松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第2章 医師と絵師。

1 記者と刑事。

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 まさかまさか、またまた佐藤先生の指示のお陰で、低俗な大衆紙に売り込めそうな渦中にいるのですが。

『それで、君は彼を五月蠅いなと思っていた、後』
「全く、コレだから新しいみ、ぅう。と、あんまりに突然でしたのでビックリしまして、ほら怒り過ぎるから、と思った後に。誰かお医者先生を!と叫ばせて頂きました」

『君は、人の死に目には』
「いえ、けど祖父が同じ様に怒った後に心の臓を傷めた事が有ったので、それでお医者先生が必要ではと思った次第です」

『それは、ご愁傷様で』
「いえいえまだ生きていますよ、幸いに軽くて、ただ今回はそれ以上でしたので、コレは助かるかどうかなと」

『そうでしたか失敬失敬、成程』
「で、暫くして女医先生がいらっしゃって、ハンバーグ屋に連れ出して頂きました、患者さん思いの良い先生ですね」

『あぁ、けれどねぇ、あまり評判は良くないのだよ』
「と言いますと?」

『いやね、記事にしないでくれるなら』
「しませんしません、低俗な大衆紙を出す出版社とはワケが違うんです、信用を得てこその出版社。それにこうしたネタは寧ろ作家先生方の栄養剤、何倍にも良いモノにして下さいますから絶対にそのまま安くは売りません」

『出るは出るのか』
「いやですけど何処の誰か、だなんて分かる様な書き方をする者には言いませんよ、それに大戸川 正歩先生は警察の味方ですよ?警察が困る事をすればウチに原稿を寄越してくれませんから」

『あぁ、だか大戸川先生は丸山出版じゃ無かったか?』
「かなり前に鞍替えしたんです」

『ほう、それはどうした事が起きたんだろうか』
「ほらね?気になって探りたくなりますよね?」

『いやだがね』
「コレは内密なんですが、下手に憶測を呼んで大騒ぎになり警察に御迷惑を掛けるよりはと、そこも考えて会長は内容を精査してくれているんですよ」

『アレでか』
「嫌だな、他の出版社と勘違いしてませんか?ウチは被害者の方に寄り添ってる方だと思いますけど、まぁ、佐藤先生の新作をお読みになって頂かないと分かって頂けないかも知れませんね」

『ほう、佐藤先生が新作を』
「あ、サイン入りをお送り致しましょうか?とても気安い方ですから、刑事さんに渡すともなれば喜んで何冊もサインして下さる良い方なんですよ」

『いや、1冊だけで』
「で、今回亡くなった方、何処のどなたなんですか?」

『全く、そのまま言うてくれるなよ?』
「はい」

 こうして手に入れた情報によると、お亡くなりになった方は何と代議士先生。
 僕は疎い方なので全く知らなかったんですが、それなりに有名な方だそうで、ですから女医先生が気を回して警察へ通報して下さったらしい。

『だがな、問題はその女医先生だ』

 ここ最近、有名な方を幾人も看取ってらっしゃるそうで。
 巷ではヤブだ、と。

「でもアレは流石に助からなそうだと、素人ながらに思いましたが」
『検死官も同意見でな、不審な点は全く無いんだが。運だな、悪運、厄女でらっしゃるからな』

「あぁ、良いお年ですね、てっきり二十八位かと」
『金も有るだろうし、手入れが凄いんだろう』

 にしてもお若く見えるんですよね、女医先生。

「にしても、かと」

『いやね、そこだよ林檎君、看護師達の噂では生き血を浴びて若さを保っているんじゃないか、とだね』
「そんな、西洋の創話じゃないんですから」

『火のない所に煙は立たぬ』
「火のない所に煙を立てる者も居ますよ?あ、ウチでは無いですけどね」

『人は盗人火は消亡』
「足下から煙が出る、寝耳に水で青天の霹靂だって起こります、けどまぁ疑ってこその刑事さんですもんね、他にも何か有るからこそ疑ってらっしゃるワケですし」

『そうそう、亡くなった方々は全員、女医先生と顔見知りだからこそだよ』
「あぁ、ですけどお医者先生ともなれば仕方の無い事では?僕は健康優良児なのであまり良く知りませんが、ココには腕が良い先生が揃っているそうですし、ウチの知り合いも危なくなればココだ、と」

『確かに腕が良い者も居ると聞くが玉石混交、酷いのだって混ざるでしょう』
「では女医先生の他の患者も?」

『いやそこがね、所謂庶民に被害は無いんだが』
「成程、上からの圧力ですか、心中お察し申し上げます」

『私もね、あんな若い美人さんを疑うのはね、心苦しいんだ。さぞ妬みや嫉みを買っているだろうとは思う、けれどもね林檎君、だからと言って善人で無罪かは別だ、私情を挟めないんだよ』
「すみません、ご苦労様で御座います」

『だから頼むよ、もしもの事が有れば彼女が困ってしまう事になる』
「はい、勿論、女医先生は少ないんですし、困らせる様な事は決して致しません」

『頼むよ君、顔は覚えたからね』
「はい」



 そして僕は事情聴取を終えて直ぐ、我が社に戻り政治部へ。

《あぁ、その女医先生なら有名だよ、悪徳政治家殺しってね》
「凄い通り名ですね」

《厄女らしいし、仕方無い仕方無い》
「いやご本人様にはそうは思えないでしょう」

《いや取材に言った時に言われたんだよ、どんなお気持ちですかと尋ねたら。厄女ですし、仕方が無いのかと。ってね》
「でも女医先生に何の過失も無いのでは?」

《厄ってのは過失が無かろうとも向こうか来るモノだろ、知り合いの他の医者にも聞いたけど、そう立て続けに自分が看取るばっかりの日が必ず1度は訪れるらしい。つまりは厄、厄女だからって事だろう。それにだ、怪我や病気をするワケじゃない、他のは立て続けに病気だ怪我だとする者だって居るんだ。周りの厄だけってなら寧ろマシな方だろうさ》

