37 / 44
【番外編】緻密な暴露
【小話】 兄様とのお茶会
しおりを挟む兄様が去った後、余韻に浸っている僕に静かに近寄ってきた側近を従えて王太子として与えられた執務室へ戻る。
「戻った」
執務室の扉を開けると、中でまだ仕事をしていた側近たちが機敏な動きで頭を下げ、僕が何を言うでもなく切り上げて執務室を出ていく。
そして最後の一人が恭しく頭を下げた後、扉を閉めたのを確認してから椅子に腰をかけ、天を仰いだ。
「………あ"ー…兄様尊い…………………」
人前ではおよそできないような体勢で脱力し、先程の兄様の言葉を頭の中で反芻する。
兄様の笑みと体温、僕を気遣う言葉。それを一頻り思い出して堪能したあと、椅子に座り直し溜め息を吐いた。
「………兄様は、変わらないなぁ」
歳の割に可愛げのない僕を『弟』として可愛がってくれた、とてもとても優しい兄様。
ーー父上と母上は、まごうことなき政略結婚だ。
物心ついたときにはそうと理解できた両親に『愛』を求めたことはなかったけれど、恐らく『ぬくもり』には飢えていた。
父上と母上以外に許しもなく触れられる者がいないのに、どちらとも僕より優先するべきものがあるが故に、触れ合う機会なんて片手で数えられるほどでしかなかった。
僕が無意識に『ぬくもり』を求めて、でもどうしようも出来なくて、目に映る世界が色褪せ始めた頃、兄様が王城へ来た。
『初めまして、サディア。こんなところにいたら、身体が冷えてしまうよ』
2歳から3歳になったばかりの僕に、初めて声をかけてくれたときもそう言って気遣ってくれた。
それから兄様の名前を教えてくれて、自分が腹違いの兄であること、本当は公式に顔合わせの時間が取られていたけれど、寒空の下で微動だにしない僕が気になって、つい声をかけてしまったと、言ってくれて。
とりあえず部屋に入ろう、と当たり前のように手を引かれた。僕が驚いてされるがままになっていると、兄様は振り返り微笑んで。
そしてそのまま繋がれた掌は、兄様の人柄を表すかのようにとても暖かかった。
「………はぁ、」
…………今思い出しても、兄様が尊すぎてしんどいな。
僕よりも5つ年上だという兄様は、当時から可愛げのない冷めた子供だった僕から見ても、気遣いの出来るとてもかっこいい『兄』になった。
だから、あるとき何気なく聞いた兄様の生い立ちは、正直不憫すぎて言葉が出なかった。
実の父親を知らず、生活の為に幼い頃から働き、それなのに母親は生活苦を理由に兄様を残して自殺。それから王城へ連れてこられて、王族なのだからと相応しい教養と立ち振る舞いを強制された。
周りから『市井育ち』という色眼鏡で見られて、『王族』という自分で望んだわけでもない立場、当時は陰湿な嫌がらせもあったと、数年後に父上から聞いた。
ーーそれでも、兄様は誰を恨むわけでもなく、襲いくるその全てを受け流して真っ直ぐに立っていた。
僕はそんな理不尽に屈しない兄様に、敬愛を抱いた。
世界から色を、生きる意味を失いかけた僕を救ってくださった兄様。きっと、兄様だって自分の置かれた現状に振り回されていただろうに。僕と一緒にいるときは、そんなことを微塵も感じさせずに『兄』でいてくれた。
……僕に唯一、心から寄り添ってくれた人。
だから僕は、兄様が幸せになれるのなら相手は誰だって良かった。それこそ実の父親が相手だと分かったって、男の趣味が悪いな、とは思うが、ただそれだけだった。
2人の想いが通じ合うまで父上が定期的に僕を牽制してくるのは正直に言えば苛ついたし、僕の兄様に対する純粋な想いを父上の欲に塗れた想いと同じ物だと邪推されるのも腹立たしかった。
けど、あの機械仕掛けの陛下と言われていた父上の感情を動かしたのが兄様だと言うのも、納得ではある。
………認めたくはないけど、結局のところ似たもの同士なのだろうと、思う。
ーーコンコンコン、と扉を叩く音に意識が浮上する。許可を出せば、音もなく入ってきた側近の一人が紅茶の入った茶器を目の前の執務机に置いた。
「ありがとう」
「とんでもございません」
僕が落ち着いた頃合いを見計らって紅茶まで持ってくるこの側近とは付き合いが長い。それ故に、僕が兄様第一主義だということにも理解がある。…それは他の側近にも言えることだが。
まぁ、兄様に敵意や侮るような態度と心持ちのあるものを近くに置きたくなくて、徹底的に排除した結果なのだから当然だけれども。
「…ふぅ」
一口飲んで、反射のように息が漏れた。もうすぐ日も沈みだすし、少し身体が冷えていたようで暖かい紅茶が胃に染みるのを感じながらゆっくりと一つ頷くと、すっとお辞儀をした側近が一度部屋を出て他の側近を従えて戻ってくる。
そのまま何も言わずに僕の執務机の前に整列した側近たちを見て、ゆったりと立ち上がった。
「仕事を中断させて悪かったな。今日はもう定時だし、キリの良いところで上がってくれ。
ーーそれと、これはまだ公式には発表されていないが、兄様……テオン殿下が陛下の補佐になる準備が進められている」
さわっと、微かに動揺が走る側近たちを見回し、重々しく頷いて言葉を続ける。
「私が王太子を拝命し、テオン殿下は位を下げる形になったが、補佐のことが公表されれば私はもちろん、テオン殿下の身辺もまた騒がしくなるだろう。陛下が掌握されている王城で、下手なことを考える奴は少ないが…どこにでも馬鹿はいる。お前たちも変なところで足を掬われないよう、更に注意するように。
…それと、いつも言っているがテオン殿下について何かあれば必ず私へ報告を上げること。以上だ」
僕が椅子に座り直せば、側近たちはお辞儀のあと各々の仕事へ戻っていく。特に異論がなさそうな反応に満足して思わず口角が上がる。
兄様の為に、王位がどちらに転がっても問題ないよう周りを固めていて良かった。面倒が少なくて済む。
「………明日のお茶会の茶菓子はどうしようかな…」
明日の至福の時間へと想いを馳せながら、僕も定時で上がれるように仕事を再開した。
***
補足のような何か。
サディアは、テオンと話すととてもテンションが上がってしまうので、テオンとの用事があったあとはテンションを落ち着かせる為の時間が元から予定に組まれています。
(側近が何も指示がないのに動いていたのも、いつものことだからです)
今回はハグして頭をなでなでしてもらったのを、付き合いの長い側近がしっかり把握していました。
その為、いつもよりも少し長めに落ち着くための時間を取ったところ、定時に近くなってしまったのでキリの良いところで上がって良いよと言っています。
本編で、サディアとテオンの関係についての描写はほとんどなかったので、分かりづらかったかもと思ったので補足させてもらいました。蛇足でしたらすいません。
こんなサディアの一人語りも読んでくださり、ありがとうございます。
304
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
【完結済】「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる