香戀歌〜千年の時を越えて〜

水無瀬 蒼

文字の大きさ
42 / 99

鬼の記憶9

しおりを挟む
 大江山の中を歩いて――頂上を目指してないし、ただ歩いていただけだから登山とは言えない――夕食の時間ぎりぎりに宿に戻り、お風呂にも入って、明日帰る支度も終え、後は寝るだけになった時に兼親が言う。
 
「明日はもう東京に戻るんだな。元伊勢観光は面白かったし、大江山が思ってた以上に鬼を前面にだしていたし、真夏も収穫があったみたいだから、いい旅だったな」
「自分のことは置いておいても、楽しかったな。ほんとに鬼のモニュメントに鬼の足跡っていうのがすごかった」
「ほんとに。あーでも、帰りたくない。明後日から早速バイトだよ。冬の伊勢があるからな」
「仕方ない。伊勢を歩こうって言ったのは兼親だぞ」
「わかってるよ。あー。もう寝るぞ。さすがに疲れた」
「そうだな。おやすみ」
「おやすみ」

 そう言って部屋の電気を消して間もなく、隣から兼親の寝息が聞こえてきた。とはいえ、真夏ももう瞼を開けてはいられない。そう思った瞬間、夢の中へと入っていた。

「あ、ここ……」

 真夏は昼間歩いた道すがら見かけた苔むした大きな岩の前にいた。そして、その岩にはいつも夢で見る銀髪の人がいて、笛を吹いている。

(この音色……)

 その音色はここに大江に来てから何度か聞こえてきた音だった。

 笛を吹く銀髪の人の横顔を真夏はじっと見ていた。すると、真夏の視線に気がついたのか、その人は笛を吹くのをやめ、真夏に視線をやる。

「その笛……」

 真夏の視線の先にあるのは、よく見ると竹のようだった。そんな笛があるのだろうか。

「……。竹笛だ。篠笛とは言えない簡素なものだ」
「竹笛……」

 銀髪の人は、簡素なものだと言いながら、大事なものを見る目で竹笛を見て、撫でていた。
 音楽に明るくない真夏にでも、その笛は簡素なものだとわかった。でも、彼がその笛をとても大事にしていることもわかった。

「あの! 俺、大江に来て、少しだけ思い出したと言うかなんていうか、ここが俺にとってとても大事なところだってわかったんです。きっと、もっと思い出します。だから……思い出したら現実世界で会って貰えますか?」

 真夏がそう言うと、銀髪の人は視線を竹笛に落としたまま口を開いた。

「……お前が望むなら」
「なら、待っててください。俺、頑張って思い出すので」
「でも、私と会って、良いことはないよ」

 そう言って寂しそうに笑う姿を見て、真夏は胸が苦しくなった。なぜ、そんなに寂しそうな顔をするのか。
 きっと何かあったのだろう。そして、それは思い出さなくてはいけない気がした。

「そんなこと言わないでください。俺はあなたと会いたいと思っているんです。それだけ、忘れないでください」

 真夏がそう力強く言うと、銀髪の人は小さく頷いた。
 
(俺と会うことで、きっと何かあるんだ。)

 そう思うけれど、現実世界で会いたいという気持ちは譲れない。だから会って貰う。そして、そのためには必ず思い出す、と真夏は思った。
 銀髪の人は真夏に一瞬、目をやっただけで手元の竹笛に目を落としたままだ。そして、真夏はそんな人の横顔を見つめていた。
 すると、世界が白くなって霞んでくる。

「……目覚める時間だ」

 そう言って真夏の方を一瞬だけ見てくれた気がしたが、空が白み始める方が早くて良くわからなかった。

 真夏の頭の方でスマホの目覚ましが鳴っている。ここで目覚ましを止めて二度寝をしたいところだけど、残念ながら今日は東京に帰る日だ。そういうわけにはいかない。
 真夏がしぶしぶと頭を上げると、隣の兼親はまだ寝ていた。

「兼親! 起きて! 朝だよ!」

 1度言ったくらいでは起きない兼親に、今度は耳元で言うと、さすがに煩かったらしく一発で目を覚ました。
 兼親はノロノロと起き上がり、真夏の顔をしばらく眺めた。

「なに。起こしたから不機嫌?」
「いや、そんなことはないけど。いや、あるか。少しな。でも、そんなことより何かいいことあった? ってか、真夏だって寝てただろうけどさ。夢、見たとか?」