「まぁ、女医先生に何も害が無いなら良いんですけど」

《で、尋ねるって事は》
「あ、会長に呼ばれてたんだ、失礼しますね。ありがとうございました」

《ったく》

 コレは、是非にも、女医先生の苦労を皆さんに理解して頂かなければ。
 そう思って会長にご意見を伺い、改めて取材の許可を頂き、アポを取る事に。



《ふぁ》
「あ、失礼します、林檎です今晩は」

《あら、恥ずかしい所を見られたわね》
「いえいえ、お疲れ様で御座います、改めて取材の申し込みをさせて頂きに参りました。コチラ、会長よりお手紙で御座います」

《あら、ご丁寧にどうも。ただ、私、お腹が空いてて》
「あ、でしたら良いおでん屋が有るんですよ、如何ですか?」

《あら良いわね、もう秋と言えば秋だものね》
「まだまだ暑いですが、夜は少し温度が下がってきましたからね」

《そうね、案内をお願い》
「はい、では」

 人懐っこい子。
 いえ、一応は青年よね。

 パッと見は未成年に間違えそうだけれど、挨拶はしっかりしているし、中身も。
 けれど、コレは仕事用なのよね、私生活がどうかは分からない。

《あぁ、ココね》
「やっぱりご存知ですよねぇ、他にしますか?お好み焼きでも良いですよ、僕焼くの得意ですし」

《いえ、すっかり口がおでんだもの、入りましょう》
「少し待ってて下さい、席を頼んで来ますから」

《そう、お願いね》

 接待上手ね。

「お待たせしました、さ、どうぞ」
《小上がりなのね、助かるわ》

「お疲れでしょうから、どうぞ足を、あ、何か掛ける物をお願いしますね」
《ありがとう、飲み物は麦酒と、適当にお願い》

「はい」

 お酒は1軒3杯まで。
 それ以上出せば、店は営業停止にさせられる。

 まぁ、3杯が丁度良いと私も思うわ、家の密造酒で深酒して倒れて運ばれたら実費だし。

 何事も程々、程々が1番なのだけど。
 お酒は中毒になる、依存してしまうのよね。

《あぁ、どうも》
「さ、頂きましょうか」

《じゃあ、献杯》
「はい、献杯で」

《はぁ、美味しい》
「良い飲みっぷりですね」

《最初の1杯だけよ、この年でまだ味が苦手なの》
「苦いですもんね、僕は良く炭酸ジュースと割って飲んでますよ」

《あぁ、こうして接待するのよね、大変ね》
「いえいえ、ただ、女性の方とこうして相対する事が殆ど無いので、ちょっとドギマギしてしまいます」

《あ、作家先生って全て男性なの?》
「いえ、何か有った場合に駆け付けたりお部屋に入る事が有るので、男は男の担当になってるんです」

《あら、まぁ、確かにそうよね》
「あ、でも、ウチがそう言うと気にしいだって仰る方も居るんですけど。まぁ、問題も出ますからね」

《何か、面白い話が聞きたいわね》

「あー、信用を得たいんですが。あ、お手紙をどうぞ、僕の取材目的や何かがお分かりになるかと」
《そう、読ませて貰うわね》

 お手紙には、しっかりとした筆跡の達筆な字が。

 林檎君が、私に言いたい事が有れば形にしたい、と。
 そして作家先生はあくまでも医師の取材がしたいだけ、私で無くても構わない、とも。

 更に契約書とは別に、もし雑誌社に興味が有るなら、見て回ってくれて構わないとも。

「予定が合えば、お見せしたいモノを見せ出来るかな、と」

《あぁ、それは嬉しいのだけれど、中身には興味が無いのよね》
「その新作を、生で、とか」

《ふふふ、素敵なご提案ね》
「でもアレですよ、日が合えば、ですから」

《そうね、先ずは何を知りたいのかしら》
「やはりどんな1週間を過ごしてるのか、ですかね。僕なんかは赤日とかが無くて、何も予定が無い日が休み、他はもう取材だ原稿を貰いに行くだと。だから勝手に合間に休みだー、とか言って取材先で泊まったりもしますね」

《ちょっと羨ましいわね》
「アレですよ、固定給で休みの融通が全く利かない、予定は仕事最優先ですからね?」

《それだと、恋人なんかも居なさそうね》
「そうなんですよぉー、なのに皆さん気が付いたら結婚してて。多分僕は、相当に不器用なんでしょうねぇ」

《しかも相手は男性作家さんだものね、そう、成程》
「まぁ、作家先生との結婚って滅多に無いですけどね、相当部署が違わない限りは絶対に喧嘩が社にまで波及するってんで断固として認められてませんから」

《そう、まるで医者と患者ね》
「あ、そうした不文律的なモノが有るんですね」

《ふふふ、コレはもう一般常識なのだけれど、患者と医者は決して恋仲にはなってはいけないの》

「成程、詳しくお伺いしても宜しいでしょうか」
《そうね》
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