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【番外編】緻密な暴露
【小話】 暴露のその後
しおりを挟む「仲がよろしいのですね」
父上の執務室へ向かう、出入りする人間が制限されて人通りの少ない廊下。
打ち合わせの為に俺を迎えにきた、ディウンス・クラディールが、ポツリと漏らすようにそう言った。
「……はい、そうですね。サディア…王太子殿下とは、幼い頃に過ごす時間が多かったですから」
初めてサディアを見たとき、彼は大きくて綺麗な庭の真ん中にぽつんと佇んでいた。何をするでもなく暮れかけた空をただ見上げる様は、3歳になったばかりの子供には到底見えなかった。
背中から漂う哀愁に胸が切なくなる感覚を覚え、そしてそんなサディアに付き従いながらも、誰も寄り添おうとしていないのがとても悲しくなってつい声をかけた。
手を握ったときの、驚いて俺を見上げた顔が唯一年相応に見えて、思わず微笑んだのを覚えている。
「……幼い頃から…。そうですか」
「王太子殿下には感謝しているのです。城に来たばかり頃の私を受け入れ、そして支えてくれたのですから」
サディアはとても聡明な子だった。きっと、両親の関係性も、自分が一番に大事にされないことも、あの歳で誰に言われるでもなく理解していた。
それでも、思うところはあったのだろう。
ーー王族は、その血族に連なる者以外から許可なく触れることは許されていない。
あの歳で、親からの愛もなく、触れ合いもなかったサディアは、俺なんかよりもさぞ飢えていただろう。
それは俺も同じで。だから、引け目とか、立場とか考えずに、俺は懐いてくれたサディアを構い倒し、撫で回した。
触れて、触れられることが、当たり前になるように。
互いに依存気味なのは分かっている。でも、この少し歪な関係も、俺たちの根幹を支えてきたものだ。今更どうにも出来ないし、互いにどうにかするつもりもないのだから、このままでいい。
「……だから、そんな王太子殿下の為にも、色んな経験を積んでいきたいと思っていますので、よろしくお願いしますね。クラディール卿」
「…あの様な醜態を晒した私に、そこまで期待して下さっているのですか?」
歩きながら、驚いたようにこちらを伺ってくるディウンスに、ふと笑みが零れた。
「もちろんです。陛下の見る目は信用していますから」
自分のことのように胸を張ってそう言うと、ディウンスは不意に立ち止まった。
「…………そう、でしょうか」
先程よりも一段落ちた声に、俺も足を止めた。
斜め前に立つディウンスは碧眼を伏せ、父上に猛然と歯向かっていたのが嘘のように自信なさげに俯いていた。
「…私は、陛下に望まれていると、自惚れていました。『お前が必要だ』と仰って頂いたあのときから。でも、先日のことで私は……自分が正しいか分からなくなってしまいました」
力なく下ろしていた掌を握り締めながら、彼は語った。
「…私は…………わたし、は……自分の価値観が正しいと、そう思って…今までそれを厚かましくも振り翳してきたのです。……正しさだけではどうにもならないこともあると、知っていたのに…」
陛下の傍に侍るうちに忘れかけていたのです…。と、沈痛な面持ちでディウンスは続けた。
「そんな私がこの先も陛下の傍に侍る資格など、ないのではないのか…。自ら辞するのが正しく、そして陛下に対する礼儀ではないかと、そう思って…」
自分の中の正しさと感情がせめぎ合い、葛藤しているのか、ディウンスは拳を握り締めたまま震えていた。
その姿を見て、俺は驚いた。
この間が初対面であるし、よく知らなくて当たり前だが、もっと自分に自信がある人だと思っていたからだ。
あのときのディウンスは、父上に臆することなく意見し、世間一般からの価値観と倫理観で諭した。自分よりも遥かに上の存在である父上に、だ。
そして、それは正論だった。