 問われて真夏は頷いた。

「もしかして夢の銀髪の人?」
「うん」
「会う約束したとか?」
「俺がもっと思い出したら。自分と会ってもいいことはないって言われたけど、会いたいからって押し通した。でも、俺があんなに懇願するとかちょっと驚き」
「そっか。ずっと会いたいって言ってたから、それでだろ。子供の頃から夢見ている人だし。だからだろ。会えるように頑張って思い出さなきゃな」
「うん」
「俺も手伝えることあれば手伝うからさ」
「じゃあ、その前に起きて。髪、寝癖ひどいぞ」
「はーい。起きますよー」

 不承不承起き上がった兼親を見て、何だか兼親にも何か言いようのない気持ちを感じた。
 兼親は幼馴染みだけど、もっと昔から知っているような。そんな気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オメガ判定されました日記~俺を支えてくれた大切な人~

伊織
BL
「オメガ判定、された。」 それだけで、全部が変わるなんて思ってなかった。 まだ、よくわかんない。 けど……書けば、少しは整理できるかもしれないから。 **** 文武両道でアルファの「御門 蓮」と、オメガであることに戸惑う「陽」。 2人の関係は、幼なじみから恋人へ進んでいく。それは、あたたかくて、幸せな時間だった。 けれど、少しずつ──「恋人であること」は、陽の日常を脅かしていく。 大切な人を守るために、陽が選んだ道とは。 傷つきながらも、誰かを想い続けた少年の、ひとつの記録。 **** もう1つの小説「番じゃない僕らの恋」の、陽の日記です。 「章」はそちらの小説に合わせて、設定しています。

夫には好きな相手がいるようです。愛されない僕は針と糸で未来を縫い直します。

伊織
BL
裕福な呉服屋の三男・桐生千尋(きりゅう ちひろ)は、行商人の家の次男・相馬誠一(そうま せいいち)と結婚した。 子どもの頃に憧れていた相手との結婚だったけれど、誠一はほとんど笑わず、冷たい態度ばかり。 ある日、千尋は誠一宛てに届いた女性からの恋文を見つけてしまう。 ――自分はただ、家からの援助目当てで選ばれただけなのか? 失望と涙の中で、千尋は気づく。 「誠一に頼らず、自分の力で生きてみたい」 針と糸を手に、幼い頃から得意だった裁縫を活かして、少しずつ自分の居場所を築き始める。 やがて町の人々に必要とされ、笑顔を取り戻していく千尋。 そんな千尋を見て、誠一の心もまた揺れ始めて――。 涙から始まる、すれ違い夫婦の再生と恋の物語。 ※本作は明治時代初期~中期をイメージしていますが、BL作品としての物語性を重視し、史実とは異なる設定や表現があります。 ※誤字脱字などお気づきの点があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです。

fall~獣のような男がぼくに歓びを教える

乃木のき
BL
お前は俺だけのものだ__結婚し穏やかな家庭を気づいてきた瑞生だが、元恋人の禄朗と再会してしまう。ダメなのに逢いたい。逢ってしまえばあなたに狂ってしまうだけなのに。 強く結ばれていたはずなのに小さなほころびが2人を引き離し、抗うように惹きつけ合う。 濃厚な情愛の行く先は地獄なのか天国なのか。 ※エブリスタで連載していた作品です

【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>

はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ② 人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。 そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。 そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。 友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。 人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!

恋をあきらめた美人上司、年下部下に“推し”認定されて逃げ場がない~「主任が笑うと、世界が綺麗になるんです」…やめて、好きになっちゃうから!

中岡 始
BL
30歳、広告代理店の主任・安藤理玖。 仕事は真面目に、私生活は質素に。美人系と言われても、恋愛はもう卒業した。 ──そう、あの過去の失恋以来、自分の心は二度と動かないと決めていた。 そんな理玖の前に現れたのは、地方支社から異動してきた新入部下、中村大樹(25)。 高身長、高スペック、爽やかイケメン……だけど妙に距離が近い。 「主任って、本当に綺麗ですね」 「僕だけが気づいてるって、ちょっと嬉しいんです」 冗談でしょ。部下だし、年下だし── なのに、毎日まっすぐに“推し活”みたいな視線で見つめられて、 いつの間にか平穏だったはずの心がざわつきはじめる。 手が触れたとき、雨の日の相合い傘、 ふと見せる優しい笑顔── 「安藤主任が笑ってくれれば、それでいいんです」 「でも…もし、少しでも僕を見てくれるなら──もっと、近づきたい」 これは恋?それともただの憧れ? 諦めたはずの心が、また熱を持ちはじめる。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...