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新たな聖女召喚
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その夜、祭りの余韻が残る中、気分が少し浮かれていた私は許可をもらって庭園を散歩していた。
夜風は心地よく、花の香りがほんのり漂う。
そのとき、植え込みの奥から低い声が聞こえてきた。
何気なく近づくと、二人の男の影が月明かりに浮かんでいた。
「……これで終わりだ。あと少しの辛抱だ」
その言葉が、妙に冷たく響く。その声の主はアレクだった。
何の話かはわからないけれど、胸の奥がひやりと冷える。いつも私に向けるあの優しい声が、今は別人のようだ。
私は息を潜めたまま、その場に立ち尽くしていた。けれど、怖さがじわじわと背筋を這い上がってくる。
このままこの話を聞いていたくない……そっと足音を立てないように庭園の小道を戻った。
胸のざわつきは収まらないまま、ただ少しでも心を落ち着けたくて庭園の奥にある神殿の方へ向かった。
あの静かで美しいな空間なら、少しは気持ちが静まるかもしれないと思った。
夜の神殿は静まり返っていた。
灯りは落とされ、月明かりがステンドグラスを淡く照らしている。
そのとき、奥の方からふわりと青白い光が漏れ出しているのに気づいた。
私は思わず立ち止まり、そっとその光へと歩み寄った。
静まり返った空間に、柔らかな祈りの声が重なっている。
柱の陰から覗くと、奥の祭壇で神官たちが祈りを捧げていた。
その中心で光の粒がゆっくりと集まり、淡く、けれど強く神殿の柱を照らしている。
「……何?」
やがてその光の粒が中心へと集まっていき、はっきりと一人の少女の姿を形作っていった。
宙にふわりと浮かぶ銀色の髪、透き通った薄紫の瞳。
肌は淡く輝き、まるで神話の天使のようだった。
私は息を呑んだ。
その場にいた誰もが、彼女の美しさに見惚れていたと思う。
だけど私が驚いていたのは何も彼女の美しさに圧倒されていたからじゃない。
「白石……天音……?」
思わずその名前がこぼれる。
大学で何度か見かけた、黒髪に眼鏡をかけた地味な後輩だ。あまり関わりはなかったけど、どうして彼女がここに?
目の前の彼女は元の世界にいた時とは全然違う。
銀色の髪がふわりと揺れ、透き通るような薄紫の瞳が光を宿している。
まるで別人みたいに、眩しいほど輝いていた。
その瞬間、神官が深々と頭を下げる。
「聖女様。ようやく本物が降臨されました」
私はその言葉の意味がすぐには飲み込めなかった。
聖女? 本物? どういうこと?
そのとき、背後から足音が響いた。
振り返ると、アレクが神殿へ入ってくる。
けれど、扉の側に立つ私には視線を向けることは一度もなかった。まるで私なんて存在しないみたいに、まっすぐ光の中心にいる天音を見つめ、ゆっくりと歩み寄っていく。
彼はそのまま天音の前で膝をつき、静かにその手を取った。
「あなたこそ、この国を救う真の聖女だ」
私は思わず一歩、後ずさった。アレクの言葉に、胸がぎゅっと締め付けられる。
「待って……私は……」
震える声で問いかけると、アレクがゆっくりと振り向いた。
その瞳には、いつか私に向けた優しさはなかった。
「君の役目は終わった」
「……え?」
「本物が現れた。君はもう必要ない」
一瞬、冗談かと思った。でも、彼の表情は変わらない。それまでアレクに対して積み上げてきたものが、その一言で崩れ落ちていくようだった。
「どういうこと? 私は……どうすれば……」
必死に言葉を探すけれど、アレクはすでに背を向け、天音を夢中で見つめていた。
その横顔は穏やかで、どこか恍惚とした微笑みを浮かべている。天音だけを見つめ、他の何も目に入っていないようだった。
