98 / 99
選んだ未来6
しおりを挟む
2人の手が静かに重なった。そして、そのまま、しばらくの間言葉はなかった。静寂が辺りを満たし、先ほど吹いていた風すら、今は吹いていないような気がした。けれど、確かに何かが動いていた。博嗣の中で、長く張りつめていたものが少しずつほどけていく気がした。
真夏は博嗣の手をしっかりと握り返す。過去の痛みでも、懐かしさでもなく、今、この瞬間の”温もり”として。千年前の最後の日。指先がすり抜けてしまった、あの触れられなかった感触が今、ようやく現実のものとしてここにある。
博嗣がほんのわずか眉をひそめた。それは戸惑いの色であり、恐れでもあり、そして喜びにも似た名もなき感情だった。
「お前は全部……思い出したんだな」
呟くように発されたその声には、答えを求めるというよりも自分に言い聞かせるような響きがあった。
真夏は頷く。口には出さずとも、その眼差しが全てを語っていた。博嗣の肩から静かに力が抜けた。長い間背負い続けていたものが、ほんの少し下ろされたように見えた。
ふと博嗣が目を伏せた。風に揺れる長い髪が頬にかかる。その顔に、確かに濡れた光があった。一雫、頬を伝って落ちたものに真夏は目を奪われる。
「……もう、お前を失いたくない」
その声は震えていた。強く、長く生きてきた存在が、心の底から誰かを失うことを恐れている。その感情の重さを、真夏は体で受け止めた気がした。博嗣の瞳が、真夏の瞳を真っ直ぐに捉える。
「私は……あの時、お前を守れなかった。何度夢に見たかわからない。お前の血に染まった姿を、声を、名を呼ぶ瞬間を、何度も……」
その言葉に、真夏の胸の奥も軋むように痛んだ。だけど今は逃げない。もう1人にしない。だからこそ、真夏は小さく笑って静かに答えた。
「でも、今こうして、また会えた。だからもう悲しい夢は終わりです。これからは一緒に生きる夢を見ましょう」
博嗣が息をのむ。その目にまた光が差す。けれど、今度は希望の色だった。
静かに風が吹いた。森のざわめきが戻り、遠くて鳥の鳴く声がする。光が差し、葉が揺れる。止まっていた時間が、再び動き出した。重ねた手を、真夏はそっと両手で包み込んだ。
「夢じゃないですよ。これは、現実です」
「ああ、そうだな」
「俺はあなたと生きるために来ました。だから、これからはあなたも生きてください」
その言葉に、博嗣の目が大きく見開かれる。まるで長い夢から、ようやく覚めたような表情だった。そして、ゆっくりと深く頷いた。
「一緒に、生きよう」
博嗣がそう言った瞬間、風がふわりと2人の間をすり抜けた。沈香と丁子、龍脳の香りが再び立ち上る。光が差し込み、世界は満ちていった。
遠くで笛の音がひとすじ聞こえたような気がした。それはかつて交わした旋律。「もう一度出会えたら、その時は一緒に生きよう」そう願ったあの音だった。
この手をもう離さない。今度こそ終わらない時間を生きて行く。心からそう信じられた。もう2度と離れない、そう心の中で誓った。
真夏は博嗣の手をしっかりと握り返す。過去の痛みでも、懐かしさでもなく、今、この瞬間の”温もり”として。千年前の最後の日。指先がすり抜けてしまった、あの触れられなかった感触が今、ようやく現実のものとしてここにある。
博嗣がほんのわずか眉をひそめた。それは戸惑いの色であり、恐れでもあり、そして喜びにも似た名もなき感情だった。
「お前は全部……思い出したんだな」
呟くように発されたその声には、答えを求めるというよりも自分に言い聞かせるような響きがあった。
真夏は頷く。口には出さずとも、その眼差しが全てを語っていた。博嗣の肩から静かに力が抜けた。長い間背負い続けていたものが、ほんの少し下ろされたように見えた。
ふと博嗣が目を伏せた。風に揺れる長い髪が頬にかかる。その顔に、確かに濡れた光があった。一雫、頬を伝って落ちたものに真夏は目を奪われる。
「……もう、お前を失いたくない」
その声は震えていた。強く、長く生きてきた存在が、心の底から誰かを失うことを恐れている。その感情の重さを、真夏は体で受け止めた気がした。博嗣の瞳が、真夏の瞳を真っ直ぐに捉える。
「私は……あの時、お前を守れなかった。何度夢に見たかわからない。お前の血に染まった姿を、声を、名を呼ぶ瞬間を、何度も……」
