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鬼の記憶9
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大江山の中を歩いて――頂上を目指してないし、ただ歩いていただけだから登山とは言えない――夕食の時間ぎりぎりに宿に戻り、お風呂にも入って、明日帰る支度も終え、後は寝るだけになった時に兼親が言う。
「明日はもう東京に戻るんだな。元伊勢観光は面白かったし、大江山が思ってた以上に鬼を前面にだしていたし、真夏も収穫があったみたいだから、いい旅だったな」
「自分のことは置いておいても、楽しかったな。ほんとに鬼のモニュメントに鬼の足跡っていうのがすごかった」
「ほんとに。あーでも、帰りたくない。明後日から早速バイトだよ。冬の伊勢があるからな」
「仕方ない。伊勢を歩こうって言ったのは兼親だぞ」
「わかってるよ。あー。もう寝るぞ。さすがに疲れた」
「そうだな。おやすみ」
「おやすみ」
そう言って部屋の電気を消して間もなく、隣から兼親の寝息が聞こえてきた。とはいえ、真夏ももう瞼を開けてはいられない。そう思った瞬間、夢の中へと入っていた。
「あ、ここ……」
真夏は昼間歩いた道すがら見かけた苔むした大きな岩の前にいた。そして、その岩にはいつも夢で見る銀髪の人がいて、笛を吹いている。
(この音色……)
その音色はここに大江に来てから何度か聞こえてきた音だった。
笛を吹く銀髪の人の横顔を真夏はじっと見ていた。すると、真夏の視線に気がついたのか、その人は笛を吹くのをやめ、真夏に視線をやる。
「その笛……」
真夏の視線の先にあるのは、よく見ると竹のようだった。そんな笛があるのだろうか。
「……。竹笛だ。篠笛とは言えない簡素なものだ」
「竹笛……」
銀髪の人は、簡素なものだと言いながら、大事なものを見る目で竹笛を見て、撫でていた。
音楽に明るくない真夏にでも、その笛は簡素なものだとわかった。でも、彼がその笛をとても大事にしていることもわかった。
「あの! 俺、大江に来て、少しだけ思い出したと言うかなんていうか、ここが俺にとってとても大事なところだってわかったんです。きっと、もっと思い出します。だから……思い出したら現実世界で会って貰えますか?」
真夏がそう言うと、銀髪の人は視線を竹笛に落としたまま口を開いた。
「……お前が望むなら」
「なら、待っててください。俺、頑張って思い出すので」
「でも、私と会って、良いことはないよ」
そう言って寂しそうに笑う姿を見て、真夏は胸が苦しくなった。なぜ、そんなに寂しそうな顔をするのか。
きっと何かあったのだろう。そして、それは思い出さなくてはいけない気がした。
「そんなこと言わないでください。俺はあなたと会いたいと思っているんです。それだけ、忘れないでください」
真夏がそう力強く言うと、銀髪の人は小さく頷いた。
(俺と会うことで、きっと何かあるんだ。)
そう思うけれど、現実世界で会いたいという気持ちは譲れない。だから会って貰う。そして、そのためには必ず思い出す、と真夏は思った。
銀髪の人は真夏に一瞬、目をやっただけで手元の竹笛に目を落としたままだ。そして、真夏はそんな人の横顔を見つめていた。
すると、世界が白くなって霞んでくる。
「……目覚める時間だ」
そう言って真夏の方を一瞬だけ見てくれた気がしたが、空が白み始める方が早くて良くわからなかった。
真夏の頭の方でスマホの目覚ましが鳴っている。ここで目覚ましを止めて二度寝をしたいところだけど、残念ながら今日は東京に帰る日だ。そういうわけにはいかない。
真夏がしぶしぶと頭を上げると、隣の兼親はまだ寝ていた。
「兼親! 起きて! 朝だよ!」
1度言ったくらいでは起きない兼親に、今度は耳元で言うと、さすがに煩かったらしく一発で目を覚ました。
兼親はノロノロと起き上がり、真夏の顔をしばらく眺めた。
「なに。起こしたから不機嫌?」
「いや、そんなことはないけど。いや、あるか。少しな。でも、そんなことより何かいいことあった? ってか、真夏だって寝てただろうけどさ。夢、見たとか?」
問われて真夏は頷いた。
「もしかして夢の銀髪の人?」
「うん」
「会う約束したとか?」
「俺がもっと思い出したら。自分と会ってもいいことはないって言われたけど、会いたいからって押し通した。でも、俺があんなに懇願するとかちょっと驚き」
「そっか。ずっと会いたいって言ってたから、それでだろ。子供の頃から夢見ている人だし。だからだろ。会えるように頑張って思い出さなきゃな」
「うん」
「俺も手伝えることあれば手伝うからさ」
「じゃあ、その前に起きて。髪、寝癖ひどいぞ」
「はーい。起きますよー」
不承不承起き上がった兼親を見て、何だか兼親にも何か言いようのない気持ちを感じた。
