5 / 99
邂逅4
しおりを挟む
それからは毎日同じような時間に岩のところへ通った。
それに対して頼子は何も言わない。最近は発作を起こしたことはないし、都に帰るのも決まっている。だから自由にさせてくれているのだろう。自由でいられるのもあと僅かだから。
そして霞若の方も、あまり頼子に心配をかけないように、暗くなる前には帰っている。
「若様は最近、とても良いお顔をしていらっしゃいますね」
「え?」
夕餉のあとに頼子が言った。
良い顔とはなんのことだろう。わからなくて首を傾げる。それに対して頼子は小さく笑う。
「最近、とても楽しそうな、そして柔らかいお顔をしていらっしゃいます」
楽しそう……。その言葉を繰り返す。その言葉には覚えがある。
毎日、岩で博嗣に会えることが楽しみなのだ。それが顔に表れているのかもしれない。柔らかい顔というのは、博嗣の奏でるあの音色を聞いているからだろうか。
「都に帰れば、もうこうやって過ごすことは出来なくなります。それまで楽しんで過ごされてください。頼子は、今の若様のお顔は好きでございますよ」
「ありがとう、頼子」
「いいえ」
やはり都に帰るのが決まっているから自由にさせてくれているのだ。そうであれば、心配させないように、でも楽しもう。
「ねえ、頼子。龍笛って難しそうだね」
「龍笛でございますか? どこかで龍笛をお聞きになったのでございますか? 最近、この辺に来ている貴族はいないはずでございますが」
博嗣が吹いているあの音は、山荘までは届いていないらしい。
そう思うと、頼子の言葉にひやりとする。
そうだ。それに最近は、山で貴族には会っていない。それなのに龍笛の話題なんておかしい。
「あ、ううん。龍笛に限らず雅楽の楽器ってどれも難しそうだなってふと思っただけだよ」
「そうでございますか。確かにそうでございますわね。若様は雅楽に関心をお持ちなのですね」
「ちょっとだけね」
「さすがは右大臣、四条の若様でいらっしゃいますね」
良かった。うまくごまかせたようだ。雅楽になんて興味もないけれど、そうでも言わなければごまかせなかった。まさか鬼が龍笛を吹いていて、その音色がいい、などとは言えない。
鬼……。鬼と会っているなんて頼子が知ったらどうなるんだろう。でも、その鬼は誰よりも優しい目をしている。なんてことを言ったら大変だろう。
都では何年かに1度、鬼が出たとざわつくことがある。誰かが鬼に喰われたと話題になるのだ。
「ねえ、頼子。頼子は鬼に会ったことはある?」
「急になんでございますか。雅楽のお話をなさっておりましたのに」
「ごめん」
「いいえ、良いのですよ。鬼、でございますか。会ったことなどございませんよ。会っていたら、今ごろ生きておりません」
鬼に喰われているという意味だろう。鬼はみんな人を喰らうと思っているのだろう。そんなことないのにと思う。博嗣が誠に鬼だと言うのならば、人を喰らわない鬼もいるということだ。
「鬼ってどんな姿なんだろう」
「頼子も会ったことはございませんが、真っ赤な顔をして頭には角が生えていて、とても怖い顔をしていると聞いたことがございます」
「赤い顔をして、角……」
「若様。もし山で鬼を見かけたら、すぐに逃げてくださいませね。そして、都へ戻りましょう。山より都の方が安全ですものね」
まさか、鬼と名乗る人と毎日会っているなどと言えない。そんなことが知れてしまえば、元服を前に都へ戻らなくてはいけなくなる。山をおりるその日まで誰にも知られるわけにはいかない。
明日も博嗣さまに会いたい……。
それに対して頼子は何も言わない。最近は発作を起こしたことはないし、都に帰るのも決まっている。だから自由にさせてくれているのだろう。自由でいられるのもあと僅かだから。
そして霞若の方も、あまり頼子に心配をかけないように、暗くなる前には帰っている。
「若様は最近、とても良いお顔をしていらっしゃいますね」
「え?」
夕餉のあとに頼子が言った。
良い顔とはなんのことだろう。わからなくて首を傾げる。それに対して頼子は小さく笑う。
「最近、とても楽しそうな、そして柔らかいお顔をしていらっしゃいます」
楽しそう……。その言葉を繰り返す。その言葉には覚えがある。
毎日、岩で博嗣に会えることが楽しみなのだ。それが顔に表れているのかもしれない。柔らかい顔というのは、博嗣の奏でるあの音色を聞いているからだろうか。
