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終わらない悪夢
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私は目を醒ました。あの悪夢の中に帰ったのだ。
元の通りに私は列車の座席に座っているが、頬には涙が流れている。
「今の夢は俺の脳が勝手に見たものなのか?
それともあいつが謀ったものなのか?もしも、あいつのせいなら許せない・・・」
だが、許せない、と言ったところで私に何が出来るのだ。
あの男を罰するなんて雲を掴むよりも難しい、私には何も出来るわけがない・・・。
そう思うとまたガックリと疲れ果ててしまった。
私は力を落として俯いた。列車は相変わらず走り続けている。
突然、あの男がアナウンスした。
「もうじき着くぞ」
私は顔を上げた。
外を見れば列車が駅に入っていくのが分かる。
列車は静かにホームに滑り込んで停車した。
扉が開いたので私は列車を降り、フラフラと改札口に向かって歩いていった。
よく見ればここは元の駅だ。私が列車に乗り込んだ、あの落下した駅の建物だ。
改札口を抜けて駅の出口をくぐれば、そこには前と同じ街が広がっている。
崩れ去ってしまったはずの街が目の前に広がっていた。
私は何も考えることも出来ず、前に居た場所へ戻ろうと歩いた。
前と同じく街は無人でなんの物音もしない。
ガランとした街の石畳に私の靴音だけが響く。
しばらくして私は元の場所に辿り着いた。
「ああここだ、この場所で俺は目が覚めて駅の方へ歩いて行ったんだった」
ここで私はあの男に呼びかけた
「おい、もうホントにやめてくれ、俺は疲れ果ててしまった。
こんなことが続いたら俺は発狂するか死んでしまう」
すると、
「キーン」
と、どこかから鋭い音が鳴り響いた、耳が痛い。
その不快さに耐えきれず、私は耳を押さえてしゃがみ込んだ。
ようやく、その鋭い音が止んで耳の痛みが治まると私は目を開けた。
見ればあの男が目の前に立っている。
「弱いな、お前は。
試練はここで終わりにしてやる。
もうこれ以上は耐えられないだろう。
お前ら人間には試練を与えてみても無駄だった。
人間は宇宙の構成要素として不適格だったのだ」
相変わらずの男の無礼には腹が立ったが、もう言い返す気力もない。
「好きにしろ」
それだけ言うのが精いっぱいだった。
すると、私はおかしな感覚にとりつかれた。
その場に自分の体が立っているのは自覚できるのだが、私の眼には今までのことが早戻しの映像で見えている。
映像の私は後ろ向きに歩いて駅に戻り、電車に戻り、電車は逆向きに虚空を飛んで虹を超え、前の駅へと戻り、次には駅の建物が浮かび上がり上昇する。
私は無重力に浮かび、崩れ去った駅の周りの建物がどんどん元の形になり建ち並んでいく・・・・・。
まるで見終わった映画を早戻ししているかのようだ。
やがて早戻しの映像は最初の曇天の雑踏になり、最後には真っ暗になった。
私はそこで眼を閉じた。
そして、怖かったが、再び目を開けるとそこは自宅の居間だった。
私は自宅の居間のソファーに腰かけている。
向かいの椅子にはあの男が座っている、今度はスーツ姿だ。
男は静かに語りかけてきた。
「これでお前は日常の世界に戻った。だがよく覚えておけ。
お前が日常と思っているこの世界も今までと同じ虚構にすぎないのだ。
お前がこれを現実と思うならそれもいいが、これもお前自身が作り出した幻想になのだ。
お前ら人間が言う、現実、とはこうした虚構の別の呼び名なのだ。
試練を受けたお前は存在の真実とはなんなのか知っておくべきだろう」
「もうやめてくれ!そんなことなど、どうでもいい。
俺は安らぎたいんだ。存在の真実なんて知ったところでなんになる。
これ以上の恐怖に苛まれるのは耐えられない。
俺は安らぎたいだけなんだ。心が安らかでないと人間は死んでしまう。
今までの試練とやらは俺には、人間には過酷すぎる、もうやめてくれ」
男は私の言葉を無表情で聞いている。
私は言葉を重ねた。
「お前は、だから人間はダメなんだ、と言うんだろ。
なんて弱いんだ、とな。
だが人間とはそういうものなんだ。
その弱さの中を生きて行くしかない。
その中で喜びも悲しみも味わって人生を過ごしていくのだ。
人間とはそれ以上でもそれ以下でもないんだ。
とにかく俺にはもう今後一切関わらないでくれ。
お前と関わると俺は死んでしまう」
私がそう訴えると男は軽蔑の笑みを見せて姿が消えた。
あれから私は穏やかな日常を過ごしている。
これが虚構だろうと幻覚だろうと構わない。
安らかな日々さえあればそれでいいのだ。
時々フッと妙に不安な気持ちが湧き上がることもある。
でも、そんなことはもういい・・・。
そして、さらに時が経って私には分かったことがある。
あの男はこの宇宙の造物主のシモベ、あるいは造物主自身、神自身なのかもしれない。
だが、やつが神であってもそれは西洋の神だ、一神教の神だ。
聖書に出て来る、とことん意地悪で人間が抗うことを決して許さず、次々に無理難題を押し付けて来る陰険な神だ。あるいはそれに類する存在なのだ。
やつの私への接し方は、生体実験をするモルモットに人間が取る態度と同じものだ。
やつは私が自分の思う通りに変わるのを望み、思うようにならなければ価値が無いと放り出すのだ。
そこには人間への愛は無い。命という存在に対する優しさや憐れみは無い。
そんなやつなど、いくら神であろうとも敬う気持ちなど一切起きない。
あんな男など「やつ」としか呼ぶ気になれない。
あの酷い仕打ちを私は忘れることは出来ないし、やつに復讐することはできないかと考えたりもするのだ。
だが、やつの不可解な力には勝ちようがない。
だから勝つと言っても残念だが現実には何もできない。
私の頭の中の考え方、理解の仕方で勝ったと思うしかないのだ。
やつが支配するこの宇宙という実験場に欠けている、「優しさ、憐れみ、愛」を大切にして、
人間にはそれが何よりも重要なものであり、それを持たないやつのことを否定してやるのだ。
「愛の無い、「やつ」に神としての価値はないのだ」
こう考えれば、私はやつに勝ったことになる。
その考え方で、やつが進めようとする宇宙の進化とやらも否定してやるのだ。
私がやつを蔑み、否定するにはそれしかない、私にはそれしか出来ないのだ。
そう考え付いたときに私は少しだけ気分爽快になった。
だが、さらに時が経ち、もう一つ気付いたのだ。
やつが私をさんざんにいたぶったのは、この考え方に私を至らせるためではなかったのか?と。
それならやつは、私を慈愛に導いた、偉大な神だったということになりかねない。
「まさか?」
とは思うのだが、どうなのだろう?
もしそうならこれほど不愉快なことはない。
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