その表情を見た瞬間、胸の奥がじくりと痛んだ。
ああ、私に向けていたあの笑顔は、やっぱり作りものだったんだ。
本当に心から微笑む相手は、最初から私じゃなかった。
光がゆっくりと収まっていく中、天音は静かに目を開いた。
まずはアレクに目を向け、落ち着いて微笑みを返す。
その表情は穏やかで、まるで自分の役目を最初から知っていたかのようだった。
けれど、私の存在に気づいた瞬間、天音ははっと息を呑む。
「え、綾瀬先輩?」
その声は、大学で何度か交わした会話と変わらなかった。
私も思わず呼び返してしまう。
「白石さん……どうして?」
戸惑いが胸を締めつける。再会の空気を断ち切ったのは、アレクの淡々とした説明だった。
「真の聖女の名は白石というのか」
「はい、白石天音です。天音と呼んでください」
「天音……美しい名だ」
二人の間には、私が入り込めない空気があった。
まるで最初からそう決まっていたかのように、アレクと天音は視線を交わしている。
やっとこちらに気づいたアレクが、少し面倒そうに口を開いた。
「こちらは綾瀬紗月。真なる聖女が現れるまで、この国を支えてくれた代行者だ」
その言い方は、私を紹介するというより、説明を終わらせるための義務みたいだった。
代行者。
その響きがやけに冷たく胸に落ちた。
天音は私とアレクを一度ゆっくりと見比べる。
ふっと口元に笑みを浮かべると、柔らかな声で言った。
「そうだったんですね。先輩、お疲れさまでした」
その一言が胸に突き刺さる。言葉が出ない。
喉の奥がきゅっと締めつけられ、ただ天音を見返すしかなかった。
ふわりと浮かべた微笑みの奥には、明らかな優越感が滲んでいた。
天音はそのままアレクの前に進み、ひざまずく。
「私がこの国を救います」
その声ははっきりと響き渡り、広間の空気を支配する。
周囲にいた神官や騎士たちは、一斉に天音へと視線を向けた。
私はその輪の外に押し出されたまま、足が動かなかった。
夜風は心地よく、花の香りがほんのり漂う。
そのとき、植え込みの奥から低い声が聞こえてきた。
何気なく近づくと、二人の男の影が月明かりに浮かんでいた。
「……これで終わりだ。あと少しの辛抱だ」
その言葉が、妙に冷たく響く。その声の主はアレクだった。
何の話かはわからないけれど、胸の奥がひやりと冷える。いつも私に向けるあの優しい声が、今は別人のようだ。
私は息を潜めたまま、その場に立ち尽くしていた。けれど、怖さがじわじわと背筋を這い上がってくる。
このままこの話を聞いていたくない……そっと足音を立てないように庭園の小道を戻った。
胸のざわつきは収まらないまま、ただ少しでも心を落ち着けたくて庭園の奥にある神殿の方へ向かった。
あの静かで美しいな空間なら、少しは気持ちが静まるかもしれないと思った。
夜の神殿は静まり返っていた。
灯りは落とされ、月明かりがステンドグラスを淡く照らしている。
そのとき、奥の方からふわりと青白い光が漏れ出しているのに気づいた。
私は思わず立ち止まり、そっとその光へと歩み寄った。
静まり返った空間に、柔らかな祈りの声が重なっている。
柱の陰から覗くと、奥の祭壇で神官たちが祈りを捧げていた。
その中心で光の粒がゆっくりと集まり、淡く、けれど強く神殿の柱を照らしている。
「……何?」
やがてその光の粒が中心へと集まっていき、はっきりと一人の少女の姿を形作っていった。
宙にふわりと浮かぶ銀色の髪、透き通った薄紫の瞳。
肌は淡く輝き、まるで神話の天使のようだった。
私は息を呑んだ。
その場にいた誰もが、彼女の美しさに見惚れていたと思う。
だけど私が驚いていたのは何も彼女の美しさに圧倒されていたからじゃない。
「白石……天音……?」
思わずその名前がこぼれる。
大学で何度か見かけた、黒髪に眼鏡をかけた地味な後輩だ。あまり関わりはなかったけど、どうして彼女がここに?