「都に帰れば、もうこうやって過ごすことは出来なくなります。それまで楽しんで過ごされてください。頼子は、今の若様のお顔は好きでございますよ」
「ありがとう、頼子」
「いいえ」
やはり都に帰るのが決まっているから自由にさせてくれているのだ。そうであれば、心配させないように、でも楽しもう。
「ねえ、頼子。龍笛って難しそうだね」
「龍笛でございますか? どこかで龍笛をお聞きになったのでございますか? 最近、この辺に来ている貴族はいないはずでございますが」
博嗣が吹いているあの音は、山荘までは届いていないらしい。
そう思うと、頼子の言葉にひやりとする。
そうだ。それに最近は、山で貴族には会っていない。それなのに龍笛の話題なんておかしい。
「あ、ううん。龍笛に限らず雅楽の楽器ってどれも難しそうだなってふと思っただけだよ」
「そうでございますか。確かにそうでございますわね。若様は雅楽に関心をお持ちなのですね」
「ちょっとだけね」
「さすがは右大臣、四条の若様でいらっしゃいますね」
良かった。うまくごまかせたようだ。雅楽になんて興味もないけれど、そうでも言わなければごまかせなかった。まさか鬼が龍笛を吹いていて、その音色がいい、などとは言えない。
鬼……。鬼と会っているなんて頼子が知ったらどうなるんだろう。でも、その鬼は誰よりも優しい目をしている。なんてことを言ったら大変だろう。
都では何年かに1度、鬼が出たとざわつくことがある。誰かが鬼に喰われたと話題になるのだ。
「ねえ、頼子。頼子は鬼に会ったことはある?」
「急になんでございますか。雅楽のお話をなさっておりましたのに」
「ごめん」
「いいえ、良いのですよ。鬼、でございますか。会ったことなどございませんよ。会っていたら、今ごろ生きておりません」
鬼に喰われているという意味だろう。鬼はみんな人を喰らうと思っているのだろう。そんなことないのにと思う。博嗣が誠に鬼だと言うのならば、人を喰らわない鬼もいるということだ。
「鬼ってどんな姿なんだろう」
「頼子も会ったことはございませんが、真っ赤な顔をして頭には角が生えていて、とても怖い顔をしていると聞いたことがございます」
「赤い顔をして、角……」
「若様。もし山で鬼を見かけたら、すぐに逃げてくださいませね。そして、都へ戻りましょう。山より都の方が安全ですものね」
まさか、鬼と名乗る人と毎日会っているなどと言えない。そんなことが知れてしまえば、元服を前に都へ戻らなくてはいけなくなる。山をおりるその日まで誰にも知られるわけにはいかない。
明日も博嗣さまに会いたい……。
3
あなたにおすすめの小説
夫には好きな相手がいるようです。愛されない僕は針と糸で未来を縫い直します。
伊織
BL
裕福な呉服屋の三男・桐生千尋(きりゅう ちひろ)は、行商人の家の次男・相馬誠一(そうま せいいち)と結婚した。
子どもの頃に憧れていた相手との結婚だったけれど、誠一はほとんど笑わず、冷たい態度ばかり。
ある日、千尋は誠一宛てに届いた女性からの恋文を見つけてしまう。
――自分はただ、家からの援助目当てで選ばれただけなのか?
失望と涙の中で、千尋は気づく。
「誠一に頼らず、自分の力で生きてみたい」
針と糸を手に、幼い頃から得意だった裁縫を活かして、少しずつ自分の居場所を築き始める。
やがて町の人々に必要とされ、笑顔を取り戻していく千尋。
そんな千尋を見て、誠一の心もまた揺れ始めて――。
涙から始まる、すれ違い夫婦の再生と恋の物語。
※本作は明治時代初期~中期をイメージしていますが、BL作品としての物語性を重視し、史実とは異なる設定や表現があります。
※誤字脱字などお気づきの点があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
雪を溶かすように
春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。
和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。
溺愛・甘々です。
*物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる