松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第21章 非淑女と配達員。

5 絵師の従姉妹と配達員。

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「私、友人なるモノが少ないので」
《先ずは友人から、そう言う事だろうか》

「はい」

《なら、先ずは何処へ行こうか、友人として》

 幾ばくか、自棄でした。
 そして家柄がしっかりしているからこそ、断られるだろう、とも。

 けれど、彼も彼の家も、私を受け入れた。

 その事に、最初は多少の昂ぶりを覚えました。
 ですが暫くして、冷静になったのです。

「何故、どうしてですか」

《失敗から学んだなら、それは賢さに近付いている、そう言う事だと思うけれど。君は、本当はどうしたいんだろうか》

 ただただ、愛されたい。
 けれども、すんなりと私を愛されたくは無いのです。

 容易く、簡単に私を許してしまう様な方に、娶られたくは無い。

「私は、酷く我儘で、それも承知しています」
《悪い事を悪いと諫められ、その事を問題と思いながらも、愛されたい》

「はい」

 単に甘やかされたいワケでは無いのです。
 そして無条件に愛されたいワケでも無い。

 私の良いも悪いも理解し、それでも尚、好いて欲しい。

《俺も、そう考えているよ》

「アナタに、悪い所が有るとは」
《教えてあげるよ、最初から、君だけに》



 最初の罪は、親が死ぬ事を止めなかった事。
 あの時は酷く眠くて眠くて、また、いつもの事かと。

 そして次は、情愛も無いまま、取り敢えずはと致した事。

「何故」
《愛されたい、そう思っていた事も知らず、何かを得られるだろうと思ってね。本当に浅はかだったよ》

 友人の手に余っていた女達で、色々と練習もした。
 けれど酷く物足りなくなり、俺が求めているのは情愛だ、と教えられた。

 だから女の良く読む本で学び、実行した。

「一体、何を」
《ココに監禁し、病が無いか訊ね、合意の上で抱いた》

 けれど殆どが病持ちか、浅慮か、愚図愚図と泣くだけで。
 俺を愛してはくれなかった。

「監禁が、そもそもの間違いでは」
《けれどほっておくと直ぐに接吻だ何だと、病持ちになってしまうんだ、仕方が無いだろう?》

 あぁ、酷い顔色だ。
 真っ青に、真っ白になって。

「何故、そんな」
《君と同じだよ、愛が欲しかった、真に愛して欲しかっただけだよ》

 家柄も何もかもを気にせず、俺だけを必要とし、愛する女が欲しかった。



「そんな、そんな事、知りたく無かった」

《酷く傷付けても、訴えられてもいないけれど、許せないんだね》
「違う、アナタが何人も抱いた事なんて、知りたく無かった」

 誰にでも裏は有る。
 後ろ暗い事も、恥も。

 きっと、彼には何か有るのだろう、と。

 それだけ、なら良かった。
 彼が言う通り、訴えも無く、寧ろ彼に執着する女の存在も既に知っていた。

 けれど。

《記憶を、消してしまいたいかい》
「えぇ、何人も抱いたなんて、私には耐えられません」

 許せる事、許せない事の棚が酷く歪な自覚は有る。
 けれど、どうしても許せない。

 私は、一生、その女達と比べられる事に怯えなければならないなら。

 どんなに他を許せたとしても。
 私は。

《なら、消してあげよう》



 例えどんな事をしようとも、彼は彼女が欲しいらしい。

「ついに殺してしまったのかな」
《いや、やっと見付けたんだ、俺だけを愛してくれるだろう女を。けれど少し失敗してしまったんだ、少し前の記憶を、あやふやにして欲しい》

「ついでだ、詳しく聞かせておくれ」
《全て白状したんだ、そしたら女を抱いた事が有る、その事が酷く許せないと言ったんだ。俺はこの女にしようと思う、コレが最後、最後の女だ》

