にぶつからないのも納得できる。
いや待てよ、ここは虚構の世界だ。
虚構に現実の法則を当てはめたところで意味はない、そもそも時間の流れが遅くなるなん現実世界では起こらない。
だが、それなら何をどう考えればいいのだ?
この現実を超えた異常空間を理解するにはどうすればいい?
とにかくもっと考えろ、よく考えるんだ」
私は落ち着こうとベンチの手すりをきつく握りしめ、外の青空をじっと見つめた、それはどこまでも広がる虚だ。
「アインシュタインの相対性理論では光速で移動する乗り物の中は時間の進む速度が外よりも遅くなる。
だがそれはこの駅には当てはまらないだろう、この駅が光速で落ちているのならば周囲の景色は真っ暗になって何も見えないはずだ。
ここからは景色は見えないものの、青い空だけは見えているから光速でこの駅が落ちているわけではないと判断できる。
前に巨人に落されたときには時間の流れが遅くなったと感じたが、あれは
自分が落ちる姿の速度がゆっくりに見えたから俺はそう感じたのだ。
だがこの駅の場合には落ちる速度が速いのか、ゆっくりなのかも分からない。
動きの速さを見る比較対象がないのだ。
それと、落下しているなら地面にいつまでも激突しないのはおかしい。
これをどう考えたらいいんだ?」
私は駅が地面に衝突しない理由を3つ考えついた。
1この駅は何も存在しない無限空間の中を落ち続けている。
それなら地面が無いからいつまで経っても衝突は起きない。
2有限の空間の中をこの駅はきわめて遅い速度で落ちている。
だから、なかなか衝突が起きないが、有限空間だからいつかは地面に衝突する。
そもそも落ちるということは引力に引き寄せられることだから、落ちる方向には巨大な質量(地球または星など)が存在するはずだ。
3駅は落ちてはおらず、この駅の中に無重力状態が作り出されているだけである。これなら衝突は起きない。
「真実はこの3つのうちのどれかだろう。科学の法則で考えればそうなるはずだ。
現実世界の科学法則をこの虚構に当て嵌めても意味がないかもしれないが、今の俺には考えることしか出来ないのだ・・・
ああ。どうすればいい?」
私は改めて周囲を見回した。
「そもそもこの空間はどうやって作り出されているのだ?
この街の異常は人類の持つ科学技術では説明が付かない。
奇妙な出来事を次々に起こせるのは人類が想像も出来ないほど進んだ科学技術の裏付けがあってのことだろう。
そんな科学技術が使えるのなら、あいつは宇宙人なのか?それとも異次元の存在なのか?
それともこれはただの幻覚、あるいは俺の脳が見ている妄想にすぎないなのか?
この世界は完全なる虚構で俺はただ幻影を見せられているだけ、という解釈もできる。俺はベッドに横たわり脳にたくさんの電極を取り付けられ刺激を与えられているのが本当の姿なのかもしれない、それならこれは全て幻影、悪夢ということになる。
だが、夢の中なら怪我をしても痛くないというが、さっきの激痛は本物だった。
だからこれは夢とは違うのではないか?
いや、脳に取り付けた電極を刺激すれば激痛を与えることも可能だからこの世界が幻影、悪夢ということもあり得る。だが、何にしてもあの激痛にはもう耐えられない。あんな思いはもう二度としたくない」
私は窓の外の青空を見つめた。
「しかし、どの場合であっても言えるのは、俺はあいつに逆らうことは出来ないということだ。
腹が立つがこれがどうしようもない事実だ。
奴との力の差は絶対的だ。
俺はあいつの実験動物に過ぎず、ここから逃げ出すことも逆らうこともできないひ弱な存在だ。
だからここはあいつに従順になった方が得策だろう。
だがそれはどうにも腹が立つ。
たとえ奴が神だろうと俺をこんな目に遭わせるのは酷すぎるではないか。
納得ができない。
奴には必ず仕返しをしてやりたい、俺の苦しみを倍にしてお返しにしてやりたい。
でも、俺がこう思っていることもあいつには分かっているんだろうなあ。
あいつは俺を落とした後で心を読んできたから、今の俺の気持ちもきっと筒抜けなんだろう。ああ腹が立つ、ああ忌々しい。
だが俺が楽になるにはやっぱりあいつの言うことを聞くしかないのか・・・」
私の思考はどうにもまとまらない。気持ちが疲れ切っていて頭脳が全力では動かない。希望の持ちようのないこの状態にはグッタリだ。
「俺はどうしようもないのか?ただあいつの次の動きを待つしかないのか?」
私がそう思ったとき、重力が戻って来た。
自分の体が重く感じてきて、尻にはベンチに座っている感覚がしている。
「これは駅の落下速度が遅くなってきたからなのか?
落下がゆっくりと止まってくれれば激突はしないだろう。
だが次には何が起きることやら・・・」
やがて重力はすっかり元に戻り、駅はゆっくりと落下を止めた。
衝突は避けられたのだ、衝撃もなく、何事もなかったかのようだ。
私は叩きつけられて体が木端微塵になるのは避けられたのだ。
取り敢えずは助かったわけだ、ホッとした。
この駅が衝突しなかったのはなんとも不思議なことだが、理由は調べようもない。
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