兼親は幼馴染みだけど、もっと昔から知っているような。そんな気がした。
「明日はもう東京に戻るんだな。元伊勢観光は面白かったし、大江山が思ってた以上に鬼を前面にだしていたし、真夏も収穫があったみたいだから、いい旅だったな」
「自分のことは置いておいても、楽しかったな。ほんとに鬼のモニュメントに鬼の足跡っていうのがすごかった」
「ほんとに。あーでも、帰りたくない。明後日から早速バイトだよ。冬の伊勢があるからな」
「仕方ない。伊勢を歩こうって言ったのは兼親だぞ」
「わかってるよ。あー。もう寝るぞ。さすがに疲れた」
「そうだな。おやすみ」
「おやすみ」
そう言って部屋の電気を消して間もなく、隣から兼親の寝息が聞こえてきた。とはいえ、真夏ももう瞼を開けてはいられない。そう思った瞬間、夢の中へと入っていた。
「あ、ここ……」
真夏は昼間歩いた道すがら見かけた苔むした大きな岩の前にいた。そして、その岩にはいつも夢で見る銀髪の人がいて、笛を吹いている。
(この音色……)
その音色はここに大江に来てから何度か聞こえてきた音だった。
笛を吹く銀髪の人の横顔を真夏はじっと見ていた。すると、真夏の視線に気がついたのか、その人は笛を吹くのをやめ、真夏に視線をやる。
「その笛……」
真夏の視線の先にあるのは、よく見ると竹のようだった。そんな笛があるのだろうか。
「……。竹笛だ。篠笛とは言えない簡素なものだ」
「竹笛……」
銀髪の人は、簡素なものだと言いながら、大事なものを見る目で竹笛を見て、撫でていた。
音楽に明るくない真夏にでも、その笛は簡素なものだとわかった。でも、彼がその笛をとても大事にしていることもわかった。
「あの! 俺、大江に来て、少しだけ思い出したと言うかなんていうか、ここが俺にとってとても大事なところだってわかったんです。きっと、もっと思い出します。だから……思い出したら現実世界で会って貰えますか?」
真夏がそう言うと、銀髪の人は視線を竹笛に落としたまま口を開いた。
「……お前が望むなら」
「なら、待っててください。俺、頑張って思い出すので」
「でも、私と会って、良いことはないよ」
そう言って寂しそうに笑う姿を見て、真夏は胸が苦しくなった。なぜ、そんなに寂しそうな顔をするのか。
きっと何かあったのだろう。そして、それは思い出さなくてはいけない気がした。
「そんなこと言わないでください。俺はあなたと会いたいと思っているんです。それだけ、忘れないでください」
真夏がそう力強く言うと、銀髪の人は小さく頷いた。
(俺と会うことで、きっと何かあるんだ。)
そう思うけれど、現実世界で会いたいという気持ちは譲れない。だから会って貰う。そして、そのためには必ず思い出す、と真夏は思った。
銀髪の人は真夏に一瞬、目をやっただけで手元の竹笛に目を落としたままだ。そして、真夏はそんな人の横顔を見つめていた。
すると、世界が白くなって霞んでくる。
「……目覚める時間だ」
そう言って真夏の方を一瞬だけ見てくれた気がしたが、空が白み始める方が早くて良くわからなかった。
真夏の頭の方でスマホの目覚ましが鳴っている。ここで目覚ましを止めて二度寝をしたいところだけど、残念ながら今日は東京に帰る日だ。そういうわけにはいかない。
真夏がしぶしぶと頭を上げると、隣の兼親はまだ寝ていた。
「兼親! 起きて! 朝だよ!」
1度言ったくらいでは起きない兼親に、今度は耳元で言うと、さすがに煩かったらしく一発で目を覚ました。
兼親はノロノロと起き上がり、真夏の顔をしばらく眺めた。
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「いや、そんなことはないけど。いや、あるか。少しな。でも、そんなことより何かいいことあった? ってか、真夏だって寝てただろうけどさ。夢、見たとか?」
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「もしかして夢の銀髪の人?」
「うん」
「会う約束したとか?」
「俺がもっと思い出したら。自分と会ってもいいことはないって言われたけど、会いたいからって押し通した。でも、俺があんなに懇願するとかちょっと驚き」
「そっか。ずっと会いたいって言ってたから、それでだろ。子供の頃から夢見ている人だし。だからだろ。会えるように頑張って思い出さなきゃな」
「うん」
「俺も手伝えることあれば手伝うからさ」
「じゃあ、その前に起きて。髪、寝癖ひどいぞ」
「はーい。起きますよー」
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兼親は幼馴染みだけど、もっと昔から知っているような。そんな気がした。
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