愛のない婚約者は愛のある番になれますか?

水無瀬 蒼

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歩み寄り7

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 お店には30分ほどで着いた。陸さんが言っていたように、それほど遠くはなかった。電車で行くのと大して変わらない。でもそれは途中、渋滞があっての時間だから渋滞がなかったらもう少し早かったんだろう。

「ここか。大きな店ではないんだな」
「でも、豆はかなりの種類ありますよ」

 カフェもあると言ったからもっと大きなお店を想像していたのかもしれない。小さなお店に見えるけれどかなりの数のコーヒー豆が売られている。それでもネット通販ではお店以上の数の種類を扱っているから、いつも何を買おうかと悩んでしまう。けれど、陸さんに出すのはブラジルと決めている。それは陸さんが何が好きかわからないからだ。
 とりあえずカフェ席に座り、何にするか決める。僕は今日はキリマンジャロにした。かなり久しぶりに飲む。結婚してからはブラジルだけだから、実家にいたとき以来だ。

「僕はキリマンジャロにします。陸さんはどうしますか?」
「俺はブルマンにする」

 ブルーマウンテン!
 それはキリマンジャロとは価格の差がすごい。それをさらりと言えてしまうあたりがすごい。そうだよね。あんな高級車に乗っているんだ、ブルマンくらいなんでもないだろう。それでもキリマンジャロとは一杯1,000円の差があって僕には飲む勇気がない。でも、陸さんは毎日大変なお仕事をしているんだから、それくらいの贅沢をしたって罰はあたらない。毎日家のことだけしている僕とは違うんだ。
 レジに並び、キリマンジャロとブルマンを注文して陸さんのいるところに戻る。

「こういうカフェ形式でブルマンがあるのは珍しいな」
「やっぱり豆を扱っているからじゃないですか? 豆も注文してから焙煎してくれるんですよ」
「そうなのか。新鮮なんだな」
「はい」

 陸さんは店内を見渡しながら言う。コーヒーに関するものが所狭しと置かれていてびっくりしているのだろう。僕も初めて来たときはびっくりしたものだ。

「うちでいつも飲んでいる豆はなんだ?」
「ブラジルです。陸さんはなにが好きですか?」
「そんなに種類を知っているわけではないがブルマンが好きだ。実家ではなにの豆を使っていたかは知らないが、それも美味しいと思って飲んでいた」
「陸さんのところではブラジルあたりかなと思ってました。なのでブラジルにしているんですが」
「そうか。あまり癖がなくて飲みやすいな」
「コーヒーと言えばブラジル、みたいな感じなので。僕もブラジル好きです。でも、ブラジルのフレーバーコーヒーも美味しいんです」

 お店では扱っていないけれど、ネットではブラジルにフレーバーをつけたフレーバーコーヒーもある。実家にいたときはお母さんと一緒に毎月セール対象になるフレーバーコーヒーを注文していた。フレーバーコーヒーも随分飲んでないなぁ。

「コーヒーが好きなのか?」

 コーヒーに口をつけつつ陸さんが問う。

「はい。うちは両親もコーヒー党だったので、常に2,3種類の豆がありました」
「でも、今は1種類じゃないのか? いや、お前の部屋にあるのかは知らないが」
「今はブラジルだけです」
「コーヒーが好きなのなら、何種類でもいいから置けばいいだろう」

 陸さんは当然のように言う。でも、僕は今、仕事をしているわけじゃない。陸さんが働いたお金で生活させて貰っているんだ。なのにそんな贅沢をしていいんだろうか。あ! 陸さんの好きなブルマンも置けばいいのか。

「陸さんの好きなブルマンと他に1種類くらい買ってもいいですか?」
「好きにすればいい。でも、たまにブルマンを淹れてくれたら嬉しい」

 好きにすればいい。そんな贅沢していいんだろうか。でも、ブルマンを置いても僕は飲まない。そんなの飲んだら罰が当たる。そう言うと陸さんは笑った。
 え? 陸さんが笑った! 子供の頃は当たり前に見ていた笑顔だけど、陸さんが思春期を迎えて距離が出来てからは初めて見る笑顔だ。今日はなんだろう。陸さんの車に乗せて貰って、陸さんの笑顔を見せて貰って。僕、前世でなにか徳を積んでたんだろうか。そう思ってポカンとしていると、陸さんは自分が笑っていたことに気づいたのかいつもの無表情に戻ってしまった。それでも、陸さんの笑顔が見れたことが嬉しくて、コーヒーが余計に美味しく感じた。
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