その言葉に、真夏の胸の奥も軋むように痛んだ。だけど今は逃げない。もう1人にしない。だからこそ、真夏は小さく笑って静かに答えた。
「でも、今こうして、また会えた。だからもう悲しい夢は終わりです。これからは一緒に生きる夢を見ましょう」
博嗣が息をのむ。その目にまた光が差す。けれど、今度は希望の色だった。
静かに風が吹いた。森のざわめきが戻り、遠くて鳥の鳴く声がする。光が差し、葉が揺れる。止まっていた時間が、再び動き出した。重ねた手を、真夏はそっと両手で包み込んだ。
「夢じゃないですよ。これは、現実です」
「ああ、そうだな」
「俺はあなたと生きるために来ました。だから、これからはあなたも生きてください」
その言葉に、博嗣の目が大きく見開かれる。まるで長い夢から、ようやく覚めたような表情だった。そして、ゆっくりと深く頷いた。
「一緒に、生きよう」
博嗣がそう言った瞬間、風がふわりと2人の間をすり抜けた。沈香と丁子、龍脳の香りが再び立ち上る。光が差し込み、世界は満ちていった。
遠くで笛の音がひとすじ聞こえたような気がした。それはかつて交わした旋律。「もう一度出会えたら、その時は一緒に生きよう」そう願ったあの音だった。
この手をもう離さない。今度こそ終わらない時間を生きて行く。心からそう信じられた。もう2度と離れない、そう心の中で誓った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
夫には好きな相手がいるようです。愛されない僕は針と糸で未来を縫い直します。
伊織
BL
裕福な呉服屋の三男・桐生千尋(きりゅう ちひろ)は、行商人の家の次男・相馬誠一(そうま せいいち)と結婚した。
子どもの頃に憧れていた相手との結婚だったけれど、誠一はほとんど笑わず、冷たい態度ばかり。
ある日、千尋は誠一宛てに届いた女性からの恋文を見つけてしまう。
――自分はただ、家からの援助目当てで選ばれただけなのか?
失望と涙の中で、千尋は気づく。
「誠一に頼らず、自分の力で生きてみたい」
針と糸を手に、幼い頃から得意だった裁縫を活かして、少しずつ自分の居場所を築き始める。
やがて町の人々に必要とされ、笑顔を取り戻していく千尋。
そんな千尋を見て、誠一の心もまた揺れ始めて――。
涙から始まる、すれ違い夫婦の再生と恋の物語。
※本作は明治時代初期~中期をイメージしていますが、BL作品としての物語性を重視し、史実とは異なる設定や表現があります。
※誤字脱字などお気づきの点があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
雪を溶かすように
春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。
和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。
溺愛・甘々です。
*物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています
専属バフ師は相棒一人しか強化できません
風
BL
異世界転生した零理(レイリ)の転生特典は仲間にバフをかけられるというもの。
でもその対象は一人だけ!?
特に需要もないので地元の村で大人しく農業補佐をしていたら幼馴染みの無口無表情な相方(唯一の同年代)が上京する!?
一緒に来て欲しいとお願いされて渋々パーティを組むことに!
すると相方強すぎない?
え、バフが強いの?
いや相方以外にはかけられんが!?
最強バフと魔法剣士がおくるBL異世界譚、始まります!
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
王様のナミダ
白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。
端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。
驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。
※会長受けです。
駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる