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終わりの始まり その3
しおりを挟む透見の言葉に剛毅もすぐさま反応し、その少年の方へと行く。その間にも小鬼達はわたしに向かって来ようと、透見の張った障壁をなんとか越えようとしている。
「…くっ。このままでは保たない……」
苦しそうに透見が言う。小鬼一体一体では破れない透見の障壁も、数の力で軋み、今にも砕け散ってしまいそうだ。
戒夜と園比、それに棗ちゃんも懸命に小鬼を倒しているけど、なにせ数が多い。どこにこんなに隠れていたのか、不思議なくらいだ。
そして剛毅は小鬼達を掻き分け、例の少年の腕を掴んだ。
「お前、空鬼の仲間なのか?」
そう剛毅が詰問する。けれど、少年はそれに答えない。
そうこうしている内にも、今にも小鬼は壁を壊してしまいそうだ。
たぶん、言うなら今だ。
そう思ったら更に胸がドキドキして頭がクラクラしてきた。
落ち着かなきゃ。
深呼吸。吸って吐いて吸って吐いて吸って……。
ああ、また間違った。吐いて吸って吐いて吸って……。
「大丈夫ですか、姫君」
自分も魔術を保つのに懸命で苦しいだろうに、わたしの事を気にかけてくれる透見。やっぱり優しい。
「わたしは大丈夫。落ち着こうと思って深呼吸してただけだから」
笑ってそう言うと、透見も笑顔を見せてくれる。
「以前も思ったのですが、姫君は少し変わった深呼吸をされますよね」
小鬼達はどんどん迫って来ててそんな話してる場合じゃないだろうに、透見はそんな事を言う。たぶんわたしが不安にならないように気を使ってくれてるんだろう。
だからわたしも、自分を落ち着かせる為にも普通を装って返事をする。
「深呼吸ってね、吸うより吐く方が大事なんだよ。知ってた? だからそれを意識する為に、先に吐いてから吸うの」
とか言いながら、しょっちゅう忘れて先に吸っちゃうんだけど。
「吐く方が、ですか? 新鮮な空気を吸うのではなく?」
「あー、うん。理由にもよるだろうけどね。今みたいに落ち着きたい時は吐くのが大切なの。息をね、吸う時には交感神経、吐く時には副交感神経が働くんだって。気持ちを落ち着かせるのは副交感神経だから」
って、テレビの受け売りなんだけど。でも効果はあると思う。
わたしの言葉に透見は感心したような顔をした。
と、その時ピシリと音がした。透見の張った障壁にヒビが入ったんだ。もう時間がない。
「透見」
彼の名を呼び、もう一度わたしは息を吐いた。そして透見の耳に唇を寄せる。
「みおこ、だよ」
囁くように、名を告げる。透見は一瞬、驚いたように目を見開き、それから小さく呟いた。
「みおこ…さん」
その途端だった。障壁を取り囲んでいた小鬼達が次々と光を放った。そしてそれから粒子となってサラサラと風にさらわれていく。
その光景にわたしは目を奪われ、息を呑んでいた。
すごい。これが〈唯一の人〉の力?
驚いたのはわたしだけじゃなかったみたいで、透見本人も呆然とその様子を見ていた。他のみんなも、何が起こったんだろうと言わんばかりにキョロキョロしている。
その内の一人、剛毅に目が行き、その手に掴んでいる少年が目に入った。小鬼の姿はもう全て消えてしまっているのに、その少年はまだそこにいる。
やっぱりあの子は小鬼とは違うの?
そう思ったのが通じたようにその少年が振り向いた。そしてわたしに笑顔を、悲しそうな笑顔を向けた。
その顔になんだか見覚えがあるような気がして、無意識に傍にいた透見の服を握りしめた。
それが合図だったように少年の身体が淡く光り始めた。
「え……?」
小鬼と同じように少年は光り、やがてキラキラと粒子になって風にさらわれていく。
何か知っていそうだった少年は、やっぱり空鬼の仲間だったんだろう。遅れて消えたのはたぶん、小鬼よりも少し力が強かったからだろう。
そしてあれだけ辺りを埋めるようにいた小鬼はもう一人もいなくて、いるのはわたし達六人だけになった。
「姫様、大丈夫だった?」
「今のは〈唯一の人〉の力ですか?」
「すげーじゃん。やっぱ透見が〈唯一の人〉だったんだな」
「おめでとうございます、姫様」
パタパタとみんなが駆け寄って来る。放心していた透見もはっと気がついたように張っていた障壁を解き、みんなを迎え入れた。
「さすが〈唯一の人〉の力は凄いよな」
剛毅が笑顔で透見の背をバンと叩く。それに少しむせながら、まだ自分で信じられないという顔をした透見が呟いた。
「彼女の名を口にした途端、力が溢れ出てきました。そして何をしたという訳でもないのに、小鬼が消えた……」
「だからそれが〈唯一の人〉の力なんでしょ? あーあ。結局透見なのかぁ。……けどまあ、こうなったら認めるしかないよね。おめでとう、透見」
意外にもすんなりと園比の祝福が得られ、ちょっと拍子抜けする。けどまあ園比は軽い気持ちであれこれ言ってたみたいだから、それもありえるのかな。
「あとはいよいよ、ボスである空鬼を倒すだけですね。ともあれ、〈唯一の人〉が見つかり安心しました。おめでとうございます」
戒夜が普段見せない優しい笑みを浮かべ、わたし達を祝福してくれる。
「今夜は腕によりをかけてご馳走を作りますね」
棗ちゃんが嬉しそうにそう言った。その直後だった。空から影と共に声が落ちてきた。
「決めたんだね。おめでとう」
聞き覚えのあるその声に、空を仰ぎ見る。そこに浮かんでわたしを見下ろしていたのは……。
なんで?!
心臓を鷲掴みにされたような苦しみに息が止まった。空の上、鮮やかな赤い髪を揺らして宙に浮いている彼。
なんで……。
涙があふれ出る。叫びたいのに、声が出ない。どうしてという思いと共に思い出す。記憶があふれ出る。
美しい赤い髪。スラリと伸びた手足。透見達とそう変わらない歳のその青年はほんの少し悲しそうな笑みを浮かべ、わたしを見ている。
ああ、なんで……。
涙が止めどなくあふれ、彼の姿が滲む。
そこに浮かんでいたのは、わたしの大好きな、あの人だった。
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