人間なんて単なる養分だと見下している傲慢なサキュバスのお姫様が、ただの人間に恋するまでと恋したあと

式崎識也

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二章 サキュバスと騎士

逃げ道

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「リリアーナ様、ご無事で何よりでした」

 アスベルが立ち去った後。少し遅れて街に入ったミミィとリリアーナは、人通りの少ない路地裏で身を潜めながら話をしていた。

「ま、あたしかかればこんなものよ」

 と、黒いフードを被り顔を隠したリリアーナが、自慢げに胸を張る。

「流石です、リリアーナ様。いつものように見張りの男を騙して、ここまでの護衛をさせてきたのですね?」

「……まあ、そんなところよ」

 リリアーナは気まずさを誤魔化すように、視線を逸らす。

「しかしあの男、信用できるのですか? 何か騒ぎを起こすとか言っていましたが、この街の警備は厳重。先ほども何人か、騎士団の人間を見かけました。こうやって路地裏に身を潜めるのも、限界があります。こんな状況で本当に船に乗るなんてことが、できるのですか?」

「問題ないわ」

 間髪入れずに答えるリリアーナに、ミミィは目を丸くする。

「リリアーナ様が断言されるのであれば、そうなのでしょうけど……。随分と、あの男のことを信用されているのですね?」

「まあね。あいつ、無愛想だけど力だけは本物だし。あいつができると言うなら、あたしは信じるわ」

「……まあ、あの男が戦闘に長けているというのは、見ただけで分かりましたが……。しかし、やはりリリアーナ様は凄いです」

「あたし? あたしはまあ凄いけど、この場合凄いのはアスベルの方じゃない?」

「いえ、どれだけ力が強くても、リリアーナ様にかかれば男なんて皆、奴隷と同じ。さっきのあの男も、リリアーナ様の言葉を本気で信じていたようですし。魔族の国を案内するなんて、そんなことリリアーナ様がする訳ないのに」

「いや、あれは──」

 と、そこで騎士団の人間が近くを通るのが見え、リリアーナは口を閉じ背を向ける。男たちの会話が、2人の耳に届く。

「どうやら、サキュバスに誑かされた馬鹿が、見つかったらしいぞ」

「ああ、あれだろ? 鉄面鉄鬼。本部の第三師団の師団長。もったいねぇよな。せっかく出世コースだったのに、女のせえでパァだ」

「戦場の鬼なんて言われても、結局は男だったってことだろ? なんか団長がやけにそいつを庇うようだが、今回の件は流石に庇い切れないだろう」

「よくて左遷。悪けりゃ、禁固なんてこともあり得るだろうな」

「そこまでのことか? 所詮はサキュバス1匹だろ? 魅了されましたごめんなさいーで、許してもらえるんじゃねぇの?」

「んな簡単に行くかよ。なんか聞いた話だと、どっかの貴族様がカンカンらしいぜ? 国王陛下はともかく、ギルバルト卿が直々に騎士団に抗議したって話だ」

「うわー。それだと相当、揉めそうだな……」

「ま、道中はサキュバスの姉ちゃんとしこたまよろしくやったんだろうし、後悔はねぇんじゃないの?」

「ははっ、いいな。俺も一度くらいは、サキュバス抱いてみてえな」

 数人で笑いながら、歩き去っていく男たち。

「…………」

 リリアーナはそんな彼らに……。

「リリアーナ様! 何をなさるおつもりですか!」

 指輪に手をかけたリリアーナを、ミミィは済んでのところで止める。

「…………そうね。そう、分かってる。大丈夫よ。ちょっとイラッとしただけ。……うん。あいつは全て分かってて、あたしを助けた。あたしがそんなあいつの誇りを、汚すわけにはいかない」

 リリアーナは怒りを吐き出すように息を吐き、いつかもらったネックレスに触れる。

「リリアーナ様。こんなことを言いたくないのですが……本気で、あの男にその……惹かれてた、なんてことはないですよね?」

「……当然じゃない。あたしは、傾国の魔女。サキュバスの中のサキュバス、リリアーナ・リーチェ・リーデンよ? あたしにとっての男なんて、単なる使い捨ての道具でしかないわ」

「ですよね!」

 笑うミミィ。リリアーナはどうしてか痛む胸から視線を逸らし、顔を上げる。するとまた、騎士団の隊服に身を包んだ男が……いや、今度は先ほどとは違う。

 慌てた様子の男は、まるで魔族が攻めてきたかのような形相で叫んだ。

「はぁ、はぁ! さ、サキュバスを連れて逃げた男が、暴れてる! くそっ……! 何だあの化け物……! 10人かがりでも、まるで歯が立たない! 応援を頼む! このままだと、この街の騎士全員があの男にやられちまう!!」

「……っ!」

 その声を聞き、男たちが駆け出す。耳を澄ますと、遠くから叫ぶような声と何かが壊れたような音が聴こえてくる。

「リリアーナ様!」

「分かってる、行くわよ!」

 ミミィは飛び、リリアーナは駆け出す。普段、魔族の国に向かう船の警備は厳重だ。しかし、今はアスベルが所構わず暴れているお陰で、黒いフードを被った怪しい出で立ちの少女でも、誰にも止められることなく駆け抜けられる。

「はぁ、はぁ」

 船の出航まで、もう時間がない。あまり余裕があり過ぎると、点検の人間に見つかるかもしれない。そんなアスベルの言葉を信じ、リリアーナたちはギリギリまで路地裏に身を潜めていた。

「あと、少し……!」

 もう少しで、船に乗れる。乗ってしまえば、船はすぐにでも出航する。動いた船を止める手段は、騎士団にはない。だから後はただ、走り続ければ──。

「すみませんが、お嬢さん。顔の確認をさせて頂いても、構いませんか?」

「……っ!」

 騎士団の隊服に身を包んだ、青い髪の男に声をかけられる。いくら警備が減ったと言っても、完全にいなくなる訳ではない。ここで見つかれば、全てが水泡に帰すかもしれない。

「急いでるの。船、もう出ちゃう。悪いけど、構ってる暇はないわ」

「えぇ、分かりますとも。ですからちょっと、顔を見せて頂くだけで構いません。どうもお嬢さん、指名手配されてる少女に背格好がとても似てらっしゃるので」

「…………」

 リリアーナは考える。流石にこの状況で、目の前の男を落とすなんて真似はできない。……いや、奥の手を使えばそれは可能かもしれないが、下手に目立つと逆効果になる恐れもある。

「…………」

 リリアーナはチラリと、男の背後を飛ぶミミィに視線を向ける。

「ああ。分かってらっしゃるとは思いますが、騎士への暴行は即、禁固刑になります。ですので背後のお嬢さんも、あまり悪いことは考えないようにお願いします」

「……っ!」

 気づかれていた。アスベルもそうだが、一流の騎士ともなると、手のひらサイズのミミィの気配を簡単に察知する。このままだと、本当に捕まる。全てを賭けて助けてくれたアスベルの想いが、無駄になってしまう。 

 リリアーナは、覚悟を決めてミミィにもう一度、目配せをする。


 ──力ずくで、目の前の男を退け、船に乗る。


 一瞬の目配せで意思疎通を終えた2人は、そのまま同時に魔法を発動する。

「エル・ルミナ!!」

 光属性の魔法。ダメージよりも、視覚を奪うことに特化した魔法。……しかし、男は動じない。

 男は気だる気に、言った。


「──しょうがない、捕らえるか」


 その瞬間、男の纏う雰囲気が変わった。

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