もし、もしも、だが。俺が父上に合意なくあの関係を迫られていたとしたら…周りが見て見ぬ振りをする中、身分や権力など関係なく「間違っている」「こんなこと赦されない」と、声を大にして激昂したディウンスは救世主に見えただろう。
でも、俺たちは互いに互いを望んだ。
彼が間違っているのではなく、俺たちが歪なのだ。
「(この人は、とても真面目な人なのだな…)」
俺たちの関係を、彼の中の正しさから外して『特例』なのだと、考えることを放棄してしまえばいいのに。
ずっと、悩んでいたのだろうか。今までの自分の考えをひっくり返すような事実を目の当たりにして。
「ーークラディール卿」
数歩歩み出て、俯くディウンスの目の前に立った。
のろのろと顔を上げた彼の顔色は血の気がなくて、今にも倒れてしまいそうだった。だから俺は胸を張って、虚な碧眼を見据えた。
「貴公が陛下に求められているものは何か」
いつもより、はっきりと発音するように問う。
そんな俺に、少し目を張ったディウンスは少し間を開けて答えた。
「………私の中の正しさを貫くこと、です」
「分かっているではないか。なのに何故それをしない」
瞬間、彼はハッとした顔をした。
虚な碧眼が徐々に光を取り戻し、力強さを持っていくのを見て、俺は微笑んだ。
「断言しよう。
陛下が貴公に求めているものは変わりなく、そしてその『正しさ』は、間違っていない。
これは推測だが、陛下がこれから貴公に求めるものは、その『正しさ』を持ちながら『見極め』、そしてそれを『使い熟す』ことだろう」
「『見極め』…『使い熟す』………」
おうむ返しするディウンスに、鷹揚に頷いた。
「これから先、陛下に侍る中で先日のようなことは少なからず起こる」
俺たちの関係は『正しさ』から外れていて、でもそれを分かった上で『間違って』いることを選んだ。
俺たちはそうだった。でも、そうじゃないこともあり得る。
嘆かわしいことだけど、この身分社会では権力を振り翳す輩がいないわけではない。父上がある程度掌握はしているが、きっと排除されたのは大きいものだろう。
大の為に小を切り捨てることが出来るのは父上の凄いところだ。でも、その分感覚も麻痺しやすい。
きっと父上はそうならないように、もしものときに備えてディウンスを傍に置いたに違いない。
「よく目を凝らし、仮面を被った下の素顔まで見通せるように『見極め』、そして状況に応じてその『正しさ』を『使い熟す』」
いくら主張する言葉が正しくても、使い方を誤れば何の役にも立たない。
例えば、周りからの信頼の厚い人が不正をしていたとして。その場面を目撃し『正しさ』を盾に騒ぎ立てるだけでは、誤魔化され、そんな真逆と否定されるだけだ。
この貴族という枠の中で『正しさ』を貫くには、声に出すだけでは駄目だ。
「陛下は貴公が『正しさ』を『使い熟す』ことが出来ると、期待している」
俺との関係だって、別に暴露する必要はなかった。ディウンスが知ったら暴走するからと言っていたけど、それなら彼を傍から外せばいい。態々暴露したということは、そういうことだ。
「自信を持て、ディウンス・クラディール。
貴公の『正しさ』は間違っていない」
「…………っはい‼︎」
良い返事だけど、ディウンスは何故か泣きそうになっていた。
このまま父上の元に行くのは色々と誤解を招きそうだな。…仕方ない。
「クラディール卿。私は先に行きます。落ち着いてからゆっくり来て下さいね」
「……っ、お気遣いまで…ありがとうございます、テオン殿下…」
ぐず、と鼻を啜るような音を聞きながら踵を返し、父上の執務室へとゆっくり歩き始めた。
父上が選んだ彼はきっと優秀なはず。こんなことで辞められたら困る。彼からも沢山学ぶことがあるはずだし、気持ちを持ち直してくれて良かった…。父上にはなんて説明しよう…。
うんうん唸りながら歩く背中をディウンスが見ていることなど知らず、俺はその場を去った。
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