愛のない婚約者は愛のある番になれますか?

水無瀬 蒼

文字の大きさ
79 / 106

重なる気持ち3

しおりを挟む
 23時半になっても陸さんは帰ってきていないようだ。お友達と会って話しが弾んでいるのだろう。いや、もしかしたら友だちじゃなくて陸さんの好きな人かもしれないけれど。そうしたら今日は帰ってこないかもしれない。そんなことを考えると、考えたって仕方のないことなのに落ち込んでしまう。
 何を今さら落ち込むんだろう。だって、陸さんに好きな人がいるだろうなんてことは結婚する前からわかっていたことだ。
 寝ようと自分の部屋のドアに手をかけたところで玄関の開く音がした。

「ちかげーー」
「陸。声落とせって。千景くん寝てるかもしれないだろ」

 最初に僕の名前を呼んだのは陸さんだ。酔っているようだけど、陸さんの声なのはわかる。酔って帰ってくるなんて珍しい。今までそんなこと1度もなかった。いや、平日は知らないけど、こんなのは初めてだ。

「陸さん?」

 陸さん以外の人の声も聞こえたし、いつもなら自分の部屋に入ってしまうけれど、気になって玄関に顔を出す。

「ちかげーー」

 陸さんからはすごいお酒の匂いがした。かなり飲んだのだろう。そして酔った陸さんを送って来てくれたっていうところだろう。
 陸さんは僕の顔を見ると抱きついてきた。それも強く。あまりのことにびっくりして固まってしまう。え? 陸さんが僕を抱きしめる? そんなことあるはずないのに。なにがどうなってるの? 誰かと間違えてるの?
 僕がそんな風に静かに焦っていると陸さんを支えてきてくれたうちの1人の人に声をかけられる。

「千景くん、だよね?」
「はい……」
「俺は戸ノ崎、こっちは一条。陸の友人なんだけど、陸が飲み過ぎちゃって1人で帰れる状態じゃないから送ってきた。遅い時間に起こしてごめんね」
「あ、いえ。起きていたので大丈夫です」
「ご覧の通りなんだけど、酔ってると本音が出るからね」

 酔ってると本音が出る? どういうことだろう? 言われていることの意味がよくわからない。

「ほら、陸。千景くんから離れろ。で、水飲んで寝ろ。大丈夫? ベッドまで連れて行こうか?」
「いえ、なんとか歩けるのなら、支えて行くので大丈夫です。ここまでありがとうございました」
「いや。飲ませちゃったのこっちだから。ごめんね。ほら、陸! 素直になれよ。じゃあお休み」

 そう言うと戸ノ崎さんと一条さんは帰って行った。なんだかよくわからないけど、ベッドまで連れて行かなきゃ。

「陸さん、寝ましょう。歩けますか?」
「あるけるぞーー」

 僕に抱きついていた陸さんは、僕にまわしていた腕をほどいたので陸さんを支える。とりあえず陸さんの部屋に連れて行かないと。
 陸さんは千鳥足ながらなんとか歩いてはくれた。そうして陸さんの部屋のドアを開けて、ベッドに座らせたところで陸さんは支えがなくなり、ころんと横になった。

「――すきだぞ、ちかげ」
「え? ちょ、大丈夫ですか? 今、水を持ってくるので待っててくださいね」

 今の好きってなに? 頭がパニックを起こす。すき、って好き? 突然のことに頭はパニックになるけれど今はそれどころじゃない。お水を持って来なきゃ。
 そう思いキッチンに急ぎ、水を持って陸さんの部屋に戻ると陸さんは寝息を立てていた。僕がキッチンへ行った短い時間で寝てしまったようだ。わざわざ起こす必要もないかと思い、そのまま寝て貰うことにする。
 ただ、僕では着替えさせるのは無理なのでそのまま寝て貰うしかないけれど。せめて布団だけでも掛けよう。暑いとはいえ、何も掛けなかったら風邪を引いてしまう。そして持ってきたお水はベッドサイドに置く。

「じゃあ陸さん、お休みなさい」

 小さな声でそう告げると陸さんの部屋を出る。
 それにしてもわからないのは、戸ノ崎さんの言っていた「酔っていると本音が出る」という言葉だった。確かに陸さんは酔っていたけれど。
 でも陸さんに抱きしめられたのは初めてだ。酔ってのことだとしても嬉しかった。それは誰も知らない僕だけの秘密だ。好き、の言葉は消化できていないけれど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

知らないだけで。

どんころ
BL
名家育ちのαとΩが政略結婚した話。 最初は切ない展開が続きますが、ハッピーエンドです。 10話程で完結の短編です。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた

いちみやりょう
BL
▲ オメガバース の設定をお借りしている & おそらく勝手に付け足したかもしれない設定もあるかも 設定書くの難しすぎたのでオメガバース知ってる方は1話目は流し読み推奨です▲ 捨てられたΩの末路は悲惨だ。 Ωはαに捨てられないように必死に生きなきゃいけない。 僕が結婚する相手には好きな人がいる。僕のことが気に食わない彼を、それでも僕は愛してる。 いつか捨てられるその日が来るまでは、そばに居てもいいですか。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭

クローゼットは宝箱

織緒こん
BL
てんつぶさん主催、オメガの巣作りアンソロジー参加作品です。 初めてのオメガバースです。 前後編8000文字強のSS。  ◇ ◇ ◇  番であるオメガの穣太郎のヒートに合わせて休暇をもぎ取ったアルファの将臣。ほんの少し帰宅が遅れた彼を出迎えたのは、溢れかえるフェロモンの香気とクローゼットに籠城する番だった。狭いクローゼットに隠れるように巣作りする穣太郎を見つけて、出会ってから想いを通じ合わせるまでの数年間を思い出す。  美しく有能で、努力によってアルファと同等の能力を得た穣太郎。正気のときは決して甘えない彼が、ヒート期間中は将臣だけにぐずぐずに溺れる……。  年下わんこアルファ×年上美人オメガ。

平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法

あと
BL
「よし!別れよう!」 元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子 昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。 攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。    ……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。 pixivでも投稿しています。 攻め:九條隼人 受け:田辺光希 友人:石川優希 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 また、内容もサイレント修正する時もあります。 定期的にタグ整理します。ご了承ください。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

生き急ぐオメガの献身

雨宮里玖
BL
美貌オメガのシノンは、辺境の副将軍ヘリオスのもとに嫁ぐことになった。 実はヘリオスは、昔、番になろうと約束したアルファだ。その約束を果たすべく求婚したのだが、ヘリオスはシノンのことなどまったく相手にしてくれない。 こうなることは最初からわかっていた。 それでもあなたのそばにいさせてほしい。どうせすぐにいなくなる。それまでの間、一緒にいられたら充分だ——。 健気オメガの切ない献身愛ストーリー!

処理中です...