独身彼氏なし作る気もなしのアラフォーおばさんの見る痛い乙女ゲーの夢のお話

みにゃるき しうにゃ

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恋をした人 その1

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 初めて乙女ゲーに手を出したのは、何もかもがどうでもよくて、なんで生きてるんだろう、なんで死なないんだろうって思ってる時期だった。まあ、いわゆる鬱状態ってヤツだろうか。

 世の中にわたしの味方なんていなくて、わたしも誰かを信用する事なんてなくて、自分の殻に引き籠もり、ただひたすら、機械のように働いて日々を過ごしていた。

 そんな状態でも人間、癒しやストレス発散を求めるようで、マンガや小説を読んだりゲームをしたりしていた。元々おたく系の人間だったのでそちら方面でストレス発散するのが当たり前になっていた。

 それでもそれまでは乙女ゲーをした事がなかった。

 まだ気持ちが元気で友人とも毎週のように遊んでいた頃、流行っていたギャルゲーを見て『寂しいオトコがするゲーム』と思い込んでいた自分がいた。だから乙女ゲーも、無意識に『寂しいオンナがするゲーム』と思い込んでいた。もちろん今は女の子が少女マンガを読むのと同じ。というか、少女マンガをゲーム画面で読んでいる感覚なんだけど。

 でも当時はそんな感覚があったから、ずっと無意識に避けていたんだと思う。

 けれどある日突然、『そーだよわたし淋しい人間だよ。しかもおたくだよ』と開き直ったように一つの乙女ゲーを買った。

 それが転機だった。

 初めて買って初めて好きになった乙女ゲーのキャラは、わたしをとことん甘やかしてくれ、甘い言葉も囁いてくれた。

 その頃は少しでも感情移入したくて、ヒロインの名前をゲーム専用につけた自分の名前に変えていた。

 苦しくて苦しくて、どうしてまだ息をしているのか分からなかった自分にそのキャラは「どんなお前でも、お前という存在が好きだよ」と囁いてくれた。

 実在の人物に言われたわけじゃない。不特定多数の画面の向こうのプレイヤーに、ゲーム機が録音された台詞を流しているだけ。そんな事は分かっていたけど、わたしは救われた。そのくらいわたしは疲れていた。それだけわたしは不安定になっていたのだ。

 そのキャラに「生きてていいんだよ」と言われたわたしは、少しずつ落ち着き、忘れていた楽しいという気持ちも取り戻し始めた。辛いことはまだまだあったけれど、その内の幾つかは自分自身が作り出してしまっていた事に気づいて、少しずつ改めていった。

 そうしてやっと息が出来るように、生きていく事が苦しくなくなった頃に買ったゲームで出会ったのが、彼だった。



 どうして?

 分からない事だらけの目の前の事実に混乱する。彼は、透見達とは全く別のゲームのキャラクターだ。確かにこれはわたしの見ている夢だから別のゲームのキャラが出てもおかしくないのかもしれない。

 だけどなんで敵なの?

 どうして、と思うと同時に思い出す。

 彼の出現条件は、わたしが〈唯一の人〉を選んだ時、だ。

 言っとくけど、元のゲームではそんな条件はない。普通にストーリーに関わってきて、ヒロインと出会う。これはこの夢での条件だ。

 夢なのに。わたしが見ている夢なのに、なんで?

 混乱するわたしに、彼は少し困ったような笑みを浮かべる。

「どしたの? そんな顔して。ああ、挨拶がまだだったね。はじめまして?」

 何度も聞いたその声に涙があふれる。彼に呼びかけたいのに、喉が痛くて声が出ない。

「姫君に気安く話しかけるな」

 珍しく透見が声を荒げ、そして呪文を唱え始める。その呪文が攻撃の呪文と気づいて、わたしは慌てた。

「ダメ、透見」

 透見の手の中に作られ始めていたエネルギー球を何も考えずに自分の手で押し留める。

「姫君!?」

 驚いて呪文を解除し、透見はほっと息をついた。

「どうされたのですか、姫君」

 わたしの異変に気づき、透見が心配そうにわたしの顔を覗き込んでくる。そんなわたし達を守るようにみんながわたし達の周りで身構えている。

 そして、空に浮かびわたし達を見下ろす彼。

 彼は少し考え、それから眉をひそめた。

「もしかして、覚えてる?」

 問いかけとも呟きともとれるその声に、わたしは返事をする事が出来ない。

 彼はわたしの返事を待たず、にこりと笑って言う。

「だったら、自分が何をすべきなのか分かるよね?」

 その言葉に、また涙がぶわりとあふれ出た。

 苦しい。胸が痛い。息が出来ない。

 どうして。なんで。

 そんな言葉ばかりがわたしの頭の中で渦巻いて、何も考えられない。

「姫君……」

 透見が心配して、わたしを抱き寄せる。

「うん。今日は無理みたいだね。じゃあ、またね」

 困ったように笑ったかと思うと、彼はヒラヒラと手を振ってそのままどこかへ飛んで行ってしまった。



 彼の姿が見えなくなってしまって、もの凄い喪失感を覚えた。淋しさで涙が止まらない。

 そんなわたしを透見が優しく抱きしめてくれる。

 そこに至ってやっと、自分のしてしまった酷い仕打ちに気がついた。

「ごめん、透見。ごめん……」

 透見を押し退け、謝る。

 わたしはこんな風に透見に優しくしてもらう資格なんてない。透見だけじゃない。剛毅も園比も戒夜も棗ちゃんも、わたしはみんなを裏切っている。騙している。

「どうされたのですか、姫君」

 優しく問いかけてくれる透見の顔が見れない。何をどう言えば、少しでも彼の傷が浅くてすむのか、分からなくて言葉が出ない。

 黙ったままのわたしに、ため息混じりに戒夜が言う。

「ともかく一度、屋敷に戻りましょう」

「そうだよな。姫さんも疲れてるみたいだし、屋敷に戻って一息つこう」

 明るい声で、剛毅も言う。

「そうですね、行きましょう」

 そう言って透見が背中を押してくれるけど、わたしは動けずにいた。

 だって思い出す前ならともかく、今のわたしにあの屋敷に帰る資格も権利もないよ。

 そう思うと急にあの屋敷での楽しい食事風景が呼び覚まされた。賑やかで和気藹々としてて……。

 みんなの事、大好きだって思ってた。そんな大好きな人達を、わたしは裏切ってる。そう思うと苦しい。けど、彼への想いは止められない。

「ほら、行きましょう姫様」

 動かないわたしの背にまわり、肩に手を置いて棗ちゃんがグイグイと押す。その力に負けてわたしはトボトボと歩き出した。


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