目の前の彼女は元の世界にいた時とは全然違う。
銀色の髪がふわりと揺れ、透き通るような薄紫の瞳が光を宿している。
まるで別人みたいに、眩しいほど輝いていた。
その瞬間、神官が深々と頭を下げる。
「聖女様。ようやく本物が降臨されました」
私はその言葉の意味がすぐには飲み込めなかった。
聖女? 本物? どういうこと?
そのとき、背後から足音が響いた。
振り返ると、アレクが神殿へ入ってくる。
けれど、扉の側に立つ私には視線を向けることは一度もなかった。まるで私なんて存在しないみたいに、まっすぐ光の中心にいる天音を見つめ、ゆっくりと歩み寄っていく。
彼はそのまま天音の前で膝をつき、静かにその手を取った。
「あなたこそ、この国を救う真の聖女だ」
私は思わず一歩、後ずさった。アレクの言葉に、胸がぎゅっと締め付けられる。
「待って……私は……」
震える声で問いかけると、アレクがゆっくりと振り向いた。
その瞳には、いつか私に向けた優しさはなかった。
「君の役目は終わった」
「……え?」
「本物が現れた。君はもう必要ない」
一瞬、冗談かと思った。でも、彼の表情は変わらない。それまでアレクに対して積み上げてきたものが、その一言で崩れ落ちていくようだった。
「どういうこと? 私は……どうすれば……」
必死に言葉を探すけれど、アレクはすでに背を向け、天音を夢中で見つめていた。
その横顔は穏やかで、どこか恍惚とした微笑みを浮かべている。天音だけを見つめ、他の何も目に入っていないようだった。
その表情を見た瞬間、胸の奥がじくりと痛んだ。
ああ、私に向けていたあの笑顔は、やっぱり作りものだったんだ。
本当に心から微笑む相手は、最初から私じゃなかった。
光がゆっくりと収まっていく中、天音は静かに目を開いた。
まずはアレクに目を向け、落ち着いて微笑みを返す。
その表情は穏やかで、まるで自分の役目を最初から知っていたかのようだった。
けれど、私の存在に気づいた瞬間、天音ははっと息を呑む。
「え、綾瀬先輩?」
その声は、大学で何度か交わした会話と変わらなかった。
私も思わず呼び返してしまう。
「白石さん……どうして?」
戸惑いが胸を締めつける。再会の空気を断ち切ったのは、アレクの淡々とした説明だった。
「真の聖女の名は白石というのか」
「はい、白石天音です。天音と呼んでください」
「天音……美しい名だ」
二人の間には、私が入り込めない空気があった。
まるで最初からそう決まっていたかのように、アレクと天音は視線を交わしている。
やっとこちらに気づいたアレクが、少し面倒そうに口を開いた。
「こちらは綾瀬紗月。真なる聖女が現れるまで、この国を支えてくれた代行者だ」
その言い方は、私を紹介するというより、説明を終わらせるための義務みたいだった。
代行者。
その響きがやけに冷たく胸に落ちた。
天音は私とアレクを一度ゆっくりと見比べる。
ふっと口元に笑みを浮かべると、柔らかな声で言った。
「そうだったんですね。先輩、お疲れさまでした」
その一言が胸に突き刺さる。言葉が出ない。
喉の奥がきゅっと締めつけられ、ただ天音を見返すしかなかった。
ふわりと浮かべた微笑みの奥には、明らかな優越感が滲んでいた。
天音はそのままアレクの前に進み、ひざまずく。
「私がこの国を救います」
その声ははっきりと響き渡り、広間の空気を支配する。
周囲にいた神官や騎士たちは、一斉に天音へと視線を向けた。
私はその輪の外に押し出されたまま、足が動かなかった。
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