 悪食なる者の目に、彼女は留まってしまったらしい。

「そう何度もは、ましてや孕んでしまったら、同じ事は出来無いよ」
《もうしない、分かったんだ、やっと分かった》

 生まれも育ちも何もかもが違う筈の2人は、酷く分かり合えてしまったらしい。
 片方は育ち、片方は行いから歪さが生まれ、ピッタリと嵌ってしまった。

「ぅうっ」
「そのまま、君は貧血を起こし倒れたんだ、気分はどうだい」

「あの、ココは」
「君は僕の幼馴染の告白を聞き、酷く欠神したらしく、彼が運んで来たんだよ」

「その、何を、聞いてしまったのでしょう」
「先ずは水を、軽く検査をしてから、それから」

「はい、ありがとうございます」

 そして記憶は見事に抜け落ちていた。

「相当に、衝撃的だったのだろうね」

「あの」
「彼に会ってみるかい、思い出してしまうかも知れないし、何かの悪夢と混同してしまうかも知れないよ」

「彼が、気掛かりなので、少しだけ」

「分かった、僕も立ち会わせて貰うよ、良いかな」
「はい、宜しくお願いします」



 彼は、親が隣で亡くなった事を、私に吐露したらしい。

《あんまりな言い方が、気に障ったのかも知れない》

「と言うのは」
《いつもの事で、それに酷く眠くて、やっと静かになったと思ってしまったんだ》

 彼の家の事は、それなりに知っている。
 だからこそ、幼心に、そう呑気に思ってしまったのも無理は無い。

「私は、そんな事で」
「更に、その後、試す様な事を言ってしまったらしい」

「それは、一体」

《情愛を良く理解せず、何人も抱いた事が有る、と》
「彼は色んな女性から言い寄られた時期が有ってね、なんせ三男だ、苦をせず楽に金持ちの妻になれると思われたらしく。そこも、歪んでしまった要因なのだけれど、君はもう許せないだろうか」

「私を、試したんですか」

《そんな気は無かったんだけれど、すまない》

 彼は酷くいじけた様に、手元を見るばかり。

 大人だと思っていた彼は、意外と幼く。
 意外と、完璧では無いらしい。

「私は、失格でしょうか」
《いや、君が良い、君だけが良い》

 私は、完璧を求めながら、不完全な者を探していたのだと。
 ココで初めて、気付かされた。

 あの人は、完璧で不完全だった。
 あの人は完璧過ぎた、そしてあの人は不完全過ぎた。

 私の酷く歪な求めに、この人は良く当て嵌まっている。

 きっと、許すも許さないも、私と同じ。
 良く出来た不完全さが、堪らなく安心する質。

「もう少し、お互いに良く見定めましょう」
《あぁ、縁を切るのは、繋ぐよりも厄介だからね》



 少しを除き、彼らは酷く気が合った。
 それこそ着る物も、人に関しても、食べ物に関しても。

「本当に、美味しい」
《だろう》
『ありがとうございます』
「僕の自慢の小間使いだからね、後で何か褒美をやろう」

「まぁ、まぁまぁ」
『あの、誤解を』
《若様一途に結婚しないのが悪い》
「まぁ、そうだね」

『若様』
「あ、違うの、結婚したけれど結婚が全てでは無いのだし」
《俺はずっと、羨ましかった、2人が本当に羨ましかったんだ》
「もう今は、そうでも無いだろう」

《あぁ、寧ろ今までの分、羨ましがらせるつもりで》
「はいはい、良き番に乾杯を、君はリンゴの果汁で良いかな」

「どう、お気付きに?」
「獣医だからね、見慣れていると言えば見慣れているんだよ」
《本当に》

「はい、ただ、まだ数日は様子を見ようかと」
「血色も良いし、肌艶も問題は無い、きっと大丈夫だろう」

《あぁ、俺が家族に》
「おめでとう」

《ありがとう》

 あの一件以来、全く問題と言う問題は起きていない。
 まるで歪さが最初から無かったかの様に、さも平凡で、良く居る夫婦の様に仲睦まじく過ごしている。

 けれど、内実は。

 いや、どうでも良い。
 酷くどうでも良い。

 俺と若様の邪魔さえしないのなら。

「改めて、今度は彼に、今度は人も診れる様になるのだから」
『まだ、合否が』
《受かるだろう、若様の命令なら、お前は何でもするだろう》
「まぁ、本当に凄い方、何科へ?」

『解剖医へ、と』

「世の為人の為、素晴らしいお志ですわ、是非応援させて下さい」
《だそうだ、幾ばくか援助させて貰うよ》
「ふふふ、助かるよ、コレの結婚相手も探さなくてはいけないからね」
『若様』

「君は良い年で、健康だ。僕の身になってみたなら、そう考えるのも当然だろう」

 分かっている。
 だとしても、だからこそ。

「愛してらっしゃるのですね」

「あぁ、他とは少し違う形だけれどね」
《こう認めない事が腹立たしかったんだ、やっとだ、やっと》
「ふふふ、アナタもアナタでヤキモキしていたのね」

《あぁ、らしい》

 他人との関わりは、酷く煩わしい。

 こうなってしまう事が。
 引き離されてしまう事が、何より。

「昨今は、百合娘と偽装結婚も有るそうですし、心穏やかに過ごせる方法が見付かると良いですわね」
「流石、僕の幼馴染の妻、見識が広くて助かるよ。さ、乾杯しよう、君も」
《給仕は終わりだ、お前も俺の友なのだから》

『はい』
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