香戀歌〜千年の時を越えて〜

水無瀬 蒼

文字の大きさ
99 / 99

終章

しおりを挟む
 夜の気配が部屋をゆっくりと満たしていた。窓の外には木々の影が揺れている。街灯も遠く、ここは人の喧噪とは無縁の場所だ。
 真夏はふと目を覚ました。静かすぎる夜だった。けれど、耳を澄ますとどこかで笛の音がしている。薄く、けれど確かに。あの頃と同じ、沈香の香に包まれるような音色。
 ベランダのカーテンをそっと開けると、月明かりの下で博嗣が笛を吹いていた。背中を少し丸めるようにして、ゆっくりと音を紡いでいる。その姿を見て、真夏は声を掛けるのをやめた。なぜだかその音の中に、言葉以上の何かが含まれている気がしたからだ。風が笛の音を運んでくる。聴いたことにない旋律なのに、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。しばらくして博嗣はそっと笛を下ろした。振り返り、真夏に気づく。

「……起こしたか?」
「ううん。目が覚めただけ。その音、懐かしくて」

 博嗣は目を細めた。

「これは祝福の音だ。お前がここにいる。それだけで吹きたくなった」

 真夏は博嗣の隣に腰を下ろした。夜風が冷たい。けれど、その手がそっと肩を包んでくれる。

「昔、あなたの音が遠くから聞こえるだけで心がほどける気がしたけど、今もそうなんだね」
「今度はもう遠くからじゃない」

 笛の音はもう止んでいたが、その余韻は空気の中にまだ漂っていた。真夏は肩にかかった手に自分の手を重ねた。風が2人の間を優しく吹き抜けていった。



 了



最後までお読み頂きありがとうございました。
明日からは、新作「春は君のとなり」を連載開始します。
読んで頂けたら幸いです。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

オメガ判定されました日記~俺を支えてくれた大切な人~

伊織
BL
「オメガ判定、された。」 それだけで、全部が変わるなんて思ってなかった。 まだ、よくわかんない。 けど……書けば、少しは整理できるかもしれないから。 **** 文武両道でアルファの「御門 蓮」と、オメガであることに戸惑う「陽」。 2人の関係は、幼なじみから恋人へ進んでいく。それは、あたたかくて、幸せな時間だった。 けれど、少しずつ──「恋人であること」は、陽の日常を脅かしていく。 大切な人を守るために、陽が選んだ道とは。 傷つきながらも、誰かを想い続けた少年の、ひとつの記録。 **** もう1つの小説「番じゃない僕らの恋」の、陽の日記です。 「章」はそちらの小説に合わせて、設定しています。

欠けるほど、光る

七賀ごふん
BL
【俺が知らない四年間は、どれほど長かったんだろう。】 一途な年下×雨が怖い青年

夫には好きな相手がいるようです。愛されない僕は針と糸で未来を縫い直します。

伊織
BL
裕福な呉服屋の三男・桐生千尋(きりゅう ちひろ)は、行商人の家の次男・相馬誠一(そうま せいいち)と結婚した。 子どもの頃に憧れていた相手との結婚だったけれど、誠一はほとんど笑わず、冷たい態度ばかり。 ある日、千尋は誠一宛てに届いた女性からの恋文を見つけてしまう。 ――自分はただ、家からの援助目当てで選ばれただけなのか? 失望と涙の中で、千尋は気づく。 「誠一に頼らず、自分の力で生きてみたい」 針と糸を手に、幼い頃から得意だった裁縫を活かして、少しずつ自分の居場所を築き始める。 やがて町の人々に必要とされ、笑顔を取り戻していく千尋。 そんな千尋を見て、誠一の心もまた揺れ始めて――。 涙から始まる、すれ違い夫婦の再生と恋の物語。 ※本作は明治時代初期~中期をイメージしていますが、BL作品としての物語性を重視し、史実とは異なる設定や表現があります。 ※誤字脱字などお気づきの点があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

恋をあきらめた美人上司、年下部下に“推し”認定されて逃げ場がない~「主任が笑うと、世界が綺麗になるんです」…やめて、好きになっちゃうから!

中岡 始
BL
30歳、広告代理店の主任・安藤理玖。 仕事は真面目に、私生活は質素に。美人系と言われても、恋愛はもう卒業した。 ──そう、あの過去の失恋以来、自分の心は二度と動かないと決めていた。 そんな理玖の前に現れたのは、地方支社から異動してきた新入部下、中村大樹(25)。 高身長、高スペック、爽やかイケメン……だけど妙に距離が近い。 「主任って、本当に綺麗ですね」 「僕だけが気づいてるって、ちょっと嬉しいんです」 冗談でしょ。部下だし、年下だし── なのに、毎日まっすぐに“推し活”みたいな視線で見つめられて、 いつの間にか平穏だったはずの心がざわつきはじめる。 手が触れたとき、雨の日の相合い傘、 ふと見せる優しい笑顔── 「安藤主任が笑ってくれれば、それでいいんです」 「でも…もし、少しでも僕を見てくれるなら──もっと、近づきたい」 これは恋?それともただの憧れ? 諦めたはずの心が、また熱を持ちはじめる。

【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>

はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ② 人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。 そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。 そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。 友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。 人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

fall~獣のような男がぼくに歓びを教える

乃木のき
BL
お前は俺だけのものだ__結婚し穏やかな家庭を気づいてきた瑞生だが、元恋人の禄朗と再会してしまう。ダメなのに逢いたい。逢ってしまえばあなたに狂ってしまうだけなのに。 強く結ばれていたはずなのに小さなほころびが2人を引き離し、抗うように惹きつけ合う。 濃厚な情愛の行く先は地獄なのか天国なのか。 ※エブリスタで連載していた作品です

処理中です...