香戀歌〜千年の時を越えて〜

水無瀬 蒼

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夢の男2

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「思い出さなきゃって思ったのは、何歳からだったんだろうな」

 真夏の問いに、正面に座る兼親が首を傾げる。
 ここはカフェで2人は大学の夏休みを利用して行く、元伊勢行きについての相談をしていたところだった。

「小さな頃の記憶じゃないのか? 2歳とか3歳とかのさ」
「うーん……。違うな。だってその頃にはもう、”なにか”を探していたよ」

 窓の外は夕暮れの空。外はまだまだ暑そうだ。ここ数日は熱帯夜と夢とで良く眠れていない。せめてカフェを出るのはもう少し気温が下がってからがいい。
 そして思考を夢の話しへと戻す。
 自分が記憶しているなかで一番古い記憶。それは誰かの名前でもなければ、出来事でもなかった。ただ、胸の奥に沈んだ違和感のようなもの。ずっと、何かを忘れている、そんな確信だけがあった。

「もちろん、それ以前に何かがあったって可能性はあるけど、なんとなく違う気がするんだよね」
「違う?」
「うん。忘れているのは”普通の記憶”じゃない。もっと前の、もっと……大事な何かだと思うんだ」

 兼親はコーヒーを飲む手を止め、じっと真夏の顔を見つめた。

「……それ、かなり厄介だな」
「うん。すっきりしないから嫌なんだけど、どうしても思い出せないんだよ」

 言葉にすればするほど胸の中のもやは濃くなる。

「何かきっかけがあればいいんじゃないか? 思い当たるキーワードとかさ。そういうのないのか?」
「うーん……」

 全くないわけではなかった。ただ、それが本当に関係しているのかはわからない。たまたまかもしれないし。それは自分ではよくわからなかった。

「……平安時代」
「平安時代?」

 兼親が怪訝そうに眉を寄せる。

「うん。歴史とか古典の授業で平安時代のことだったり、和歌だったりすると、懐かしいっていうか、なんか落ち着くんだよ。不思議なんだけどさ。で、あまり勉強してないのにテストの点もよかったし」
「だから大学も文学部だもんな」
「そうそう」
「で、その時代の何かに心当たりはあるのか?」
「それが全くないんだよ」

 真夏は困ったように笑う。けれど、その表情にはどこか焦りも感じられた。

「平安時代と言えば、陰陽師とか?」
「うーん……。映画で観たけど、別にそこは何も感じないかな? あ、でもちょっと嫌な気はした」
「嫌な感じ? なんだ、それ」
「自分でもわからないよ」
「じゃあ、他に平安時代と言えば、鬼とか? そういえば真夏、小さい頃から鬼に反応してたじゃん」
「鬼……」

 その瞬間だった。
 胸の奥。心臓が”どくり”と大きく跳ねた。

「源頼光が渡辺綱をはじめ、四天王を連れて鬼退治に行ったっていうだろう。まぁ、おとぎ話だと思うけど。でも、他に平安時代と言って浮かぶものないんだよな」

 鬼退治……。
 その言葉を聞いた途端、胸が締め付けられるように痛くなった。
 息が詰まる。
 目の前が一瞬にして暗くなる。
 
「渡辺綱が茨木童子の腕を一条戻橋で切り落としたのは有名だよな。茨木童子と酒呑童子は大江山にいる鬼だった」

 大江山……。
 その言葉が深く胸に刺さった。

「どうした? 顔色が悪いぞ」
「うん……」

 必死で呼吸を整えようとするけれど、うまくいかない。苦しい。手が震える。どうして? なんでこんなにも震える?

「何かひっかかる言葉があったのか?」
「大江山の鬼……」
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